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ブレーメンの聖剣 第3章散華<サンゲ> 下巻  作者: マグネシウム・リン


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物語tips:シーウネ

 連邦系(ステイト)。オーランドの隣にある。

 もともとはシーウネ州の州都シーウネだった。450年前 前線から遠く離れたこの地へ国家(ネーション)の兵士(巨獣(テウヘル))が攻め入った。これを機に第4次巨獣(テウヘル)戦役が開戦した。

 連邦の都市のほとんどは1000年前の第1次獣人(テウヘル)戦役で破壊されつくしたが、ここシーウネは獣人(テウヘル)軍の戦略により迂回(うかい)された。結果的に戦災を免れ、450年前も現地にいた精鋭部隊によって被害は最小限に抑えられている。そのため、街の半分は1500年前からの建築物が残っている。

挿絵(By みてみん)

「んだ、この街は」

 シーウネの旧市街のホテルに着いて、ホテル裏のパーキングに前駆二輪(バイク)を停めて、レイナは漏らした。

 いままでに行ったことがある(ステイト)といえば、フアラーン、サバロップ市、タムソム、オーランド、チスタ=バローチぐらいなものだ。

 洗練されているとなると、やっぱりオーランドだ。半分はスラムと工場街だが、それでも不自由ない暮らしができる。タムソムも寒いし安全すぎて息が詰まるが、銃声の聞こえない街だ、一般人ならたぶんそこに住む。同率3位でフアラーンとサバロップ市だ。高いビルとたくさんヒトが住んでいる。チスタ=バローチは、田舎っぽいのが嫌だ。

 たったそれだけ。たぶんロゼやネネに比べて旅行した街はずっと少ない。それでもこれだけは言える——シーウネはカビが生えてそうな古臭い街だ。

 数百年前の映画の“古典的フィルム(オーディー)”作品に登場するような、そういう古い(ステイト)だ。どの建物も石やレンガを積み、その上にモルタルを塗って整えている。特に存在に意味を感じない、動物や人物のレリーフがその表面を飾っている。

 街には水路が張り巡らされ、その上を小舟が眠くなるような速度でヒトを運んでいる。オーランドも昔は水路が張り巡らされていたらしいが、それはネネが生まれる前の話で、とっくの昔に水路は埋め立てられ道路に変わり、今では2重構造の都市が出来上がった。

 ホテルもまた、古かった。高級(エレガント)な門構えだが、光がちらつくシャンデリアや磨かれた石の暖炉なんて、その必要性は全く感じない。

「まあまあいいじゃない。宿泊費、私たち持ちじゃないんだから」

 アーヤは両手に荷物を持たず、小さい尻を振って受付(フロント)へ向かった。アーヤのスーツケースやらライフルを収めたハードケースはニシが代わりに抱えている。そしてシスは、自分の荷物とライフルを収めたハードケースを片時も手放そうとせず、ロビーの水槽で泳いでいる小魚をキラキラした目で見ている。今日は顔半分がツノカバのお面で隠れているので、どこぞの少女が無垢な好奇心を隠さず振りまいている、そういう無邪気さがあった。

「いったん休憩だ。休むのも兵士の仕事」

 またニシが真面目なこと言い始めた。

「あたしは別によぅ、郊外のモーテルでも別にいいんだぜ。

「昨日もドンパチしたんだ。だからロゼさんなりの気遣い。いい指揮官だ」

「雑魚3人を()しただけだぜ」

 いっぽうで、ニシとシスは2人がかりで5台の車両の突撃を止め、8人を殺して10人を拘束した。スコアじゃぜんぜん、自慢する気になれない。

 ニシは珍しく笑った。目線を追ってみたが、アーヤのスカートの下を包んでいるスパッツを見ているわけではなさそうだった。

「レイナも、もうすっかりプロだ」

「人殺しの?」

「兵士としての。よくある話だ。兵士は初陣で1/3が死ぬ。でも、初陣で生き残れば、少なくとも銃の撃ち合いじゃ負けない」

「ん、ああ、教練の鬼軍曹がそんなこと言っていたような」

 耳元で大声で恫喝されたときなので、言葉の全部はもう忘れている、というか覚えれなかった。

「銃を握るヒトなんてごく一部で、正式な訓練を受けるのはその半数。さらにその中で実戦を経験するのは1%だけ」

「ん?」

 算数は得意だ。学校で習ってないけど。でもわからない。

「つまり戦場に出てくる敵の大半は素人ってことだ。そして自分は玄人(くろうと)。あとはわかるな。素人は焦って銃を握るから弾が当たらない。そのぶん、こちらはゆっくりと狙いを定められる」

