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『レイナさん、定時連絡を忘れていますよ』
「あ、いけね。こちら先頭車、異常なし」
ロゼからの名指しの通信に背中がヒヤリとなる。
気を抜いていたのは、連邦のハイウェイが平和すぎるからじゃない。出発前の、ニシの言葉が気になるからだ。あたしは、アーヤ共々、お互いの出自は根掘り葉掘り聞かない。それが傭兵の流儀だ。そして今は軍事機密とやらもあるので興味本位で尋ねることも止めた。
それがやっと。話してくれる。あのニシがずっと黙ってた秘密を。あいつの正体を。知るべきじゃないかもしれないが、でも知っておきたい。仲間だし、信頼しあえる友としても。
「正面、もうすぐ赤信号に変わる。早めに減速するぞ」
レイナはブレーキランプを3度点滅させてブレーキレバーを握る。後続の大型トレーラーたちは先頭車から順に——12台がハザードランプをちらつかせてからゆっくりと減速する。
牽引車は古式ゆかしい全タイヤ式だが、引っ張っている貨物トレーラーに反重力機構が備わっていて、空中を浮いている。側面には製薬会社のロゴがでかでかと描いてあるが、初めて見る会社だった。
赤信号で停車/レイナは後ろを見た。ずらっと長い車列があり、真ん中ほどにロゼとネネが乗った軍用装甲トラックが並んでいる予定だった。最後尾のアーヤのバギーに至っては全く見えなかった。
トラックの護衛と聞いていたが、こんなに多いとは聞かされていない。しかも、荷が重いせいか速度が出ない。オーランド到着は+2日といったところか。
青信号/発進。
前駆二輪だけなら2,3秒で連邦の定める“速度規制”に到達するがトラックたちの長い車列ではそうもいかない。亀のような加速をしている間に他の一般車両が横をすり抜けていく。
信号のある交差点は1時間に1回程度で、“引っ掛かる”かどうかは運しだいだったが、隣の連邦系国オーゼンゼへ近づくにつれて交通量も信号も増えてきた。おのずとレイナは緩慢な移動にいらだちを通り越して諦めの境地に至っていた。
「ん?」
ちょうど集中力の最後の一片が消えそうなとき、かなりきわどいタイミングでバンが横入りしてきた。その後部扉が開いた。
「あいつら、何を——全車警戒態勢!」
レイナが無線機に向かって叫ぶ/同時に、バンの荷室から、目だし帽の連中が木箱の中身を道へひっくり返した。甲高い音を立てて、金属棒をとがらせた撒菱が道路を転がった。撒菱はレイナのバイクの下を通り抜け、先頭のトラックが撒菱を踏み抜いた。
爆発に近い破裂音がとどろく/圧縮空気が解き放たれ白い雲が立ち込める。先頭グループの車両が次々とタイヤを破壊され急停車&後続車もそれを回避してぎりぎりで停車する。
「くそ、ナメたマネしやがって」
しかしバンは急加速して姿を消した。レイナは片手にショットガンを握ったまま元来た道を戻る。
『各員、防御態勢。ドライバーの皆さんは防弾ベストを着てください』
通信機越しに、ロゼの落ち着いた声が聞こえる。
『ニシさんは後方を警戒、一般車両の誘導もしてください。シスさんはトレーラーの上で遊撃体制。レイナさんは前方から来る敵に警戒してください。側面はこちらの自動迎撃機銃で対応します』
「了解」
しかし、これだけの人数でどう守れっていうんだ。トラックの車列は蛇みたいに丸まったとはいえ、かなりでかい。ニシは市民と敵を見分けて撃たなければならないし、側面を守る自動迎撃機銃は対テウヘル用であり、ギャング相手にどこまで通用するか未知数だ。
「あたしもひとりで戦うのか」
レイナは左手にショットガン、右手には拳銃を構えた。トラックが道をふさいでいるので後続車は来ない。対向車線は事故を見ようと減速する車たちで渋滞ができている。
さて、敵はどこから来る。
『情報共有開始』
シスの機械音声がパルから聞こえた=観測手の本領発揮。パルの立体映像に味方/敵/市民/詳細不明の位置が見て取れた。すでにあちこちで銃声が聞こえる。聞きなれた味方の銃声だけじゃない。
レイナの周囲には青=市民と紫=アンノウンの表示ばかりだ。
「ちくしょう、こういうのが一番苦手だって言うのに」
連邦製の銃弾は連邦の敵に向けられる——ロゼの言葉がよみがえってくる。市民を誤射するな、というのは分かるがこの状況でできる自信がない。
紫=アンノウンの塊がこちらへ向かってくる/シスのアシストで表示が赤=敵に切り替わった。
