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選ばれぬ正義  作者: ふぁい(phi)


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7/7

最終章 選ばれぬ正義

桐山は、

ペンを置いた。


ノートは、

最後まで白いままだった。


語らなかった。

だが、

黙ったわけでもない。


その違いを、

誰も理解しない。

理解される必要もない。



翌朝、

内部通達が回る。


今回の事案について、

追加調査は行わない。

関係者の処分もなし。


理由は、

「総合的判断」。


いつも通りの結論だ。


桐山は、

それを確認し、

端末を閉じる。


ここまでは、

想定内だった。



想定外だったのは、

午後に起きた。


匿名の投書。

送り先は、

検察でも、

警察庁でもない。


新聞社だった。


内容は、

具体的だった。


現場の配置。

警察官の動き。

制止の直前の躊躇。

声にならなかった指示。


書かれていたのは、

「事実」ではない。


迷いの存在だ。


誰が書いたか、

すぐに分かる。


あの若い警察官だ。



記事は、

一気に拡散した。


断定はしていない。

違法とも書いていない。


ただ、

「判断の前に、

 一瞬の逡巡があった可能性」


それだけだ。


だが、

それだけで十分だった。


世論は、

正義を見つけたがる。


そして、

見つけた瞬間、

それを振り回す。



内部は、

騒然とした。


裏切り者。

軽率。

組織を理解していない。


若い警察官は、

即座に隔離される。


事情聴取。

配置転換。

将来の白紙化。


彼は、

何も弁明しない。


ただ、

一言だけ言った。


「書かない方が、

 もっと怖かった」



桐山は、

呼び出される。


今度は、

逃げ道のない場だ。


「あなたは、

 事前に知っていたのか」


桐山は、

首を振る。


嘘ではない。


「だが、

 予見できたはずだ」


その通りだ。


沈黙は、

いつか破られる。


それが、

内部からか、

外部からかの違いでしかない。



処分は、

軽かった。


桐山は、

表向きは無傷だ。


なぜなら、

彼は語っていないから。


だが、

何も失っていないわけではない。


桐山は、

理解されなくなった。


上からも、

下からも。


語らず、

止めず、

だが、

知っていた人間。


最も扱いづらい存在だ。



数週間後、

事件は収束する。


違法性なし。

責任の所在不明。

再発防止策検討。


若い警察官は、

現場を離れた。


誰も、

彼を英雄とは呼ばない。


誰も、

完全な加害者とも呼ばない。


ただ、

「空気を乱した者」として

記憶される。



桐山は、

彼と最後に話す。


短い会話だ。


「後悔は?」


若い警察官は、

少し考えてから答える。


「あります。

 でも、

 あのままだったら、

 もっと後悔してました」


桐山は、

何も言えない。


その答えは、

自分が一度も

選ばなかったものだからだ。



夜、

桐山は一人で歩く。


街は、

いつも通りだ。


警察官が立ち、

人は行き交い、

何事もなかったように

日常が流れる。


正義は、

今日も選ばれている。


だが、

選ばれなかった正義も、

確実に積み上がっている。


見えないだけで。



桐山は、

ふと立ち止まる。


もし、

あの日、

自分が語っていたら。


世界は、

少し良くなっただろうか。


答えは、

出ない。


だが、

一つだけ、

確かなことがある。


語られた正義は、

消費される。


沈黙した正義は、

連鎖する。


そのどちらも、

人を救わない。



桐山は、

再び歩き出す。


もう、

答えを探すのを

やめることはない。


それが、

罰なのか、

役割なのか、

自分でも分からない。


ただ、

知ってしまった者として

生き続ける。


誰かが、

また迷ったとき。


語る前にも、

沈黙する前にも、

存在してしまう

その「間」を。



正義は、

選ばれなかった。


だが、

消えたわけでもない。


それは、

今日もどこかで、

判断の直前に、

静かに息をしている。


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