「そういや、最近、よく弾が当たる。テウヘル相手に撃って練習したからだと思ってた」

「それもあるだろうが、やっぱり場数(ばかず)だ。訓練は基本的なことと心構えだけは学べるが、戦場のすべてを事前に知ることはできない。そうなると、やはり火線を潜り抜けてきた数がものをいう」

「ニシは何人ヤったんだ?」

「最初の10人までは数えてた」

 ふっ、おっかねぇ。面白い奴だ。お前もあたしも、手はべっとりと血で汚れている。

「あたしらみたいなのが、こんな観光地のホテルなんていていいんかねぇ」

「似合わない?」

「慣れてないだけ」

「じゃあ今から慣れるといい。政府の秘密エージェントは、野宿でも高級ホテルでも、寝られる素質が大切だ。なりたいんだろう? 秘密のエージェントに」

「まあ、なりたいけど」

 ロゼからは考えておくように言われている。ロゼの推薦書付きで士官学校に入って2,3年ほど訓練を受けたら、どこかで専門部隊を指揮することもできる。だがもうひとつは、ロゼやネネの指揮下で危険度の高い仕事を請け負うことになる。

「あたしは、ほら、もともと傭兵(サイカ)だしよ、軍隊で勤務するよりかロゼの仕事のほうが楽しそうっていうか」

「楽しい?」

「オーランド政府と(おう)に忠心を誓うってやつ」

 しかしニシは珍しく、笑った。

「レイナは嘘を見抜けるが、ロゼさんも同じだ。そこは変に取り繕う必要はない」

「じゃあニシは(アナ)にうわべだけで“靴をなめたり”するのか」

「ああ、それが仕事なら、な」

「命令なら何でも従うってか」

 しかしニシの返事が返ってきたのは、アーヤが偽名と偽の住所を受付書類に書き終えた後だった。

「それが俺の生き方だった。生き物じゃないからな、俺は。その責任と覚悟があると思ってた。責任の意味すら知らないまま、な。覚悟なんてできていないのに。だがそれでも、自分のケツは自分で拭いてきた。戦争災害外交任務、どれも俺の安易な決断の責任」

 ニシは乱雑にレイナの銀髪を撫でた。

 受付を終えたアーヤが振り返った。手にはカードキーが4枚、あった。カードゲームみたいに広げている。

「え、部屋割りは1人1部屋?」

「そ。もちろん高級スイートとはいかないけど。あとロゼさんから伝言。『今日は自由行動ですが早めに休んでください。明日ヒトロクマルマル オーランドへ向けて出発しますわ』だってさ」

