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ブレーメンの聖剣 第3章散華<サンゲ> 下巻  作者: マグネシウム・リン


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挿絵(By みてみん)

「ほら、これ」

 裸。つまり一切服を身に着けていない。いつもはふわふわの銀髪は、雨に降られた猫のように頭にぺったり張り付いている。

 ニシがきれいにたたまれた服を取り出した。バスタオルに洗い代えのパンツもある。

「これ。あたしの服」

 服をもらう代わりに弾の入った拳銃をニシに預けた。

「クリーニングしておいたんだ。大事なんだろう? やっぱりそのほうがレイナに似合う」

「地味で質素で荒々しい」

「それが君らしさ、だ。さて、いまさら言うのもアレなんだが、着替えは見ないように外で待っているよ」

 ほんと、いまさら、だろう。というか何も考えず素っ裸のままなあたしの方が変なわけだが。どうせ1週間で死ぬんだ。減るもんじゃない。

「なあ、ちょっと聞きたいんだが。あたしの乳輪ってそんなにデカいか?」

 ニシはバスルームを出ようとしたが一瞬だけ止まる。そして振り返りもせず、

「そんなことないと思うが」

「スタイルは、いいだろでも?」

「かもな」

 そう言い残してバスルームを後にした。

「んだよ、嘘言いやがって。そーいうのむかつくんだが」



 よくよく考えれば、外を歩く服はこの外套(がいとう)1着だけだった。下着をつけて、直接外套を着る。いくらプロが柔軟剤で仕立てたってチクチクするし布も擦り切れてて薄い。それにやたら寒くなった気候のせいで首元がぶるっとする。

 砂漠で、砂と風避けだったスカーフを巻くと幾分か温かい。

 部屋に戻る。馴染みのマチェーテとショットガンのホルスターを腰に巻いた。癖みたいに使わないくせ磨いていたお陰で錆ひとつない。弾も使ってない分たっぷりある。ポーチに全部詰めた。

 拳銃のホルスターは背中に──これはこれで、あたしが頑張った証拠だ。

 リビングではアーヤとシスが待ち構えていた。2人はレイナをソファに座らせるとヘアドライヤーでレイナの銀髪を乾かした。

「レイナちん、さすが。戻ってきてくれると思ってた」

「この程度で潰れるなんて、あたしらしくないだろ」レイナはアーヤを見ようとしたが頭を掴まれたまま、「お前は、その、いいのかよ」

「いいって、何が?」

「ほら、その、いろいろ」

 あと1週間で死ぬこととか。

「まあね。やりたいことはやりきったかな、って感じ。仲間とカレシと」

 彼氏。フリオ。じゃあさっさと会いに行けよ、と言う前にアーヤにパルを見せられた。

「はいここ、集合地点。明日の朝までに。カレともここで会う予定」

 第8要塞壁。ロゼからの指示だ。死ぬまで戦え。

 8番目の要塞壁は最近完成したやつだ。針山みたいに大砲やら機関砲が生えている。内部にはたんまり武器がある。発電所から工場まで地下に用意してある。8つある要塞が1日ずつ時間を稼ぐってわけか。

「じゃあそれまでは自由行動?」

「そそ。どこか行きたい所ある?」

 もう一度会っておきたいヒトもいるにはいるが、遠い街に住んでいたり相手も相手で会いたいヒトがいるはずだし。

「じゃーわたし(シス)たちと一緒だね」

 シスは銀髪を乾かすフリしてぐしゃぐしゃに揉んだ。見た目相応のガキみたいにぎゅっと抱きついた。

「ごめんね、レイナ」

「なんでオメーが謝るんだよ」

「虚無の災害が防げないって、わたし(シス)実はもう分かってたの。軍務省のサーバーに潜り込んだ時、(ステイツ)から救援要請が毎日届いてたのを見つけたの」

「ああ、あの時」

「でも、ごめんね。レイナには伝えられなかったの。わたし(シス)、レイナが楽しそうに仕事しててさ一人前の兵士になって自信がついて、それ壊したくなかった。ニシも同じ。ああみえて口下手だし」

