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物語tips:皇アナ
連邦に君臨する皇。その正体は、数万年周期で惑星移民を繰り返す第一の人類(旧人類)のアイデンティティを維持するための生体記憶機関。胸に埋め込まれた"赤月の印"という赤い宝石のような生体機械を通じて過去の皇の記憶にアクセスできる。また皇は無性生殖で次の皇を生むことになるが、これは全く遺伝子の同じクローンである。
歳はすでに子供がいても良い年齢だが、いまだ世継ぎが生まれていない。これは虚無の災害の影響ではないか、とアナやネネは考えている
ロゼとは幼馴染で、ロゼのほうがすこし年下。年齢の割には若く見える。
「なにかあったんですか」
ロゼが並んだ4人を見渡して言ったが——それはこっちのセリフだ。
今日から仕事が始まる。急を要するというわりには1桁区のさらに真ん中の宮廷までわざわざ呼び出された。新品の近衛の制服を4人全員が袖を通した。電気警棒、拳銃、手錠まで支給された。何が始まるのかとニシまでもいぶかしんだが、その直後の驚きのせいで全員が言葉を失った。
「しばらくぶりに会いましたね、私の命の恩人の、守護騎士たち」
アナがいた。子どもが1人2人いてもおかしくなさそうな年齢なのにかっこつけたセリフを恥ずかしげもなく披露する。地味だが高そうなドレスがふわっと踊り小さな会議室を横切る。アナはホワイトボードの前に座った/同時に全員が起立した/しかしロゼは顔が怖い。
「ご機嫌麗しゅう、陛下。我々の顔色が優れないことをご容赦いただきた。任務を前に緊張してみな、昨日はあまり寝られなかったようです」
ニシが慣れたしぐさでお辞儀した。
「あら、それはいけませんね。ロゼ、あまり友人たちを働かせすぎてはいけませんよ」
「友人ではなく部下です、陛下」他人行儀なロゼに、アナは頬を膨らませたが取り合わず「予定では1か月の休暇でしたが、残念ながら事態が急変しました。なので招集をかけた次第です」
変な2人だと思う。ネネ婆ちゃんの話を聞いたかぎり、2人は幼馴染だ。タムソムで幽閉されていたアナと偶然同じ学校に通っていたロゼ。多少 歳が違うとはいえこうも他人行儀になるのは、大人の癖というやつか。
しかしロゼの言う「どうしたんですか」はむしろあたしが言いたい。アナは優しすぎるが、ロゼのほうは、なんだろう、のどが焼けている。声が変だ。そして涙袋が腫れている。泣きはらしたのを化粧で隠しているが、ばればれだ。こんな女にも涙があるんだな。
言おうとしたが、どうも横に立っているニシが上から睨んでいる気がしてやめておいた。
「ロゼ、これから任務のお話ですわね。ぜひ私に聞かせてちょうだい」
「御意に」
ホワイトボード/電子掲示板がロゼのパル操作で切り替わる。巨大なオーランドの地図が映った。7つの壁に仕切られた同心円状の計算しつくされた都市だが、各地に赤い点が記されている。
「今回のあなたたちの任務は、暴動の鎮圧です。ここ最近、根拠のない噂を流し市民を混乱させている者たちがいます。あなたたちはその中心人物を逮捕します」
「俺たちのほかに参加するユニットは?」
「ふふ、慣れていますね。暴動の鎮圧自体は市警の機動部隊が担当します。あなたたちはリーダーの逮捕に専念してください。もちろん、生きたまま捕らえてください。銃器で抵抗されたのならその限りではありませんが。すでに現地に中隊を派遣しています。あなたたちの指揮下に入りますが……ニシさんに指揮をまかせます」
「暴動の鎮圧か。アフガン以来だな。友軍はどんな部隊なんだ? 近衛は護衛部隊のはず。攻勢には慣れていないだろう」
「心配しないでください。“司書”から引き抜いた兵士たちです。そう、あなたたちがタムソムで戦った完全義体兵の部隊です」
げーまじかよ。因縁あるじゃん。
「もちろん分かっていると思いますが、デモに参加する市民には、なるべく暴力を控えてくださいね。それは全部、思いに応えられない私の責任ですから」
