第9話: 魔封じの檻と鋼鉄の処刑人
「……え、あの、神宮寺さん? その『黒の楔』ってのは、そんなにヤバい代物なんですか?」
地底湖の畔、青白く光る苔が照らす薄暗い空間で、俺はおずおずと尋ねた。
腹も満たされ、少し落ち着きを取り戻した俺たちは、地上への帰還ルートを探すために腰を上げたところだ。
「『さん』付けはやめてって言ったでしょ。……ええ、ヤバいわよ。あれは人為的にダンジョンを暴走させるための違法装置。誰が設置したのか知らないけど、見つけたら即破壊が鉄則よ」
神宮寺アリスは、手にしたタブレットの地図アプリ――ダンジョン内でもオフライン動作する高級品だ――を睨みながら険しい顔で答える。
その横で、ロゼが不愉快そうに鼻を鳴らした。
「フン、小賢しい人間どもの道具など、我がブレスで消し炭にすれば済む話です。主様、このような貧相な女の先導など必要ありません。私が壁ごと天井をぶち抜いて、直通ルートをお作りしましょうか?」
「いやいやいや! それ生き埋めになるから! 絶対ダメだからねロゼちゃん!?」
俺が慌ててツッコむと、コメント欄が『物理(直通)』『さすがロゼ様』『脳筋すぎて草』と流れる。
平和だ。
さっきまでの殺伐とした空気が嘘のようだ。
そう思った、直後だった。
キィィィィィン――!!
突如、耳をつんざくような高周波音が空間を支配した。
「ぐっ……!? な、なんですか、この不快な音は……体が、重い……?」
これまで無敵を誇っていたロゼが、苦悶の表情を浮かべてその場に片膝をついた。
「ロゼ!? どうしたんだ!」
「主、様……魔力が、練れません……。体内のマナが、霧散して……」
「これは……『魔力ジャミング』!? まさか、このエリア全体に結界が張られてるの!?」
アリスが叫ぶと同時に、地底湖の水面が爆発した。
水しぶきと共に姿を現したのは、生物ではない。
黒光りする金属装甲に覆われた、身長3メートルはあろうかという巨大な人型――『処刑用ゴーレム』だ。
その無機質な単眼が、赤く明滅し、俺たちを捕捉する。
「嘘だろ……モンスターじゃなくて、ロボット!?」
「ちっ、やっぱり誰かが意図的に私たちを狙ってる! 下がってて、カイト!」
アリスがレイピアを抜き放ち、疾風のごとくゴーレムへ肉薄する。
鋭い突きが装甲の継ぎ目を狙うが、カキンッという硬質な音と共に弾かれた。
「硬っ!? 物理耐性特化型かよ!」
「虫ケラがぁ……私の主様に、近づくなぁっ!!」
ロゼがふらつく足で立ち上がり、腕を振るう。
本来ならそこから極大の魔力弾が放たれるはずだった。
しかし、掌から漏れたのは頼りない火花だけ。
「なっ……!?」
ゴーレムの巨大な腕が薙ぎ払われ、魔力を封じられたロゼが吹き飛ばされる。
「キャアアアッ!」
「ロゼ!!」
ロゼが、負けた? あの最強のドラゴンが、一撃で?
ドローンカメラがその衝撃的な映像を映し出し、コメント欄がパニックに陥る。
『ロゼちゃん!?』『魔法が使えない!?』『運営のナーフきたあああ』『これ詰んでね?』
「魔法使い殺しのアンチマジック・フィールド……! カイト、あんたのその『テイム』、こういう機械人形にも効くの!?」
アリスが必死にゴーレムの攻撃をいなしながら叫ぶ。
「む、無理ですよ! 僕のは『動物愛護』がバグったやつですから! 機械に愛護精神は通じません!」
「使えないわね!!」
ゴーレムがターゲットを変更する。
アリスでも、ロゼでもない。
この場で最も戦闘能力が低く、無防備な存在――俺だ。
「え? こっち見てる? いやいや、ちょっと待って。話し合えば分かるとかそういうタイプじゃ……」
ズシン、ズシンと地面を揺らして迫る鋼鉄の処刑人。
ロゼは魔力欠乏で動けず、アリスは距離が離れている。
俺の手元にあるのは、チョコ味のエナジーバーのゴミと、頑丈さだけが取り柄のドン・キホーテ製ドローンのみ。
「主様、逃げ……っ!」
ロゼの悲痛な叫びが響く中、俺は迫りくる鋼鉄の拳を見上げ、ひきつった笑みを浮かべるしかなかった。
「ちょ、同接5万人突破ありがとう……って、死ぬ死ぬ死ぬゥウウ!!」
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【登場人物】
- 処刑用ゴーレム: 敵対者(自律型兵器)
【アイテム・用語】
- 魔力ジャミング: 特定エリアの魔力循環を阻害し、魔法の使用を封じる装置または結界。魔法生物であるロゼにとっては毒ガスに近い効果をもたらす。
- アンチマジック・フィールド: 魔法の効果を無効化する空間。魔法使いや魔法生物に対して極めて有利な状況を作り出す。
- 安物ドローンカメラ(ドン・キホーテ製): カイトが愛用している自動追尾型の配信カメラ。画質は悪いが、なぜかS級ボスの猛攻やドラゴンのブレスに巻き込まれても壊れない、作中最強の耐久力を誇る謎のアイテム。