 しかしシスはニシの視線に気づいて話すのを止めた。

「もういいって。たぶん、あたしだってそんなこと知らされても信じなかったと思うし」

 髪はやっと乾いた。ぽんわりと温かい空気と冷たい空気が髪の隙間で交じる。

「シスはいいのか? 覚悟とかそういうの」

わたし(シス)はね、夢があるの。幸せに生きて死ぬの」

「そいや、そんなこと言ってたな」

「実はね、もう寿命なんだ、わたし(シス)

「寿命って、まだオバサンだろ。ババアじゃない」

「機械の体を腐獣(テウヘル)心臓(コア)で無理やり神経につないでるから。部品全部がオーダーメイドのプロトタイプ。だから連邦(コモンウェルス)製の部品に交換できないんだよ。特にアデノシン三リン酸転換機関——食べ物を分解してエネルギーに換える機械がもう限界でいつ止まってもおかしくない」

「だから、ここ半年はずっと寝たまま?」

「うん。補助脳だけネットにつないでいたのは、負担が少ないから」シスはぎゅっとレイナに抱き着いて、生身の方の青い瞳から涙を流した「でもね、幸せだった。楽しかった。レイナといっしょでよかった」

「バカ、泣くな……あたしもだ」

 小さい機械の頭を抱きしめた。背中からアーヤも抱きしめてくれた。みんな暖かい。みんなで一緒に歩いて来たんだ。最後まで一緒に歩こう。

 ニシは部屋の隅で窓辺に腰かけるとパルにせっせと書き込みをしていた。

「んだそれ? 遺書か?」

「いや、書いたところで誰も読んでくれないだろ」

「抱きしめてくれないんだな」

「そうか、気づかなかった」

 なんかすっとろいな。

 ニシは大げさに腕を伸ばしたが、レイナはやっぱいい、と押しのけた。

「やっぱいいや。なんか手つきがいやらしいから」

 代わりにシスがニシの胸に飛び込んだ。

 家にあるできるだけ大きいバッグに詰められるだけ詰めた。日持ちしそうな食糧に野宿用のマットとシュラフもある。寝なくてもいいようカフェイン錠もある。武器は道中、どこかでも貰えるだろう。工場の生産量からして1人2,3丁は貰えそうだ。

 マンションから一番近いエレベーターで下層区へ降りる。そこの立体駐車場に前駆二輪(バイク)とアーヤのバギーがある。

「意外というか、なんというか。平穏だな」

 ニシはレイナの前駆二輪(バイク)の後ろに座りながらつぶやいた。ニシの背負う三三式ライフルにはファンメイドのドラム式マガジンが挿してある。

「下層区か? ここ3桁区だしな。戦場なるのは、ん? 4日後か?」

 労働から解放された市民たちが昼間から道路にテーブルを出して酒盛りしている。酒屋も肉屋も最後ということで在庫を放出している。そのおかげか略奪や暴力もない。

「全員がもう武器を持っている」

「いいじゃねーか。自由の象徴だぜ」

「ここ、3桁区は下層区に腐獣(テウヘル)が到達すると爆砕ボルトで上層区と切り離される。ほんとに彼らは知っているんだろうな」

「ま、死に方もてめーで決めるんだ。それこそ自由だ」

「自由、好きだな」

「みんな好きだろ、自由」

 アーヤのバギーの先導で走り出した。街は平穏、ではあるがそれでも転落死体はあちこちにあるし、治安も機能しなくなったハイウェイはカオスでスピードが出せない。街は混乱のさなかだったが、パルの通信も電気も、まだ生きている。

 4桁区に入るとハイウェイは地上の高架道路に変わる。高所のビルはどこも射撃陣地に作り変えられている。可変戦闘車(ジャガー)までもがビルの上に持ち上げられ、砲身で地平線を睨んでいる。

 5桁区の要塞壁は小さいがピッタリと並んだビル街が壁の役割を果たしていた。異様に硬い建築基準も、全部このために用意されていた。屋上はずらりと重迫撃砲が並んでいる。工場の集荷場は巡空艦(じゅうくうかん)が砲弾を詰め込みながら羽を休めていた。