「陛下、なんども申し上げておりますが、あなたの責任ではありません。虚無の災害の噂が広まってるだけですので」
「あっ、虚無の災害」
全員の視線がレイナに集まった。
「レイナさん、何か質問がありますか? 私の知っている範囲で、いえ、答えられる範囲でなら教えてあげられますよ」
「えっと、恐れ多くもワガキミ」
「ふふ、普通に話してください」
アナは両手を揃え足の先までもぴったりそろえ、安物のパイプ椅子に座っている。なんでもは答えてくれないが知っている範囲で、という条件のせいでレイナは言葉を探していた。
「じゃあ、その。虚無の災害は今、ヤバいんすか?」
「そうですね。報告を受けている限りでは、異常気象と腐獣の出現報告が急に増えています。ただ連邦の領域では軍が都市と街道の守りを固めていますので、心配なく。避難民も、労働と引き換えではありますが、なるべく受け入れています」
「あ、うん。了解しましたであります」
分かったような気になったが、それが本当にあたしの知りたかったことだっけか。
「じゃあ、早速だが向かおう」
「軍用車の電子キーをニシさんのパルに送りました。あなたたちならきっと成功しますわね」
4人はそろって敬礼して会議室を後にした。宮廷の駐車場に近衛兵団所属の高機動車があった。記号だけのナンバープレートが前後にあり、赤色灯とサイレンも付いている。
「わーいドライブドライブ」
「ほら、ちゃんとシートベルトを締めて」
運転席がニシで助手席がシスだった。後ろにレイナとアーヤが座った。
くそ、アーヤと隣同士なんて気まずい。昨日酒に酔って帰ったときもうアーヤは寝ていた。初めて会ったのは、今朝マンションを出るときで、ここに来るまでに一度も話をしていない。
「あっ」
レイナとアーヤは同時に声を出した/同時に顔を見た/同時に窓の外を見た。
車は滑るように出発して都市高速道路に乗った。赤色灯を回しながら右へ左へ、他の一般車をかわしながら邁進する。
「ふたりとも」ニシが前を見ながら言った「同時に、思ってることを言えばいいんじゃないか」
隣でシスがニヤニヤしている。
「じゃあ、いくよー」シスがぱちんと手を叩く「いーち、に、さん。。。はい!」
「ごめん」
あたしの声だったかもしれないしアーヤの声だったかもしれない。
「わだかまりは解けたみたいだな。よかった。不安な心というのはいつも作戦失敗の原因なんだ。もういいんだよな、レイナ」
「おうよ」
車は3桁区と4桁区を区切る要塞壁を通り過ぎた。ここから先は地上を都市高速道路が走っている。
「目的地は4桁区だ。音楽フェスと申請された集会が実のところ扇動者に集められた群衆だったらしい。破壊と略奪行為を繰り返しながら街を練り歩いている」
「そいつはつまり、ギャングみたいな?」
「ファイルによると終末論者の集まりだ」
ふむ、初めて聞いた言葉だ。綴りが分からない。
「つまり、この世界が終わるかもしれない、っていう?」
アーヤは要領を得たらしかった。
「わかるのか? 俺はそういうテロリストとさんざんやりあってきたが、唯一大陸じゃなじみのない考えかと」
「世界が終わっちゃうなら、借金もチャラだし悪いことしてもノーカンってことだよね? 綴りというか意味的に」
「あー、ヒトは神様を信じていなかったな。まあそういう感じだ。今回は部隊をふたつに分けようと思う。シスは高所からの偵察を。今回は狙撃はなしだ、できるだけ。アーヤは市警の統括本部に行ってもらう。連絡役だ。任せていいな」
「うん、もちろんだよ。はったりも得意だし」
「俺は部隊を率いて標的の追い込み役をする。レイナ、君はいちばんいい役回りだ。扇動者を捕まえる。生きたまま」
「おう、まかせろって」
「座席の背もたれに防弾ベストがあったろう? 一応着ていくんだ。ただ扇動者はひとりとは限らない。シス、電子介入も含めて偵察をお願いできるか?」
「んー不特定多数のパルの通信傍受は無限の組み合わせが……ね、アーヤ。市警の防犯AIにつなげられるようお巡りさんに頼んでくれない?」
