8
頭上には紺色のビロードが広がり、満天の星はダイヤモンドのように輝いている──グアイの言葉だが、あたしから言わせれば、クソ寒い中で空を見上げる間抜けはいない、だ。
白痴のグアイという二つ名にもかかわらず、グアイはその詩節の引用元の雑誌、発行の日付、読んだ日、場所までべらべら喋るのでレイナはうんざりしながら聞き流した。
チスタ=バローチを出てたった半日で道が無くなり、荒野をただ方位磁針を見ながら進んだ。車列の先導はレイナの前駆二輪で、後ろにグアイが乗った。ヘルメットをちゃんと被っている。
砂漠には、時々人工物があった。大抵は大昔のガソリンスタンドの屋根だったり、廃都のビル群だったりする。古い送電線もその1つで『この先 腐獣出没地帯 引き返せ』という警告の看板が出ている。しばらく進むとそれさえ無くなった。
日が落ちると、ときおりグアイに止まるよう指示される。レイナが暇そうに待っている間、グアイは夜空をじっと眺めている。
「それ、なにしてんの?」
「この機械は六分儀というんだ。現在の緯度と経度をおおよそ、測れるんだ。俺は地図と三角関数表、星図は全部暗記している。だからこの道具と時計さえあれば、正確な位置がわかるんだ」
「へぇ、目標のない砂漠で」
「砂漠だけじゃない。唯一大陸全土で現在位置がわかるんだ。連邦の巡空艦だって、位置測位に、34年9月13日10時3分に設置された成層圏気球アビール1号から4号の電磁三角測量を使うけど、電波が掴めないときは六分儀を使うだろ」
完全記憶な分、余計な情報が多すぎてグアイの話はわかりにくい。
「しらねーって。軍属だからって空の連中の事情なんて関係ない」
レイナが喋っている間も、グアイは夜空の観測を続けた。そしてよし、と合図が出て真っ暗な砂漠を進んだ。
ヘッドライトの明かり以外、真っ暗の闇だった。あの向こうに腐獣が蠢いている気配がするし、風に乗って獣の唸り声が聞こえる。
「クソ、よりによって夜に」
「夜、今日は月齢27.1だね。夜になると腐獣は砂から這い出てくる。砂の下から急に襲われるよりマシだろ」
「そうだけどよ」
「安心しなって。テウヘルが出てくるホットスポットは全部暗記しているから」
グアイの指示するルートは右へ左へと曲がっている。そのせいで今どの位置を走っているか、そしてウェルダンまでどのぐらいで着くか見当もつかない。
再び停車し、グアイは星の観測を始めた。
「ウェルダンの連中は、みんなこんな面倒なことしてるのか?」
「いや。君、傭兵なら金剛旅団って聞いたことはないかい? 辺境域で最強の傭兵集団。彼らはウェルダンを根城にしてるんだけど、アタマ重工製91型51年マイナーチェンジモデルのニーション装甲トラックで砂漠を渡るんだ。タイヤにトゲがあって、前面にドーザーが付いてる。ドーザーってわかる? ブルドーザーのあれ」
「んや、聞いたことないけど。あたしがいたのはフアラーンだし」
「フアラーン! いい街だね。クスタ町4丁目のカフェはなかなか良かった。あれ、話がそれた? とりあえず、金剛旅団も俺の良い取引相手さ。金払いも良い。特に連邦の酒なんて持っていくと喜ばれる」
グアイは喋りながら観測を終え、再び走り出した。
「銀髪ってのは、ようは適応力が並外れてるんだろ?」
暇に任せて、訊いてみた。