 歌が上手ければ、声音(こわね)を真似るのも上手かった。アーヤはロゼの声の癖をきっちり再現している。

「まあ、休めって言われたら休むけど」

「なーにレイナちん、ニシ君とがよかったの?」

「ちげーよ。ニシがシスとムフフな雰囲気になるのが許せな……」

 あれ、これじゃあたしが嫉妬してるみたいじゃないか。

「ムフフじゃいけないのか」ニシはカードキーを受け取って「シスは、見た目だけ小さいが、ずっと昔に成人済みだからムフフしても何しても本人次第だ」

「あっ、ひっどーい。わたし(シス)をオバサンみたいに言って。おねーさんなんだからね」

「どっちにしろ俺より年下だ。俺、歳をとらないから」

 シスはニシの背中にぴょんと、飛び乗った。およそ人間離れした跳躍力だし、片手でライフルのハードケースを軽くつかんでいるあたり、子どもには見えない。

 シスとニシはエレベーターに乗ると、先に行ってしまった。

「ふたりは4階ね。私たちは2階」

 エレベーターなんて待つ必要もなく、ロビーにある絨毯が敷かれた階段を上った。アーヤは、息が上がっても弱音を吐かずに、自分のスーツケースを2階へ引っ張り上げられた。

「どう、私もだいぶ強くなったでしょ」

 アーヤはダブルバイセップス・ポーズを決めた。

「重くねーだろ、いうほど」

 レイナはアーヤのスーツケースを抱えてみたが、左手の指2本で持ち上がった。

「それは! レイナは銀髪の力があるからで」

「で、いつまでそのポーズしてんだ? 処理があまいぜ」

 すると、アーヤはすっと腕を下げて

「うっさいな! オーランドに帰ったら休暇の間に永久脱毛するんだから」

 その間、あたしは髪でも切りに行こうかね。

 レイナとアーヤは隣同士の部屋だった。ロゼとネネは軍の駐屯地で事務作業があるとかで、たぶん夕方までには来るてはずになってる。

 部屋は、確かに最高級ではないし1人用なので広々とはしていない。しかしクイーンサイズのベッドには真っ白なシーツが敷いてある。天蓋もある古い家具だった。壁も床も、シックで落ち着いている。照明は壁の間接照明(ランプ)だけ。部屋に入った瞬間、自分の心音が聞こえるぐらい静かだったが、窓を開けるとにぎやかな街の喧騒が聞こえてきた。

「へぇ、いいじゃん」

 レイナは窓を開けたままカーテンを閉めた。白いレースのカーテンが風で膨らんで萎んだ。とりあえず着ている服を全部脱いでランドリー箱に入れた。シャワーでこざっぱり、きれいになると、軽く体を拭いただけでそのままベッドに飛び乗った。空調はいらなかった。いい風が吹き込んでくる。

 レイナは思い出したように、パルは枕元に置いたが、裸のままゴロンと横になってひとつ、息を吸い込むと眠気までついでにやってきた。

 肌に触れているシーツが何と心地よいことか。相部屋だったらこうはいかない。女同士でもせめてパンツは履かなきゃだし、ニシと相部屋だったら、服も着なきゃならない。

「いやいやいや、無いない。なんでアイツが出てくるんだよ」

 レイナは頭を枕に深くうずめ、腕はクッションの下にもぐらせ、乳の下のあせも(・・・)を搔いているうちに寝てしまった。


 パルの着信音がうるさいのではたいて(・・・・)止めた。おかげで薄暗闇のまどろみに包まれたが、またうるさかった。

「ちくしょう、起こすなよ。寝てんだぞ」

 レイナはうっすらと目を開けた。焦点が合わないせいでパルの視差を利用した立体映像がぼやけている。色素の薄い虹彩(こうさい)に2つのメッセージが映る。

「アーヤか。1時間前だなこれ。『ごはん食べに行く? ロビーで5分だけ待ってあげる』あー、無理だなこれ。寝てたわ。で、こっちは……ニシ?」

 今届いたばかりのメッセージだ。「暇ならどっか行かないか」らしい。目はもう覚めてしまった。今さら目を閉じても眠気は来なさそう。

 レイナはハンドサインでパルの文字入力を起動した——すぐ行く。

 立ち上がって、荷物の中からブラとショーツを——色違いのまま——着けた。そして振り返った先に空のランドリーボックスがあった。古いホテルならではの、一定時間ごとに地下の洗濯室へ投げ込まれるタイプだった。夜には洗って届くはずだが、間に合わない。

 下はショートパンツだけ。上はTシャツ——だけじゃだめだな。砂漠の夜用にとっておいた厚手のパーカーがある。いいだろう、これで。左袖をまくり上げてパルを装着する。ブーツもサンダルも似合わないが、サンダルにしよう。