 ちょっと寄り道──アーヤから連絡が入る。ハイウェイをそれて5桁区の繁華街へ。さらに交差点を曲がってローカルな商業地帯へ。

「写真館?」

「そうそう」アーヤは胸を張って「だってちゃんとした写真、まだ撮ってないでしょ。だからさ、4人で記念写真。どう?」

 写真──というか紙の写真なんて今日日(きょうび)見ないが。

「いいじゃないか。仲間だ」

 ニシはどさくさに紛れてレイナの銀髪を撫でた。

 おじゃまします、と言って入ったが店内は暗かった。アーヤと同じ考えの住人がいるかと思ったが人気はなかった。アーヤは店の奥に入ってすぐ目をドギマギさせて帰ってきた──ああなるほど。火薬の臭いも確かにある。

「はいはーい。わたし(シス)がセッティングしてあげるね」

 デジタルカメラと、それに繋がっているパーソナルコンピュータとパルをユニバーサルジャックでつながるとすぐ写真と印刷機能が立ち上がった。

「おい、アーヤ。ポーズはどうすんだよ」

 アーヤは顎に手を当てて少し悩んだ後、子供用の椅子を持ってきた。そして腰の高いスツールを引きずってきて、

「レイナちんはこれに座って、シスちんはこっちの椅子……なんか違うな。シスちん、この背景の布って画像投影素子よね? なんかエモい映像ない?」

「んーエモいって?」

 若者言葉は知らないらしい。

「弾薬箱、ホコリをかぶった机、広げられた地図が丸まらないよう50口径の砲弾が置いてある」

 ニシが注文すると、ちょうどその通りの画像が背景に写った。

「もーなにそれ! ぜんぜんエモくない」

「アフガンじゃよくこんな感じで写真を撮ったが」

「そーじゃなくて。えっとねシスちん。暖炉、観葉植物、暖色の光、木目調の床、レンガの壁、飾りはボトルシップでね」

「あーはいはい」シスが手を上げた「あまり細かく言われてもね」

 おおよそアーヤの注文の半分ぐらいとおりに、布の色彩がアーヤの言う“エモいやつ”に変わった。

「はいじゃあ並んで! シンプルに身長順にしよ。レイナとシスちんは真ん中で、両側に私とニシくんで」

 レイナの右にはシスが来て、左隣にはニシが来た。こう比べてみると、背が高い。

 シスはユニバーサルジャックを外して無線でシャッターを準備した。

「みんなポーズ! ジャンプ!」

 ジャンプ、と言われてもそう広くないせいで右に左にぶつかる。

「次! 右足出して手を膝に乗せて!」

 んー微妙なポーズだな。

「じゃあ、うーんと。みんなで手をつなごう」

 シスの手は小さくて冷たかった。動くが人形みたいな手だ。

 ニシの方は大きい。温かいが緊張しているせいか汗ばんでいる。

「ふぅ」

「んだよその深呼吸」

「好きだ、レイナ」

「は?」

 パシャリ。

 運悪く、その瞬間の写真が撮られた。意図して、シスは写真を撮った。

 シスは超高速補助脳を使って全員のパルにその写真を配った。

 嬉しそうなアーヤ、ニヤリ顔のシス、緊張で固まってるニシに、横を向いてあんぐり口を開けているレイナ──。

「いいんじゃない? 最高の写真だよ」

「なわけあるか! 撮り直し」

「そ~じゃなくてさ、ククク、レイナちん、返事してあげなきゃ」

 アーヤはレイナの両肩を押し出してニシの前に突き出した。ニシはぐったり疲れたみたいに、さっきのスツールに浅く座っている。

「あーなんつーか。おめーも緊張するんだな」

「意外か?」

「あったりめーだろ。なんでもできますっていつも澄ましてるくせによ」

「こういうのは、無理だ。ヘイロージャンプより緊張する」

「意外とチンコが小さいな」

「サイズは関係ない」

 沈黙。

 誤魔化しのネタが尽きた。

 お互いに。

「あーごめん」あたしから言った。「そーいうのさ。わかんねーんだわ、あたし。ニシ、おめーはいいやつだけど、なんつーか。好きって感情じゃないかも、あたし」

