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物語tips:ンブルグの都市と回帰主義
旧人類のそもそもの惑星入植の目的は、文明を捨て去り0から新しい文明を築くことで人類種を数万年生きながらえさせるためだった。そのため2000年前も回帰の名の下でありとあらゆる知識が焼却された。
旧人類は寿命さえ克服していたといわれ、居住塔で何不自由ない暮らしをしていた一方で、移民第3世代は遺伝子改造を施され、新たな文明の担い手として荒野を手作業で耕し石炭を燃やして暖を取っていた。
これら回帰に一部の勢力が反発した。そして旧人類の知識を持ち出し大陸各地に都市を築いた。それらは、現在ではンブルグという都市の名前のみに残るだけとなった。東北部のアレンブルグ、中部のロナンブルグ、南部のソリドンブルグなど。
つん、と冷たい空気は砂漠や荒野にいるとよくあることだった。昼間は動けなくなるぐらい暑いくせに、夜になると凍えるぐらい寒くなる。生身のアーヤは夜のたびに震えているし、あのニシでさえ手を擦って温めている。
ここも、つんと冷たいが砂漠のそれとは違っていた。しっとり湿ったそして冷たい風が襟元を流れていく。
「ロナンブルグにはたしか、連邦の補給基地があったはずじゃ。標高が高いからの、巡空艦が降着するのにちょうどいいんじゃ。燃料を補給している間、地元の者が茶を売りに来てな。高地ゆえに茶がうまい」
半日前の休憩の時、焚き火を囲みながらネネがそう婆臭く昔話を語っていた。廃都のロナンブルグは黒蔵山脈の盆地にある。アーヤは地理とやらを学校で習ったらしいが、あたしにとっては全部が未知だった。
しかし廃都というのは近年の気候変動のせいではなく、何百年も昔からもうヒトが住んでいないということだった。今住んでいるのは、ブレーメン廟を守る風変わりな住人たちと都市を追われた犯罪者ぐらいなものだ。
昨日は一日中、谷底の道を走っていたが、今日気づいたら道は山の中腹に沿って走り、道のすぐ脇は崖だった。崖下に川が流れているが糸みたいに細く見える。道路は舗装なんて無く、岩をどかして平らにならしただけの山道だった。
「あーもしもし、対向車無し、がけ崩れもなし。このまま進んでよし」
レイナのバイクが15分ほどの距離を先行して、落石や土砂崩れ、あるいは対向車が来ないかどうか偵察して無線機で報告した。ロゼの運転するトラックでは道幅がギリギリで、運転にはかなり神経をすり減らしていた。そしてトラックもバギーもゴムタイヤを履いているので岩を踏むたびに頭が左右にグラグラ揺れていた。
レイナは、完全浮遊する前駆二輪なのでいつも通り、そして遅々として進まない車たちにため息をこぼした。寒さのせいで黄色い革手袋をしたがそれでもまだ寒い。
やっとロゼのトラックが見えてきた。後ろにはアーヤのバギーもいる。アクセルを回してさらに先行する。くそったれ。1分に1回 あくびが出る。最初ばかりは、雪を初めて見て少しだけ楽しかった。触ってみたいとも思った。
今では青い空を切り取るような雪の鏡が、黄色い太陽光をぎらぎら反射してめざわりったらない。
「もしもし。黒ヤギの群れだ。道を塞いでる。追い払うからちょい待ってろ」
レイナは無線機越しに喋ったが相手は話す余裕も無いらしい。前駆二輪はちょうど曲がり角の見えにくい陰に止めたので追突されないよう、一応報告した。
ヤギという生き物は、大型犬よりすこし大きいぐらい。細い脚にぼてっと下っ腹が出ている。レイナが近づくと、角の大きなオスの黒ヤギが頭を上げ、平たい瞳孔でレイナを見た。
「ほら、しっしっ。あっち行けって。轢かれても知らねーからな」
しかしヤギはどく気配もなく、ぽろぽろと丸い糞をばらまいた。
「しゃらくせ。一発撃てばビビって逃げるか」
レイナはソードオフ・ショットガンを引き抜いて銃口を空に向けた。銃を見ても物怖じしないところを見るに、ヒトに飼いならされたヤギというわけではなさそう。
ちょうどトリガーに指をかけたときだった。なんの前触れもなく群れがぞろぞろと駆け足で移動し始め、ほぼ直角の崖を器用に登って走り去ってしまった。レイナはもうもうと立ち込める砂埃に顔をしかめた。
