表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブレーメンの聖剣 第3章散華<サンゲ> 下巻  作者: マグネシウム・リン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/25

14

 挿絵(By みてみん)

 かつての舞台(ステージ)だったフアラーンには、あっという間に通り過ぎた。郊外にある都市間ハイウェイのジャンクションを過ぎるとフアラーンは地平線の向こうへ落ちた。

 辺境から大陸中心部のオーランドへ向かうにつれ、道は整備され賊やテウヘルも見かけなくなった。足の傷が治りかけているレイナにとって、このぐらいの緩さがちょうどよかった。

「足の調子はどうだ」

 ハイウェイ沿いのドライブインに入ったとき、ニシに訊かれた。今日で4回目だ。その後ろではアーヤがカーショップにバギーを入庫するところだった。これから先は舗装路(ほそうろ)が主になるので、すり減ったオフロードタイヤをオンロード用に換えるらしい。

「何ともないって」

 しかし意識してしまうと傷がじんわりと痛い

「そりゃテウヘルと追いかけっこはできないけどさ。前駆二輪(バイク)の運転ぐらいならわけ(・・)ないって」

「そうか」

 ニシはほんの一言だけだった。いつもの皮肉は無い。無いなら無いでさみしいものだ。こいつの面白さの9割は皮肉だ。それをとっちまったらただの男だ。ちょっと強いだけの。つまんねー男なのに、見つめられると居心地が悪い。

「どーたっの? そんな見つめあっちゃって。結婚式の練習かな」

 アーヤがよく通る声で現れた。レイナは反射的に殴る姿勢を見せたが、その背中ですやすや寝ているシスが目に入って思いとどまった。

「んだよ、シス、まだ寝てんのか。もう昼だぜ」

 そういや昨日もシスはずっと寝ていた。昼は寝ていて夜騒がしくなると思ったが、誰かが歩き回っている気配はしなかった。それよりも、顔を近づけても寝息が聞こえない。サイボーグってのは呼吸もいらないのか。

「呼吸は敵に隙を見せる。だから代わりの酸化剤を貯めておいて、生身よりも長い時間 息を止めることができる」

 ニシがおせっかいに説明してくれたが意味が分からない。

「トーキョーのサイボーグは息しねーってこと?」

「体をどれだけ機械に置き換えても脳は生身のままだから、1分間に数回は必要だ。人工臓器も構造によっては。唯一大陸(タオナム)のエンジニアリングは少し違うかも……アーヤ、代わるよ」

 ニシの背中に移ると、シスは少しだけ動いたがやはり起きなかった。

 昼過ぎのフードコートは客の姿がまばらだった。各々(おのおの)が昼食を売店から買って戻ると、ロゼから行動予定が示された。

「今日の夜には連邦(コモンウェルス)の領域に入るでしょう」

 ロゼの目の前では巨大なハンバーグがシチューの中に浮いている。

「地図で見れば、明後日にはオーランドか。これ以上けが人が出ないことを祈るよ」

 ニシがスラスラ言っているが、けが人になってしまった罪悪感が重い。

「フフ、(ア・メン)にでも祈ってみますか」

「いや、あのクソ神はむしろ人の苦難を見て喜ぶサディストだ」

 するとネネがあからさま(ふく)れて、

「これ、仮にもブレーメンの前で(ア・メン)(さげす)むとは、全身みじん切りの刑でも足りぬぞ」

 ネネはお子様向け番茄柔面(まぜまぜスパゲティ)を口いっぱいに入れた。

「フフ、(わたくし)も一度お目にかかりたいですわね、(ア・メン)に。さて今日で連合の人工肉ともお別れです。そして明日、第2師団の要請でいったんシーウネへ向かいます。医薬品を運ぶトラックをオーゼンゼまで護衛してほしい、とのことです」

 へぇ、意外だぜ。近衛兵団といったら(おう)直轄の精鋭部隊で連邦3軍の上に位置しているとばかり思っていたのに。でも、ロゼからほんのりと嘘のにおいがする。といっても、上司の言葉にいちいち反論はしていられない。

