23
ロゼの行き先はシスに調べてもらっていた。ここ数日はずっと王宮から出てきていないらしい。
「日を改めないか」
優しい、ニシのバリトンボイスを肘鉄て払いのけた。うるさい、黙ってろ。
王宮入り口は何重にもセキュリティチェックがあるが、前半は近衛の制服と覚えられやすい銀髪のおかげでチェック無しにゲートが開いた。後半は金属探知機をくぐり、自動迎撃機銃に睨まれながら身分証を提示し、静脈をスキャンして本人かどうかを確かめた。
警備班の休憩室で名前の知らない近衛兵にロゼのことを聞いたが皆一様に首を横に振った。
「宮廷は広い。闇雲に探したって見つからないし入れ違いになったのかも」
「んだよ、今日は変だぞ」
レイナはニシの胸を指で小突く。
「おい、シス、ロゼはもう帰ったか?」
パルの視差を利用した立体映像で、アニメ化したシスが首を振った。
「連絡を事前に入れれば会ってくれる」
「あたしは、今すぐ直接会いたいんだ。じゃないと真意がわかんねーだろ」
ニシはレイナをなだめるように両肩を抑えた。周りで、警備班の近衛兵たちが居心地悪そうに退席した。
「ここんとこしばらく、変なことだらけだ。腐るほど難民が来たかと思えばぱったり止んで。そして市民はみんな噂している。他の街と連絡が取れなくなった、って」
「それは、サイバーネットはインターネットとは違う。衛星じゃなく通信ケーブルを使うから、たぶんどこかで事故があったんだ」
レイナはニシの胸倉を突き飛ばした。そしてニシの鼻先に指を突き出す。
「嘘だ。大嘘だ!」
「おい待てって。どこ行く気だ」
「皇さまんとこだよ。ロゼと皇さまはダチだ。いるとしたら、そこしかねぇ」
何だよその顔。ホントの事言うのは命令で禁止されてます、ってか? これだから兵士は嫌いなんだ。
王宮はもう何度か来ている。王宮が建っている丘の内部は窓がないせいで方角がつかみにくい。通ったことのある通路は覚えている。そして会えない皇さまは普段通れない通路の先にいるはず。簡単な道理だ。
ニシは黙って付いてくる。止める気は無いらしい。いつものイケてるバリトンボイスでなにかさえずってみたらどうなんだ?
壁の質が変わった。王宮はどこも質素で飾りっ気がない。飾らずとも“朕は某である”と分かるから飾って示さない。しかしレイナが触れた壁は質素感さえ消えた。必要にして十分の機能だけを有している。
「これ防火レンガ? で、あれは」
「防爆ドアだ。こじ開けるには、C4がたんまり必要な」
防爆ドアの厚さは、片手を広げたよりももっと厚い。それが唯一の飾りともいうように通路に何重も仕掛けてある。明かりも軍用トンネルで見るような高圧ナトリウム灯が点々と着いている。
一番奥の暗がりで明かりが着いた。照らされて登場したのは良く見知った上司だった。
「あら、レイナさん。何のご用ですか」
いつもに増して鉄面皮のロゼだった。
「命令だからってあちこち行かされたけどよ、これは一体どういうことだよ! 難民は来ない、他の国と連絡は取れない、地平線の向こうには真っ黒な空。あれ、虚無の災害だよな、ウェルダンで見たのと同じ」
ウェルダン——一番近くの国でさえ様子がわからないのに。あんな東の端にある村はもう……
「何を聞きたいのか、はっきりと——」
「虚無の災害は防ぐはずじゃなかったのかよ!」
「そうですね」ロゼは言葉をいったん飲み込んだ。「一度も、虚無の災害を防ぐ、なんて言った覚えは無いですわ」
「そんな、待てよ、んだよ言葉遊びか」
「本当です。レイナさん、嘘を見抜けますからね。あなたが思っている以上に、私たちはあなたの能力を買っているんです。まるでブレーメンのような能力ですわね。ですので、最初から私たちの目的は、人類を救うこと、と申していましたわ。虚無の災害を防ぐなんて一度も、口にしていません。そんなこと言ったら嘘だとばれてしまいますから」
「きっちり耳そろえて説明しろ、クソアマ。あたしたちを騙してたんだな!」
レイナの怒号がトンネルの端から端までいきわたった。そしてロゼの背後に兵士の一団が現れた。給弾パックパックを背負った軽機関銃兵士たちで異様な重装備だったがそれ以上に彼らの容姿が異様だった。
「なんだそいつら。全員銀髪じゃねーか」
兵士たちはロゼを守るように前へ出て、同じくニシもレイナの前に立った。しかしロゼは片手を上げて兵士たちを下がらせた。
「腐獣の心臓は、体内に2つ目の魂を、偽魂と呼ばれるそれがゲートとなり宇宙の外を満たすエネルギー・マナを抽出します」
「んなことはわかってる! てめぇより、この体で何度も味わった!」
