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ブレーメンの聖剣 第3章散華<サンゲ> 下巻  作者: マグネシウム・リン


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物語tips:オーランドの階層都市

オーランドは古くから同心円状に開発が進められていた。中央から1桁区、2桁区、3桁区……と続く。"桁"とは住所番号で、4桁区なら第1000区から9999区まで(数字は用意されているが、実際はそこまで多くない)。この1000年間で同心円状の都市が7桁区まで増えた。

増加する人口に対し、近代化として1桁区から3桁区は下層都市と上層都市に別れた。地下深くに杭を打ち、プリントアウト工法で上層都市を支える柱を兼ねるビル群を建設した。

上層都市は緊急車両以外、車両の通行は禁止されており、一方通行でトラム(電動路面電車)が走っている。ハイウェイは上層と下層の中間領域を走っている。

上層都市は比較的裕福な市民が住み、下層都市は無産階級の労働者が住まう。また中央部にいくほど豊かな市民が住んでいる。正式な市民権がないと、正規の住居と職が無いためさらに地下の旧オーランド市街地を支えていた地下空間のスラムに住むことになるが、これが治安悪化の原因にもなっている。

上層都市と下層都市はエレベーターや車両用の連結道路(ランプウェイ)で繋がっているがこれらには爆砕ボルトが組み込まれているという噂がある。

 挿絵(By みてみん)

早朝、レイナは厚手のパーカーを着こんでマンションを出た。しかし足元はサンダルとショートパンツ、という上下アシンメトリーないでたち。あるいはキノコ。

 朝食はどこでも食べられる。ニシに頼めばなんか作ってくれるしマンションの1階の喫茶店でも朝食は出している。

 でもそうじゃない。ちょっと歩いて頭を覚ましたい。歩きながら、食べながら、帰りながら、の手間があるから目が覚める。それなら近所ではなくて下層都市まで出かける。そこには親しみの持てるダイナーがある。ちょっとヤレた(・・・)ソファと安物のスピーカーが奏でるBGMにこそ、ダイナーの(おもむき)がある。

 レイナは、朝食を食べ終えた早番の労働者たちと入れ替わるように入店し、休日だが癖で早起きしてしまったおっさんたちの空間に紛れ込む。

「懐かしいな。前まではダイナーだなんて収入のあった日だけだったろ? 今じゃ毎日。ほんと牛乳好きだよな、レイナ」

「なんでいんだよ。つか、なんで付いてくるんだよ」

 レイナがカウンター席に座っていた。座面が高すぎる座りにくい回転椅子(スツール)だったが、レイナの隣でニシはゆっくりと腰かけた。ウェイトレスがレイナに新鮮牛乳とパンケーキを持ってきたとき、ニシも自分のオーダーをした。

「別に悪意はない。朝早めに起きたらレイナがいて、朝食ならついでに一緒に行こうかと。嫌だったか」

「別に、いいけど」

 レイナはパンケーキに合成はちみつをたっぷりかけて、熱々のまま食べた。店内には最近はやりの音楽がBGMで流れているので黙って食べていても気まずくない。

もうかれこれ1か月は、毎朝こんな感じだ。任務が続くかと思ったが、自分のパルに仕事の割り当て(アサイン)されるのはほとんど訓練だった。そしてまた第1師団の訓練キャンプに缶詰と思いきや、近衛兵団の本部ビルで座学が続いた。眠くなる案例研究(ケーススタディ)ばかり。たまにある地下訓練場での射撃訓練がせめてもの気晴らしだった。

「ライフルの使い方、上手くなったじゃないか」

 ニシは、注文したミートパイの代金をチップ上乗せで払ったあと、唐突に切り出した。

「ありがとよ、センセー」

 射撃教官はニシが担当になった。

 座学の指導者はたいてい、近衛の後方勤務員だった。ほっそりしているがたいていは大学院やら士官学校を出ているエリートだった。シンタローも「敵情を知る21の理論」とかいう教科書をもって現れた。そういう奴らに「うわぁ、よく理解できています」と褒められてもうれしくない。おべっか(・・・・)は嫌いだ。

「定点射撃は合格。CQB(近接格闘射撃)は、手と足で殴りかからなかったら合格」

「バカいえ。あんな距離でライフル撃つバカがどこにいるって? 殴って倒して首を蹴り飛ばしたほうが早ぇだろ」

「三三式はプルバップ・ライフルだから近距離射撃には向いているんだ。だがサイトを狙わず、射撃線を常に自身の正中線に合わせるんだ。防弾(トラウマ)プレートがあるから体は真正面に向ける。射撃訓練は実践と少し違うが——」

 また始まったよ。

「——戦闘で興奮状態の敵は、殴ったくらいじゃ倒れないし銃弾数発を食らっても生きている。だから自動小銃(ストッピングパワー)が必要であり、本来中距離攻撃をになうライフルを室内で扱うのだから、繰り返し訓練が必要」