 ぺかぺか足の裏を鳴らしてロビーへ向かうと、古風な絵画の前でニシが腕時計を見ながら待っていた。

「ふうん、5分で来た。早いじゃん」

「それトーキョーの時計だろ。分かりにくいから止めろって」

「せかすつもりはなかったんだ。それに部屋で休んでいたいなら——」

「いや、行く。部屋にいても暇だし」

「そうか。じゃ、腹は?」

「んー()いてない。あとでルームサービスを頼む」

「それ自腹だからな」

「わーかってるってば。高級ホテルっていうんだから、美味いんだろ? モーテルみたいにチョウシュウ食品の冷凍食品(レーショク)が出てくるわけでもなし」

「そうか。俺も腹は減ってない」

 じゃあどこ行く気だよ。

「ジェラートを食べに行くぞ」

 ニシの足元からひょっこりネネが現れた。小学生並みの体格に薄い体のせいで見えてなかった。

「げ、ネネ婆ちゃん」

「なんじゃ、(わらわ)に気づかなかったのか。さてはニシに見とれて気づかなかったんじゃな、レイナ」

「んな! わけないだろ! 腹が空いてたからだ」

「ふぉーん」

 どうもネネ婆ちゃんと話すと手の平の上で踊らされてる気がする。

「レイナを待っているとロゼさんとネネに会ったんだ。で、いっしょにお出かけしたい、らしい」

 ニシのズボンの裾をネネがぎゅっと握っている。

「別にいいけど。で、ジェラートって?」

「アイスクリーム」

「ふうん、ま、行こうか」

 いまいち想像できないが、ネネ婆ちゃんがうきうきで歩くのだから、それに付いていこう。

 レイナは、あっと言って自分の腰に手をまわした。

「銃、忘れた?」

 ニシは自分のジャケットの脇に触れた。

「ま、大丈夫っしょ。観光地だし」

 むしろ部屋に無造作に置いてきてしまったほうが気がかりだ。ロゼにばれると後が厄介そうだ。

 タクシーか何かで行くのかと思ったら、ネネはホテルを出ると右に折れてすたすたと歩き始めた。

「来た事あんの?」

「否、さっきパルで地図を見て覚えたのじゃ」

 迷子になるなよ——と思ったが、ブレーメンか。記憶力もいいんだろうね。

 道はそんなに広くない。車がすれ違うには苦労しそうな道幅だった。そのせいか垂直に交差する道はどれも一方通行で、車は向きをそろえて路上駐車している。道にはごみがひとつも落ちていない。1区画に1つずつゴミ捨て場があるので、市民たちはお行儀よく公共のごみ箱に投げ込んでいる。

 厚着をしすぎた、と思ったのにちょうどよく、返って足元が寒かった。

「なんかさ、寒くね?」

「ああ、季節外れの寒波だそうだ。この辺りは海に近いから四季がある。今は夏の終わり、ぐらいか。さっきパルで天気予報を見た」

「ふうん」

「虚無の災害じゃよ」ネネが半分だけ振り返った。「気候もずれてきておる。タムソムでは大雪だそうじゃ。南部では大洪水。シーウネも500年ぶりに雪でも降るかもしれんな」

 雪か。まだ見たことがない。どんな味がするんだ……

「って、こんなのんきにしてていいのかよ」

「ま、1日ぐらいはな、こうしてゆっくりしていいんじゃよ。暢快(のんき)というじゃろうが」

 ネネはぐぐっと背()びをして──レイナはわけがわからずニシを見た。

「おそらくダジャレだろう。古い連邦(コモンウェルス)の共通語とかそういうの。俺もよくわからなかった。萬像(ミソロジー)はダジャレの(たぐい)は翻訳してくれない。ま、(ア・メン)といっても万能じゃないてってことだな」

 あーまあ、そう言われたらそう聞こえなくもない。つまらない古い映画でそういう感じの発音(イントネーション)を聞いたことがある。化石みたいな(ばばぁ)は生まれたての赤ん坊にわかるようにもう少しわかりやすく話せっての。

 というか、仕事以外になると、ネネは言葉と発音(イントネーション)が古い方言っぽくなるのでてんで(・・・)聞き取れない。(ばばぁ)なのは確かだが、1000歩譲って言えば、舌足らずの可愛らしいおマセなガキンチョ。キンキン声がたまにいらつく程度の。

