表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選ばれぬ正義  作者: ふぁい(phi)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/7

第五章 問われる側

桐山は、

自分の名前が議題に上がる瞬間を、

想像していなかったわけではない。


だが、

それが現実になると、

身体は思った以上に正直だった。


背中に、

薄く汗がにじむ。


会議室の空気は、

いつもと変わらない。

無機質で、

温度も一定に保たれている。


違うのは、

議題の紙だ。


そこに、

桐山の関わった過去案件が、

整理されて並んでいる。


発砲事件。

不作為。

内部判断。

聴取対応。


どれも、

単体では問題にならなかった。


だが、

並べられると、

流れが見える。


「一貫している」


誰かが、

そう口にした。


評価とも、

批判とも取れる言い方だった。



問いは、

直接的ではなかった。


誰も、

「あなたは間違っていたのか」とは聞かない。


代わりに、

こう聞かれる。


「今なら、

 同じ判断をしますか」


桐山は、

即答できなかった。


沈黙は、

数秒。


その数秒で、

彼は理解する。


自分が、

かつて現場の警察官に

向けてきた視線と、

同じものが、

今、自分に向いている。


答えは、

用意できる。


「状況次第です」

「総合的に判断します」

「当時としては妥当でした」


どれも、

間違いではない。


だが、

どれも、

何も語っていない。



桐山は、

一つ、息を整えてから言う。


「迷いはありました」


会議室の空気が、

わずかに動く。


誰かが、

ペンを止める。


桐山は、

続ける。


「判断の瞬間、

 他の選択肢を考えなかったわけではありません」


それ以上、

言葉を足さなかった。


理由も、

背景も、

感情も、

説明しない。


語りすぎれば、

それは“正義の物語”になる。


だが、

語らなければ、

この場では不十分だ。


沈黙と発言の境界が、

これほど曖昧になる瞬間を、

桐山は初めて経験していた。



会議は、

結論を出さなかった。


「継続検討」。


便利な言葉だ。


誰も責任を取らず、

誰も否定されない。


桐山は、

それを聞いて、

不思議な安堵を覚える。


同時に、

嫌悪も湧く。


自分は、

この構造の中で

生き延びてきた。


そして今、

守られている。



帰り道、

桐山は、

ふと足を止める。


街のざわめき。

信号待ちの人々。

交差点で立ち止まる警察官。


何も変わっていない。


だが、

確実に何かが積み重なっている。


もし、

あのとき自分が、

もう一言、

余計に語っていたら。


もし、

若い警察官の

「特にありません」という言葉を、

掘り下げていたら。


世界は、

少し違っていたのだろうか。


桐山は、

答えを出さない。


出せないのではない。

出さないという選択が、

すでに身に染みている。



その夜、

ニュースが流れる。


別の街で、

また警察官が判断を迫られた。


結果は、

公表されていない。


ただ、

「迅速な対応だった」とだけ

伝えられる。


桐山は、

テレビを消す。


暗くなった画面に、

自分の顔が映る。


そこに、

正義は書いていない。


だが、

沈黙の輪郭だけは、

はっきりと浮かび上がっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