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ブレーメンの聖剣 第3章散華<サンゲ> 下巻  作者: マグネシウム・リン


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5

『状況更新 数6』

 電子音じみたシスの声がイヤホンから聞こえた。レイナの聴覚はまだ回復しておらず、左耳だけが僅かに音が拾えていた。イヤホンの最大音量でやっと聞き取れた。

 広大な放牧地を前駆二輪(バイク)にまたがり疾走する。後席にはニシも座っている。シスは高台からライフルを向けているが、弾代が高いので命中精度の下がる遠距離はレイナとニシの前衛(ポイントマン)にまかせていた。

「納得がいかねぇ」

「そればかりだな、レイナ」

 腐獣(テウヘル)がふらつく足取りで歩いていたが、生き物(フレッシュ)を見つけるやいなや意識を取り戻してまっすぐレイナに向かってきた。しかしかかし(・・・)同然の標的だった。レイナはまっすぐ銃口を向け、引き金を絞った。腐獣(テウヘル)は心臓を破壊されすぐ(むくろ)と化した。

 ニシも慣れたように、ライフルで両膝を撃ち抜いた後、倒れた腐獣(テウヘル)の心臓を銃剣で刺して動きを封じる。ニシは軍用の擲弾筒も背負っている。決して軽くはない装備だが嫌な顔ひとつしていない。

 ばーん。銃声がとどろき、空薬莢が地面に落ちる。

「これで4。そっちは?」

「俺は3だ」

 んだよ、シスの偵察情報と違うじゃねーか。

「おいこら、シス。もう少し……」

『次はグリッド5-5-4。数10』

「わーかってるよ。急かすな」

 ロープを腐獣(テウヘル)の死骸に括り、反対側を前駆二輪(バイク)のフレームにくくる。

「そういや、腐獣(テウヘル)の死骸っていままで放置してたけど」

「ほっとけば干からびて粉になって、砂と見分けがつかなくなるよ」レイナは臭気に息をつまらせ「でも放牧地だかんな、燃やして処理したいんだろ? うまい牛乳のためにはしょうがない」