「これ、ニシ。またア・メンを無能呼ばわりとは」

「そこまで言うつもりはない。この力で助けられたこともあるし、レイナの命だって10回は助けることができた」

 んなに多くないやい。

「これこれ、最近の若者はイカンの。素直に『ごめんなさい』が言えぬとは」

「いや。ごめん」

「軽いのじゃ! (わらわ)の華奢でスリムなお尻より軽いのじゃ」

 ガキっぽいってことか。もちろん口には出せない。

「言い訳っぽくなるけど」

「なんじゃ、聞いてやろうぞ」

 ネネはピョンピョンシュタッのステップであっというまにニシの肩に飛び乗った。

(アレ)は、そういうんじゃない。そういう、信仰とか崇拝とか、そういうのじゃない。(ア・メン)はすべてを見通せる。宇宙の始まりから終わりまで。ちょうど、俺たちが図書館で長い長い昔話の最初から最後までを俯瞰(ふかん)できるように。だが、箱庭たる宇宙は、自然はうつろい生命は進化する。そしてヒトは、知性を駆使して予測不能な進歩を遂げる」

「それが言い訳とどう関係があるんじゃ」

「感情だよ。怒りも憎しみも、信仰と崇拝も、神の視点からすれば等しく“いとをかし”なんだ」

「解せぬな」

 あたしも何言ってんのかさっぱりだ。

「おぬし、それならなぜ(ア・メン)に対して憎しみを言う? ほんに憎しみを抱いておるなら、沈黙こそ神への反逆であろう」

「まさに沈黙は金。だけどいつかわからせたい。ヒトの、生き物の感情ってのを。創造主に。俺たちは(あいつ)が考えているような玩具(オモチャ)じゃないってことを」

 ネネは、ニシに肩車をしてもらったまま、まあるい猫背でその頭に巻きついた。ネネは孫を叱るようなことは言うのを止めていた。

 道は平坦なまま、人通りが増えてきた。皆パルを掲げて写真を撮っている姿からすると地元民ではなかった。レイナも一般人に(なら)ってパルを起動した。立体写真モードで周囲をスキャン/肩車のニシとネネもフレームに収めた。

「んー、楽しいのか、これ」

 いまいち、感情というものが湧いてこない。周りのカップルやら家族づれは嬉しそうだ。同じことをしてもあたしは全く嬉しそうじゃない。

「着いたぞ」

 ニシのバリトンボイスで顔を上げた。なかなかの人気店らしく、客の列が入口を通り越して店外の花壇まで続いている。店員に案内されおとなしく列に並んだ。周りの小さい子供は、ネネを見上げてから自分の父の袖を引っ張った。

「まるで親子じゃん」

 しかしお団子頭は不服そうに揺れた。

「なにをゆーとる、レイナ。情侶じゃ」

「は?」

 マジで聞き取れなかった。

(わらわ)とニシはの、情侶(アベック)なんじゃよ。のーニシ?」

 んー、わからない。血のつながっていない親子とか、そういうニュアンス? ニシは一言も返さない。こういう場合、あいつが怒ってるかわかってないかのどちらかだ。

「レイナは、情侶(アベック)、いらんのかえ?」

「ん? いまさらいらないだろ」

 もう一人前の大人だ。仕事もあるし金もある。自分の身は自分で守れる。今さら里親なんていらない。

「わからんな。イケイケギャルじゃろ、今? 欲しいものと言えば、情侶(アベック)じゃろ?」

 しかしレイナは黙ったまま、古めかしいネネの言葉を考えていた。するとネネは勝ったと言わんばかりに、

「ニシはもろた(・・・)

