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物語tips:近衛兵団
オーランド政府軍のひとつで、独立組織。表向きはロゼが指揮官だが侍従長であるネネもその方針に大きく関わっている。
伝統的な連邦軍は、"3軍"と呼ばれる第1師団第2師団第3師団と、都市防衛隊がある。都市防衛隊は、憲兵と武装警察の役割も果たしている。主に活動範囲は管轄の国(都市国家)の中。
一方で近衛兵団は、伝統的に皇の身辺警護と生活の世話を担う組織だった。そのため軍の組織ではあるが、議会の監視を受けず皇の直轄組織だった。護衛係/戦闘部隊はいるものの、大半は皇の教育、世話係だった。しかし、近年はその組織が肥大化した。情報分析部隊、攻勢部隊、電子戦部隊など単位あたりの戦闘能力は3軍を凌駕しつつある。
周囲の視線が気になる、というのは慣れている。
なにせ銀髪なのだ。髪は青だの緑だの、染めることができるし染めてる頓智気はたまにいる。それは好きでやってること。鏡を見るたびに悦に浸ってる。周りにどう言われようと好きで傾いている。
あたしは違う。好きで銀髪になったわけじゃない——好きで銀髪になるバカなんていない/下の毛まで銀色に染まってる。呪われてるだの、腐獣に魅入られただの、みんな好き勝手いう。白痴のグアイは、それはぜんぶ司書が流したガセで、腐獣の心臓を研究したり有効活用させないためだった、とか。
バカらしい。今さらどーだっていいそんなの。
この銀髪は染めたりしてもすぐ元の銀髪に戻っちまう。そういうヤなやつだ。触りたくないが、全部剃ってしまってスキンヘッドになるのはもっとヤだ。
レイナは混みあっている路面電車に乗り込んで、一方通行の通りを進む。ほかの乗客たちは目の端でレイナの姿を見ているが気にしていませんよ、という素振りのために各自のパルに目を落としている。あちこちで視差を利用した立体映像がピカピカ光る。オーランドの3桁区上層都市に住んでいるだけあって、乗客たちはあえて他人の問題に干渉しようとはしない。
でも、嫌じゃない。今日の視線は、気持ちがいい。
レイナはオーランドに帰ってきて、次の日は丸1日寝ていたが、その翌日にシンタローの紹介で美容院に行った。予約とか指名とか、そういう面倒ごとはシンタローに任せ、レイナは店に着くなり、空いている椅子に座った。
指先で、襟元を触ってみる。ちくちくしない。指の間をさらっと銀髪が流れる。ニシが言っていた“ウルフカット”というのも美容師に説明したらすぐに理解していた。さすがプロだ。シンタローの紹介だけあって、美容師はやはり口の周りに髭がびっしり茂っているゲイだったが、そのほかのファッションセンスから香水、ネイルまで隙の無い装いだったし金のネックレスも、それはそれで威張らずおとなしく、良かった。それよりも、鏡に映る自分が嫌いだった。高級美容室に上下ジャージにサンダルだなんて、ダサすぎる。
レイナは目的の駅でトラムを降りた。もうマンションは目の前だった。パルで部屋のドアを開けた。ニシの真似をして小さい声で「ただいま」を言うが返事はなかった。
「あれ、まだ帰ってないのか」
ニシとシスは、ふたりそろってお出かけ中だった。あいつらがいちゃついていたって、あたしの了見じゃない。
部屋の入り口には姿見がある。変わったのは髪型だけだが、右へ左へ自分の顔を傾け、レイナはじっくりと目に焼き付けた。
そういえば——。
今朝郵便で荷物が届いていた。送り主は『近衛兵団』で軍の郵便局の消印が押されている。レイナは自室に戻って着ていたジャージをベッドの上へ脱ぎ捨てると、床に置いてあった段ボール箱を指で裂いて開けた。
「ふーん、そいや、電話の最後にシンタローが制服のサイズがどうのうこうの言ってたが、これね。仕事が早い。あいつもプロだ」
軍用の制服だった。だが戦闘服じゃない。濃いめの灰色スーツ、制帽、近衛兵団の記章と素朴な階級章も付いている。
レイナはまごつきながらも、なんとか制服に袖を通せた。まだ馴染んでないせいで腕や膝のあたりが固い。肩をぐるりと回すとジャケットの裾も一緒に動いた。ネクタイは、パルで調べた締め方をやったはずだが形がいびつだった。