「もう何百回もアレ、繰り返すのはゴメン(・・・)だって」

「まだ96回だ。ほら、全部パルに訓練日誌を付けている。優秀な兵士は何百回も繰り返して、考える前に体が動くくらい、パターンを叩きこむんだ」

 レイナはうんざりしたように首を振る。フォークで器用にパンケーキを切り分けて大きめのピースを口に運んだ。

「とはいえ、鼠の糞(キー・シュー)隊長も褒めていた。分隊指揮はまだまだ座学が必要だが、分隊行動、小隊行動については1発合格。実戦経験があるからこその強みだろう」

「おめーの後ろを1年も歩いてんだから、それぐらいわかるって」

「どういたしまして」

 感謝したわけじゃねー事実だ。

 カラン。レイナはパンケーキを食べ終えた。新鮮牛乳を飲むと、ウェイトレスにもう1杯を頼んだ。

 1年ね。変わったよほんと。アーヤは情報管理室で見習い/昨日は夜勤だったのでまだ寝ている。シスは自室の電子ベッドに寝たまま、サイバーネットの海を漂っている。

 店内のBGMのループ再生がいったん止まる。ガワだけが古風(オーディー)なジュークボックスが次のプレイリストをメモリに書き込んでいる。

「街ごと腐獣(テウヘル)に飲まれたって噂だぜ」

 噂は、すぐ始まった流行りのポップスの音に混ざって消えていった。

 レイナは新鮮牛乳を飲むふりをして——あの風貌からして長距離トラックの運ちゃんか。オーランドの外へ出ればトラックは手動で運転しなきゃならない。都市にひきこもりがちなオーランド市民の中ではいちばん陽気な連中だ。

「ニシ、聞こえたか?」

「さて。何が?」

 嘘をつくな、嘘を。

「何か知ってるだろ?」

「いや、何も知らされていない。俺のパル見るか?」

 ニシが肩を寄せてきたので押しのけた。

「噂というのは尾ひれがつくものだ」ニシは合成アガモール茶を飲んで「どこかの監視ポストが腐獣(テウヘル)に襲われた、という話だろう。それなら聞いたことがある。死者が出て指揮官が更迭された」

「んー、なんか違うような」

 ゴキゲンな朝食は終わり。今日の訓練は夜=夜間に暗視装置を使った屋内戦闘訓練だった。指導者はあの鼠の糞(キー・シュー)隊長だがミスると怒鳴られるのでおっかない。というか、あたしは頭に双眼鏡をつけているのに、裸眼のまま暗視能力のある完全義体化兵と一緒に動けるわけないだろ/もちろん口に出すと怒られる。

「ニシ、今日の予定は?」

「ん? これから本部に行く。書類仕事かな。中隊を増やすっていうんで、その人員確認、必要機材の申請、宿舎の下見、尉官のとの面談、訓練目録は——俺の仕事じゃない気がするがレイナの訓練計画書のついで、だな」

「本部に行くんだな? あたしもついていく」

「部屋で休んでていいんだぞ」

「ここのところロゼに会ってないからな。いろいろ聞きたいことがあるんだ」

 しかし、その目はなんだ。そんな嫌そうな目をされるおぼえ(・・・)は無い。それとも言い訳をするとすぐ嘘と見抜かれるからそんな顔して黙ってるって?

「はぁ、分かったよ。じゃすぐ制服に着替えてくるんだ。30分後、電車で向かうから」

 レイナはマンションへ走って戻り、近衛兵団の制服を着るとトラムの駅でニシに合流した。そこから環状鉄道駅へ向かい、1桁区へ向かう電車に乗り換えた。通勤時間をもう過ぎているのでがらんとぬるい空気が電車に詰まっている。

 本部ビルは1桁区の上層都市にあり、すぐ隣がオーランドのど真ん中/王宮だった。その小高い丘に建つ王宮よりもこのビルのほうが頭ひとつ高い。

 エントランスのエレベーターホールで上層階行きを待つ。周りにいるのは兵士やら後方勤務の事務員たちだった。すっかりレイナの銀髪には見慣れたようで初日の、ブーツの中の小石を見るような視線はなかった。

 一兵卒の警備兵に身分証を見せ、オフィスエリアへ入る。一番奥がロゼの執務室だった。ネネの自宅兼執務室はもうひとつ上の階にあるが、そこへ続く階段はネネが直接許可しないと電子錠が開かない。

 廊下の窓ガラスは1つだけ。分厚い防弾ガラスにスモークフィルムが貼ってある。向こう側は王宮の小高い丘だった。てっぺんは大木の林があるが、林が囲んでいるのはコンクリート製の真っ平らな地面だった/たぶん巡空艦かなにかの着陸パットだろうか。

