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昔なじみに効果あり  作者: 釜揚げ製菓
第一章 紺野春海①
3/11

 あの後、再び俺に狙いを定めてきた春海だったが、力が抜けたのかがくっと膝を地につけた。


「おい大丈――!」


「しっかりして、立てる!?」


 俺が近づくよりも先に、蓮香はすぐさま春海に駆け寄った。


「ええ……大丈夫……よ」


 蓮香は春海の顔をじいっと見た後、何かを悟ったのか、蓮香は春海の右腕を自分の肩に回し、起こした。


「……とりあえず、屋敷に戻るわよ」


 有無を言わさぬ蓮香の言葉に、俺は黙って頷いた。俺も手伝おうと近づこうとしたものの、春海はキッと俺を睨んできたので、仕方なく、二人の後ろを歩くようにして屋敷に戻った。


 その間、二人は何かを話し合っていた。聞こえなかったが、なんだか楽しそうだった。


 屋敷に着くと同時に、蓮香は黒須さんを呼んだ。蓮香は黒須さんに「至急食事を用意して下さい」とお願いし、黒須さんもすぐさまその頼みに従った。


 俺はわずかな時間に、庭に回って紫島家の飼い犬、マシロの頭を撫でてやった。マシロは尻尾を振り、俺の手をペロペロと舐めてきた。


 マシロに別れを告げた後、俺は屋敷に入り居間へと向かう。蓮香が春海をテーブルに座らせているところだった。テーブルの上には、夕食とはまた違う、肉やらスープやらサラダなどが豪勢に並べられていた。


「食べて」


 蓮香はそう春海に言う。それと同時に、春海はガツガツとそれらの食べ物に手を伸ばした。


「ごめんなさい……ありがとう……!」


 食べるペースが早いものの、春海はフォークとスプーンを巧みに使いこなし上品に食べていく。どうやら春海はかなり腹を空かしていたようだ。


 いつの間にやら、菖蒲さん・花梨・菫ちゃんがやって来ていた。


 当然のごとく質問攻めにあう俺だったが、その問いには本人が答えることになった。ものの五分と経たない内に、テーブルの上の食事はほとんど消え去っていた。



「すいません、いきなり……。自己紹介が遅れました」


 春海はぺこっと頭を下げる。春海は顔を上げ、先ほど俺に見せた表情とは、まるっきり別の――それでいていつも通りの笑みを見せる。


「わたしの名前は紺野春海です。今年で十六歳の高校一年生です。趣味は読書と音楽鑑賞です。そして……不本意ながらもそこの馬鹿と中学時代の同級生です」


 入試の面接のごとく(受けたことはないが)、春海は笑顔で丁寧にそう言い終えた。春海は紫島姉妹と黒須さんに頭を下げる。だが、俺の方には下げない。


 どうやら「能力」に関してのことは言わないつもりのようだ。蓮香が「能力」持ちだとは身を持って分かったようだが、やはり他の姉妹が「能力」を持っているかどうかは疑っているようだ。


「おーヨロシクなハルミ!」


 突如屋敷に訪れた春海に対し、菖蒲さん一人だけはフランクに返事をした。他の姉妹――特に菫ちゃんに至っては、みんなの後ろに隠れるようにして立っている。花梨は逆にぽかんとしている。


「それでハルミは何しにこの町に来たんだ?」


 菖蒲さんはそのまま普通に尋ねる。こういう時、菖蒲さんの性格が羨ましいと思う。


「……それは――」


 その問いに、春海は口ごもる。だがすぐに、息を大きく吸い込み、こう言った。


「そこの馬鹿をぶん殴るためです」


 若干怒りの混じった声だった。春海はギロッと俺を睨みつける。 思わず俺は後ずさる。わからない……いったい春海は何で親友の俺に、ここまで深い恨みを持っているんだ……?


「おいおい、なんかブッソーな話だな」


 その答えに、菖蒲さんは初めて春海に難色を示した。


「ぶん殴るなんて……そんなこと駄目です……」


「全くだ! この男を好きにしていいのは我だけだ!」


 それに便乗するように、菫ちゃんと花梨もフォローに回ってくれる。だが蓮香だけは違った。


「……とりあえず、詳しく話を聞いてみないかしら」


 突如現われた来訪者の春海に対し、蓮香だけは味方側に回っていた。出会った当初(ほんのついさっきだが)では、考えられないものだった。


「……それではコーヒーを用意してきます」


 黒須さんはそう言って台所の方に姿を消した。さすがプロのメイド、黒須さんは一瞬にして場の空気を読んでいた。


 そして俺たちは蓮香に促されるようにして、テーブルに座る。なぜか俺の席は、長テーブルの横で、その左に蓮香と春海。右に菖蒲さん・花梨・菫ちゃんの順で座った。なに、この配置?


「どうぞ」


 黒須さんがお盆に載ったカップをそれぞれの場所に置く。菫ちゃんと花梨だけは、若干コーヒーの色にミルク色が混ざっていた。


「それでは私はこれで……」


 黒須さんは話を聞くつもりはないらしく、そっと部屋を出た。


「……つーかさ、なんか込み入ったジジョーっぽいけど、アタシたちが聞いてもいい話なのか?」


 ズズーッとコーヒーを飲みながら、菖蒲さんは今さらながらに訊いた。


「はい。この馬鹿があたしにした行為を聞けば、あなたたちはすぐさまこいつを追い払うはずです。……というより、なんでこいつは今、こんな立派な所にいるんですか? 本当なら一人暮らしをしているはずなのに……」


 言いたい放題言ってくれる。ぶっちゃけそうなっていたかもしれないので、冗談に感じられない。……ん、そういえば俺、春海にそのこと言ったっけ?


「あー、それは話せば長くなるんだけど……」


 頭を掻きながら、俺はカップを持とうとした。――っと危ない、俺は中指でしっかりと取っ手の部分を掴む。うーん、やはりまだ慣れないな……。


「……一葉、それ……どうしたの……?」


 春海は俺の右手を指さす。ああ、そうだった。


「いや、ちょっと犬に人差し指を噛み千切られたんだ」


「……は?」


 春海はいっそう怪訝な顔をした。まあ、誰だってそうなるだろうが、事実なものは仕方ない。


「ちょっとそれっていったい――!」


「家の件も含めて、話せば長くなるからこの件は後回しだ。とにかく、お前の話を先に聞かせてくれ」

 

 話が逸れてきたので、俺は強引に本題へ戻す。春海はかなり納得のいっていない顔をしていた。

「……わかったわよ。ちゃんとあんたの罪を思い出させてあげる」


 仕方なくといった感じに春海は本題に戻る。


「おういいぜ! ただし、違うと思ったらすぐに否定するぞ」


 春海が自分の言葉に自信を持っているようだが、俺にも自信はあった。何があろうとも、俺は春海にここまで恨まれるようなことはした記憶はない! ――多分……。


「ふん、相変わらず口だけは達者ね……。ホント、最低……」


 春海の表情が、一瞬だけ悲しみに変わる。だがすぐに真面目な顔つきになる。


「それではお話します。そこの馬鹿――八城一葉があたしに行った『裏切り』についてを」


 そうして、春海はポツポツと本人の俺ですら覚えていない、中学の時のことを語り出した。


 ――ここまでが前置きとするならば、この話の後こそ、俺の一生忘れられないゴールデンウィークの始まりだった。

   

 気づいたら、俺は紫島家の屋敷を、逃げるように飛び出していた。

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