まあいい、あとでニシに直してもらう。
さて、鏡の前に立ったら写真を撮っておきたい。パルを起動して立体写真の用意をしたが──どうも見栄えが悪い。アーヤはささっと、こういう写真を撮っているが、どんなポーズだったか……
レイナが1つのポーズで1枚撮ってはパルでその出来を確かめていた。同じような自撮り写真が20枚を超えたところで背後に人影が揺れた。
「ん、なんだ。アーヤか」
「ふーん。その制服、着てみたんだ。シンタロー君がサイズ合わせをしといてって言ってたっけ」
よく考えてみれば、アーヤよりシンタローのほうが少々年上だが、たぶんその外見の柔和さのせいで年少扱いしている。
「いたなら返事しろよ。あたし帰ったときちゃんと挨拶したんだぞ。ていうか部屋に閉じこもって何してんだ?」
「プライバシー! いつもいつもリビングでパンイチでくつろいでるレイナと一緒にしないでよね」
「なに逆切れしてんだ……ああ、そうか。わかった。彼氏に会えなくて欲求不満的なアレか」
アーヤ=黙る。否定せず、
「誰だってするでしょ」
「いや、しないね。そんなあまっちょろいこと。あたしは強ぇんだ。んな恥ずかしいことできっかよ」
ふーん、とアーヤは口を曲げたままだった。そしてそのまま一歩前へ出た。
「おっ、なんだ。やんのか!」
アーヤは腕を伸ばしたが殴りかかる素振りはなかった。まっすぐ伸ばしたからより一層、腕の細さが際立った。
「ネクタイ。結び方が間違えてる。んーと自分でやるときと左右逆だから……」
いったんレイナの首元でネクタイをほどき、首をかしげながら合成繊維の布を手繰り寄せて絞め結ぶ。アーヤのほうが背が高いせいか、レイナも目のやりどころに困り仕方なくアーヤの指の動きを見ていた。ラメ入りのマニキュアが光っている。
「はいできた」
「意外な特技」
「意外でも何でもないって。制服なんて毎日着てたんだから」
「というと?」
「制服! 高校の! シャツとネクタイとスカートだったの、制服。オーランドは少し違うね。襦袢と袴でさ、夏と冬で衣替えがあるんだって。古風だよね」
「んなとこ見てないし」
歳は同じぐらいなんだろうが、住んでる世界は違う。トラムに乗っているとき見たかもしれないが気にしたことがない。あたしはひとりで生きていける。ガキじゃねぇ。大人に飼いならされるなんてまっぴらだ。
「で、レイナ。どうなの?」
「結構いい感じだぜ。スーツだけどよ、動きやすいし。シャツの首んところがちと痛いぐらい。慣れるんだろこういうの? ああ、あとホルスターもなんか別のを用意しとかないと。ショットガンとマチェーテは似合わねーし」
「そーじゃなくて。仕事のこと。ほんとにするの?」
「は? 4人そろってサインしたろ? 今さら抜けますなんて言えねぇって」
「だって、近衛兵団。あんまいい話を聞かないんだよね」
アーヤは最後にレイナのネクタイをまっすぐ整えるとソファに倒れこんだ。
「フリオに何か吹き込まれたんだろ」
「そういう言い方は止めてよ。私のことを心配して言ってくれてんだよ」
「どーだか」
「レイナより男見る目があるもん」
そんなもの信用ならねぇ。
「私たちの中では、“司書”が悪者だったよね。ま、実際襲われたし私もあんま好きじゃないけど。でも近衛兵団も、同じような存在なの」
「あたしだって勉強した。近衛兵団は軍だ。で、司書どもは内務省」
「軍はね、分かりやすく言えば税金を使うの。だからどこで何をしているか必ずわかる。議会が監視しているから」
「はいはい、そーいうムズい話はいいって」
「近衛兵団は、皇の直轄部隊だけどそもそも護衛部隊程度だったの。だから議会も監視をしてこなかった。栄誉職みたいなものだから。でも今じゃ、すごく大きくなってる。すごい額のお金が動いているしすごい大量の武器を発注してる。毎日大量の武器とか兵器がオーランドに届いてる」
「新しいボスは羽振りがいいじゃん」
「それに警察や軍警察に先んじて治安維持に取り組んでる。私たちは人数が少ないけどそういう表立って言えないような任務を任せるのには合ってる」
「つまりネネ婆ちゃんやらロゼが何かよからぬことをしようとしてるって? どんな」