「わかった。任せて」
話はまとまった。4桁区に入り、警察署でアーヤを降ろした。街自体は巨大な工場、というふうで一方通行の道を特殊車両がたくさんのタイヤを転がして走っている。そのうちのひとつ/通信中継タワーでシスを降ろした。撃つな、とニシに釘をさされながらもライフルは背中に担いでいた。
現場は工場敷地内の出荷用駐車場だった。観客付きで球技ができるぐらいには広い。市警が通じる道路を規制線を張って通行を止めている。パトカーの並びに止めた/すぐ横に同じ記章の兵士たちがずらっと並んでいる。レイナは防弾ベストの脇のベルクロで体にしっかり締め付けた。
「レイナ、喧嘩は無しだからな」
「ばーか。わかってる。あたしはプロだ」
しかし、こいつらもプロだ。以前 完全義体化兵は財団のに会ったことがある。機械がヒトのふりをしているような連中だ。シスと同じ、外見よりも機能を重視している。
連邦軍の完全義体化兵は——明るい中で初めて見たが——どうみても生き物のヒトだった。目はちゃんと2つだし生っぽい耳もついている。しかし体躯が巨人だった。金属質のプロテクターとカーボン・ファイバーの体で巨人の体を作り上げている。それなのに普通の頭が広い肩と肩の間にちっこく乗っている。変だ。電磁式吸着器で三三式ライフルを背中に張り付けているが両手はポリカーボネイト製の盾と電撃警棒だった。
「指揮を任された、ニシだ。そちらの小隊長は」
「自分であります」
イケオジが一歩前に出た。アーヤのタイプそうなおっさんだった。
「データリンクは?」
「はい。今受け取りました」
レイナのパルも光った。ピクセル・アニメ化したシスがてくてく走り回っている。
「市警の機動部隊とデモ隊が衝突した時がチャンスだ。扇動者は捕まらない位置に立っている。たぶんデモ隊の後ろの方だろう。俺たちが急襲をかける。そうすれば奴は逃げ出すが——」そこでニシはレイナを見た「少しの間泳がせよう。判断はレイナに任せる。逃げられそうになったら手を出していい。いま、この周囲の通信を傍受している。できれば扇動者の後援者も掴んでしまいたい」
「なるほど。いい作戦だ。指揮官殿はよほど経験があるように見える」
「俺が? まさか。俺は殺し専門だ。生きたままとらえるのも——あの時は手足をもぎ取った。で、生きている間に自白剤を飲ませて情報を集めた」
ニシはさらりとお得意の肉料理レシピ言ってのけたふうだったが小隊長は眉をひそめていた——脳以外機械になっても人間性は捨てられないということか。
作戦開始。
兵士たちは互いに脳内通信で話すせいか足音しか聞こえない/むしろ通りの向こう側が騒々しくなった。デモ隊は工場の出荷用駐車場の出入口に陣取り、不正ハッキングした無人フォークリフトに鋼鉄コンテナを運ばせ警官隊にじわりと近づいている。
「そろそろか。レイナ、位置につけ」
「まかせろって」
警官隊/デモ隊/友軍の位置はパルで手に取るようにわかった。シスが常に目を光らせている。
『はい、もしもし!』アーヤから通信が来た『市警から情報をもらったよ。監視映像から最初に拡声器を握っていた男が判明。あとその部下? 補佐? よくわかんないけど全部5人いる。これが顔写真。シスちん、検索できる』
『了解。検索中』
シスは機械音声に切り替わった。
『こちらニシ。電子戦兵からの支援だ。ここ一帯にジャミングをかける。標的が定まったら、そいつからの通信だけを外部につなげる。ふむ、連邦軍はいい装備を持っている。それにユキほど気難しくない』
レイナは走りながらそれら全部を聞いていた。ガードレールを飛び越え、警官隊の間を抜け、それから町工場の屋根に登った。群衆はまるで腐獣の群れだったが、デモに参加するわけでもない野次馬も遠巻きに並んで見ていた。
「ちくしょう。すげー人数だ。ほんとに見つけられんのか」
レイナは電撃警棒の握り具合を確かめた。普段のマチェーテより軽くて指の位置が定まらなかった。親指のところのスイッチを動かすと電圧が変わった。
「最大電圧で3回、だったな。真ん中ぐらいにしておこうか」