すべてのガラス&タイヤに鋼板を貼り付けたピックアップ・トラックだった。中央分離帯のポールをバンパーで跳ね飛ばす。
「待ってました! いいね、こういう分かりやすいのが大好きだ」
レイナは駆け出した/ピックアップの荷台では銃撃手がレイナの予想外の動きに軽機関銃の装填が間に合わない。
レイナは飛ぶ&ピックアップのボンネットでワンステップ=荷台の銃撃手の額に拳銃の照準を合わせる。
バンバンバン/どしんと荷台に着地。迷うことなくショットガンを荷台の小窓から運転手へ向ける。
バン——バン/躊躇わない攻撃。
レイナは迷走するピックアップから飛び降りた。銀髪らしい体幹で着地できたが膝から崩れ落ちた。
「くっそ、傷が痛ぇ、まだ治ってないのかよ」
後でニシに包帯を換えてもらわないと。
ショットガンを折って排莢&装填。次の敵がいないか首を振って確認&パルでシスからの偵察状況を確認。
大丈夫。敵のほとんどは後ろからだ。ニシは死なないからいいとして、アーヤが心配だな。あいつの銃の腕前はいまだ素人だ。
レイナは拳銃だけを構えると、停車したピックアップトラックに近づいた。荷台の男は顔の半分が砕けていて、即死だった。
運転席側は——至近距離でバックショットを浴びて後頭部がきれいに吹き飛んで脳髄が割れたフロントガラスにべっとりと張り付いている=今夜は肉を食べたくない気分。
レイナは助手席側へ回り込んだ。溶接された鋼板のせいで中の様子がわからない。ドアの開放レバーを左手で握り、右腕は脇を絞めていつでも撃てる体勢だった。
窓を開く/同時に自動拳銃の銃口がレイナのほうを向く。
むやみやたらに拳銃弾がばらまかれる。レイナは足で開きかけていたドアを蹴って、中から伸びた腕をへし折った。
くぐもった嗚咽/勢いよくドアを開き、中の男を引きずり出した。
死にかけている男は、右耳から頬にかけて散弾でずたずたに引き裂かれていた。腕も、壊れた人形みたいにあり得ない方向へ曲がっていた。
「誰の指示だ? 素直にしゃべったら痛くない方法で逝かせてやる」
レイナは拳銃を男に突き付ける。
「う、撃てよ。さっさと撃て」
「どこの顔役の依頼だ? 死ぬ前に全部吐け」
「そんなもの……いない」
「なに?」
「金は……ないが、薬もない。製薬会社のトラックなら薬がある。売れば金にもなる。顔役は……護衛の少ない妙な輸送部隊の情報を買っただけだ」
瀕死の男の呼吸が早くなる。腕と顔からの出血が多い。病院に連れて行ったところで助かるはずもない。
妙な輸送部隊。言われてみればたしかにそうだ。たかが医薬品の輸送に軍の護衛は付けない。というか、製薬会社のロゴ入りコンテナでわざわざ運ばない。普通の運送会社の普通のトラックで運ぶ。そのほうが安上がりだ。
軍で使うなにか重要な機材なら、もっと護衛を付ける。傭兵からなりあがったあたしたちみたいな秘密部隊ではない。普通の兵士たちだ。
『各員、状況報告』
あいかわらずロゼは冷静だった。
『敵は排除した。兵士でもギャングでもない、銃の扱いされ不慣れな連中だ』
ニシは——あたりまえだが——ケガひとつなく冷静なままだった。
『えっとえっと、死体のIDを見つけたけど、どれも企業連合系の国出身。ねぇ、傭兵じゃないよ。きっと難民』
アーヤの声は震えていた。
『敵性反応なし』
シスは自分の口では話さず、脳内のシステム音声で対応した。
「こっちは車両が1台、敵3名を排除」
足が痛くて仕方がないことは伏せておいた。
『まずはトラックを前へ出します。それからタイヤを修理します。レイナさんとアーヤさんで交通整理を。ニシさんとシスさんで引き続き警戒態勢を』
ひやっとしたが、何とかしのげた。道端では、さっきの男はもうこと切れていた。こういう場合、連邦は誰が死体を処理するんだ?
ロゼが運転する装甲トラックが前へ出た。牽引ロープでトレーラーを繋ぐと、ディーゼル・エンジンと軍用反重力機構のパワーでタイヤが真っ平らなトレーラーを引っ張った。
損害があったのは前側4台だった。スペア・タイヤだけでは足りず、ロゼは近くの軍事基地へ無線で連絡を取っている。
レイナは、手を機械みたいに振って、そばを通り抜ける一般車両を誘導した。銃を持ったままの、目立つ銀髪のせいで、車内から写真を何度も取られている。
「今日のサイバーネットの掲示板、あたしの写真があふれてそうだな」
見世物小屋の奇獣になったようで、気分が悪い。せめて金を払え。