 10体ほどの死骸をくくりつけで前駆二輪(バイク)で走る。すでに乾き始めているので重くないが、もうもうと砂埃を上げるので派手だった。

 牧草地の外れで、窪地に死骸を投げ捨てる。昨日燃やした死骸の灰がまだ残っていた。

「お疲れさん。あと燃やしとくから、次のもよろしく」

 酪農家の爺さんが馬に乗ってやってきた。燃料缶と乾いたヤギの糞の袋もある。

「俺達は砂漠地帯から来た。砂漠は腐獣(テウヘル)が多いが、この高地でもテウヘルが出没するんだな」

 ニシと爺さんの会話を、レイナは口の動きとわずかに聞こえる音で推測していた。

「ここ2.3年ぐらい前からかの。失業した若者が村に帰ってきたんで、なんとか対処できていたがテウヘルはどんどん増えていてね。あんたたちが来てくれて助かったよ」

「長居はできない。手伝えるのは昨日と今日、あと明日ぐらいだ。毎日ヤギや羊をつぶして(・・・・)振る舞ってくれるんだ。これぐらいたいしたことないよ」

「それに、ネネ()も。ああなんとありがたや。神話の“末の娘”の御名を知る日が来るとは。一説には末の娘は不死であられたそうだが、よもや本当とは」

 そう言って、爺さんは手を合わせて祈りの仕草をしてみせた。

 次のテウヘル掃除エリアにつくと、

『状況更新。数15』

「んだよ、増えてるじゃんか。よしニシ、競争だ」

「レイナ。『猿も木から落ちる』ということわざ、昨日教えてやっただろ」

「トーキョーのことわざだろ? へん、あたしがとちる(・・・)かよ」

 前駆二輪(バイク)を止め、わらわらと湧いて出るテウヘルの群れに飛び込んだ。

 1匹目──マチェーテで頭を()ねる。

 2匹目──心臓を一発で破壊。

 3匹目──ひらりと攻撃をかわしスラグ弾を心臓に打ち込む。

 4匹目──マチェーテで足を破壊/1匹目の上に押し倒し、1発だけ装填&スラグ弾で2匹を同時に撃ち抜く。

 5匹目──狙いを定めていると突然上半身が弾け飛んだ。

『射線に注意』

 遅れてシスの電子音声が届いた。

「遅せぇ、危うくあたしがミンチになるところだったじゃんか」

 6匹目──恨みを込めて頭からマチェーテで叩き割った。よろけているところを拳銃で弾丸を心臓に撃ち込んだ。

「こっちは完了した。レイナ、そっちは?」

「終わったよ。もういないみたいだ」

 弾帯の(シェル)は撃ち尽くしたので、ポーチからバックショット弾を2発 指に挟んだ。

「気になるな。最近テウヘルが増えたって」

「ん? ああ、チョンプーン市でもそんなこと言ってたな」

 死骸の上半身にロープをまわしてもやい(・・・)結びにする。もう片手で()えるぐらい慣れてしまった。

「家畜が襲われないよう、巡回したり毎晩小屋に連れて戻したり、大変だろうに」

「んなもん、とっとと都市に移住しちゃえばいいじゃん。こんなド田舎でよくもまあ暮らしているよ」

 新鮮な肉と牛乳はあるが、スーパーはない。数百年前の水力ダムを修理しながら使っているので電気はかろうじて届いている。

「それは故郷だからだろう。そう簡単に暮らしを捨てられない。俺も、故郷は捨てた身だから偉そうなことは言えなけど、でも彼らの思いは大切にしたい」

 2人はロープを前駆二輪(バイク)に括り終えると、焼き穴に向かって発進した。

「そいや、ニシの故郷、どんなところか聞いてなかったな。ちなみ言っとくがあたしは故郷なんて無い。物心ついたときから親父(オヤジ)とあちこち放浪生活だったから」

「俺の故郷ね。どんなだったか」

「そんな考え込むようなことじゃないだろ。家とか学校とか、行きつけの義体改造パーツ屋でショウウィンドウ越しに眺めたりさ」

「普通の田舎だよ。住宅街があって、自転車で行ったところに山があって、神社がある」

「神社?」

「神様の、家? ブレーメン廟みたいな(やしろ)があった。祭りをするような大きい神社じゃないけど、夏はセミをとったり冬は雪が降って雪だるまを作ったりした。学校が終わって友達と集まってさ。漫画を読んだりして」

「ふーん、楽しそうじゃん」

 なんだ、普通のガキじゃん。あっち(・・・)側のガキンチョ。それがなんでまた、軍用擲弾筒を背負ってしかも本職の兵士より命中率が高い。こっち(・・・)側に来たのも、やっぱり萬像(ミソロジー)のせいなのか。あんまり聞いて嫌な思いさせるのも、あんまりだな。

 死骸を燃やす煙は天高く登っていた。その穴に死骸を蹴落とすと炎の勢いは更に増した。

「いい(まき)になるじゃん」

 バイクの風に当たって冷えた手先を温めた。炎の熱でねじ曲がる死骸は気味が悪いので目を逸らしてニシの方を見た。

「ん? なにか」

「別に、なんでもないよ」

「そうだ、思い出した。秋は家の庭で焼き芋をしたんだ。今は条例やなんやら厳しいけど子どものときは緩かった。祖父母の畑で採れた芋を焼いたんだ。俺は猫舌だから冷めるのを待っていると、全部弟に取られてしまって、けんかになった」

 男の顔は、ちょうど低くなった日で逆光になってよく見えない。

「芋、ね。あたしも嫌いじゃない」

「さつまいも。レイナにも食べさせてやりたいな。甘くてしっとりした芋だ。ふっ、急に思い出したよ、懐かしいって気持ちを。祖父母のほう()入院してるがまだ生きている。会いに行くべきか」

 意味ありげな言い方、しやがって。じゃあ何か、他の家族はもう死んでるってのか。よくある話だ。それがこっち(・・・)側で生きるハメになった理由とでもいうのか。

 焚き火の煙が流れてきたので、レイナはすっと立ち上がって場所を変えた。山肌は岩が転がる斜面だが、谷底の牧草地はなだらかで、そして背の低い草がびっしり生えている。タイヤの跡の代わりに(ひずめ)の跡がぼこぼこの地面を作っていた。少し大きい窪地はテウヘルが這い出てきた跡だろう。風化してなだらかなすり鉢状に変わり、水が溜まって背が高い草が生えている。

「よし、掃除が終わった。見渡す限り標的(ターゲット)はいない」

 ニシがスポッティングスコープをタクティカルベストのポーチに戻した。

「そうだな。今日はシャワーを浴びれる日だっけか? テウヘルと硝煙(しょえん)の臭いを落としたい」

 レイナはぐぐっと背伸びしてバイクに跨った。ロナンブルグまではゆっくり走って1時間ぐらい。途中、さっきの馬の爺さんを追い越した。馬の背中にはシスも乗っている。一触即発だったブレーメン廟も通り過ぎた。

