休日
三題噺もどき―ななひゃくはちじゅうよん。
柔らかな空気がリビングを満たしている。
キッチンからはいいにおいが漂い始めていた。
片づけも並行して行っているのか、水の流れる音が聞こえてくる。
秒針のない時計の針は、時折カチ―と音がするだけで、静かに時間を刻んでいる。
「……」
今日は月がよく見えるので、リビングの明かりは点けていない。キッチンはついているので、そこから光が漏れてはいるけれど。
外の空気がかなり澄んでいるのか、いつも以上に煌々と光っているように見える。
端の方は少しかけているのに、満月と変わりなく照らしている。
その明かりを、冷たいと思うか温かいと思うかは人それぞれだ。
「……」
月の、暖かな光に照らされて、その光を借りながら、窓辺に座って読書をしていた。
お気に入りのソファに、深く背中を預け。
毛足の少し長い手触りのいいブランケットを膝にかけながら。
暖房は点けられているが、ほどほどに。
「……」
近くにあるローテーブルの上には、コーヒーが置かれている。
淹れてもう時間が経っているので、湯気は見えない。
中身は半分ほど減っている。
「……」
その近くには、珍しくクッキーが置かれている。小さな小皿に、2,3枚程。
他のお菓子作りに使うからと、大量に作ったのがほんの少しだけ余ったらしい。
読書のお供にでも、と置かれたが、あまり食べないのは知っているだろうに。
本を読んでいる時に食べて、本が汚れたらどうする。
「……」
まぁ、アイツの嫌がらせは今に始まったことじゃないし……ちょっとした、捻くれた、アイツなりの愛情表現だと思っておこう。
そもそも、余るような作り方はしないだろうから、余らせたのだろうし。
「……」
そのひねくれた愛情表現をしてくれる、アイツは、キッチンで今日の休憩のメインを作っている。
エプロンは、後ろ手にひもで結ばれた、ご機嫌の時によく着るものだ。猫の尻尾のようにゆらゆらと揺れて、分かりやすい。
その癖に、猫の姿にはなってくれないのだから、つれないと思わないか。
「……なんですか」
「なんでもない」
見ていたのがばれた。
片づけをしながら、睨まれてしまった。
自分の主人を睨む従者ってどんな奴だろう……こんな奴なんだろうな。
ただそれに対しても、何とも思わないのだから、他から見れば私の方が主人としておかしなやつなんだろうな。
「……」
そんな、固まりきった、主従関係に縛られるような関係ではないし。
そんな関係なら、今頃私はこんな風に、静かに読書なんてしていない。
アイツを拾ったのは……あの男なので、主人としてはあっちの方が上というか、いの一番に従うべきはあっちだ。あの男に命令されたから私につくようになったはずだ。
まぁ、その点は感謝くらいはしている。おかげで私はこの生活ができているから。
「……」
……何の話だったか。
まぁ、そんな昔のこと、今はどうでもいいのだ。
今こうして、何かのスイーツを作っている従者の音に耳を傾けながら、読書に勤しんでいるたまの休日が、愛しいと言うだけだ。
「……何をにやにやしてるんですか」
もう、片づけも終わったらしく、冷えたコーヒーを回収しに来た小柄な青年がそこに立っていた。若干引いているのが分かる。表情には出づらいとコイツは言うが、ものすごく出ている。わざとかもしれないが、コイツのこういう顔は案外レアだったりする。
「……にやにやなんてしてない」
「してましたよ」
そういいながら、コップを回収し、キッチンに戻っていく。
ついでに置いてあったクッキーをひとつ食べて行った。
私じゃなくて、お前が食べるのか……と思ったが、食べられないよりはましだな。
「もうできますよ」
「……あぁ」
開いていた本を閉じ、立ち上がる。
さて、今日のお菓子は何だろうな。
「……チーズケーキ?」
「ですけど、間にりんごをいれました」
「……ほぅ」
「いいりんごが手に入ったので」
「ん、うまい」
お題:コーヒー・クッキー・りんご