「ふむ? まあ、適応力と言えば適応力だけど」
グアイは奥歯に物が詰まったような言いようだった。
「んだよ、はっきり言えよ」
「もしもし、レイナくん? 俺は情報屋だ。情報は商品、タダではやらん。やらんつもりだったが、まあいいか。同じ銀髪のよしみだ。銀髪の能力というのは、適応力だけでは片付けられない、もう少し複雑かつシンプルな仕組みさ」
「……どっちだよ」
「腐獣の心臓、学者はコアとか翠緑種って呼ぶけど、接種するとヒトの無意識領域が意識領域に上がってくる──」
レイナが聞いた言葉の理解に苦しんでいると、
「──つまりもうひとりの自分が現れるのさ。で、もうひとりの自分は、本能的な欲求を満たそうとする、そして心臓はそれを叶えさせてくれる」
「じゃあ、腐獣の心臓さえあれば、どんな願いも叶えてくれる?」
「叶えてくれないのは、レイナくん自身がよく知ってるんじゃないかな? 例えば、俺は無意識下で完全な記憶能力が欲しい、と思っていたらしい。もっとブレーメンらしい能力が欲しかったけど実際、これはこれで仕事の役に立ってる」
グアイはべらべら喋りながらも、経路の指示を細かく出していた。
「俺は星の位置、岩山の見える角度やサボテンの位置、全部を覚えている。砂山の形は、さすがに来るたびに形が変わるので覚える意味はないと気づいたよ。君はどうだい、レイナくん? 腐獣のコアに何をもらったんだい?」
「あたしは、なんでだろう。嘘を見抜ける。見抜く自信がある」
そうだ、たしかあの時。オヤジが腐獣に襲われて死んだ時、あたしは「嘘つき」って言った気がする。いつまでも一緒にいてくれるって、そう言ったのに死んだ。だから嘘が嫌いだ。騙されない力がほしい。たぶん、あの時そう願っていた。
そしてフリオの電撃を耐えられたのも、オーランドの地下で一瞬だけ発揮できたブレーメンみたいな力も、全部あたしの奥底にある欲求なのか。ちくしょう、そうと分かっていたらニシのような万能な力を求めたのに。
「無意識ってのが厄介なんだよな。とっさに“お前の願いは?”って聞かれたって即答できるわけねーし。じゃあ、どうやったら銀髪になれるんだ? たいてい、心臓を食ったら廃人化するだろ? あたしやあんたと、それ以外の一般人と何が違うんだ」
「さあ」
「んだよ、そこまで喋ってあとは有料ってか」
「研究が進んでいないのさ。連邦の司書はとことん、旧人類の知識を嫌い排除している。でも不思議じゃないかい? 旧人類の知識は知ってはならない、じゃどうやって禁忌の知識を識別して排除するのか。答えは簡単。なんとなく急進的な科学技術がぽん、と発明されると科学者は誘拐されコンクリ詰めにして砂漠に埋められる。司書ってのはギャング顔負けのクソ野郎どもさ。おかげで科学者たちは財団の街か企業の秘密研究所へ逃げる。ああいう連中は秘密主義だから探ったところで情報が出てこない」
「……じゃあ、わからないってこと?」
「そう。どうしたら銀髪になれるのか、という誰もが知りたいことだが司書が裏工作している。テウヘルは悪魔──ちなみにブレーメンの古語で悪魔、悪魔とか悪夢とかそういう意味なんだってさ。まあいいや。で、その心臓を食った銀髪もまた悪魔である、みたいにね。言われたことあるだろ?」
「んーある」