 なんだこれ。ナイフでヒトを刺すより酷いぞ、これ。気まずい、空気がこんなに重くて吸いにくいなんて知らなかった。

「えーいやいや無いでしょそれは」叫んだのはアーヤだった「この場面で、告白、断るって、嘘でしょ」

「んだよ、あたしを悪モンみたいに言うな」

 アーヤはニシの背中に回ると、ぐっと前へ押し出して、

「こんなーにいい男いないって。強くて頼りになってイケボで、皮肉屋で恥ずかしがりやだけどさ。あとなんかあったっけ。そう、死なない」

 まあたしかに、死なない男はこいつ意外にいそうにないが。

 しかしニシはアーヤに手を振った。

「別にいい。レイナの気持ちがそうなら、俺は別にいいんだ。気にしないでくれ」

 ちらりとニシのパルの、視差を利用した立体映像が見えた。長々と書いていたのは告白文だった。だが実際に言ったのは最初の1行だけだった。ケツの穴が小さい男だ。

 うなだれた男が出口に向かうが、レイナは大きな声を出した。

「でもよ! 最高の仲間だから! 友達だから! それはマジだから!」

 抱きしめるのは、ちと違う気がする。手を握る。握手だ。すっかり汗の乾いたニシの手を握ると、握り返してくれる。

「そうだな。最後までいっしょだ」

「約束だからな!」

 写真の印刷を終えて、シスが4人に配ってくれた。最後に撮ったやつだ。やっぱり馬鹿みたいに緊張しているニシの顔が面白い。

 アーヤは律儀にパルで支払いを終えてからバギーに戻った。日は西の空にだいぶ傾いている。そして反対側の東の空は虚無の災害らしい、暗く墨を落としたような空色だった。

 第8要塞壁に着いて、軍用車両に混じって指定された座標に向かう。壁は一定区間ごとに巨大な通し番号を振ってあるのでわかりやすかった。

 駐車スペースに停める。すぐ横では山のように積まれた弾薬をヒト1人が持てるだけの量を配っている。

 エレベーターで壁の上へ。そこが集合地点だった。早く来すぎた感もあったがよく見知った面子(メンツ)も来ていた。

 キー・シュー隊長と彼の小隊員が続々とレイナに拳を付き合わせる。

「よし、全員揃った」キー・シュー隊長が号令をかける「いつもの(・・・・)やるぞ。『我らタマナシ(・・・・)一同──』!」

「やめやめ!」レイナが下品な掛け声を止めた「やめだって。あたしは生まれつきタマ無いから一緒にすんな。んーじゃなくて」

「レイナくん、なにかいいことでもあったのか」

 キー・シュー隊長がレイナの次に顔をそらしているニシを見た。

「なんでもないって。それよか掛け声を変えよう。こうだ『今日はいい死に日和だ!』だ」

 機械の身体に乗っかった小さい頭が互いに見合わせていたが、キー・シュー隊長は頷いた。

「ガハハ、いいアイデアだ。いい死に日和。我ら強すぎてついぞ死に際というものには縁がなかったが、いよいよ全力で戦って死ねる。よしみんないくぞ、『今日はいい死に日和だ!』」

「今日はいい死に日和だ!」

 オヤジの死に際に思いついた言葉だったけれど、そんな深い意味なんてなかったけれど、頭にこびりついたこの言葉をやっと言葉にできた。

「レイナくん、武器はもうもっているかい?」

 トカゲのしっぽ(ハン・ヒヤ)が軽機関銃を持ってきた。ベルト付きの弾薬もある。

「あーでも、お前らのは」

「ふむ。この日のために用意してきた装備があるのだ」

 ハンは楽しそうに/まるでおもちゃを自慢する子供みたいに、巨体よりさらに一回り巨大な機械人形に体を預けた。

「ほう、戦闘用外骨格か」

 ニシが現れた。ハンが持ってきた軽機関銃の重さを確かめている。

「それだけではない!」

 背中からロボットアームが2本増え、給弾レールに繋がった三三式ライフルが2丁現れた。脚には棍棒だかマチェーテだかの鈍器があり、胸には指向性対人地雷が2つ装備できた。