 レイナは新鮮牛乳をストローで飲みながらうなずいた。その隣の皿は、ハムとソーセージ7種盛り合わせが載っていて、あとから店員がもう1皿持ってきてくれる。

「シーウネか」

 ニシが賢そうな顔をした。こんな時でも拳銃を下げたまま入口のほうを10秒に1回 見ている。左手で葱油餅(ネギパン)を食べながら、右手は空けたまま。ときおり寝ているシスの髪をなでている。

「シーウネかぁ。仕事ってのは分かってるんだけどね」アーヤがサラダチキンにフォークを差して「スキンケアグッズの会社がシーウネにはたくさんあってね、シーウネのアウトレットモールで安く買えちゃうんだ」

「アホくさ」

「フーン、レイナはいいよね。手入れしなくたってもお肌ツヤツヤで。いっつもすっぴんのままだし」

 それ全部銀髪のせいなんだが。

「つーかあたしら軍人だろ一応。化粧なんていらねーって」

「レイナさんの意見にも一理ありますね」意外にもロゼが賛成してくれて「特に臭いの強い化粧品は位置が露呈します。財団製の駆逐(デスト)ロボは、対象の臭いを追いかけるとも言われています。一方で、連邦兵として身だしなみはきちんとしなければなりません。軍規にも、女性兵士は化粧が認められています——いえ、なかば義務です。レイナさんのことを話しているんですよ」

「へっ?」

 不意に話を振られたせいで、フォークがソーセージを逃して皿を叩いた。

「僻地での作戦が続いていましたし、言うつもりはなかったですが、オーランドに戻ったら髪を切ってください。長すぎます」

「いやでも! いや、隊長殿。アーヤのドレッドヘアはどうなんっすか」

 直毛がいいとかなんだかんだ言いながら、(フリオ)ができたせいで戻す気配がない。

「服装規定に則っています」

 長く伸びた銀髪も、これはこれできれいだと言ってくれるヒトがいる手前、切ってしまうのはもったいない——ニシのほうを見たが、そういた毎日髭をカミソリで剃っていた。兵士ってのはそんな面倒な義務があるのかよ。

「切るのが嫌なんじゃろ。わかるぞ、髪は女の命ゆえ」意外にもネネが助けてくれて「(わらわ)のような“お団子”でまとめるのはどうじゃ?」

 ネネの頭には丸にまとめた紙の束が2つ載っている。ロゼは大きいお団子が1つだけだった。しかしレイナはそのお団子を右から左から眺めて眉をひそめた——どうやってまとめているんだ。

「よう、トーキョーの兵士はどんな髪なんだ」

「連邦軍の規定とほぼ同じ」

「なんつったっけ? 女いたろ、同僚に」

「んー」ニシは少しばかり昔を思い出して「“サクラ”の髪型は、さて何と言うんだろうか。あいつは完全義体だから髪型を変えられるんだ。潜入作戦ならドレスに似合う黒くてまっすぐな髪、国連軍と共同作戦したときなんかは、あのときのは……」

 ニシがトーキョーの話をするときの、奴の横顔が隙だ。話の中身はてんで(・・・)わからないが、話をしているときニシの緊張がほんの少しだけ緩む。見ているとついこっちまで笑顔になってしまわないか不安になる。

「ああ、思い出した。ウルフ・カットだ。髪の上層部分は短いんだが、襟足だけが少し長い。長い部分がオオカミのしっぽに似ているから、ウルフ・カットなんだそうだ」

「オオ、えっとなんだ。動物か?」

寓像(ミソロジー)の翻訳能力がうまく機能していない……ということはオオカミはいないのか? 犬の祖先で、見た目は犬だが体が大きい。家畜化されていないからだ」

 だめだ。学校と呼べる場所へ言ったことがないから、言葉から想像ができない。

「家畜の祖先は、唯一大陸(タオナム)にはおらんぞ」ネネはお子様向け番茄柔面(まぜまぜスパゲティ)を食べ終えて口を拭くと「犬、牛、豚、ヤギ、カモ、淡水魚が数種類。全部 旧人類がこの惑星に持ち込んだ動物じゃ」