 レイナは肩をすくめ、雨どいに集まってる鳩の群れを見ていた。1羽の鳩が別の鳩に覆いかぶさっている。

「さて、おばあちゃん(・・・・・)そろそろ降りる時間だ。店の入り口で頭を打ってしまう。あんよ(・・・)できますか」

 ニシはネネの両脇を抱え上げると空いた地面に降ろした。列が進み、次は店に入れる番だ。

「まったくもう。近頃の若者はジョーダンが通じぬの」

「せめて連邦(コモンウェルス)の共通語で話してくれないか? それ古いブレーメン語だろ? 俺の寓像(ミソロジー)の通訳もそこまで万能じゃない」

「こほん。ではこれはどうであろう。ニシ特務兵、これよりジェラートを買いに参るぞ。我、特大コーンで4種のトッピングを所望する。そして我のために“あーん”するのだ」

「はいはい、婆ちゃん。おなかを壊さないようにな」

 3人は店内に入ったがまだまだ列は長かった。反時計回りに列が動いている。左横をカラフルなジェラートを持った客たちが、笑顔で通り過ぎていく。

「アイスクリームね、なるほど」

 こんな洒落たもの、食べたことがない。フアラーンにもアイスクリームはあった。チョウシュウ食品のやつで、色はもっとカラフルだった。赤とか青とかピンクとか。コンビニなんかで普通に買えるが、何から作っているかまでは考えたくないどぎつい甘さだった。

 列が進むと、メニューだけじゃなく冷凍ケースに入ったジェラートも見えてきた。笑顔の爽やかな若い男の店員が、透明なマスク越しに客たちと談笑しながらヘラでジェラートをよそっている。ネネはその店員とジェラートとを、じっくり見比べている。

「レイナ、わかるか? まず容器を選ぶ。カップとコーンと、カップ型のコーンがある」

「んーじゃあ、普通のコーンで」

「味はどれにする? 俺は、あれだあの黒いの。味がチョコレートみたいだけどなにかハーブみたいな後味の」

「ああ、巧克力(ショコラーテ)な。じゃ、あたしは──」

 どれかに決めなければならない。種類が多すぎてひとつに決められない。自由に選んでいいよ、というのは結構、自由がない。こういうときのコツはいつも決まっている。一番売れているものを選べばハズレがない。ショーケースを見渡すと……ちょうど赤のベリー系のトレイが空になって店員が補充した。あれだ。

「いらっしゃい、お嬢ちゃん。何にする?」

 サワヤカイケメンの店員がネネに向かって目尻を細めた。いい男じゃないか。ニシもこれぐらい愛想があればもう少しモテるのに。

「じゃあ、カップコーンじゃ! でのでの、この(ベニ)マンゴーと、ココナッツと、それからんーと、煎り茶(いりちゃ)じゃ!」

「ふーん、大人だねぇ」

 ニコニコの店員はヘラで3種類のジェラートを手際よく(すく)うと、そのてっぺんに小さいスプーンを挿した。

「ありがとうなのだ!」

 はたから見れば、まあかわいらしいお子様だ。

 ニシは巧克力(ショコラーテ)のジェラートを選び、レイナの番が来た。跳ねあがった銀髪——とても観光地に似つかわしくない風体だったが、イケメン店員はにこにこのままだった。

「じゃあ、あたし、あの赤紫色のベリーのを」

「じゃあ、いっしょに香蕉(ジャオ)はどうだい? ベリーは甘酸っぱく、香蕉(ジャオ)はねっとりと甘くてとても合うんだ」

「いや、そーいうのは」

 なんだろ、そういうかわいらしいのはこっぱずかしくてだめだ。ニシみたいに1種類だけを選んでさっそうと去る。それがかっこいい。女々しいことなんて——いやアーヤの言葉がよみがえってきた“女でしょ。”

「うん、じゃあそれもいっしょに。アンチャン、仕事上手いな」

「うちはこの街いちばんのジェラート屋だからね。おいしいのを食べてもらうのは僕たちの誇りだよ」

 ふうん、これでもプロなんだな。

 会計はニシがパルをかざして全員分、払ってくれた。

「さて若者たちよ。この近くに公園がある。そこへ行こう」

 ネネはジェラートをつまみ食いしながら迷うことなくてくてく進んだ。

 公園はそう遠くない。イケメン店員が選んでくれた香蕉(ジャオ)をつまみ食いし終わるころには、もう到着していた。

「んーなんだ、柱? ビルじゃないよな」

 街の古風な建築物より頭ひとつ低い。同じような石造りだが窓やドアらしきものはないから、登るようなもじゃないことはわかる。周囲は正立方体の御影石(みかげいし)が何重にも取り囲んでいて気味が悪い。

