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選ばれぬ正義  作者: ふぁい(phi)


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第二章 判断がなかった日

桐山が次に目を通したのは、

一件の内部報告だった。


事件ではない。

事故でもない。

まして、不祥事ではない。


ただ、

「対応が検討された」という記録だけが残っている。


発端は、匿名の投書だった。


内容は短い。

具体性も乏しい。


――あのときの対応は、

 本当に必要だったのか。


差出人は不明。

日時も、場所も、曖昧だ。


通常であれば、

それだけで処理が終わる。


だが、この投書は、

一度だけ、内部で回覧された。


理由は単純だった。


文面が、

あまりにも冷静だったからだ。


感情がない。

糾弾もない。

正義を主張する言葉もない。


ただ、

「必要だったのか」と問うだけ。


桐山は、その投書を読んだ瞬間、

違和感を覚えた。


問いが、

あまりにも遅すぎる。



問題の対応は、

すでに数か月前に終わっている。


現場では、

誰も異議を唱えなかった。


判断は、

特別なものではなかった。


マニュアル通り。

過去の事例に照らしても、

過不足はない。


つまり、

検討すべき要素は、

最初から存在しなかった。


それでも、

投書は回覧された。


なぜか。


桐山は、

そこに理由を見出す。


語られなかった違和感が、

時間差で浮上したからだ。


しかも、

本人ではなく、

第三者の手によって。



内部会議の議事録を、

桐山は丹念に追う。


発言は少ない。

意見も割れていない。


「現時点では問題ない」

「手続き上、瑕疵はない」


いつもの言葉が並ぶ。


だが、一か所だけ、

妙に長い沈黙が記録されている。


――「……」


文字に起こされない時間。


誰かが、

何かを言いかけた可能性。


あるいは、

言うべきか迷った時間。


桐山は、その沈黙の長さを、

正確に想像できてしまう。


十秒か。

二十秒か。


誰もが、

「今さら言っても仕方がない」と思うには、

十分な長さだ。


結局、

結論は変わらなかった。


「当時の判断は適切」


それで終わる。



桐山は、

一人の名前に目を留める。


会議に出席していた、

若い職員。


発言はしていない。

だが、

その名前だけが、

妙に記憶に引っかかる。


桐山は、

さりげなく話を聞く。


「何か、気になる点は?」


問いは、

意図を持たない形で投げられた。


若い職員は、

少し考えてから、首を振る。


「いえ……

 当時は、特に」


当時は、という言葉。


桐山は、

それ以上、踏み込まない。


踏み込めば、

語らせることになる。


語らせた瞬間、

それは「選ばれる正義」になってしまう。



夜、桐山は、

前作の事件記録を思い出す。


あのときは、

語る者がいた。


語ったから、

社会は動いた。


だが、

語られなかった今回の違和感は、

動きようがない。


動かないから、

問題にならない。


問題にならないから、

次に持ち越される。


桐山は、

自分が今、

どちらの側に立っているのか、

分からなくなる。


語らせる側か。

沈黙を守る側か。


どちらも、

同じ結果に行き着くことを、

彼はもう知っている。



机の上に、

新しいファイルが置かれる。


別の部署。

別の案件。


タイトルは、

どこにでもあるものだ。


「経過報告」


桐山は、

ファイルを開かない。


その代わり、

表紙の文字を、

しばらく眺める。


経過とは、

始まりと終わりの間にあるものだ。


だが、この社会では、

始まりと終わりだけが重要で、

経過は、

後から整えられる。


語られなかった違和感は、

その整えられない部分に沈んでいく。


桐山は、

静かに思う。


選ばれなかった正義は、

消えたのではない。


溜まっている。


どこかで、

形を変えるのを待ちながら。


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