「そこまではわかんないけど。でもデカい計画の中に私たちも入ってる……ううん、利用されてる。私は平々凡々の素人だけどさ。レイナは銀髪だしシスちゃんは完全義体兵、ニシくんは、最強のエージェント」
アーヤの任務は裏方だ。いろいろ雑用を任されてくれるからこそ、あたしらは銃を握って前だけを見ていればいい。
「大丈夫だって、ロゼは頭がいい。アーヤにもちゃんと仕事を振るって」
「それが嫌だって言ってんの」
「今更悪事が嫌になったん?」
「犯罪スレスレの仕事とはなんか違うんだよこういうのって。前までは生きるためにしかたなく、やってただけだし。でも近衛兵の仕事は少し違う。権力を振りかざしてその手先になるってこと」
「あの野郎、アーヤにつまんねーこと吹き込みやがって」
「これは私の考え」
ああいえばこういう——ソファの背もたれの向こう側から鬱陶しい呪詛が流れてくる。
レイナはバタバタと駆けて、急ターン/靴下がフローリングの上で滑る。ソファに横になってるアーヤを上からのぞき込む。
「いいかげん腹くくれよ! 嫌だ嫌だってさっきから」
「嫌だけどやるって」
「もう少しプロらしく、割り切れって」
「そんな機械みたいにできないって。レイナにはできる?」
「ああ、できるさ」
返事が少しだけまごついてしまった。
「ぜったい嘘よ」
クソが、そんなのあたしだって分かってる! 今まで見てきたロゼの仕事は、政府の中の一番まっとうな仕事じゃない。金はイヤってほど貰える、いや貰った。たかがウェルダンに行って帰っただけで1年は遊んで暮らせる額だ。巨大なお上のために金で釣られる犬だってわかってる! だけど、割り切って働くのがプロってもんだろ!
叫んでいた。のどが痛いぐらい、そう叫びながら気づけばアーヤにつかみかかっていた/同時に玄関のドアが開き、バカみたいに甲高い「ただいま~」が響いた。
「聞いてくれ! なんとなんと! ピザがあった」ニシが素っ頓狂に興奮している「この近所、といっても下層区だけどパン屋があって。実はよく通ってたんだがピザの話をすると興味を持ってくれてご主人が窯で焼いてくれたんだ。チーズの代わりに酸味強めのマヨネーズとマーガリンだが、まあいい。トマトは、同じだ。バジルに似たハーブも乗っているし、いい感じの“マルゲリータ”だ。値は張るが、ボーナス出たし、たくさん買ってきた……あれ?」
シスがソファをのぞき込んだ。
「あれれ、お取込み中だった? ねぇ、ニシ、わたしのお部屋でお取込みする?」
「そうだな、ピザは部屋で食べよう」
ニシは両手に下げている大袋から器用に三角形に切られた“ピザ”をつまんで口に咥えた。
「2人とも、早くしないと俺が全部食うからな」
「あのな、お前ら!」
レイナが立ち上がる/アーヤがソファから転がり落ちてむせている。
「レイナ、力の調整してるのか」
「してるって! 何年この銀髪と付き合ってると思ってんだ」
「はぁ、まったく。雑でバカなのはいつものことだが、どうしたんだ急に?」
「んだと、なめてんのか」
「お説教してんだ」
ニシはピザをひと切れ、食べ終えた。
「あたしはな、プロとして覚悟を決めたんだ。でもアーヤは——」
アーヤは足元ですすり泣いている。
「覚悟、か。3人に出会ってもうすぐ1年経つわけだが、何度か言ってるなその覚悟。何度目だ」
「何度だってしてやらぁ」
「ふぅん、そうか」
「んだよ、言いたいことあるなら言ったらどうだ」
「覚悟は、他人から諭されるようなものじゃない。気づくものだ」
「くそ、クソが。わけわかんねーよ!」
何も考えられない。とにかくこのせまっ苦しい所から抜け出したい——。
レイナは走った。エレベーターホールで呼び出しボタンを叩き、やっと到着したエレベーターの一番奥の壁にもたれかかると“閉”ボタンを何度も叩いた。
くそ。外に出て冷たい空気を吸っても気分が晴れない。
街は、いつも通りの街だ。雑多なヒトがそれぞれの思いでそれぞれの場所に向かって歩いている。オーランドはそういう巨大都市だ。 全員が個人なのに、1人のあたしが入り込む隙間がない。