「公園? ここが」

「凱旋門ね。パリのよりは小さいが……ブランデンブルク門ぐらいだな」

 ニシはここが何か分かっているらしい

「戦勝記念公園。とくに第4次腐獣(テウヘル)戦役のな」

 ネネ婆ちゃんは、公園の外周路を歩いて、空いているベンチに座った。レイナもその隣に座り、護衛役たるニシは立ったままコーンをかじっている。

 じっとネネに見られているので落ち着かない。

「あーわかってるよ。隊長にさんざん言われたから歴史を勉強したって!」

「しかしの、歴史とはえてして真実とは程遠い。真実は乱雑に衣類が詰め込まれた洗濯籠のようなものじゃ。第三者からすれば触れたくもないものじゃな。それをきれいに洗いまとめ並べたのが歴史じゃ。知られたくない話したくない汚点はすべて洗い流されておる」

 ジェラートを食べ終わったニシが腑に落ちたようにうなずいた。レイナもジェラートは食べ終えてしまった。ネネは小さい口に小さいスプーンでちまちまココナッツ・ジェラートを運んでいる。

「450年前、当時はまだ連邦(コモンウェルス)はひとつじゃった。が、分離主義(ぶんりしゅぎ)の声が高くなっての。軍広報のアイドル新人コンテスト、と銘打って当時の(おう)の娘カミュが参席した国威発揚の機会が設けられた」

 カミュ——聞いたことがある。第4次テルヘル戦役は、国家(ネーション)に攻め入った挙句、連中の自爆で連邦軍のほとんどが失われた。その責任を感じ、後継が生まれた後で自害したおうだ。生きざまがロックすぎたのでよく覚えている。

「ちょうどこの地シーウネで、妾とカミュはソラに出会ったのじゃ。ブレーメンの兵士が第3師団にいるという噂は聞いておったが、当時の第3師団は財団の影響下でオーランド政府からその内情はまったく見えなんだ。会ってみると、たしかにブレーメンであったが、実態は財団が作り出した炯素(けいそ)製バイオロイド。純度の高い天然石油から作られる炯素(けいそ)は、当時、天然石油が枯渇してしまっていたからゆえ、まさか財団どもが作り出せるとは予想外じゃった」

「で、それが第4次戦役の開戦だった、と」

「んじゃ。街の向こう側が戦場になっての。じゃからあちら側は副都心——背の高いビルが並んで開発が進んでおるじゃろ? 

 国家(ネーション)との第3次戦役以後も、東の荒野で小競り合いはずっと続いておった。連邦(こちら)に小部隊が浸入していることも知っておる。じゃがまさか古い転送装置まで持ち出してくるとは思わなんだ。しかもカミュが臨席する眼前で。大陸の反対側ワング=ジャイからシーウネへ兵士を転送した。多くの市民が犠牲になってしまった。しかし癒着してしまって、巨大な剣を振るう肉塊(にくかい)じゃった。ソラたち混血のブレーメン可変戦闘車(ジャガー)部隊の敵ではなかったの」

 ん? 転送?

「Mr.Spock, beam up me」ニシがおかしな言葉を並べた後「つまり遠く離れたところから物質を別の場所にテレポートさせる、という意味だ」

 レイナはニシとネネを見比べて、

「いや、無理だろ普通に考えて」

「ああ、無理だ。人類(ゲプト)軍も1万年もの間研究したが、結局実現できたのは、10㎝ほどの距離を右から左へ、単一元素の純金をほんの1粒、移動できただけだ。その仕組みは俺の寓像(ミソロジー)をもってしても理解できないが、重要なのは重力定数(ゼロ)なんだそうだ。重力特異点の中心で重力波の影響を受けない全宇宙に共通する0定数が必要なんだ。が、当然、重力特異点(ブラックホール)は“落ち続ける”だけで永遠に中心地にはたどりつけない。観測できてもデータを外へは送れない」