義体化連中は体内電力で何度も最大電圧を打ち込めるらしい。マジ生き物を辞めている。
警官隊は拡声器でぐわんぐあん命令口調で叫ぶが、デモ隊もやかましい声で合唱している。どっちも、言葉は聞き取れない。
レイナの色素の薄い瞳が右へ左へ動く。荒くれ者たちを観察するがどれも扇動されたただの労働者だった。位置を変え、工場の排気ファンの陰から様子をうかがった。
「んー絶対あいつだろう」
パルを開く/シスが共有した容疑者リストと比べる=スキンヘッドで人相の悪い、しかし頭だけは良さそうなオッサンに目を付けた。
『レイナ、まだ動くなよ』
「って、動いてない」
『味方の位置も情報共有しているんだ。もう少しで敵の通信網を特定できる。待機だ』
容疑者のスキンヘッドは、デモ隊の前衛がスクラムを組んでいるというのに、安全な後方で、官営工場のロゴ付きバンの上で踊っている。その足元では他の容疑者たちが工場の労働者たちと押し問答している。
「シス、見えてるか? スキンヘッド野郎の周りは部外者だ。たぶん、工場のノルマが達成できなくなるから文句を言っている」
『了解。データリンク開始』
シスの電子音声が返ってきた。パルの索敵表示に“誤射注意”の一文が加わる。
「義体化連中はこういうのが目で見えるんだよな。便利だな」
時間があれば義体化の相談でもしてみるか。銀髪に義体化。たぶん前例がない。シスは財団のクソペド研究員が機械と体をつなげるために無理やり腐獣の心臓を使ったから例外だ。
『α小隊、位置に着いた』
ニシの声だ——またわけのわからんトーキョー語を話している。
『β小隊、いつでもいける』
これは、さっきのイケオジだ。さっそくニシに毒されてる。
『こちらc、電子欺瞞を開始。ネットワーク演算』
『データリンク開始。はぁごちゃごちゃしてる。こーゆーの“蜘蛛の巣を編む”っていうんだよね。警察署のサーバーに演算丸投げしちゃお』シスが地声で話している『アーヤ、電算室がアチチになるからさ、基盤が解けたら代わりに謝って』
みんなプロだ——あたしもプロに徹する。
スキンヘッド野郎にロックオン/走り抜ける経路を考える/背中を取られないようまずはスキンヘッド野郎を殴って倒す/あのはしゃぎようだと、3秒あれば……いや、まてよ。
「まてまて。なんかおかしい。奴は標的じゃない」
『各班待機——なんだって、レイナ?』
「こんな大人数を扇動できるほど奴は頭がよくない。見てみろ、頭がお熱だ。浮かれて踊ってやがる。それに、だ。オーランド政府に立てつくようなキレ者がパルで連絡をよこすと思うのか。本当の扇動者は近くにいるはずだ」
『確証はないだろう。それにデモ隊にこれ以上好き勝手させていると警官隊に死傷者が出る』
「奴は、フアラーンのときのあたしと同じだ」レイナは叫んでた「だからわかるんだ。奴は浮かれている。バカだからひとりじゃできない、ひとりぼっちでもできない。きっと奴から見えるところに本当のボスが隠れている。ボスの指示で手駒を動かしている気になっているが当人は自分が捨て駒だって気づいていない! だからああやって高いところで踊ってる。不安をごまかすために、ボスにあとでよしよししてもらうために」
レイナはしきりにがなったが、スピーカーの向こうは静かなままだった。
『……わかった。信じよう』かなり間が開いてニシが返信をくれた『だがこちらから支援ができなくなるかもしれない。シス、狙撃可能範囲をパルに表示してくれ。レイナ、なるべくシスの視界の中で動いてくれ』
「心配すんなって!」
言ってみるもんだな。おかげで心臓がどきどきしている。
レイナはスキンヘッド野郎の視線を追いかけてみた。奴が見ているのは地面に引き倒されている工場長、写真を撮っている群衆、デモ隊の最後尾——またぐるりと一周して部下に叫んで指示を出している。
落ち着け。絶対奴はボスを見ている。周って踊るパターンが……あった! 工場の陰/資材置き場の遠巻きに騒ぎを見ているやけに落ち着いた奴に頻繁に視線を合わせている!