「真実を隠すには、別の言葉で覆い隠すのが一番なのさ。とくに一般大衆が好むような安直でわかりやすい、少数派をこき落とすような差別を、ね。情報戦では、確かに上手いことやっている」
「お前さ……」
「おっと、流石にこれ以上は喋られない。有料だよ」
「その白痴って二つ名、似合わないだろ」
「ああ、それ? 道化を演じているだけさ。ヒトは秘密を抱えたままにできない。どこかで無性に喋りたくなる。バカ相手だと心のバリアが溶けてついいろいろ喋ってしまうんだ。酒場の酔客の言葉と、企業の公的発表、株価、紙コップの値段が上がったり下がったり、些細な変化が繋がり、情報になるんだ。レイナくん、興味あるならいっしょに商売するかい?」
レイナは、横に首を振った──そういうのはニシのほうが得意だ。
時間の感覚さえ無くなり始めた時、地平線が明るく輝き始めた。グアイはブレーメン古語で地平線の光を金の指輪と呼ぶとしきりに教えてくれたがレイナは疲れすぎていて言葉が頭の中を素通りしていった。
明るくなって初めて、自分たちが海岸線のすぐ横を走っていたと気づいた。海岸とまるっこい岩の壁の間を走っている。そして眼前には目的地の孤都ウェルダンがあった。
入江の入口は高い岩山で囲まれていて、その間の谷をスクラップの廃材をつなぎ合わせた壁が築いてある。中が見えないぐらいに高い。銃眼が作ってあり、腐獣だけでなくヒト相手でも戦えそうな造りだった。
「はいはい、ここでストップ。みなさーん、止まって!」
グアイが無線越しに叫んだ。3台ともエンジンをかけたまま停車した。
「くぁーやっと着いた。肩がこった」レイナは大きく伸びをして「ていうか、なんで止まるんだよ。そろそろバッテリーを充電しなきゃヤバいんだが」
後ろの2台は発電機を積んでいるがレイナの前駆二輪は積むスペースの余裕がない。
「あちらが門を開けてくれるまで待たないと、撃たれますよ。対物ライフルで」
「ま、別にいいさ。休憩休憩。ケツが2つに割れそうだ」
レイナはグアイを残してバイクから降りた。前駆二輪は1人分軽くなったので僅かに上昇したが電圧が自動調整され元の高さに下がる。
キラキラしているあれは、双眼鏡か。日の出の時間だから待つかと思ったが、連中はけっこう働き者のようだ。それよりも、やはり海だ。タムソムじゃろくに海を眺める余裕はなかった。いまじゃ、ほんの走れば10秒で水にドボンできる。
砂漠じゃ貴重な水も、これだけ大量に目の前にあるのが不思議でならない。そして塩っけが多すぎて飲めない。不思議だ。
「よう、物知りグアイ。どうして海の水はしょっぱいんだ?」
しかしグアイの返事は無かった。
「おいおい、ただのおしゃべりだっての。まさかこんなことまで金を取るんじゃないよな?」
グアイは緊張したまま、口を閉じていた。
「レイナくん、ちょっとまずいかも」
「んだよ、そりゃ海の水はしょっぱすぎてまずいけどよ」
「海の話じゃないよ」
ウェルダンの門が開いた。そしてすぐ閉じた。門の前には誰かが1人、立っている。しかし遠すぎて顔まではよく見えない。
「あれは、ウェルダンの首魁です」
「ん? ボスってことだろ」
「たしかに、今回の訪問は予定に無いですし、俺が脅されて道案内をさせた、というのなら皆殺しに遭います」
「はっ、ジョーダンだろ。あたしらは強いんだぜ。銀髪が2人軍人が2人、ブレーメンだっている」
「首魁もブレーメンです」
ん?