最後の一頭が崖下から現れ、続いて姿を現したのは真っ黒い皮膚のただれた犬面だった。
「くそ、腐獣か。どこにでも現れやがる」
テウヘルはふらつく足取りで、標的をヤギからレイナに変えた/同時にショットガンで胸の心臓を撃ち抜かれて後ろ向きに倒れた。さらにもう1匹現れたのでレイナは即座に反応して撃ち倒した。
弾は無し/さらにもう1匹。
レイナはマチェーテを振りかぶって力任せにテウヘルの頭を叩き割る。腐った臭い汁が飛び散る。刃が顔の真ん中まで刺さっていてもなお、レイナを襲おうともがいている。
「メンドクセ」
レイナはテウヘルの体を蹴って押しのけて、同時に刺さった刃を引き抜いた。テウヘルの死体はごろごろと崖下を転がって、他のテウヘルも何匹か巻き添えにして谷底へ落下した。
「用は済んだ。さっさとずらかろう」
レイナは空薬莢を捨て、バックショットを2発詰めると、前駆二輪をすぐ発進させた。
道は標高が高くなり続けると思ったが今度は下りの道のほうが多くなった。日没まではまだ余裕があるが、こんな崖沿いの道で野営なんてしたくない。交代でテウヘルやギャングが来ないか見張らなきゃならない。
最後の尾根を過ぎると道路がコンクリート舗装に変わった。見上げれば古びた丸太に1本だけ電線が通っている。そして視界いっぱいに広がったのは、茶色い山肌に並ぶ家々だった。
すぐロゼのトラックとアーヤのバギーも追いついた。バギーの中では、車酔いのせいかニシもシスも顔色が悪く、アーヤもうなだれていた。
トラックからネネが降りてきて、
「着いたの。これがロナンブルグじゃな。かれこれ、うーん1000年ぶりじゃがあまり変わっておらん」
「1000年って。婆ちゃん、話を盛りすぎ」
「盛りすぎておらんわい。ほれみよ、塔じゃ」
塔、といわれてもよくわからない。ネネが短い指で指し示すが判然としない。岩肌に並ぶ民家は、家と言うより小屋だった。そして小屋の群れの真ん中にひときわ巨大な四角柱の構造物が天に向って伸びている。ちょうど夕日がその背中に降りるときだった。
つるっと継ぎ目のない“塔”は、頂上付近は風化して骨組みだけだった。目が慣れてくると村のあちこちに同じ構造の小塔やら基礎部分が並び、手作りの民家はその上に建てられている。
「ロナンブルグ。ンブルグの名の通り、2000年前、皇の回帰主義に反発した者たちが築いた。あの塔も、骨組みはテリチウム合金でできておる。オーランドの旧居住塔と同じじゃな」
ネネの若草色の瞳が夕日を受けて輝いている。
「あ? ああ、3桁区でぶっ倒れてたあれか」
「んじゃ。旧人類の遺産がないか、遺跡の中を探したことがあるけどの。どこもかしこも地元民に厩舎に使われていて臭いが酷くての」
「きゅう?」
「ヤギや牛の家、という意味じゃ」
家畜の糞のなかを、ちっちゃい体で歩き回った絵面はなかなかおもしろい。
連邦の古い補給基地はもうひとつ尾根を超えた先だった。約500年前の第4次テウヘル戦役ごろに使われたのを最後に、完全に放棄されてから何百年か経っていた。
比較的谷が浅く、幅の広い谷底に柱を立て、巡空艦が降着できる平らな床を作っている。管制塔以外の主な施設はその下に収まっているらしく真っ平らだった。出入り口のフェンスは寒風に耐えてまだ残っていたが、ロゼのトラックで無理やり押し入った。
「今日の宿はここです」ロゼが高らかに命じた。「レイナさん、来てください。一緒に安全を確認しに行きます。ただ、先客がいた場合、むやみに発砲はしないでください」
そう言って、何日か前に取り上げられたままだった拳銃をレイナに返した。
こうこき使われるのは不服だったが、ニシがバギーに揺さぶられ元気がないので、しょうがなく頷いた。
ロゼはジャケットを脱いだ。タートルネックのセーターを着ていて、その上に巨大な自動拳銃のホルスターと予備の弾倉を提げている。
レイナはロゼの後をついて歩きながら、
「あたしがいなくても、隊長1人で十分じゃね……ですか?」
「何をするにしてもバックアップは必要です。軍の行動規則で、2人1組は最小単位です。わかりましたね」
「は、はい」
