24話 思いがけない誘い
遅れてすみません。
※リネット視点です。
あれから、引き続いてゼインさんから教えを受けていた。
「リネットはだいぶマシになったが、全体的にまだムラが多い。少し肩の力を抜け」
「はい……!」
「シアナは魔力の移動が大雑把すぎる。余分な消耗を招くだけだ、もっと気を引き締めろ」
「……わかってるもん!」
二人で向かい合いながら、私は自己回復、シーちゃんは身体強化を行っていた。
あわせて、魔力視で互いの魔力の流れを観察しながら。
本当は私も身体強化の練習をしたかったんだけど、まだ無理だときっぱり断られ、基礎固めとして自分に回復魔法をかけるよう指示を受けた。
ゼインさんいわく、身体強化の練習にもなるからって話だった。
「シーちゃんは無理に参加しなくてもよかったんだよ?」
「お姉ひとりにできないもん。……とくに、ケダモノと一緒には」
キッと遠くのゼインさんを睨みつけるシーちゃん。
元々不服そうだったんだけど、練習を始めてからずっと隅で本を読むゼインさんの態度で、さらに機嫌が悪くなっていた。
「キエラ先生も勘違いだって言ってたじゃない。久しぶりに目覚めて、感極まったって」
「……それは、そうだけど……」
もごもごとシーちゃんがしぼんでいく。
ゼインさんの何が気に食わないのか、いまいちわからない。
確かに突然抱きつかれたのは驚いたけど、いやらしさは感じなかった。
後でそのことも謝られたし、私としてはそれほど気にしてなかった。
「ほらお前たち、手が止まってるぞ。しゃべっててもいいが、魔力は動かし続けてろ」
「あ、はい、すみません」
「……ふん」
考え込んでいて魔力制御がおざなりになっていた。
急いで言われた通りに魔力を流していく。
シーちゃんもシーちゃんで、返事とは裏腹に魔力を巡らせていた。
しばらくは無言の時間が流れる。
私もシーちゃんも、しゃべりながら練習をこなせるほど器用じゃない。
というか、言い渡された練習内容が、そもそも今の魔力操作の腕でギリギリだったからだ。
そんなときだった。
静かな空気に飛び込んできたのは。
「あっれ~? 二人して、こんなところでなにしてんの~?」
なんともわざとらしい声音で挙動不審のシモネッタお姉ちゃんが現れる。
「……その、魔法の特訓です」
「うっそ、マジぃ! うちもまぜて、まぜて!」
「えっと……」
とある言いつけもあって、答えに窮する。
ちらりとゼインさんに視線を向けるも、我関せずと本に視線を落としたままだった。
「シモネッタ姉、お仕事は?」
「ダイジョブ、ダイジョブ! 今日は非番だから」
「なら――あ……でも、キエラ先生からシモネッタ姉に練習誘われたら、返事する前に教えてって」
勢いで頷きかけたシーちゃんだったけど、言いつけを思い出したようでこっそり安堵する。
お姉ちゃんも、先生の名前にびくりと肩を震わせていた。
「な、なんでそこで先生の名前が……。……きょ、今日はまだ、怒られるようなこと、してないんですけど」
「? シモネッタ姉、いつも怒られることしてるの?」
墓穴を掘ったお姉ちゃんにシーちゃんが純粋な疑問をぶつける。
「いやいやいやいや! してない、してないかんね!! うち、いつも立派に仕事してるってば! ――ねー、シアちゃん?」
「え、あ、えっと……はい、そうですね。報告でも、すごく活躍してるって聞きます」
「そうなんだ。ならよかった」
屈託のない笑顔のシーちゃんと対照的に、シモネッタお姉ちゃんの笑顔はどこかがぎこちなかった。
私も、なんともいえない笑みを浮かべる。
国政に関する仕事の大半はキエラ先生に手伝ってもらっているけど、一部は私じゃないといけない。
シーちゃんにはまだ早いと、勉強が苦手なのも相まって報告書類を見たことないのが救いだった。
「――そんなことよりさ! 魔法の特訓なら、この前言ってたせんせーに会わせてよ。二人の姉として、うちもアイサツしたいかんさ」