レイナは誰かからの視線を逃れるように背中を丸めると路地へ入った。大通りは日光が当たって暖かだが青白くて薄暗い路地は冷気が鼻にツンときた。下層都市行きのエレベータは公衆トイレよりも飾りっ気のない、無機質なドア1枚の向こう側だった。
下層部は明るかった。人工灯のせいでむしろ明るかった。
どこにも影ができない/どこにも逃げ場がない。右へ行っても左へ行っても、同じビルが並び工業用フォントで数字が1つずつかわりばんこにふってある。
自動機械で作られた街——上層部を支えるためだけの、柱を兼ねている労働者の職場と団地。
いつかフリオが言っていた説明がレイナの頭の中を巡った——クソったれな街だ。
歩いていると嫌なことを思い出さなくて済む。それなのに思い出さなければならないことが浮かんできて叫びたくなる。アーヤの顔と、泣いたアーヤの顔と、ニシのひどく落胆した顔と。全部嫌いだ。一番嫌いなのはそれ全部嫌いなあたしだ。
嫌になって立ち止まって、うずくまって、上を見上げたら涙が引っ込むので楽になった。
天井の明かりがちらちら点滅して、半分ぐらいが消えた/人工の夕暮れを告げている。
それを合図にビルや地下工場からわらわらとヒトが湧き出てくる。みんな目的がある/帰る場所がある。家だ。
レイナは流れに乗れず、自動販売機の影に引っ込んだ。労働者が好みそうな、甘ったるく滋養強壮のある原色ドリンクばかりが並んでいる。
軍の制服を着たままのせいで労働者たちは警戒してその周りだけ避けて歩く。厄介ごとに巻き込まれないよう、レイナの周りだけ流れが速くなった。
くそったれが。ここにもあたしの居場所はない。
とにかく気分が良くなりたい。アルコールを浴びるぐらい飲めば、もっと楽になるかも。
目的地が決まった。少しだけ前を向いた。
こぎれいな労働者の流れに乗って繁華街に出た。どの街にも繁華街はあるけれど、ここは地味だ。どの店も新規の客を取る気がないらしく看板が探さないと見えない。都市の柱/量産型ビルの低層階が明かりが灯り、仕事を早抜けしてきた酔客たちが笑っている。
どこだっていい。
酒屋のはずが地元のおっさん連中が飲んでる店もある。でもここじゃない。少しだけ中の連中と目が合ってぎょっとされた。別段、酒税法だか販売法だか、そういうのは知らない。
あそこがいい。通りの角にあって、道路標識が射撃の的みたいに並んでいるその横の店だ。店の名前はない。歩道側に張り出すように合皮の屋根が伸びている。バカみたいだ、下層都市じゃ雨なんて降らないのに。でもいいじゃないか。建物は雨風からヒトを守るんだ、みたいな古臭い誇りが好きだ。
店の中は、まだガランと静かで心臓マッサージぐらいのテンポで音楽ががなっている。
「いらっしゃい、兵隊さん」
カウンターで初老の男が義務であるかのような声掛けをしてくれた。
「酒ある?」
「そりゃ、うちはバーだから」
あーくそ。チスタ=バローチでやらかした失敗を思い出したせいで何も考えていなかった。
「じゃあ、サボテン酒。ロックで」
支払い機にパルをかざしているあいだに、丸い氷と指3本分のハリハリ酒がグラスに入って出てきた。
ちょうど角におひとり様用のスペースがある。角を向いて座れる。他の酔客にかかわらないし見られない位置で、レイナは座った。
酒は冷たく、舌がピリピリする。アーヤはこれ、よく飲んでいた。大人ぶって。ぎゅっと顔をしかめて、おいしいとかほざいてた。
おいしいかどうか、飲んだことないのだから知らない。でも一口ずつのどを通るごとにペースが上がる。
レイナは席を立ち、店主に2杯目を頼んだ。2杯目はピリピリの感覚を楽しんだ。3杯目は他の客の注文があったので後に回された。
意外と時間が経っている——他の客たちのざわめきと話声でうるさかった音楽がもう聞こえない。湿気た酒の臭いとタバコとたぶん何かの濃い味の料理の匂いが漂う。
「隣、よろしいかな」
レイナは肩をすくめた。拒否する理由はない。
「お嬢さん、だいぶ飲まれてますねぇ」
「だまれインポ野郎。それともなにか、銀髪好きっていうスキモノか?」
「ふむ。あいにく俺には恋人がいる。結婚も申し込んだ。それに、俺のモノは人工だからインポじゃない。君が言うところのシリコンチンコ野郎、だ」
ん?
