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昔なじみに効果あり  作者: 釜揚げ製菓
第一章 紺野春海①
2/11

 中学二年の夏休み明けの始業式のことだった。俺のクラスに女子の転校生がやって来た。


 その女子はクラスの男子たちに言わせればかなり可愛い部類に入る女子で、そのこともあって転校してきてから数日は、男女関係なくその女子の元へとやって来ては、質問攻めを浴びせていた。


 だがすぐに、その女子に近づく者はいなくなった。だがその女子が何か変なことを言ったというわけではない。ちゃんと質問には答えていたし、愛想も決して悪かったというわけではない。


 クラスの男子に聞いても、「うーん」とか「いや雰囲気が」とか、曖昧にしか答えなかった。


 その謎を解明すべく……というより、孤立していくような女子が可哀想に思えた俺は、その女子と話してみることにした。ではなぜ最初から話さなかったか? 「転校生に興味ない俺カッコイー」みたいな、中二病的な思考があったからだと思う。


「好きな漫画ってなに?」


 たしか最初の質問はそんなものだった気がする。


「……え? ……あ、その……」


 女子は急に話しかけられてかなり戸惑っていた。俺はそれに気にせずその後も質問を浴びせた。


 その日はあまりいい返事をもらえなかった。だが一週間くらい同じようなことを繰り返すと、俺はその女子と「友達」になっていた。


 で、それに釣られるように女子から離れたクラスメイトたちも、再び話しかけた。女子はアッという間にクラスに溶け込んだ。


「……ありがと」


 中三に上がる直前、クラスのみんなと遊びに行ったとき、ぼそっと女子はそう言った。その時のそいつの顔に、不覚にも俺はドキッとしてしまった。



「……許さ……ない」


 だが、今俺の目の前にいるそいつの顔は、今まで見せたことのない、怒りの形相だった。


「えっと……春海……だよな?」


 だから俺は、おそるおそると、確認を取った。だが、それが逆効果だった。


「約束ばかりか名前まで忘れたとか――ざっけんな!」


 町全体に響くんじゃないかというくらいの大声だった。叫び終えた春海は、さらに一歩、俺に近づいた。何が何だかわからず、俺は動けなかった。


「しゃがんで!」


 背後から蓮香の声がした。その声に俺は反射的にしゃがむ体勢を取った。


 ドスン。前方からそんな音がしたように感じられた。


 顔を上げ見ると、俺に距離を詰めていたはずの春海が、十数メートル離れた場所にいた。というより、「吹っ飛んで」いた。


「………どういう……こと……!?」


 春海は自分の身に起きた不可思議な現象に困惑する。蓮香の「能力」だとすぐに分かった。


「……そこのあなた……何者……?」


「それはこっちのセリフ。今ならまだ見逃してあげるわ。早く立ち去りなさい」


「勝手なこと……言っているんじゃないわよ。あたしはそこの馬鹿に用事があるの。あなたこそ消えなさいよ」


「やれるものならやってみなさい」


「なんですって……!」


 俺を挟むようにして、蓮香と春海は舌戦を繰り広げる。ピリピリとした嫌な空気が公園中に充満する。


「おい、蓮香……!」


 このままではまずい……! さっきの特訓もあったから蓮香の「能力」は低下しているかもしれないが、危険なことには変わりない。俺は蓮香の方を説得しようと試みようとする。


「こっち見なさいよ……馬鹿一葉!」


 蓮香に振り向くと同時に、春海の足音がこちらに迫ってきた。蓮香はそれを止めようと、再び右手を前に出し、春海に狙いを定めようとした。だが、


「……えっ?」


 蓮香は素っ頓狂な声を上げた。どういうわけか蓮香は、パントマイムのごとく、変な体勢で動きを止めた。


「おい、どうしたんだよ蓮香?」


「――わからない。けど、体が……まったく動かないの……!」


 蓮香は思い切り歯を食いしばり、体を動かそうとするも、まったく動く気配を見せない。とても演技でやっているとも思えない。


「そこで『固まって』なさい。……一葉、覚悟はできているでしょう……ね?」


 ぞくりと寒気がした。俺は振り返ることもできなかった。こいつは本当に……俺の知っている紺野春海なのか? 冗談抜きで別人かと思った。


「春海……その、なんだ……久しぶりだな」


 なんとか会話をしようと俺は言葉を振り絞る。蓮香はやはり動けないようだ。


「そうね、本当に久しぶりよね」


 春海もいい具合に返事をしてくれる。よしっ! この流れに乗って、近況報告しよう! 俺は首だけ春海の方に向ける。


「いやあ、実は俺、今彼女の家で居候しているんだ! …………あれ?」


 できるだけフランクに言ってみた俺であったが、当の春海は鉄仮面のごとく無表情であった。


「そう……あたしとの約束を反故した理由はそういことなのね。……そうよね……そうよね……」


「あの……春海さん?」


 くぐもった春海の声に、俺はいっそう鼓動が早まる。足に力を込め、俺はなんとか立ち上がり、春海の肩に手を置こうとした。


「――でも、それとこれとは関係ない! 一葉、とりあえず一発殴らせなさいっ!」


「えぇっ!?」


 春海の右拳がぐっと握られ、俺の顔面めがけて発射されようとした、その時だった。


「――いい加減に……しなさいよ!」


 蓮香の声が響く。振り向き見ると、蓮香の背後の空き缶入れから、先ほど俺が捨てた空き缶が浮かび上がってきていた。そしてその空き缶は、蓮香の「能力」によって、物凄い速度でこちらに向かって撃ちだされた。


「――っ!」


 危険信号が一気に上昇する。俺は春海の前に立つようにして、空き缶が春海にぶつかるのを阻止しようとした。


「…………うっ!」


 思わずぎゅっと目を閉じる。体を縮こまらせる。だが、いつまで経っても、俺の体に痛みはおとずれなかった。


「……はあ……はあ……」


「……へ?」


 目を開いた先に浮かぶ光景を見て、俺はへの口になった。俺の鼻先でその空き缶がピタッと止まったからだ。


 蓮香が止めたのか……? そう思った俺だが、蓮香の信じられないといった表情を見て、それは違うと理解した。


 じゃあどうして……? わけがわからず、頭に?を浮かべる俺の疑問に答えるかのように、春海と蓮香は互いにこう言い合った。


「……姉妹以外の『能力』を使える人間に初めて会ったわ……」


「それは……こっちも同じよ。しかも、まったく『逆』の『能力』みたいね、あたしたち」

 ニヤリと二人は笑いあう。


多分この時、二人は互いに何かを認め合ったのだろう。俺は何となく、そんな感じがした。


 そして俺は、親友である紺野春海が「能力」を使える者だという事実に、出会ってから二年経った今、やっと気付いた。


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