巡空艦のプラットフォームは、大型機材用のエレベーターがあったが、どれも朽ちて使い物にならなかった。ヒト用の出入り口も、あるにはあるが固く閉ざされていた。
ロゼはドアの四隅を指で撫でて、横の電子錠で指が止まった。キーパッドとパルをつなぎ、通電させると10秒ほどで解錠できた。
「やはり。司書たちが時々使っていたようですね。物資も残されているでしょう」
「鍵がかかっているなら敵もいないんじゃ」
「独立型の警備兵器が残っています。その可能性がゼロではないので」
ということは自動迎撃機銃とかか。省エネモデルなら1年はバッテリーが動くし自動注油もしている。
施設の中は停電しているせいで真っ暗だった。天井のと壁の間に採光用の小窓があって、そこから細い夕日のオレンジが斜めに降っている。エレベーターも動かないので、レイナを先頭に2人で階段を降りる。そして曲がり角を覗き込む前にレイナはじっと聞き耳を立てた。
レイナはマチェーテの刃を角から出した。片面は無反射コーティングで黒色だが、もう片面は磨き上げた銀面だった。それを鏡にして死角を確認する。
「大丈夫、何もいない」
「よくできました。ニシさんに教わったのですか」
「だっ、ちげーよ。あたしなりの工夫!」
つい核心に触れられどもってしまった。実際のところ、オーランドにいたときの訓練中にニシに教えてもらった。マチェーテの小粋な加工も、ニシが職人を見つけてきてくれたからだ。
古い軍事施設とあって、飾りっ気のない構造だった。配線と配管はむき出しで天井に貼り付けてある。壁もコンクリートがむき出しで、床は安い緑のペンキが塗ってあるだけ。地下1階はホコリが積もっていたが、地下2階へ降りると足跡と重い荷物を引きずった跡があった。
「ここにも司書が来てたのか。でも痕跡が古い」
レイナは曲がり角でマチェーテをかざして向こう側の様子を確かめた。しかし初めて見るソレに目を細めた。
「自動警備人形ですわね」
ロゼが教えてくれた。
「つまりロボット」
2つの車輪と縦方向に動く3本の人工筋肉の足、それに上半身は円筒形の操り人形が通路の突き当りの三ツ辻に鎮座している。
「基地の内部を巡回するだけですが、アレは攻勢タイプですね。少々お待ちを。司書からもらった識別コードを入れてみます」
ロゼはパルの短距離通信機能で警備人形に長く複雑なコードと自身のID認証を送った。
「ふぅ、緊張して損した……ぜ?」
レイナが顔を出した途端、円筒の中心に赤い光が灯り、外装が開いた。2丁の銃身がするりと伸びた。
「あークソっ!」
レイナは反射的に曲がり角に身を隠したが、すぐ耳元で弾丸が弾けた。亜音速で弾丸が耳元をかすめて飛んでいく。猛射は1秒の半分ほどで収まったが、機械が近づく気配がする。
「あら、このコード、使えませんでしたわね」
「それならそうと先に!」
「ふふふ、いい運動になりそうですわ」ロゼが巨大な拳銃を引き抜いて、「私が牽制します。レイナさんはぐるっと通路を一周回って後ろから攻めてください」
「い……了解」
レイナは弾けたように走った/狭い通路では爆発的な銃声が断続的に轟く。
もう1台、アレと同じのがいるかも、という考えはあったがとにかくスピードが大切だ。あのロボットは車輪も着いているから、本気で走り出したら追い詰められてしまう。ロゼの銃撃でもう壊れているかと期待したが、まだガシャガシャ動いている。
レイナはショットガンを構え後ろから忍び寄ったが、操り人形の円筒の中央がくるりと回転して銃身の1つがレイナを向いた。
くそ、なにが牽制だ。機械だから騙されなくて当たり前じゃないか。こんなとき、ニシならどうする。どう────。
レイナは真上に飛び上がった。萬像を持つニシのように軽くとはいかなかったが銀髪らしい身体能力で天井の配管パイプにしがみついた。すぐ足元では、操り人形がバラバラと銃弾をばらまくが、レイナの動きについていけなかった。
「こいつ、真上には対処できないのか」
いや、普通のヒトは垂直方向には動かないか──頭はクリアだった。
レイナは真下に落下すると、円筒形の操り人形の頭にしがみついて機巧の隙間に拳銃を差し込んで、引き金を絞った。