 ネネの話じゃ、ロナンブルグは大きい街だったらしい。それも古代の話で今じゃ巨大構造物の遺構に囲まれて、手作りの小屋に農民が寄り添って暮らす寂しい土地だった。初日と違って小道には村人が歩いているし子どもたちもいた。

 ホテルはもちろん無いので、宿は巡礼者用の宿坊(しゅくぼう)だった。最低限掃除がされた部屋と毛布があるだけ。料金はお布施のみ。他にも数人の白装束のブレーメン学派の教徒がいたが、毛色の違うレイナたちはとは距離を取られている。

 食事やシャワーは、村の顔役(かおやく)の家のを借りていた。きちんとコンクリートで家が建てられている。シャワーを終え、居間に戻るとこざっぱりしたニシと湯気の立つ茶があった。

「あれ、おまえシャワーは?」

「家の裏手の水道で済ませた。寒かったが、慣れている」

「やせ我慢しなくても」

 出された茶は濁っていた。小さな白い陶器のカップの底は見えない。そして口にすると驚くぐらい甘かった。

「チャイみたいで俺は好きだ。熱いからすぐには飲めないけどね」

「むー。初めてだけど悪くない。牛乳と香料も入ってる」

 どこかで様子を見ていたらしい台所係がすぐ茶を注ぎにきた。小腹がすいていたのでちょうどいい甘さだった。

「どうだ? 田舎暮らしも悪くないんじゃないか」

「さあ。毎日が変わり映えしないんじゃ退屈で体がナマっちまうかも」

「この大仕事が終わったら、とっとと退役してこの村に住むことができるんだ。レイナがもし気に入れば」

「別に気にいってないって。軍の身分はちょっと窮屈だけど、他の兵隊よりかは自由にさせてもらってるし悪くない。なんでそんなに村の生活を勧めんだよ」

 ニシは答えず、熱い茶を飲んで3杯目を入れてもらった。

「俺は、村の生活に少しだけ興味がある。ずっと命令のまま、あっちに行けこっちに来いってそればっかりだった。その反動で、ゆっくりしたい気もする」

「ニシが畑を耕して、アヒルと一緒に茶を飲んでるの、想像できないんだが」

「ははっ、そうだな。しかしどうだろう。終わらない寿命と死なない体だから、100年ばかし隠居しても良さそうと思わないか」

「んなもん、テメーで決めろ」

 ヒトの人生ひとつ分の長さを軽く言いやがって。死なない/死ねない体なんて(ア・メン)が“くれる”っていうんなら、要らないって言うやつはいない。

 レイナとニシで銃の構え方や銃弾の選び方など、とりとめもない議論をしているとドアが開いてアーヤとロゼが現れた。

虹天来雨(ルンティエンマーサイ)!」

 アーヤがブレーメン学派のありがたーい言葉を叫んだ。

「そんな大声出さなくても聞こえてるから」するとアーヤは小声でもごもご喋るので「読唇術も慣れたからな! 何言ってるかわかってるんだぞ」

 “ニシくんとイチャラブデート”だってか。なんなら明日はアーヤがテウヘル狩りに行けよ。

「フフフ、若いっていいわね。あら(わたくし)もお茶をいただこうかしら」

 アーヤとロゼはそろって向かい側のソファに座った。そしてアーヤがパルを展開して、テーブルに画像を投影した。

「レイナちんたちがドンパチしている間にビッグニュースを手に入れたのです! 私だって仕事してんだからね」

 画像は山を超えた先にあるチスタ=バローチ市の略図だった。

「ウェルダンに繋がる情報が見つかった?」

「そ。まず基本のおさらい。ウェルダンはどの勢力にも属していない自由都市。そして正確な位置がわからない。わかったとしても、周りはテウヘルの巣だし城門も開けてくれない。でも出入りする密輸団や傭兵集団は、いる。それが彼らの収入源ね」

 画像が切り替わり、繁華街の裏筋にある住所が出た。

「──グアイ。そこそこ名の通ってる情報屋、密輸商。通称白痴(モラン)のグアイ」

「大丈夫なのか、それ?」

「あくまで二つ名だしね、大丈夫よきっと。彼ならウェルダンへ入る道がわかるんだって。チスタ=バローチで失業して戻ってきた若者集団に聞いた」

「そんな情報屋を知ってるって、なんの仕事してたんだいったい」

 ニシが顔をしかめた。

「この街の若者は目が良いんだって。だから狙撃とか潜入、窃盗とか。まあとにかく、最近は難民が多くなってそういう安価な()に仕事を取られて失業したんだってさ」

 辺境地域はさすが、治安が悪い。

「で、このグアイを雇ってウェルダンへ向かうの。情報料は高いけど、案内役を介さないでウェルダンに向かうと、テウヘルに砂漠に引きずり込まれるか街を守る傭兵集団に襲われるんだってさ」