「原始的欲求がそのエネルギーを転換し、宿主に超人的な力を当たえます。そう、ありていにいえばブレーメンのような力です。レイナさんの場合は、嘘を看破する能力ですね。ブレーメンも、そうだったと聞いていますわ。嘘を見抜けるから誰も嘘をつかない、そういう民族だったそうです。レイナさんはどうやって銀髪になれたか、わかります?」
「それが、どうしたってんだ」
「心臓内部の翠緑種の定着には一時的な免疫の低下が必要になります。翠緑種が定着しない場合、マナが反転し宿主は狂人化、つまり腐獣化してしまします。ただ必要なのは免疫の低下。至極単純な理由ですが、司書が心臓の研究を制限していたため実用化には至りませんでした。
ところで、レイナさん、あなたの姓が銭葵と聞いて思い出しました。アレンブルグ発掘任務のアーカイブで、その護衛にアサインされた傭兵のひとりに銭葵の名前があり、多額の報酬で娘を終末期医療施設へ預けると、そう言っていたそうです」
「あたしの、親父が何の関係があるんだ」
「大ありです。あなた、先天性免疫不全症候群だったんですよ。母子感染ですわね。残念ですが、お母さまは出産の際に亡くなったようで。この事実をヒントに免疫低下と心臓癒着の実験を繰り返し、銀髪化誘導薬が実現しました」
「シーウネから運んだ医薬品だな」ニシが一歩前へ出た「被験者に免疫不全ウィルスを感染させる」
「あれ、おまえ、知らなかったのか」
ニシは振り返らず首を振った。
「実のところ、簡単ではありませんでした。先天性免疫不全症候群は発症まで長い時間がかかります。そして急に免疫が消えるわけじゃありませんから」
「じゃあ」
「麻疹ウィルスです」
「マー……麻疹なら、そんなに難しくないだろう」
「トーキョーではそうかもしれませんが、500年前に撲滅されたウィルスですよ?」
「それで銀髪の兵士を量産したわけか」
「もちろん、必要因子はそれだけじゃないです。残念ながら私は不適合でした。が、皇を守る力は十分にあります」
ロゼが長大な2丁拳銃を抜いた。ニシもレイナも身構えたがあくまで言葉の綾だったらしくすぐに銃をホルスターへ収めた。
「アナはどこだ」
レイナが訊いた。
「人類の永遠の繁栄のため、この星から最も近い居住可能な惑星へ旅立ちます——」
は、何を言っているんだ。
「——ついてきてください。言葉だけで説明しても、あなたは理解しないでしょう?」
ロゼがくるりと向きを変えた。銀髪の兵士たちは通路の両側へ避けた。
「さ、せっかくだし見に行くか。ああ言ってくれたことだし」
ニシは歩き出したがすぐレイナが腕をつかんだ。
「お前、どこまで知ってたんだ」
「全部じゃない」
「そういう言い方は嫌いだ」
「俺が尋ねなかっただけだ。尋ねればロゼは教えてくれたんだろうが」
「なんで」
「君と一緒の立場にいたかったからだ」
レイナは返す言葉が見つからないまま、ニシの腕を握ってロゼの後を追った。背後では銀髪の兵士たちがぞろぞろとついてくるがかなり距離を空けている。義務的に歩いている。通路の突き当りでロゼとレイナ、ニシの3人だけが下へ落ちるエレベーターに乗り込んだ。
「レイナさん、どうやって星の外に出るか、わかりますか」
「星? 外は宇宙なんだろ。知ってる」
「ロケットだ」ニシが補足してくれた「人類軍ではオービターを2種類使い分けている。ひとつは地上から成層圏まで。ジェットエンジンで飛んだあと、成層圏へロケットブースターで飛び出す。そのあとは成層圏を“水切り”の要領で滑空するオービターに乗せられ、艦艇へ行く。恒星間航行艦は惑星の引力に捕まると“沈没”するからな」
「恒星間航行、ですか。トーキョーは進んでいますね」
「トーキョーじゃなく人類軍だけ、がな。しかし唯一大陸の人々は何千年も歴史があって宇宙開発はしなかったんだな。ホモサピエンスも最初の文明から5000年で月に降り立っている」
「する必要がなかった、というほうが正しいでしょうね。正直なところ私は完全に理解しているわけではないのですが、ネネ侍従長はそうおっしゃっていました。ここ1000年で人口は10分の1にまで減り、そういう技術開発どころではないのです、私たちは今を生きるので精いっぱいなのです。連邦は来たる虚無の災害の対応を、財団は虚無の災害後の無毛の地を生きるすべを考えていたのです。企業連合は、さあ。刹那的な利潤しか考えていないでしょう——トーキョーは、さぞ暮らしやすいのでしょうね」
「ま、ここよりはな。ところで、俺がヒトじゃないっていつ気づいたんだ、ロゼ隊長。聞きそびれるところだった。初めて会った時から、そういう風に扱われていた」