 レイナはドアのまえで制服を整えてネクタイの曲がりも直した。ドアを開けると秘書の座るブースがある/人手不足なので自動応答AIに置き換わっている。

「えーっと、ロゼ隊長に会いたいんだけど」

「お名前をお伺いします」

「レイナ。銭葵(マルヴァ)レイナ」

 ちくしょう、この名乗りには慣れない。

銭葵(マルヴァ)さま、アポイントはお取りでしょうか」

 無機質な女性の声が小さい画面から返ってくる。

「いや、取ってないんだけど。ちょっと話したいことがあって」

「ご用件を」

「いやだから、話したいことがあるんだって」

 んーだめだ。機械は石頭だから何を言っても通じない。

「つまり、ロゼ隊長に軍事機密な非常に重要かつ緊急の案件があるから来たんだ。だから、あたしがロゼ隊長に会わないと、そう、世界が終末を迎える」 

 こういう言い回しは、不穏分子を逮捕するとき連中がさんざんほざいていたせいでつい口に出てしまう。

 しかし秘書AIの応答は無い。

「ドアの向こうにいんだろ? しゃらくせぇな」

「いないよ!」

 ん? 急にAIの口調が変わった。

「あれれ、音声データはどこかな……あった。えへん。わたし(シス)だよ」

「お前な、こんなところに。こほん。本部ビルに、そーゆーことするの、良くないだろう」

「ハッキング? たかが応答アルゴリズムのくせにネットにつないでいるほうが悪いんだヨ」

「はぁ。で、シス、ロゼに会いたいんだけどそこのドア開けてくんない?」

「んーとね、室内は無人みたい」

「あれ、じゃあ本部ビルのどこにいるか分かるか?」

「んー監視カメラを追跡するね」さすがにそれはまずいだろう「あ、いたいた。1時間12分前にエレベータで1階に向かってる。公用車を借りてるね。行き先は、王宮だ。でもここから先はスタンドアロンだから見えないな」

「わかったわかった。それじゃしばらく帰ってこないだろう」

「隊長になにか聞きたかったのー? 代わりに調べてあげよっか」

 ハッキングしてるミニモニターで話すことじゃないだろう。

「ちょいまち。パルで話そう。人気(ひとけ)のないところに移動するから」

「了解。プロキシ設定しとくね」

 こういうネットオタクは手に負えない。

 レイナはエレベータで身分証をかざして最上階へ向かった。ここは職員用のラウンジだったがそこから非常階段で屋上へ出た。冷たい風が吹きつけてくる。

 小型巡空艦(じゅんくうかん)の着陸パッドのが真ん中にあり、その周りは空調のダクトが入り組んでいる。レイナはそこに身を隠した。

「噂を確かめたい」

 パルの視差を利用した立体映像に、ドットアニメ化したシスがいた。両手で工具箱とアンテナらしき機械を掲げている。

『ふーん、どんな? ニシのお気に入り映画とか』

「んなもん興味ねーよ」

 直接聞くだろうが。聞くことでもないが。

「街が腐獣(テウヘル)に飲み込まれた、っていう話」

『ちょっと待ってね』

 アニメ化したシスがくるくる舞っている。数秒としないうちに返事があった。

『第2師団巡空艦(じゅんくうかん)大隊の偵察報告書でそういうのがあるね。財団の都市の明かりが消えていた、って。望遠レンズでしか確認できていないけど、大型腐獣(テウヘル)が市内にいたらしいって。んーなんかぼんやりした報告書だな』

「ふうん、それが噂の出どころだって?」

『出どころじゃないけど。日付は半月前だね。街自体数万人はいたはずだから、そこからの避難民が口づてに広めてるのかも』

「じゃあ最近の難民流入は、そのせい?」

『都市防衛隊の報告書だと、難民の数はこの1年で増えてるけど別に最近急に増えたわけじゃなさそう』

「他の街の様子はわかる? 街の監視カメラ映像とか。財団の街にはカメラがあちこちにあるだろ」

『無理だーよ。財団の街も企業連合の街もサイバーネットの回線が物理的に切断されてる。無線通信も限界があるし。よし、じゃあレイナのために面白そうなデータ探るね。ちょいまってて』

「あいよ。続きは家で聞かせてくんな。今から戻るから」

 レイナは立ち上がって腰を伸ばした。屋上は空っ風がキツいがよく遠くまで見渡せた。2桁区と3桁区は階層都市だが4桁区から7桁区までは街が地面にある。そのせいか、4桁区は階層都市の陰になっていて見えない。今見えているのは5桁区か6桁区だった。

 そして地平線に目を凝らしてみた。茶色い荒野だが、さらにその先、地平線の上は暗闇だった。曇天とか雨天とかそういうのじゃない、そこだけストンと闇に包まれている。

「本当に、虚無の災害、防げるんだよな」


★おまけ♪

挿絵(By みてみん)

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