 隣のロゼも、その働きに満足そうだった。

「フフ、働き者の部下を持つと楽ですわね。では予定を切り上げて、明日には出発しましょう。侍従長にもそう伝えてきてくれませんか」

 あれ、一緒じゃなかったのか。

「ネネは今、どこにいるんだ?」

 ニシが訊いた。

「村の公会堂(こうかいどう)です。子どもたち相手に昔話をしてるんです」

「1500年分の昔話、教科書ぐらい分厚くなりそうだ」

「そうですわね。じゃ、アーヤさんとレイナさん、行ってきてくださいまし。ニシさんは作戦会議です」

 ニシは肩をすくめて同意した。アーヤはレイナの腕を掴んで飛び上がると家を飛び出した。

「ちょ、待てって。焦るなよ」

「もーレイナちん。伝説のブレーメンの七戦士の、その末の娘のお話よ。聞きたいでしょ」

「いや、別に。つーか今まで一緒だったんだから、その時 聞けばいいじゃんか」

「んーなんか、お婆ちゃんに聞きにくい感じ、しない? ニシくんのことは孫みたいに可愛がってるくせにあたしたちにはなんかそっけないと言うか」

「あれだろ、ブレーメンの習性。いい男にはつば(・・)付けとくんだってさ」

 レイナの、理想のブレーメン像をぶち壊すような発言にアーヤも顔をしかめた。

 村の家々は斜面に沿って段々に並んでいた。石を敷いた小道は山肌に沿って右へ左へ曲がり、斜面を昇り降りする階段と時々交差していた。このあたりは車も入れず馬車も引いて入れないので大人たちはアルミ製の背負子(しょいこ)で穀物袋を運んでいた。

「のどかっていうか寂れすぎっていうか……おっ思いついたぜ。“文明の出がらし”」

「レイナ、何いってんの?」

 手作り小屋が並ぶ斜面には、場違いなほど太い、コンクリートか何かでできた柱がいくつも立っている。この村で一番古い構造物だが一番しっかりと形を保っていた。台場(だいば)は村でも貴重な平らな地面なので、村の顔役の家や公共の施設がその上に建っていた。

 アーヤも言葉の意味が段々理解できたようで、

「ロナンブルグ、ね。確かに“ンブルグ”の名前は大きい街にだけ付くから。ネネ婆ちゃんの話じゃ、古語で反逆(ンブルグ)って意味だっけ? 2000年前は反回帰主義者の大きい街だった」

「それが今じゃ、掘っ立て小屋の村だぜ?」

 唯一 当時のまま形を保っている楼閣(ろうかく)も、村共有の厩舎(きゅうしゃ)だった。

 公会堂はブロック塀にトタンの屋根を張っただけの小屋だった。一応、電球のオレンジ色の明かりが灯り、真正面には大きな黒板も貼ってある。入口には人だかりができていて、中では子どもと老人たちが、高座に座るネネを囲んでいた。子どもたちは、自分よりちょっと年上の、都会のお姉さんの話に興味津々だったが老人たちは手を合わせて祈っていた。レイナもアーヤも、この人混みをかき分けて前へ出ようとは思わなかった

「ち、この距離じゃ何言ってるか聞こえねぇ」

「私もあまり聞こえない。んー、七戦士のお話かな。でも初めて聞くエピソードだよ」

 婆ちゃんの昔話なんてこれから先の道中、暇な時間に聞ける。しかしロゼに伝言を頼まれたせいで、さいなら(・・・・)と帰るわけにもいかない。

「ふふん、わたし(シス)にお任せ!」

「どわっ、急に現れるな!」

 2人をかきわけて、シスが現れた。背中にはライフルを分解して収めた子供用ゴルフバッグを背負っている。貼ってあるツノカバのシールがまた増えている。

 シスはパルを操作して2人と短距離通信で接続した。

「はい、これで聞こえるよ。わたし(シス)の耳には指向性マイクが入ってるから」

 パルからイヤホンを伸ばして耳に挿すと、かなり良い音質でネネの声が聞こえた。まるですぐ隣で喋っているかのようだった。

『……こうして、いがみ合っていたマングッドとテンは、互いに害をなさないとわかって共に暮らすようになったのじゃ。身軽なマングッド崖の上に、体の重いテンは崖の下にそれぞれ干し肉を隠しておった……』