「初めて会った時からですわ。最初、あなた方に出した依頼、連邦兵士暗殺ですが、あれは連邦兵の服を着たギャングだったんですの。司書に雇われてフアラーンにいる技術者を暗殺しようとしていた。だから先手を打ったのですが——その報酬を渡すとき、あなた方の体をスキャンしました。武器を覗き見る機能なのですが、ついでに骨格も見えます。ニシさんの心臓が中央の左寄りに付いていた。形もいびつな。普通心臓は中央でしょう? そこであなたたちがただものじゃないと気づいたんです。レイナさんも。髪のすべてが銀色だなんて、唯一大陸を探してもそう見つかるわけじゃありません」
つかみどころのない話が頭上で交わされ、レイナは入れなかった。エレベーターが止まり扉がやっと開いた。
そこはがらんどうの巨大空間だった。その中央にビルほどの建物が3つ、収まっていた。
「あれが旧人類の残した軌道往還機です。ひとつが搭乗員用、ひとつが貨物用、あとひとつが宇宙を飛ぶための燃料です。2000年前、旧人類がこの星に降り立った時、仮に入植に失敗した場合だけ次の候補の惑星に向け出発するてはずだったそうです。入植に成功した場合は、このロケットにありとあらゆる知識を詰め込み太陽へ飛ばし焼却するそうです。文明の回帰」
「じゃ、そのロケットがまだここにあるってことは、成功だったのか失敗だったのか」
「さあ、どちらでしょうね。ニシさんはどう思います?」
ロゼは背中を向け、ロケットのほうを見た。
「破壊と災禍を銀河にまき散らすのが、第1の人類の原罪だ」
「ふふ、私以上にいろいろ知っていそうですわね。このオービターは自動修復機能が壊れてからかなり長い時間放置されてきました。この1年間、司書を大陸各地に派遣して技術者をかき集め、なんとか修復を間に合わせることができました」
嫌な感覚が、胃の中にストンと落ちてきた。
「何に間に合わせるって?」
ロゼの背中が少しだけ膨らんで、そして縮んだ。
「虚無の災害がオーランドに到達する日、ですわ」
なんだと、そんなこと聞かされたって信じられるわけがない。どこにも逃げ場なんてないじゃないか。
レイナは膝から崩れ落ちたが、すんでのところでニシが抱きかかえた。
「しかしここで問題があるのです。燃料、宇宙用の推進剤の生成に時間がかかっています。発射可能まで、技術者に無理を言わせて働かせても10日かかります。しかし腐獣が王宮へ到達するのには7日後と予測されます」
「3日。どう時間を稼ぐつもりだ」
ニシのバリトンボイスは鋭かった。
「戦います。全力で。それ以外に道はありません。新兵器の開発も完了しました。すべての市民に持たせられるだけの武器弾薬を作りました。銀髪の兵士も大隊規模を用意できます。そして持てるかぎりの火力で徹底抗戦します。すべての要塞壁の兵士へは自害の禁止を厳命し、弾が尽きても銃剣をもってして腐獣を1匹でも多く排除します」
クソが。そんなこと、あってたまるかよ。戦って死ね、だと。皇のために。クソッタレな人類のために。
「皇だけのうのうと生き延びるってのか」
「生き延びる、の定義によります。アナはもう——」ロゼの声が詰まった。冷たい鉄面皮が揺らいで口を震わせる「——アナは赤月の印、人類の記憶を受け継ぐ装置です。記憶を認識する脳、視神経と、次の世代を生む子宮以外、無駄なものすべてを排除し、培養槽に浸かっています」
「なんだってそんなキチガイじみた真似を! アナはあんたの親友なんだろ! 親友が缶詰にされるのを黙ってみてたのか、おい!」
「よせレイナ」
ニシがまたレイナを抱きかかた。
「宇宙線を防ぐためだ。そうだろう? 分厚い鉛が必要だからだ。だが臓器だけなら。水は大半の宇宙線を防ぐ。臓器だけなら水も食料も最小限で済むから。第1の人類は寿命さえ克服しているからオービターに磁気バリアは不要だったはずだ」
「ええ。ネネ婆さんと同じ考えのようですね、ニシさん」ロゼは、泣いていた。缶詰にされた友人を思って泣いていた。「目的地まで何年かかるか、わかりません。オービターに乗り込むのは、アナと私たちで回収したデータキューブ、冷凍保存された卵子と精子、それらすべてが失われたとしても人類の遺伝子データをあらゆる方法で保管しています。乗り込むのは完全義体化したエンジニア数名ですが、彼らの役目は新天地で人類種を播くこと。かれらとて生きて到達できる保証はありません。」
ロゼは黙った。
遠くでクレーンが荷物を上げ下ろしするモーター音だけが響いている。機械が黙々とオービターに部品を組み上げていく。
「レイナさん、命令です。死ぬまで戦いなさい。と、これは上官として言うべきことです。でも、あなたは私の友人です。アナもあなたのことを気にかけていました。残り7日。どう過ごすかはあなた自身が決めてください」