「歩く戦車だ」

「いかにも。近衛兵団はなかなか粋な冥途(めいど)の土産を用意してくれた。これで思う存分戦える」

 ハンは、にこにこだった。

「遅滞戦術は、指揮は俺に任されている」キー・シュー隊長は地平線を指さして「集合時間は明日だが、君たちは運がいい。アレが見れる。新兵器だ」

 要塞壁の上はレールが4本敷かれ、その4つ全部を使って巨大な列車砲がいた。煙突のような砲身を地平線へ向け、そして轟音とともに車ほどある砲弾を放った。

「各員、遮光用意……レイナ君、目をふさいだ方がいい」

「見ていいのか見ちゃいけないのか——」

 それはもうひとつの太陽だった。辺りが真昼と勘違いするぐらいの閃光が降り注いだ。反射的に目を閉じてたが、瞼を開いた瞬間、巨大なキノコ雲が地平線の上に立ち上っているのが見えた。

 要塞壁に並んだ他の列車砲も続々と地平線へ向けて砲弾を投射する。

「核反応砲弾! がはは見たか、すごいだろう。新兵器だ」

 ばしばしとキー・シュー隊長に肩を叩かれて、痛い。壁に集まっている兵士・民兵・傭兵たちが歓喜の雄たけびを上げた。

「核砲弾をあんなにもバカすか。現代(こっち)じゃ1発でも政治問題だってのに。隊長、どのぐらい射撃が続けられる?」

「聞いた話では、今晩中は断続的に撃つんだそうだ。ま、新兵器だからな、あまり用意がない。巡空艦が観測しているから戦いのときは教えてくれる」

 夜が来ても、列車砲の轟音がときどき、空を揺らした。そのたびに空が明るくなる。ここじゃ寝られないので、4人揃って7桁区の適当な空き家に転がり込んだ。

 ちょうど同じタイミングでフリオが来てアーヤにキスして、2人してどこかへ行ってしまった。

 寝れるわけ無いと思ったが、気づけば寝ている自分に気づいた。このまま静かに、寝たまま起きなかったらまだ楽なのにと思ったが、そう考えているうちに眠気が全部吹き飛んだ。

 朝起きて、つい癖で蛇口を回して顔を洗ってみたが、まだ水は出た。電気も点いている。

 ニシは家の冷蔵庫から食材を拝借して簡単な食事を作ってくれた。スパムのサンドイッチに卵焼き。茶もある。

 口数は少なかった。食事を終えて外に出ると、フリオとアーヤも現れる。アーヤは笑っているが、嘘の笑顔だ。死までの日数が1日、減った。やっぱり気が滅入る。

 壁の上では、列車砲が焼けた砲身を交換していた。核反応砲弾で、一旦は虚無の災害が遠のいたがじわりと、地平線に腐獣(テウヘル)の群れが近づいた。

 乾いた冷たい風が辛い。まだ射程じゃないから、何もできないのが、辛い。

 作戦会議があったが、ロゼとの一件もあってニシとキー・シューに任せた。レイナはじっと空の兵器箱に腰掛けて予備のマチェーテを気が済むまで研いでいた。配給品にいい感じのマチェーテがあったので早速一本確保しておいた。

「戻ったぞ」

 ニシだ。すぐ横に立っている。

「おつかれさん」

 差し出された手を見た。手のひらに小さい薬が乗っている。

「自害用の薬」

 ニシは一言だけ、そう説明するとレイナに押し付けた。

「って、どー言う意味だよ」

「苦しまずに死ねる」

「そーじゃなくて」

 遠くにロゼの姿が見えた。ぞろぞろと銀髪の兵士を連れている。巨大な武器を抱えているくせに足取りは一般兵ほど軽い。1個大隊分の銀髪兵と聞いていたが、いやもっと多い気がする。

「成分はきちんと確認した。銀髪の新陳代謝でも無毒化できない。そして痛みや不安を取り除いて眠るように死ねる。……ふむ、死んだことある俺からすれば、そうだな、一番良い死に方は荷電粒子砲に焼かれるヤツが良かった。気づいたら蘇っていた。そのぐらい死に気付けない。が、今は贅沢言えないよな」