狭く硬い機械の内側であちこちに銃弾が跳弾して、操り人形は動かなくなった。
「さすが、レイナさん。私の見立て通り」
「いー! なにが牽制だよ。あと少しで穴だらけに……」
ロゼがすっと手を上げたので、レイナは反射的に縮こまったがその手はゆっくりと降ろされてレイナの跳ねた銀髪を撫でた。
「よくできました。褒めてあげます。さて、みなさんを呼んであげましょう。今日は野宿じゃありません。ゆっくり休めますよ」
宿舎の区画には2人1組の個室があり、トイレも水が流れた。発電機を動かしたら施設の空調と明かりも付き、久しぶりに文明的な一晩があかせそうだった。
レイナが発電室から返ってくると食堂でニシとシス、アーヤが夕食の支度をしていた。穀物の雑炊に牛肉缶入りスープも付いている。がらんと広い食堂で6人だけの食事だった。
「さて、せっかくの食事じゃ、婆が昔話でもしてやろうかの」
「でも、おばあちゃん。『ブレーメン七戦士』の話はもうみんな知ってるよ」
アーヤはためらいもなく、ネネを“おばあちゃん”呼びをするようになっていた。とうのネネもまんざらでもない様子だったのでロゼもめくじらを立てなくなった。
「その6人の同胞たちは、妾にとっては昔話じゃないからの。わら我が話すのが本当のブレーメンの昔話」
1500年も昔のことなんだから、どっちにしろ昔話だろーが。
「空が暗くなり雷鳴が轟く。空に浮かぶは業魔の城。鋼鉄の輝きに昼も夜もなき明かりに包まれた。幼き神に愛されたヒトは林野へ散り散りとなってしまった」
ネネは子供らしい甲高い声で、それでも仰々しく語った。そして「ブレーメン」の発音だけが共通語ではない、本来のブレーメンの言葉だった。
「あ、知ってるそれ。戦士マングットが天を駆け、業魔の城を落とすんでしょ」
しかしネネは鼻を鳴らして、
「アーヤよ。お話は最後まで黙って聞くものじゃ。それに、その七戦士の話はだいぶ混同されておる。原典では、業魔のお話は古代のブレーメンと業魔、七戦士は1500年前のテウヘルとの戦いを記しておるんだぞ」
レイナは余っているスープをもらいながら話を聞いて──あれ、そうなのか? 詳しく知っているわけじゃないが、どちらも同じ話だと思っていた。
「こほん。して業魔に大地が焼かれる中、ある戦士が神に祈った。敵を討ち滅ぼすべく力を与えたもう。三日三晩の祈祷のすえ、意識がもうろうとするなか、戦士の背中に神の視線が降り注いだ。爪の先、髪の先にまで力がみなぎる。山の頂でかざした神剣は、万里の彼方からもその輝きが見え、灰の中でさまよう同胞たちの道しるべの輝きであった」
レイナもおばあちゃんの昔話を、スプーンで肉のかけらを探しながら聞いていた。ニシもシスを膝に乗せて、神妙な表情で聞いていた。
「戦士は空を駆ける業魔の舟に飛び乗った。魔の手も戦士の前では川岸の葦同然に、造作もなく切り結ぶ。業魔の城に渡り、戦士は業魔にこう説いた。『ここは我らが土地。なぜ侵す』業魔答えて曰く『我らは清浄な大地を欲す。ならば排すのみなり』。死闘は月が細くなり再び太るまで続いた。同胞たちは海の彼方へ堕ちる鋼鉄の城を見た。戦士は帰ってこなかったが、業魔は去り灰の中に春の芽吹きがあった」
ネネはえへん、と胸を張った。静かに話を聞いていたシスの頭を撫でてやる。
「本当におばあちゃんみたいだ」
「1500歳じゃからの。ええと、正しくは……」
ネネがかぶりを振ると、ロゼが唇の動きだけで1467歳、と教えてくれた。
「どうじゃニシ? おもしろかったかの」
「ああ。興味深い話だ。文明人類学者が聞いたら泣いて喜ぶぐらいの。空に浮かぶ業魔の城、ね」
「ニシの予想通りじゃ。業魔は、考えられるのは第1の人類の到来より以前の外星人が──」
「いけません侍従長。それ以上は機密事項に当たります」
ロゼが口を挟んだ。しかしネネはいたずらっ子のようにニタニタ笑ったままだった。レイナ、アーヤ、シスは理由がわからずぽかんと口を開けた。
レイナは自分の食器を洗って干して、戻ってきてから行儀悪くイスに座った。
「んーどっかで聞いたことあるな、『第1の人類』って。ニシが言ったんだっけ?」
