第4話:深層の常識、地上の非常識
「い、一億五千万……これが、一億五千万……!」
奈落の底、湿った岩肌に囲まれた薄暗い空間で、俺、佐藤カイトは紫色に輝く『深淵の魔石』を頬ずりしていた。
先ほどロゼが瞬殺したアビス・スパイダーの亡骸から転がり出たドロップアイテムだ。
『カイト顔やばすぎwww』
『欲望に忠実で草』
『これマジで本物の魔石か? 100均のビー玉じゃなくて?』
『鑑定班まだー?』
安物ドローンカメラが俺の情けない顔と、背後に控える美少女――S級ボスドラゴンの化身であるロゼを交互に映し出す。
同接数は既に3000人を突破していた。
底辺配信者だった頃の俺からすれば、天文学的な数字だ。
「よーし、これを持って帰れば借金なんて即完済だ! ロゼ、地上への出口を探すぞ!」
「御意に。主様が望むなら、天蓋を破壊して直通ルートをお作りしますが?」
「やめて!? それダンジョン崩壊するから! 地道に階段探そう!?」
俺たちは移動を開始した。
だが、ここは『奈落の底』。
人類未踏破の超危険地帯だ。
数分歩くだけで、肌を刺すような濃密な魔力が俺の体力を削っていく。
「はぁ、はぁ……なんか、息苦しい……」
「魔素濃度が濃いですね。脆弱な人間種なら、呼吸するだけで肺が焼け爛れるレベルです」
「サラッと怖いこと言わないで!?」
その時だった。
岩陰から、複数の赤い瞳がギラリと光った。
「グルルルル……」
漆黒の毛並みを持つ狼の群れが現れる。
影に溶け込むように移動するその姿は、間違いなく高ランクモンスターだ。
「ひっ……! 『シャドウ・ウルフ』!? しかも群れだって!?」
通常ならBランク相当、群れならAランクパーティでも全滅しかねない凶悪な捕食者だ。
俺のようなEランク探索者など、彼らにとっては歩くおやつに過ぎない。
『うわああああ出たあああ!』
『CGのクオリティ高すぎだろ』
『いや、あの動き……ガチっぽくないか?』
『カイト逃げろ! 死ぬぞ!』
コメント欄が悲鳴で埋め尽くされる。
俺は腰を抜かしそうになりながら、必死でロゼの背中に隠れた。
「ロ、ロゼちゃん! 出番です! お願いします!」
「……主様、あのような薄汚い獣ごときに、私の手を煩わせるのですか?」
ロゼは不服そうに眉をひそめながら、ゴスロリ服のスカートを翻して前に出た。
シャドウ・ウルフたちは本能的な恐怖を感じたのか、一瞬たじろぐ。
しかし、空腹が勝ったのか、一斉にロゼへと飛びかかった。
「分をわきまえなさい、駄犬」
ロゼが軽く指を弾く。
ただそれだけだった。
ドォォォン!!
不可視の衝撃波が炸裂し、飛びかかってきた狼たちが空中で
「弾け飛んだ」
血飛沫すら残らない。
圧倒的な魔力の奔流が、彼らを粒子レベルで消滅させたのだ。
余波で洞窟の壁が抉れ、俺も吹き飛びそうになる。
「……え?」
『は?』
『何が起きた?』
『ラグ? バグ?』
『一瞬で消えたぞ……』
「掃除完了です、主様。……ああ、一匹だけ焼き加減を調整して残しておきました。お夜食にしますか?」
ロゼが笑顔で差し出してきたのは、こんがりと焼けた狼の足一本。
俺は震える手でそれを受け取った。
この世界の常識が、音を立てて崩れていく音が聞こえた気がした。
一方その頃、地上のダンジョン入り口。
「どいて! 緊急事態よ!」
受付の制止を振り切り、純白の戦衣に身を包んだ少女がゲートを通過した。
Sランク探索者、神宮寺アリス。
彼女はタブレットでカイトの配信を睨みつけながら、愛用のレイピアを握りしめる。
「あんなデタラメな強さ……許されるわけないわ。私が直接、化けの皮を剥いでやるんだから!」
アリスの介入まで、あとわずか。
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【登場人物】
- シャドウ・ウルフ: 奈落の底に生息する高ランクモンスター。群れで行動する。
【場所】
- ダンジョン入り口(地上): 探索者たちがダンジョンへ入るためのゲート。受付や警備がいる。
【アイテム・用語】
- 魔素濃度: ダンジョンの深さによって濃くなる魔力の密度。深すぎると一般人は呼吸すら困難になる。