「誰だっけ」

「マングッドとテンは、どちらも神話のブレーメンの七戦士だよ」

 アーヤが早口で説明してくれた。

『……ある日、テンが崖の下に戻ると干し肉がなくなっていた。テンはマングッドを疑ったが、しかし身軽なマングッドを追いかけることもできないので諦めたのだ。

 しばらくして、マングッドは近くの集落の祭りに乗じて、干し肉を盗み出した。しかしその肉は焼き始めたばかりのもので火が燻っており、崖の上に戻ると肉がすべて一斉に燃え始めた。慌てたマングッドはつい(・・)火の着いた肉を崖下に蹴落としてしまった。テムはちょうど食べ頃の肉を手に入れそれをすべて食べてしまったのじゃ』

 ネネの周りの子供達は目を輝かしてたが、レイナはいぶかしげに目を細めるだけだった。

『……つまりじゃ(わっぱ)ども、決して友に嘘を付くのではないぞ。それはめぐりめぐって己に災難が廻ってくるからの』

 子どもたちはばらばらに返事をし、老人たちは感心したように唸っていた。

「ふーむ、初めて聞く話ね。神話の七戦士はライバル関係とはいえそんないがみ合う関係じゃないはずなんだけど」

「じゃああれか、ネネはライバル心のせいでほら(・・)を吹いてるって。死人に口なし、1500年も前のストーリィならネネの言いたい放題じゃん」

「別にネネ婆ちゃんを悪く言うつもりはないよ。神話だって本に書かれ始めたのが1000年前で何度も改定されてるし、本当の出来事なんてだれもわかんない」

「じゃーよ、ここのジジババはなんでまたネネみたいなのをありがたがってんだ?」

「ブレーメン学派も、ブレーメン(びょう)も、どちらも同じだよ。迷いの多い現代に変わらない価値観を与えてくれるんだもん。かつてのブレーメンの生き方を学ぼうっていう」

「つったって、ブレーメン学派のありがたーい言葉も、ネネに聞いたら『ワラワはけったい(・・・・)な言葉なぞ知らん』って返されたんだぜ」

 レイナが妙に声音(こわね)の似た言い方をするので、アーヤも首を傾げた。

 それに、やっぱりひっかかる。この1500年間、ネネはオーランドで(おう)といっしょにいた。その間にブレーメンはヒトの手で絶滅した。ネネはそんな状況を見て見ぬふりをしていたということになる。なるのだが、あの左手の“ぱちん”の威力を知ってからあまりネネに生意気なことを言うのがおっかなくなった。

「ねっ」シスが2人の袖をひっぱって「お婆ちゃん、こっちに来いだって。2人のことじゃないの?」

「シス、お前も一緒だ」

 レイナはシスの手を引いて、人混みの間を縫って前へ出た。たくさんの、好奇の目が銀髪と機械化した少女と、そしてトゲトゲのドレッドヘアに向けられる。

「ロゼからの伝言、出発は明日だって。だから早く帰って準備しないと」

「ふむ、仕事が早い部下を持つと難儀よの」

「なんなら、婆ちゃんはここにいていいんだぜ。何か馴染んでるみたいだし」

 しかしネネは、レイナの腰を持って前へ無理やり押し出した。

「さて皆の衆、妾の話は終い(しまい)じゃ。そしてここに、唯一大陸(タオナム)全土に名を馳せた傭兵(サイカ)、銀髪のレイナがおる。何か聞きたいことはあるかの? 残念じゃが(わらわ)たちは明日朝には出立(しゅったつ)することになっての」

 公会堂のあちこちでささや小声がざわめきに代わった。

「おい、どういうことだよ。あたし気の利いた話なんてできないっての」

「なんに、説法(せっぽう)せよというわけじゃないのじゃ。なにかと閉ざされた村ゆえ、刺激がほしいんじゃよ」

「つったってよ」

 すぐ膝元には子どもたちのきらきらした目が光ってる。確かに、都会のガキンチョじゃこうは輝かない──ドラッグをキメたガキンチョは、こんな感じではあるが。しかしこいつらにウケるようなおとぎ話なんて、全然知らないし都会の話をしたってわかんないだろ。

 すると1人の青年が手を上げた。頭にバンダナを巻いて、ギャングっぽいタトゥーが右の肩から肘まで入っている。

御人(ごじん)、武器はショットガンとマチェーテ、だけだと聞いた。もし狭い通路で前後を敵に囲まれたら、あんたならどうする」

 くそ、専門的過ぎる。ニシを呼んでこないと。

 ばらばらと手が上がるが、どれも(いか)つい若者たちだった。


★おまけマンガ

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

※内容はフィクションです

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