異変に気づいて、他のメンバーの車から降りてきた。
「今の話は本当かの?」
ネネが最初に質問した。
「ええ嘘じゃ──」
「知っとって黙っとったんかい、われ!」
ネネの怒気にグアイが縮こまった。
「いやでも、俺会ったこと無いし、あまり表には出てこないし。それにブレーメンというのも周りがそう言っているだけで本人は否定しているらしいし」
あー、わかった。その情報は別料金というわけか。たしかに契約上は道案内だけだ。ウェルダンのボスが誰だ、とかその正体は、とか、そこまでは契約していない。
「じゃ、自我のある巨大テウヘルというのは?」
「さあ。あっいやいや、マジっすよ! でも俺も見たことがなくて。噂だけです」
レイナは仲間たちを順々に見てみたが、ネネもロゼも表情は険しかった。アーヤは物陰に隠れて、シスはせっせとライフルを組み立てていた。
「よう、シス、ここから狙える?」
「うん、でも風が強い。それに電波干渉もある、なんでだろ。電子測距儀がダウンしてる。ちょっと再起動……無理っぽいからアナクロだけど手動でスコープだけで狙う」
「当たるのか?」
「レイナよりは上手だよ」
生意気な。
「さて、冷静に交渉ができてかつ、万が一戦闘になったときに戦えるヒトは」
ロゼが軽やかに命令を読み上げ、皆の視線がニシに集まった。
「はいはい、そういうの慣れてるよ。どうせ何が起きたって死なないんだ。もしものときは俺を気にせず逃げてくれ」
「その場合、生き返るのか?」
「燃やされようが宇宙で爆散しようが、そうだ」
ニシはライフルと拳銃をレイナに押し付け、代わりに手に持っていたのはバールだった。工具箱のなかで一番長くて重い工具だ。
「まじかよ」
「ただひとつ、聞いておきたいんだが、アレは言葉を交わせるのか。名状しがたい生き物にしか見えないんだが」
言い回しが難しくて意図がわからず──ロゼやアーヤの方を見たが同じ顔をしていた。
「お前、何言ってんだ? 寝ぼけてんの? あたしもはっきりとは見えないけどよ、お前と同じぐらいの歳の男か? なよなよしい感じで全然ボスっぽくない」
するとニシは、何度か目を瞬かせ、目頭を抑えた。
「ああ、なるほど。見えた。焦点が合った」
ニシはさらに上着を脱ぎ、軍用インナーを見せつけ武器を他に持っていないことを示した。焦らず一定のペースで歩みを進めていた。相対する人影は、地面に長く伸び微動だにしなかった。
ニシは兵士らしいテンポの早い歩幅で、5分としないうちにウェルダンの首魁と対峙した。2人はちょうど格闘訓練で見たときと、同じ間合いだった。向こうの人物は剣を鞘から抜き、朝日で燦然と青い光が輝いた。
「青く輝く神剣。くそ、まじのブレーメンかよ。ネネの婆ちゃんと同じじゃん」
そしてネネは、ロゼに肩車をしてもらいグアイの襟元を静かに締め上げていた。瞳は若草色から黄色へ変わっている。ほんの小さい手なのに、グアイのつま先が地面から浮いている。
「お主の情報料と命と、どっちが高いんじゃ?」
「ま、街を守ってるのは2人、ブレーメンの青年とテウヘル化できるお嬢。ただ部外者とは絶対会わないで、街の揉め事を鎮める役割なんだとか。あはは、会ったこと無いのはマジです、はい」
「名前は?」
「いやでも、本当かどうかわからなくて」
ネネがちょっと締めるとグアイの顔色が赤黒く染まった。
「ソラ……そしてアーシャ、らしい」
ネネは突然に手を離すと、グアイはぺたんこに崩れ落ちた。
変な名前だな。それよりも気になることは、ネネの顔色が悪い。地面にキスしてあえいでいるグアイ以上に、顔色が悪い。まるで──
「幽霊を見たような顔だな」
たかだか9歳に見える婆ちゃんが歳相応に老けたみたいだ。
「その剣で勝負をしよう──」
シスが唐突に喋ったので皆の視線が集まった。機械兎の耳で聞き耳を立てている。
「──俺が勝てば仲間を街に入れてくれ。だってさ♪ ニシ戦う気まんまんだね」