「見つけた!」
『各班、突入』
レイナは雨どいを伝って工場の屋根から降りた。野次馬をひらりとかわし、デモ隊の間をすり抜け、それでもヒトが濃いときは放置車両の屋根に上って飛び越える。
現場の反対側で発砲音が轟く=三三式ライフルじゃない/群衆が悲鳴を上げて蟻を踏んずけたみたいに駆けだした。
スキンヘッド野郎も事態が変わったことに気づいて、飼い主の方を振り返る/もう一度正面を振り返る=レイナが電気警棒を振りぬいて正中線に高電圧を食らう。
吹っ飛ぶスキンヘッド野郎/なおも走るレイナ。
『状況更新』シスが電子音で実況した『レイナが容疑者1を無力化、部下2名も電撃を食らって卒倒』
レイナが資材置き場に到着すると走って逃げる背中があった。そう大きい体格じゃないが足は速かった。
「へっ、銀髪の体力、なめんなよ」
レイナは電撃警棒を握りなおす/しかし電池残量は残り1回。せいぜい2回だけ。
一呼吸だけを吸い込み一気に走った。資材置き場を抜けて出荷倉庫へ突入した。少しだけ距離が縮まったが倉庫に入ったところで見失ってしまった。
『落ち着いてレイナ、見えてる』シスが個別通信をつなげた『警察の統合監視カメラでも見えてる。彼女は倉庫から出てない。ニシが小隊を1つ出口方向に向かわせた』
「よし、わかった。って、彼女?」
『うん、女。でもあの走り方は生身じゃない』
「あたしの敵じゃないって」
出荷用の倉庫は、半分ほどがパレット積みの貨物で埋まっていた。薄暗く、ヒトがちょうどすれ違えれる程度の幅で、天井近くまで貨物が積みあがってる。
レイナはいつものスタイルで——左手に拳銃を握り、右手で電撃警棒を構えた。
室内のせいでシスの敵味方表示がオフラインに/レイナは耳を頼るが、デモ隊と警官隊の怒声と自分の心臓の音で何も聞こえない。
こういうときは、ニシは何と言っていたか。視覚、聴覚、すべてを頼る。あれ、あとひとつは何だったか——嗅覚か!
鼻のなかに少しだけ、違う匂いが混ざる。女物の香水だ!
殺気をほぼ勘でいなす/しゃがむと同時に自動拳銃の弾丸がばらまかれる/背中をひどく叩かれたような衝撃で息が止まる。
「くそ、痛ぇ。撃たれたわけじゃない、跳弾だ」
完全に殺そうとしている/こっちも手加減はできない。
レイナは電撃警棒をしまうと拳銃を握りなおした。ゆっくり覗いたが姿が見えない。
位置を移動——こういう場合は止まっていたらだめだ。優位性はシーソーゲーム/今は敵が優位だからすぐに移動して優位性を取り返す。
無理はするなと、分かっている。もう近くまで味方の小隊が近づいている。
「あたしだって、もう昔のあたしじゃないんだ!」
見つけた。女のケツだ。
レイナはあえて足音を立てて一気に近づく。女はレイナに気づく/レイナはすでに停止して射撃の姿勢に。
バンバンバン——確かに体に命中したが手ごたえがない/マジで義体化している?
女がひるまず自動拳銃を構える/もう猶予がない。
レイナは銃身をずらした。ちょうど頭を狙う位置へ。
弾倉に残った弾を全部ぶち込む/その半分が女の喉に命中して盛大に火花が散った。
レイナはすぐに弾倉を交換/女に接近して落ちた自動拳銃をパレットの下へ蹴り飛ばした。銃口の向こう側で女は両手を上げていた。顔の生身の部分から赤い血が流れ出ている。
「動くなよ。てめぇには黙秘権が——!」
訓練通りのセリフを言い終わるはずだったのに/女の左腕がぱっくり割れた=腕の中に折りたたまれていた刃が瞬時に伸びる/ひどいスロゥに見えた。
衝撃で息ができない/胸と背中と両方から。
同時に女の左腕が爆ぜた。右腕と両足も大腿部からちぎれとんだ。全部機械の手足だった。床に転がったのはカマキリみたいな機械仕掛けの腕だった。
『レイナのバイタルチェック中。心拍数上昇血圧上昇』シスの電子音声のあと『ごめん、狙撃が間に合わなかった。ケガは?』
レイナは激しくむせたが、深呼吸で空気を取り込もうとした。
「大丈夫。内臓はこぼれてない。連邦製の防弾ベストは便利だな」
胸のあたりをさすってみると、高硬度セラミック製の外傷プレートがぱっくり割れている。
『あと18秒で友軍が到着する。無理しないで』
「心配すんなってゲホッ。それより、工場の中でよく当てられたな。荷物の隙間を通したのか」
『だーかーらー、無理に話さなくてもいいから!』
シスの言うとおり、18秒きっかりで連邦兵がぞろぞろと現れた。背中に通信機を背負ってる兵士が女の頭部に有線接続している。
「動かなくていい。傷を診ている」
さっきのイケオジ隊長だ。その部下がレイナの防弾ベストを脱がし、スキャナーで体を調べている。