「俺と、あと皇アナも宣っていた。機密というなら話さないでおくが」しかしロゼが肩をすくめたのを見たので「文字通りの意味だ。宇宙で最初に生まれた人類。神が直接作った知的生命体。進化じゃなくて、な。ちなみにブレーメンは7番目に作った人類だ。本人……本神? がそう言ったんだから間違いないだろう。数十万年前にこの銀河に存在していたのは第1と第7の人類だけだから、ブレーメンの星を犯したのは第1の人類のその末裔の一派だということになる。銀河から銀河へ渡るのは第1の人類でもできなかったはずだから他の銀河の種族ということは無いはずだ」
銀河、という聞き慣れない言葉にアーヤを見たら、小声で“星の集まり”と教えてくれて──いや、まだわからないが。
「そしてそなたたちヒトも、離散後の第1の人類の一派じゃ。2000年前、この惑星に降り立った」
「いや、それ変じゃね?」レイナが人差し指を向けて「だって大昔は第1の人類と戦ったんだろ? じゃなんで2000年前はほいほい受け入れたんだ」
「受け入れんほうが良かったかの? レイナの祖先じゃぞ」
そう言われると、反論できない。
「そうさの。ブレーメンは文字を持たない。歴史も口伝で伝わるしそもそも『過去』という概念も薄かった。ゆえに正確なことはわからんが。ブレーメンの習性はの、「強くあれ」じゃが同時に「弱きものを守る」という側面も持っておる。2000年前の旧人類の文書からは、ブレーメンがヒトを凌駕する驚異的な生命体であったこと、そして同時に、繰り返された惑星移住の遺伝子改変で弱ったヒトを助けようと手を差し伸べたことが記されておる。とどのつまりブレーメンとはの、武器を持ち戦いを挑むと「ぶち殺す」と戦いを楽しむ。じゃが「困っているから助けてくれ」という申し出なら断れないんじゃよ、ブレーメンは」
で、手を差し伸べた結果、ブレーメンはヒトに駆逐され残ったのはネネだけ、か。酷いもんだぜヒトってのは。しかしだったらなんで、ネネはヒトの味方をするんだ? この1500年間でブレーメンが駆逐されたっていうんなら、皇の近くにいたネネは何も行動を起こさなかったのか。
「てことはさ、七戦士の話も作り話ってことは。本当は何があったんだ? せっかくだから聞かせてよ。歴史のお勉強は嫌いだからあまり難しくない感じで」
しかし、ネネは考える素振りをして茶をゆっくりと飲むばかりだった。
「さて、夜も更けてきたし、休むとするかの」
「えー、明日からまた野宿なんだし、いいじゃん」
「レイナ、ちょっと」ニシがいつものバリトンボイスで間に入って「レイナも何か出し物はないか? 一発芸とか」
「え、あたし? できないって。ほら、こういうときはアーヤの出番だ。ほら、パルで音楽流してやるから、歌えって」
アーヤは照れながらもすっと立ち上がると、腹式呼吸で準備を整えた。レイナがパルにダウンロードしておいた曲を適当に流してみた。伴奏モードで再生すると曲のみが流れてきた。
「良い選曲だね。爲不能愛、名曲」
アーヤは拳でマイクを作ると伴奏に合わせて歌い出した。よく通る声と普段喋るよりも高い音域で、誰が聞いても「歌がうまい」と耳を傾ける歌声だった。空気が震えて廃墟のような地下基地に彩りが加えられた。
もう1曲追加──アーヤは自分でアンコールを唱えて更に歌い出した。こと芸術に関心のなさそうなロゼでさえ耳を傾けている。
あれ、そういえばさっきなにか訊きたかったんだけど、なんだったっけ。
★おまけ
物語tips:神
ブレーメンの信仰対象。天と地を結ぶ金の鎖を断ち世界を作ったとされる。そして"ブレーメン"とは神に愛されたヒトを共通語風に発音したものである。
ニシの話では実際にある存在らしい。宇宙を創り7つの種族を作ったとされる。そのうち第1と第7の種族はこの銀河に存在し、銀河全域に離散した第1の人類は、第7の人類・ブレーメンに邂逅した。
神話ではブレーメンの剣士に"視線"を与えるなど、たびたび現世に介入していた。そしてネネやニシには萬像という人知事象を超えた能力を授けている。しかしニシはしきりに神のことをクソ神と呼び、因縁があるらしい。レイナは、萬像の代償がネネの不老やニシの不老不死に関係があると考えている。