バカかよ。相手はブレーメンでしかも、剣を持っている。神話じゃ岩だろうが鉄だろうが何でも斬れるのがブレーメンの神剣で、ニシが持っているのはただのバールだ。
「まあ、萬像もあるし、互角か。なぁ、婆ちゃんはどう思う?」
レイナは口を開けたまま、固まった。ネネの形相は獣のように恐ろしかった。
かなり遠くてはっきり見えなかったが、街を守るブレーメンの攻撃を、ニシは簡単にいなしていた。バールを両手で握り、姿勢はまっすぐ天を衝いていた。
「まじかよ、互角?」
確かあいつ、言っていたような。ニケの爺さんとかいうブレーメンと剣の稽古を付けた時、ブレーメンより強かった、と。萬像で近未来の予測ができるから敵より早く動ける。
ニシの攻撃は瞬きの間に3、4度繰り返された。そしてブレーメンの剣の攻撃は刃を避け剣の腹をバールで叩き払う。静が続いたと思ったら両者が信じられないぐらいの速さで技を叩きつけ合っている。
バールの先が切られて宙をくるくる舞った。しかしニシの息は上がっていなかった。対するブレーメンは倒れない相手に攻めあぐねているようだった。
「ん、ニシが喋ったよ」シスが聞き耳を立てた「その剣技はニケの爺さんのだ。俺はよく知っている。基本の技ばかりだ。今までの弱い敵はそれでも通じたんだろうが、俺には通じない。うーん、かっこいい。鳥肌たった」
この調子ならニシは勝てる。ブレーメンは強いんだ。バールでひと殴りしたくらいじゃ死なない。しかし異様なのはネネだ。目が血走り、犬歯をむき出しにして唸っている。
「あれがブレーメンですよ。どう思います」
ロゼがレイナの耳元でこそっと打ち明けた。
「怖い」
「ええ。侍従長が敬意を集めているのは単に長生きしているからじゃありません。そうですね。ヒトの本能的な恐怖心でしょうか。どれだけ鍛えても敵わない存在が、ブレーメンです。私達の祖先がブレーメンを排除したがっていた理由も、わかるでしょう。理性ではなく本能です」
「でも、ブレーメンは弱いものを守るんだろ?」
「皆がそうとは限らないのです」
いやまさか。ネネは多少はスケベだがそれでもいい婆ちゃんだ。
ニシたちのほうは膠着状態だった。すくなくともニシには殺る意思はなかった。相手は、わからない。全力でぶつかっているはずが、ニシに刃が届いていない。
ウェルダンの壁の方で、ヒトならざる動きで小さな影が飛び出した。この距離では長い髪のナニか、ぐらいしか判別できない。しかしその小さな影がみるみるうちに盛り上がり、ニシの前に立ちふさがった。
「巨大化したテウヘル!」
グアイの漏らした噂通りだった。全身に真っ黒い体毛の生えたテウヘルで、背中に白い逆毛が首元から短い尻尾まで伸びている。
巨大腐獣とは以前一線を交えたが、あれには知性がなかった。そしてこれは、ニムシペのようにヒトから変身している。戦っても勝てそうにない。
シスは反射的に長大なライフルを構えた。薬室から弾丸を抜き、徹甲弾を挿入しようとして手が止まった。
「ん、ニシが言ってる。街の中に入れるって」
ブレーメンに自我を持つ巨大テウヘル……面倒なことにならなきゃいいが。
敵を挑発しないよう、レイナはゆっくりと進んだ。後ろにはトラックとバギーも続く。なるべくブレーメンとテウヘルに目を合わせないよう堪え、ニシを後ろの座席に乗せて回収した。
その気があれば1秒の半分で自分を八つ裂きにする存在──が2つ、すぐ横にいる。1人は若草色の瞳のブレーメン、もうひとつは見上げるほど大きいテウヘルで、赤い眼が頭上で光っている。ニシがいなかったら竦んで呼吸さえままならなかった。
ウェルダンの入城ゲートは、分厚い鋼鉄製で。トラックのウィンチで上へ上がっていく。壁の上には歩哨が歩くキャットウォークが張られ、警備兵たちはシスが持つのと同じぐらい長いライフルを備えていた。
寒村はロナンブルグで経験したが、このウェルダンもひどく辺鄙な田舎だった。建物はどれも日干しレンガで作られて表面を白い粉か塗料で覆っているせいでギラギラ眩しかった。大きい建物は学校か病院かもしれないがこれも日干しレンガで平屋だった。