「なに笑ってんだよ」

「この薬も、全力で生産したらしいが輸送が間に合わなかった。全員分はない。アナとロゼが俺達の分を確保してくれていた」

「ロゼに感謝しろって」

「死は救いでもある」

「好きだよな、それ」

「俺は、死ぬのにも戦うのにも慣れている。でも生きるのにも飽きてきた頃だ。もし死ねるのなら、レイナといっしょにいれて俺は良かったと思う」

 クソ歯が浮くセリフを平気で言いやがって。

「死なないんだろ、お前?」

「いや、今回ばかりは不死でいられないかもしれない。以前、虚無の災害に見舞われていた惑星文明に行ったことがある。すべての死者が生き返って……じゃないな死ななくなってゾンビがそこらじゅうを歩いていた。原因はもちろん、侵食弾頭(しんしょくだんとう)人類(ゲプト)に復讐しようとしたその兵器で、失敗したんだ。まあいい。その惑星で寓像(ミソロジー)が機能しなかった。とくに傷の治癒は。虚無の災害は、たぶんそういう宇宙の根源的な力学が働かなくなる。アナに子供が生まれなかったのも同じ原因だろう」

「ふうん、面白い話だ。死ねるわけか」

「ああ、残念ながら」

「残念じゃなさそうだが」

「数万年も神経すり減らして生きるより、ずっとましさ。良い終わり方」

 レイナはニシの手を握ってやった。仲間だから、キスもハグも無し。仲間らしい力強い握手。

 アーヤはフリオと一緒におしゃべりしてる。時々笑っている。

 シスは最近まで指導していた半義体化狙撃兵部隊と作戦の確認をしている。

 そしてもうひとり、久しぶりの顔が現れた。

「ご無沙汰じゃったの」

 ネネだった。

 ネネはレイナの前に立つのも遠慮してニシの陰に隠れる。

「婆ちゃん! なんでここに」

 なんとなく、アナと一緒だと思っていた。なにせ皇を一番支えているのはネネなんだから。

「その、レイナ。すまんかったないままで。妾は騙してばかりじゃった」

 ネネは1歩、ニシに背中を押されて前に出た。

 こういう状況。さてどうしたものか。殴り飛ばしたってたぶんだれも文句を言わない。よくよく考えれば、ネネに投げた質問はいつもはぐらかされていた。「仕事だから」という理由で教えてはくれなかったが、あれは嘘が看破されないようする策だ。

 レイナはすっと手を伸ばすとネネの頭を撫でた。いつもニシに撫でまわされる分、撫でまわした。そしてふにふにのほおをもんだ。

「ちっこくてかわいいな」

「んじゃ?」

 レイナはもみ続けながら、

「もう気にしてないって。ふっきれたというか。いやまあ、ちょっとは怒ったけど、いいや。良い死に日和って笑って死にたいから」

 ネネはレイナの手をつかんで止めさせた。

「そういってもらえると、最後の最後に気が楽になる」

 嫌な言い回しだったが、ネネは地平線に目を向けると、

「ちとトラブルじゃ。アナの出発までもうしばし時間が必要じゃ。妾も一肌脱ごうぞ。命を賭して最後の、最期の術を見せてやろうぞ」

 ネネは、笑っていたが泣いていた。

 レイナはネネの言うとおりに、前駆二輪(バイク)の後ろに乗せると要塞壁の外へ出た。工兵たちがおびただしい数の地雷を準備しているが浮いて進むバイクには関係なかった。

 さて2人きり。最期の会話はどうしよう。

「あたしさ、婆ちゃんと旅できてよかった。最初はさ、ぶっちゃけつっけん(・・・・)したエラそうなガキって思ってた」

「実際、偉いんじゃがな」

「1500歳だっけ」

「1400とちょっとじゃな」

「お疲れ様」

「うむ、疲れた。疲れたがの、妾も楽しかった」ぎゅっと後ろから抱き着かれる「レイナは孫のようじゃな。孫になってくれぬか」

「ああ、もちろん。婆ちゃん」

「最期に、家族ができて満足じゃ。十分生きた。皇にも十分恩を返した。もう思い残すことはない」

 道路の脇に古いガソリンスタンドの廃墟があった。ネネは、そこまででいいらしい。虚無の災害が近い引き潮(・・・)らしく腐獣(テウヘル)がぜんぜんいない。砂粒のひとつさえ動く気配がない。