 んー、もっとわかりやすく話せって。

「そうらしいの」ネネは理解しているようで「じゃがの、転送の実例があるなら、どうじゃ? その実例を観測すれば、機械式に実現も可能じゃろう」

「ネネの寓像(ミソロジー)か」

「そうじゃ。ほんの出来心での、数百年前、投獄中だった反回帰主義の研究者に妾の力の計測をさせたのじゃ。そいつは獄中で物質転送の基礎理論を証明して見せた。」

「ふっ、惑星文明連合、そのすべての研究者がのどから手が出るほど欲しがる論文だな」

「その理論がめぐりめぐってフラン=ランの手にわたり、そして450年前 開戦の火蓋に使われた、というわけじゃ。この惨禍の遠因が妾にあると非難されるなら、妾は素直に(こうべ)をたれようぞ」

 ニシは眉をひそめたまましゃべらない。こういうとき、奴はだいたい苦い過去(トラウマ)を思い出している時だ。付き合いが長いせいでそういう癖は手に取るようにわかる。

「それは言いすぎじゃね? 婆ちゃんだって悪さしたいわけじゃないんだろ?」

「レイナ、歴史とは数珠繋ぎなんじゃ。すべてつながっておる。妾が寓像(ミソロジー)の披露をしなければ第4次戦役が起きず、連邦は形を保ち、カミュも死ぬことはなかった。そして虚無の災害も、な」

「いやいや、だから、そういう“もしも”って考えはチョートンマな考えだって。意味がないって」そいや前にアーヤにも同じことを言った気がするが「あたしだって、“もしも”っての考えるけどさ、例えば普通に学校に通えてたら傭兵(サイカ)になってないし、銀髪じゃねーし親父(オヤジ)だって死んでねーし。でもよ、そういう“もしも”って、今の、この、なんつーか幸せ? 得たものが全部パーになるってことっしょ」

「俺も、それは考えすぎだと思う」ニシも賛同した「ソラも言っていただろう? 少なくとも当時 侵食弾頭は戦争があろうとなかろうと準備されていた。戦争じゃなく人類の昇華(しょうか)という頭のおかしい目的のために。それに、まあその後の転送装置(・・・・・・・・)についても、偶然だろう。時間が離れすぎているし」

 何の話だ──レイナが(かぶり)を振ったがネネが先立った。

「お主、やさしいのぉ」

「ほらほら、婆ちゃん、泣くなっての」

 ニシが、ジェラート屋でもらった紙ナプキンでネネの涙を拭いて、ついでに口も拭いてやっている。

「皇たちはみな、保存した過去の記憶を覗き見ることができる。ゆえこうして昔話をして記憶の時系列を整えるんじゃが、やはり世間には言い出せぬことのほうが多い」

「話して落ち着けたか?」

 ぐずっているところを見ると、見た目相応のガキンチョだな。

 レイナは立ち上がってぐぐっと伸びをした。

「そろそろ帰るとすっか。歩いて帰れば体も温まるし」

「レイナも、ありがとなのじゃ」

「気にすんなって。仲間だろ」

 そう、仲間だ。あたしはネネ婆ちゃんを信じてるし、ネネ婆ちゃんもあたしを頼っていい。

「あたしさ、決めたよ。オーランドに帰っても隊長の下で働くよ」

「ほんに、か?」ネネはニシの背中におぶさった。「じゃあまずは勉強じゃな」

 ぐぅ、それは嫌だ。

物語tips:炯素(けいそ)

 旧人類由来の知識/テクノロジー。

 天然の石油は生命を生み出した原始の海の"残りかす"で、これを原料に炭素由来の生命体を模すことができる。1000年前 強化兵は戦力増強のため炯素(けいそ)で肉体を作りそこにドナーの遺伝子を転記することで(寿命は短いものの)3年で戦える消耗品の兵士を作ることができた。また、450年前 可変戦闘車(ジャガー)の人工筋肉もこの炯素(けいそ)から作られた。

 現代では、炯素(けいそ)由来の工業製品を作ることは非常に困難とされている。現代の石油は、マントルに穴を開け人工的に作っているため炯素(けいそ)は生成できない。また関連する技術は連邦(コモンウェルス)の司書によって厳しく監視されている。

 財団製の義体の性能が優れているのは、ごく僅かに取れる天然石油を占有している、司書の監視を逃れている、また肉体と機械の情報伝達を腐獣(テウヘル)心臓(コア)で橋渡しする技術を有しているため。

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