濡れたグラスを落としそうになった——フリオだ。シックなスーツで身を包んでいる。ドヤ街のバーには似合わない機械紳士だった。
「なんでてめーがここに!」
「男の、習性というやつだ。美しい女性を見かけるとつい声をかけたくなってしまう。そしたらなんと、あの、銀髪のレイナじゃないか! 俺の好敵手にして永遠に俺に勝てない」
「うっせぇ。今の全部嘘だろう」
よっぱらっても直感でわかる。
フリオは小声で何かぼやいたが店内が騒々しいせいで上手く聞き取れない。店主がフリオのもとにメープルシロップ色の酒を置いた。同じくロックで丸い氷が浮いている。
「わかったぞ。アーヤがよこしたんだろ」
「半分正解半分はずれ」フリオは一口だけ酒を口に含んで「詳しくは聞いていないしアーヤも詳しくは話さなかった。が、ま、年頃の女同士喧嘩もするだろう。それが仲間というものだ悪く言うつもりはない。とはいえ老婆心もある」
「おせっかい焼きに来たのか」
フリオに何を言っても冷たいままなせいで、怒りがそのまま返ってきてしまう。
「警察の防犯課にツテがある。街中に監視カメラがあるだろう? 普段はAIが管理しているが手動アクセスもできる。銀髪というだけで目立つがその服だ。近衛の記章入りの制服なんてすぐ分かる。見つかった。で、ついでに1杯ひっかけにきたのさ」
フリオは理路整然と事を並べ、怒りに我を忘れた獅子を前にしても彫像のようだった。
「あたしを連れ戻しに来たのか」
「ヒトは完璧じゃない、誰しも」フリオはさらに1杯飲んだ「アーヤは向上心あふれる、若いが強い女性だ。だが、常に先を読む癖は、問題が大きすぎるとパニックの原因にもなる。彼女の悪い癖だ。いや、悪いと言うとわるいか。そうだ、弱点みたいなものだ。強いからこそ見える弱点。強い光ゆえに生まれる深い陰のようなものだ」
「あたしは、さ。アーヤのこと嫌いじゃない。頼りになる仲間だ。だけどさ、嫌なんだよ。ぐじぐじ煮え切らない、決められない。もう決まったんだから決めようなんて悩まなくていいのに」
「レイナは、アーヤを支えてくれるかい」
「当たり前だろ! 仲間なんだ。唯一大陸のあちこちに一緒に冒険して、生きてこれた。あいつがいたから」
「そうか。それならよかった。俺からは何も言わない。アーヤにも言うつもりもない」
カラン——フリオはグラスを全部飲んでしまうと席を立った。
「そうだ、老婆心ついでに。近衛兵の連中には気を付けるんだ」
「自分の上司相手に、何を気をつけりゃいいんだ。もう傭兵じゃないんだ。命令違反はできない」
「死ね、と命令されたら死ぬのか」
それは──ニシならやるだろうな。あいつは不死身だから。
レイナが答えに詰まっていると、フリオから解答があった。
「冗談だ。皇の気まぐれのせいか、ここのところオーランド政府の政策が180°変わっている──」
それは皇のせいじゃない、虚無の災害のせいだろうが。
「──第8要塞壁は完成した。壁の上は列車砲がずらずら並んで走っている。新兵器の開発も急ピッチで進められている。政府は重大な真実を隠している。いや、違う。隠してなんかいない。真実が巨大すぎて俺達の目には捉えきれないのかもしれない」
あたしにはオメーの言ってることが捉えきれねーって。
気をつけるんだ/フリオはそう言い残して席を立った。
物語tips:ピザ
ニシの好物。トーキョーの料理らしい。
薄く焼いたパンの上に、チーズと呼ばれる牛乳の加工品とトマトソースを載せて焼いたもの。円形に焼き上がったあと、三角形に切ってから食べる。
ニシはチーズを探しているが、牛乳からそのような加工品を作るのは難しい。




