第2話:S級美少女とスパチャの嵐、そして生存戦略
「あ、あの……君、誰? さっきのドラゴンさんはどこへ?」
粉塵が舞う中、俺、佐藤カイトは震える声で問いかけた。
目の前にいるのは、銀色の髪をなびかせたゴシックロリータ姿の美少女。
透き通るような白い肌に、血のように赤い瞳。
その可憐な容姿は、殺風景なダンジョンの最深部『奈落の底』にはあまりにも不釣り合いだった。
『主様。
我が身は貴方様の忠実なる下僕。
先ほどの巨躯は仮の姿にすぎません』
少女――ロゼは恭しくスカートの端をつまみ、優雅に一礼する。
「え、マジで? あのサイズがこれに? ていうか、下僕って何!?」
俺がパニックに陥っている間も、俺の相棒である『安物ドローンカメラ』は健気にその光景を配信し続けていた。
恐る恐るスマホでコメント欄を確認する。
『うおおおお! なんだこの美少女!?』
『CG技術凄すぎワロタ』
『今の変身エフェクトどうやったんだ? プロの仕業か?』
『主様呼びとか最高かよ』
『同接500人突破おめ』
「ご、500人!? 普段の百倍以上!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。
底辺配信者の俺にとって、同接500人は夢のような数字だ。
しかし、ここは人類未踏の『奈落の底』。
浮かれている場合ではない。
『キシャアアアア!!』
その時、背後の闇から耳をつんざくような咆哮が響いた。
振り返ると、そこには大型トラックほどの大きさがある巨大な蜘蛛、『アビス・スパイダー』が八つの複眼を怪しく光らせて迫っていた。
Sランク相当の凶悪モンスターだ。
「ヒィイイ!! 出たアアア! 終わった、今度こそ死んだ!!」
俺が腰を抜かしてへたり込んだ瞬間、ロゼがスッと前に出る。
『……不愉快ですね』
彼女の声は氷のように冷たかった。
『主様との対話の邪魔をする羽虫が。――消え失せろ』
ロゼが白く華奢な手を軽く振るう。
ただそれだけの動作だった。
直後、暴風のような衝撃波が発生し、アビス・スパイダーの上半身が音もなく消し飛んだ。
緑色の体液を撒き散らし、巨大な蜘蛛は物言わぬ骸へと変わる。
「……は?」
『お怪我はありませんか、主様』
先ほどの冷酷さが嘘のように、ロゼは蕩けるような甘い笑顔で俺に駆け寄ってくる。
コメント欄が加速する。
『ファッ!?』
『今の演出どうなってんの?』
『CGじゃない……? ガチで倒したのか?』
『\10,000 初見です。映画の撮影ですか?』
「あ、赤スパ!? い、一万円!? ……じゃなくて!!」
俺は混乱する頭を必死に振った。
赤スパは喉から手が出るほど欲しい。
だが、今の光景で確信した。
この少女は、間違いなくさっきの災害級ドラゴンだ。
そして、俺はとんでもない場所にいる。
一方、地上。
とある高級マンションの一室で、人気Sランク探索者の神宮寺アリスは、タブレットの画面を食い入るように見つめていた。
「……何よこれ。特撮? いや、あのスパイダーの体液の飛散り方、CG特有の違和感がない。それにこの座標……」
彼女は眉をひそめ、配信画面の中の情けない男と、規格外の少女を睨みつける。
「未登録の深層領域……? まさか、本当に『奈落』に落ちたっていうの? しかもS級モンスターを手懐けて?」
再び画面の中、奈落の底。
俺は震える足で立ち上がり、ロゼに向き直った。
状況は依然として絶望的だ。
だが、この最強の護衛がいれば、あるいは。
「ロ、ロゼ……さん?」
『ロゼで構いません、主様』
「じゃ、じゃあロゼ。とりあえず、ここから地上に帰りたいんだけど……手伝ってくれるか?」
生き残る。
そして、この赤スパが飛び交う奇跡の配信データを持ち帰って換金する。
借金を返すまでは死ねない。
『御意のままに。我が背に乗りますか? それとも、邪魔な壁をすべて破壊して階段を作りますか?』
「破壊はダメ! 絶対ダメ! 地道に歩いて帰ろう!?」
こうして、S級ボスを連れた底辺配信者の、命がけの帰宅配信が幕を開けた。
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【登場人物】
- 神宮寺 アリス: Sランク探索者兼アイドル配信者(地上で配信を視聴中)
- アビス・スパイダー: 奈落の底に生息するSランク相当のモンスター。ロゼに瞬殺される。
【場所】
- 神宮寺アリスの自宅: 高級マンションの一室。アリスが配信をチェックしている場所。
【アイテム・用語】
- 赤スパ: 1万円以上の高額スーパーチャット。カイトの最大のモチベーション源。