 ロゼが咳払いをしたが、ネネは機密事項をフードコートでべらべらしゃべった。

「そうか、じゃ、猫もいないのか。というかこっちに来てから猫を見た覚えがない。猫とは鋭い爪があって、木に登るのが得意。肉食の。その系統の動物でさらに小さくて人懐っこい種類の」

「昔はおったんじゃがの。ブレーメンにとっては敵ではなかったが、ヒトを食い殺すものじゃから1000年前には完全に駆除されてしまっての」

 ニシは少しだけ難しい顔をした。入口のほうを見て、シスの首を直し、それから一口食べた。

「いいんじゃね、別に。あぶねーんだろ?」

 大きい動物を撃ったことはないが、腐獣(テウヘル)みたいなもんだろ。

「ヒトのエゴで絶滅させるのは不憫だろう」

「思うんだけど」レイナはソーセージを飲み込んで「それこそエゴじゃね? 安全な都市(マチ)ん中いる連中の。そりゃあたしにだって分かる。むやみに動物を殺すのはオツムの中にヤベーのが詰まってる連中だ。でもそうじゃない。自分が殺されるっていうんなら、なんでもできる。それがヒトってもんだ。道理だって」

「ふむ、レイナにしてはうまくまとまっている」

 しかしアーヤは察しがついて、

「なんか聞いたことがあると思ったら、元ネタはアレね。フアラーンの前の市長のやらかし。刑務所の運営費用が高くなりすぎたから、軽犯罪者に発信器を付けて自宅と集団工場以外、行動できないようした。表向き『人権と人道主義』だとか『ヒトは失敗から学ぶ生き物』とか言って、真意は安価な労働力もゲットできるってね。でも実際は発信器が破壊(クラック)されて大量の犯罪者が野放しに」

「ちっ、バラすなよ」

「でね、お金持ちたちはそれを『自由を求める小鳥』とか言ったんだけど、護衛を雇えない庶民にとっては恐怖でしかなかったの。さすがに企業連合も危ぶんで、結局市長は窓から転落死したの」

「転落死、ね。よくあるやつだ」

「今の市長になってからだいぶ改善したの。警察の銃使用基準を変えて、現場で射殺できるようにした。これで刑務所と裁判所の費用が抑えられたって。死体は砂漠の腐獣(テウヘル)に食べさせて処理って」

 ニシの眉がひん曲がっていて面白い。面白いが、ここで笑うと怒られるので黙っておく。

「ニシよ、不満そうじゃの。お主の力で唯一大陸(タオナム)のヒトを救ってみせるか」

 どうもネネ(ばぁちゃん)の妖艶な笑みというのには慣れない。たかだか9歳ぐらいの女児に見えるくせにここにいる誰よりも大人びている。

「やめとくよ。ホモサピさえ救えなかったんだ。タオナムのヒト々を導くのは無理だ」

寓像(ミソロジー)があるであろう? 妾の力は破壊だけじゃが、ニシのは万能ぞよ」

「よしてくれ。不老不死にブレーメンの力を足した程度、だ。何でもできるわけじゃない」

 大人の会話だ——少しもついていける気がしない。それでも少しだけ思いついたことがある。

「トラックに積んでるアレ。アレさえあればみんな救われるんだろ? テウヘルも黒い砂漠も、ぜんぶ解決」

 ネネは、今度はレイナをまっすぐ見た。若草色の大きい瞳/独特な虹彩(こうさい)に銀髪が映る。

「そうじゃな。そうであれば、よいなレイナ」

 またはぐらかされた(・・・・・・・)。ギラリと光る獣のような目と犬歯は、それ以上聞くと“ぱちん”という意味だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