 ネネはパイプ椅子に座った。

寓像(ミソロジー)で旧人類の兵器を再現する。データキューブからなんとか、その作動理論を抽出できた」

 ネネはしと(・・)と、しゃがんでいるネネの手を包んだ。

「昨日の核ナンチャラより強いのか?」

「うむ。それに比べたら、核反応弾なぞ蚊が刺すに等しい。心配せぬともオーランドを傷つけたりはせぬ」

「なんで、なんで婆ちゃんはヒトとか皇のためにそこまでしてくれんの? だってヒトはブレーメンを全部殺しちゃったんだぜ」

「それはの、レイナ。恩じゃよ。妾は当時、(ア・メン)の視線を受け幼く剣術さえ受け継いでいないのにブレーメン族の中で最強じゃった。ゆえにひどく(うと)まれての。ブレーメンは、そなたら現代人が思うほど平和的ではない。力があるゆえの秩序じゃ。ズル(・・)して得た力に価値はなかった。

 そして獣人(テウヘル)に蹂躙されるヒトの村々を見て、心が揺らいだのじゃ。行き場のない妾を迎え入れてくれたのが、当時の皇オゥンじゃった」

「それだけで1500年も?」

「妾にとってはそれだけでも十分じゃった。居場所がない幼い子供にとって、帰るべき場所があるというのはどれだけの安心感だったか。次第に数を減らしていったブレーメンであったが、やはり心のわだかまりが消えなんだ。手助けしようとは思わなんだ。自らは皇の教育係であり皇に侍う(さぶらう)ことこそが使命だと。じゃがたまに思う。妾の背負った罪は重すぎる」

「そう言うなって。(ばー)ちゃん、よくやってると思うぜ。皇はアナしかしらないけどさ、なんかこう、手綱を握って厳しく優しく、みたいな。うまく言えないけど。罪よか手柄のこと考えたほうがよくね」

 たぶん、ニシならこう言うはず。

「やさしいの、レイナ。妾はもう恩を返したよな」

「うん、とっても」

「誇り高き戦士は、死後(ア・メン)に迎え入れられる。レイナも立派な戦士になったの」

 頭をやさしくなでられる。涙が止まらない。

 もう時間じゃ、とネネに無理やり押し出される。子どもな体格のくせに力ばかりはニシより強い。

 運転しようにも涙のせいで前が見えない。それなのに第8要塞壁は巨大すぎるせいで見えなくても間違えようがない。壁をくぐって駐車して、袖で溜まった涙を全部拭った。

 でも、まだ責任がある。ネネの雄姿を見届けないと。

 レイナが壁の上に上がると全員が黙って空を見上げていた。遠い東の空で真っ暗な空にオレンジ色の円環が現れていた。

 血相を変えたのはニシだった。

「ヤイ=アックプラン? おいおい、本気か。シス、全周波数で警告、光を見るな、失明する。あとネネ、頼むから威力は抑えてくれよ」

「お、抑えないとどうなる?」

「この惑星の地殻ごと吹き飛ぶ」

 チカク——が何か分からないが、オレンジ色の円環が収束/本能で分かる危機感=爆破訓練のごとく地に伏せた。

 目を固く閉じて顔を腕で覆っていても強烈すぎる光がすべての覆いを通り越して目をくらませた。強烈な光と耳鳴りと、壊れた電子機械みたいなビープ音が空気の中から聞こえる。

 もう、目を開けていいか?

 閃光と地響きで頭がくらくらする。

 目の前に広がってるのは破壊の後だった。大地が裂けて燃え上がっている。溶けて真っ赤になった岩石が地の底へ流れ込んでいる。ネネの巨大な墓標だった。

「何が起きて」

極大砲(ヤイ=アックプラン)。俺たちはそう呼んでいる。浸食弾頭に次ぐ威力の兵器だ。地磁気を反転させ地殻からひっぺがし、太陽線で焼き尽くす。大陸の半分が焼けたかもしれないが、ネネは威力を抑えてくれたみたいだ」

 抑えた? これで? これこそ災害じゃないか。

「じゃ、虚無の災害は?」

「虚無の災害はゆりもどし(・・・・・)だ。使った分のゆりもどし。これも腐獣(テウヘル)が襲来する時間を稼いだに過ぎない」ニシは重い軽機関銃を降ろして弾を抜いた。「少なくとも今晩はゆっくり寝られる」

 腐獣(テウヘル)の第1波はすべて焼き払われた。兵士たちは自分たちの武器を掲げ喜び、犠牲を弔った。



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