「あんなやつに、しなくていいよ」
ぷいとむくれるシーちゃん。
そのもちもちのほっぺを、お姉ちゃんはつんつんしていた。
「えー、ダメ~? 二人を泣かせるようなヤツなら、ガツンと言ってやんないとさ」
「誰にガツンと言うんだ?」
突然背後から聞こえてきた声に体を飛び上がらせる。
振り返ると、まだ本に視線を向けたままのゼインさんが後ろに立っていた。
「うわっ――!? ちょっ、い、いきなり声かけんなし!! マジビビった……。 ってか、どっから現れたん? ガキんちょ」
視界に入っていたはずのお姉ちゃんですら驚いて、誤魔化すように啖呵を切る。
「あ、この人が私たちに魔法を教えてくれているゼインさんです、お姉ちゃん」
「こんなガキんちょが、せんせーぇ? 騙されてるんじゃないの?」
確かに高身長なお姉ちゃんから見れば、ゼインさんは小さく見えるかもしれない。
それでも私より大きいし、なんなら雰囲気は同年代に見えないと思うんだけど……。
なんて説明しようか悩んでいたところで、ゼインさんがようやく顔を上げた。
「ん? お前は……」
「なに? 文句でもあんわけ? やるってんなら相手になんよ!」
ファイティングポーズをとるお姉ちゃん。
それに応えるようにゼインさんはパタンと本を閉じていた。
「……いや、なんでもない。それより、お前の名前はなんていうんだ?」
戦うと思ったのは私だけじゃなかったみたいで、ゼインさんの問いかけにお姉ちゃんは肩を落としていた。
「――はぁ、頭でっかちなガクシャさんかぁ。せっかく楽しめると思ったのに」
「……だからキエラ先生に先回りされるんですよ」
これを見越して扱い方を教えられていたんだと思う。
ぽつりとため息を漏らした。
「で、お前の名前は?」
「あー、うち? うちはシモネッタ・ダンディ。『具現』の血統魔法使いシモネッタとして、そこそこ名が売れてると思ったんだけどなぁ」
「ん、そうか……」
素っ気ない返事をしたとは思えないほど、ゼインさんは穏やかに微笑む。
てっきりぞんざいな扱いをすると思っていただけに、その表情は色濃く映った。
シーちゃんも、信じられないものを見たかのように目を見開いて。
「あーあ、どっかに手頃な人、落ちてないかなー。先生じゃ、今は忙しそうだし」
ひとりそのことに気付いていないお姉ちゃんだけが、背中を向けて呑気に体をぶらぶらさせていた。
「ん? なんだ、シモネッタ。お前、戦いたいのか?」
「戦いたいっちゃ戦いたいけど、それは強い人限定んね。ボッコボコにしてくれるぐらいが理想」
「負けるのが趣味なのか?」
「いやいや、そうじゃないってば! 相手から盗めるものがないと意味ないじゃん。強い人ってさ、うちの考えつかない手をいっぱい持ってるからさ。それを、戦いの中で学ぶのがいいんだって」
まずい――! と思ったときにはすでに遅かった。
先生に、ゼインさんとお姉ちゃんを戦わせちゃいけないって強く言われてたのに!
口を挟もうとして、なぜか体が動かない。
シーちゃんも似たような感じみたいで、「んー! んー!」と叫んでいた。
それでもその声がシモネッタお姉ちゃんに届いた様子はない。
感覚はあるのに、金縛りを受けたみたいに、成り行きを見守ることしか許されていなかった。
「教えを乞うのはダメなのか?」
「ダメじゃないけど、普通、聞いても教えてくんないでしょ? その人の奥の手だったりするんだし」
そこでようやく振り返ったお姉ちゃんが、私たちの異変に気付く。
「え、あれ? 二人とも、そんな必死にどうしたの?」
「水を差されたくなかったからな。少しだけ、口を噤んでもらっていた」
「へ……?」
ポカンとするシモネッタお姉ちゃん。
ここへきて、私も、自分の誤解に気付いた。
「――あいつとのよしみだ。俺が望みを叶えてやるよ」
息ができないほどの、重苦しい魔力が溢れ出した。