「どうよ、あたしだってけっこうやれんだろ」
「そのようだな」
イケオジ隊長は通信兵とアイコンタクトをして、
「詳しく調べなければわからないが、高度な暗殺組織の一員だろう。軍用の義体も装備しているとなると、少々捜査が難しくなる」
「ふーん、横流し品って?」
「なにも連邦の軍用品と決まったわけじゃない」
イケオジは鼻を鳴らした/手を伸ばしてレイナが立てるよう手を貸した。
「ケガは無いようだが、数日は安静にしておいたほうがいい。内臓や脳へのダメージは後から来るかな」
「あたしは銀髪だ! この程度、ツバ付けときゃなおるって。あーでもありがと。駆けつけてくれて。えっと……」
レイナは手を伸ばして握手をした。
「キー・シューだ」
「は?」
「鼠の糞。君はレイナ君だな。よく知っているよ」
「ああ、タムソムでやりあったからな。いや、でも名前」
「コールサインだ。君を診察していたのがゲロの塊、あっちの通信兵が新人のヌエ・ヤイ……義体化する前はマジでイボチンコだったらしい。で、あっちで外を警戒しているのが」
「いやいい、わかったから。あんたらの伝統は」
イケオジ/キー・シューがにやりと笑う。
「タムソムでニシ君がカリナ軍曹をボコっただろ?」あーそういや、あったな。「俺たちは、正直奴のことが嫌いだった。宰相におべっか使って指揮官になった。傲慢知己で貴族気取りだから、俺たちはコールサインを汚物まみれにしたってわけさ」
「あーなるほど」
男のノリってやつか。
「俺たちはエリート部隊と期待して志願したのに、気づけばわけのわからん科学者を大陸の果てまで追いかける仕事で、軍曹はとことん偉そうに俺たちをこき使って……まあいい。レイナ、君がショットガンを至近距離で食らわせたのは、この俺だ」
「え、いや、あんときは」
バツが悪いったらない/いやでもあたしのせいじゃない。あの時は何も知らなかったんだ。
レイナは護送される女暗殺者を目で追いかけてごまかした。
「君はなかなかガッツがある。あの時殺さなくて正解だったよ」
唖然とするレイナ/キー・シューの部下たちは同時に笑った。
「俺たちの任務はくそったれのララアトの護衛で不審者を殺すことまでは命令には入っていない」衛生係のゲロの塊が教えてくれた「ちなみに、背中に狙撃弾を食らったのは俺だ。体の故障は経費で直せるがフェイスプレートは自腹でね。隊長はその修理に月給全部使っちまったんだぜ!」
ヌーヌはキー・シューと拳を突き合わせた。
「俺の顔、かっこいいだろ? 彫刻家に作らせた一点物だからな」
なんだよ、生まれつきの顔じゃないのか。フリオはたしか、生身の顔をそっくりそのまま——加齢以外を——再現しているとか言っていたっけか。
『各班、状況報告』
ニシの声がパルから届く。
「こちらβ、犯人を制圧、レイナ君を確保。旦那、ベッドに縛り付けてでもレイナ君を安静にさせるんだ」
『ネガティブ。それはどだい無理な話だ』
「それはっていうと、あれかい? 旦那はしばられる側ってことかい?」
『ネガティブ。それじゃ勃たない』
ニシの応答に男たちがゲラゲラ笑っている。恥ずかしくて顔が熱い。
「証拠品はこっちで集めておく。通信修了」
よくよく考えれば、キー・シューは声に出して話さなくても通信できた。レイナにもあえて聞かせてやっていた。
「いい男だ、ニシ君は」
「って、あたしらはそーゆー関係じゃない」
「分かってるよ。若いねえ」
クソが。
「だがニシ君は指揮官には向いていない。根っからの兵士だ。相当な数の修羅場を潜り抜けている」
「あー、あいつトーキョーってところから来て。で、トーキョーは戦争があちこちで起きてるんだと」
神については、言わなくてもいいだろう。それにキー・シューも話半分で聞いている。
「面白くなりそうだ。同じ側に立ててよかった」
物語tips:司書
内務省隷下の治安部隊
皇アナの祖母、母親の回帰主義思想を濃く受け継いだチャラムは旧人類の知識を刈り取る組織を考えていた。その宰相チャラムの一存で"司書"が結成された。あくまで治安機構なので議会の制約は受けない。
しかし"禁止された知識を判断するためには禁止された知識が必要"という矛盾が生じる。そのため司書は常に研究機関を監視し、急進的な科学の発展があった場合、秘密裏に研究者とデータを闇に葬っていた。その結果、連邦において科学の発展が阻害され多数の知識が企業連合、財団系の国へ流出した。しかし連合は企業利潤のため、財団は人工的な人類の進化を目論んでいたためこちらも技術の発達が市民生活の向上には繋がらなかった。