道はもちろん舗装されていないので細かな砂が舞い上がって目がかゆい。案内役の兵士が自転車に乗って先導してくれたが、速度が遅いせいで村民のほぼすべての視線を集めてしまった。
グアイは途中で知り合いを見つけて、ひとりで勝手に列を離れてしまった。ロゼもウェルダンの兵士も誰も咎めなかった。
ここで待っていろ、と案内されたのは家──というより半地下のレンガの小屋だった。バイク、バギー、トラックはとなりの空き地に停めた。気づけば子どもから大人、老人までが遠巻きでよそ者を観察していた。武器については何も言われなかったが、怪しい動きをすればすぐ狙撃されそうでおっかない。
「ニシ、なにか喋ろよ、ずっと黙ったままで」
「俺だって緊張するんだ」
ばかばかしい。お前が緊張するわけ無いだろ。
日干しレンガ造りの家は、埃っぽいが入った瞬間空気が冷たかった。外は朝日に照らされて気温がぐんぐん上がるのに中は夜の冷気が残ったままだった。
「へー案外涼しいじゃん」
レイナは武器を外さず、装備をガチャガチャ言わせながら壁際のレンガのベンチに腰掛けた。他のメンバーも室内で一息ついたがニシだけは入口に立ったまま外を見ていた。
「西アフリカで見たことがある」またニシのトーキョーの思い出話が始まった。「日干しレンガは、いいものだ。安いし作るのも難しくない。断熱性があって過ごしやすい。なによりも銃弾を防いでくれる。コンクリートと違って破片が弾け飛んで怪我をする心配もいらない」
「へぇ、いいじゃん」
「ただし崩れたら生き埋めになる」
ニシの言葉に反応して、アーヤも戸口で外を見張り始めた。
「で、これからどうするんだ? ウェルダンへの護衛任務は終わった。あとは、2人の仕事だな」
たしかウェルダンに保管されているデータキューブ、だったか。
アーヤは気を利かせて、携帯ガスコンロでお湯を沸かしていた。紙コップにお湯とティーバックを入れるとネネとロゼに渡した。
「荷物を整理したらすぐ交渉に移ります」ロゼが立ち上がった。「私と侍従長が話をつけますが、ニシさんも一緒に」
「いや俺は止めとく」
「理由を」
ロゼの眉間にシワが寄る。
「さっき俺は、この街のボスをバールで叩き殺そうとしていた。あのテウヘルの介入がなきゃ、今頃脳天がぱっくり割れていた。そんな俺が同席したら穏便な交渉にならない」
「そもそも穏便な交渉は、考慮していませんので」
「プランB、ね」
レイナはお茶を入れた紙コップに口をつけながら、視線はニシとロゼの両方を行き来していた。
「行ってこいって、ニシ。あたしらのことは心配しなくていいからさ」
「別にレイナのことは心配してない。が、しょうがないか。もしものためにレイナは休んでいてくれ」
物語tips:司書
オーランド政府内務省に属する実力行使部隊。主に禁じられた技術や知識の取り締まりを行っている。知識を保管する図書館になぞらえて、「司書」という部隊名が付けられた。
あくまで行政府に属する治安部隊という扱いなので連邦3軍と違い、議会の承認が必要なく宰相の独断で行動できる。完全義体化兵で構成されていて、一般兵より格段に戦闘能力が高い。
禁じられた知識の取り締まりとは、回帰主義――惑星移民をした旧人類の知識を廃棄し0<ゼロ>から文明を築く思想――の名のもと、"自然な文明発展"を阻害する旧人類の知識の濫用を禁止するものだった。歴代の皇は、それぞれ微妙な思想の違いはあるにせよ、旧人類の目指した文明の回帰にとりつかれていた。
司書たちは、科学者の研究を監視し必要があれば拉致して殺害していた。かつては旧人類の知識かどうか、判別がされていたが単に思想の取り締まりに近い作戦を執っている。現在では、王政復古が成し遂げられ、司書たちの設備及び人員は近衛兵団に接収された。それでもなお、議会に感知されぬまま隠密作戦をしているらしい……。
 




