8話 雌伏する面影
※リネット視点です。
「なんの騒ぎですか!?」
突然の爆発、突然の黒い煙。状況を把握する暇もなく、今度は身の引き締まる叱責が飛んできた。
恐る恐る振り返ると、入り口には初老の女性がすごい剣幕で立ち塞がる。
「あら、モイラじゃない。大したことじゃないわ」
「キエラ様! 貴女様がいらしてこの騒ぎ、只事じゃないはずないでしょう!」
「ちょっとした事故ってだけ。慌てる必要ないわよ」
息せき切って近づくモイラは、私たちを見つけるなりほっと息を吐いていた。
ただ、穏やかだったのはそれまで。荒れ果てた訓練場に、眉間にしわを寄せていた。
「何をされていたか存じ上げませんが、お嬢様二人は大切な御身分です。あまり危険な真似をさせないでください」
「待ってモイラ、今回は私が――」
「リネット様の心中お察ししますが、無理に責を負う必要はありません」
説明しようとして、ぴしゃりと遮られてしまう。
違うのに……と口を挟む余地なく、シーちゃんと揃って腕を掴まれる。
「そろそろ御夕食のお時間です。魔法もいいですが、今は成長盛りなんですから、しっかりと栄養を取ってください」
「うぇっ、わたしも!?」
有無を言わせぬ迫力に、私たち二人は揃って連行されてしまう。
最後にきつく先生を睨みつけるモイラ。
「好き嫌いはお姉だけだって……」
文句をこぼすシーちゃんだったけど、その違和感に気付いた様子はない。
小さく肩を竦めるキエラ先生は、唇に指を当てて私に合図を送っていた。
……見慣れないはずの人を、モイラは見落としたのかな?
◆◆◆
「ご飯って、言ったじゃん……」
食堂に移動しながら、隣のシーちゃんがぶーたれる。
あの後、カンカンに怒ったモイラによって、小一時間のお説教が始まった。
怒られるのは初めてじゃないけど、今まで見たことないほどの剣幕に、いつもはすぐ反論するシーちゃんでさえ沈黙を貫いていた。
私も口を挟む余裕はなくて、ただただじっと反省していた。
「ごめんね、私のせいで」
「お姉は悪くないよ! 悪いのはあいつ――ケダモノが変なことをしたからだって!!」
二人ともお腹ペコペコ。どちらともなく虫の鳴き声が聞こえた時には、すでに太陽はどっぷりと沈んでいた。
ようやく解放された私たちは、いそいそと仄暗い廊下を進んでいた。
「でも、私のお願いが原因だから……」
「そんなことないって。あいつが変ちくりんな真似をしなきゃ、お説教もなかったんだし」
「でも……」
どうやらシーちゃんは前にも増してゼインさんのことを毛嫌いしているみたい。
確かに私も突然のことで驚いたけど、噛みつくほど腹が立つってわけでもない。
……まだちょっと信じきれない部分はあるけど、伝え聞く逸話が間違いじゃないって理解できたから。
なによりも、キエラ先生があんなに親しげに――それでいて和やかな表情で話す相手を、私は他に知らなかった。
そんなことを考えていたからか、曲がり角からさっき別れたばかりの先生が照らし出された。
「あら、二人とも。こんなところでどうしたのかしら?」
「あ、キエラ先生。わたしたち、今からご飯なの」
少し目を丸くした先生だったけど、すぐに理由を察したらしく、苦笑を浮かべて頭を下げた。
「ごめんなさいね、うちの考えなしが。次からやらかさないよう注意しておくから」
「ほんとだよ、もう。せっかくのご飯が冷めちゃうじゃん」
「ふふっ、シアナの食べっぷりは気持ちいいものね。よかったら私もご一緒しようかしら?」
「え!? 一緒に食べようよ!!」
目を輝かせるシーちゃん。
私もすぐに頷きたかったけど、ちょっとした考えが頭をよぎり、提案してみる。
「そういえば、ゼインさんは大丈夫なんですか? よかったらぜひとも一緒に――」
言いかけたところで、シーちゃんが盛大に不満を漏らす。
「え~っ、あいつはいいよ! 一緒にご飯、食べたくない!!」
「シーちゃん、それはさすがに酷いと思うよ」
「だってぇ~」
あんまりな言い方に注意をする。
先にシーちゃんを気にするべきだったかもしれない。
もしかしたら私の浅知恵なんて先生にはお見通しかもしれないけど、せっかくの機会だからと急ぎすぎた。
もっと周りの状況を考慮すべきだったかも。
「……ゼインは大丈夫よ。先に済ませちゃったみたいだから」
「そうなんですか?」
「えぇ、元から一人を好むからか、同じ食卓を囲むことは少なかったしね」
「じゃあ問題ないね! ほら、一緒に行こう」
歯切れの悪い先生を気にした様子もなく、シーちゃんは私たちの手を引いて軽やかに歩き出す。
私は素直に従ったけど、足取りはちょっとだけ重かった。
なんだかその先に踏み入っちゃいけない気がして。
隣を歩く先生の横顔から、僅かばかりの苦みを感じたから。
……決してテーブルに立ち並ぶ緑の悪魔たちを思ってのことじゃない。
ほんとだよ?
◆◆◆
「でも意外でした。伝説のご先祖様が、私たちとそんなに変わらない年頃だったなんて」
ある程度お腹が満たされたところで、キエラ先生の考えが知りたくてそんな話題を振ってみる。
先生との食事は気が楽だ。
そっとお皿の中身を移動させても、軽く視線を動かすだけで注意はしてこない。
……代わりに、食べてくれてるシーちゃんからは呆れ顔を向けられてたけど。
「まぁ、彼は長らく眠りに就いていたから、“活動年数で言えば”っていう但し書きはつくのだけれどね」
「……そんなの、人間じゃないじゃん」
「それを言ったら私もよ。でもこうして二人と同じように生きているわ。大切なのは“何者か”じゃなくて、“何を成した人か”じゃないかしら?」
その言葉に、シーちゃんも……私も手が止まる。
「そう、だけど……」
「今は色々と立て込んでいて手一杯かもしれないけれど、落ち着いたらゆっくり話してみるといいわ。彼、魔法関係なら私よりも詳しいでしょうし」
「そうなんですか?」
思わず尋ねると、先生は無言の首肯でもって答えをくれた。
その表情には謙遜やおべっかの様子はなくて、当たり前の事実を告げている風だった。
「意外……」
なんとも言えない感情がこぼれる。
ゼインさん、単にすごい魔法が使えるだけじゃなかったんだ。
失礼かもしれないけど、あんまり賢そうな印象はない。
「リネットも子守唄で聞いているでしょ? アルシアの――初代公爵当主の活躍譚を」
「もちろんです。……でも、ゼインさんって話の中の男の子とは、ちょっとズレてる気がして」
ご先祖様たちの偉業の数々は、代々子守唄として受け継がれていた。
どれもこれもが何かしらの困難に打ち勝つ物語で、幼いながらにわくわくしたのを今でも覚えている。
でもその中で、異彩を放つお話に登場するのが“ゼイン”――黒髪赤目の男の子のお話だった。
「“初代を救った一人の男の子”、“どんな強敵にも勇敢に立ち向かい、初代の笑顔を守る騎士”、“己の傷を厭わず、溢れる涙は慈悲の証”――まぁ他にもあるけれど、聞いただけじゃ聖人君子の忠義高い騎士様よね。……実際は無愛想な偏屈屋だけれど」
「……美化されすぎだし。本性はすけべなトラブルメーカーじゃん」
ぼそぼそと不満を露わにするシーちゃん。
私はそこまで言わないけど、確かに盛られすぎな感じはした。
「確かにちょっとだけ綺麗にまとめられているのは否めないわ。でもね、彼がやってきたことは本物よ。何千、何万といった人が集まったって敵わない強敵に、たった一人で抗ったんだから」
「それって“奴隷解放戦線”もですか?」
お気に入りの一つを尋ねると、先生は「そんな言われ方していたのね、あれは」と懐かしむ。
「国一つ丸ごと奴隷を解放したことはあるわね。それもたった一夜の出来事で」
「うっそだ~。そんなの、神様じゃなきゃできっこないって」
「そうでもないわよ? 私も今なら、公都に住まう民全員を一斉に運べるもの。もっとも、入念な下準備と相応の蓄えが必要だから、すぐにすぐって訳じゃないのだけれどね」
嘘だと決めつけたシーちゃんだったけど、先生の真実味のある言葉に口を閉じた。
どれだけの人数を救ったのか分からないけど、話しぶりからして公都と同じだけはいたんだろうから。
「……ゼインさんって、ちゃんとご先祖様だったんだ」
この数日で数回しか接する機会はなかったけど、魔力も気配も薄いぼんやりとした人って印象しかなかった。
確かにすごい魔法を使えるけど、それだけ。戦闘に特化しすぎた魔法使いなんだと。
「彼の魔法は高度すぎて、ある程度レベルが高くないと判断つかないのが玉に瑕なのよねぇ。本人も名声に無頓着だし」
「……なんなの、それ」
釈然としない様子のシーちゃんは、グサリと貫かれたピーマンを見つめていた。
くたりとうなだれた悪魔に哀愁が漂う。
「シーちゃん?」
「なんでもない……」
無造作に口に運んだフォークをもにゅもにゅと咀嚼する。
膨れた頬が小刻みに揺れる。
「前途多難ね、三人とも」
力ない先生の呟きが、静かな食堂に木霊した。




