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物語tips:国家(ネーション)

 約1000年前、第1次テウヘル戦役の終結後、青年将校フジ・カゼが率いる新設第4師団が、旧獣人(テウヘル)領域へ侵攻し、その後連邦(コモンウェルス)に対抗する形で立ち上げた組織

 しかし大地は浸食弾頭に侵され黒く変質し、人々は病に倒れていった。浸食弾頭に精通していた応用生物学者フラン・ランはこれを解決。人々は(あお)い肌に変わった。

 この苦肉の策が、結果的に翠緑種(すいりょくしゅ)との融合を可能にした。本来の魂を翠緑種に移し、偽魂を肉体に宿す。それによって翠緑種を通じ外宇宙のエネルギー"マナ"を得て巨大な獣人(テウヘル)へ変身することができた。

 しかしフジ・カゼとフラン・ランの真意は別にあり、高純度の浸食弾頭を使って人類を肉体の(くびき)から解放し、より高次元の存在へ昇華することだった。

挿絵(By みてみん)

 レイナは門の近くの土壁の、ちょっとしたでっぱりに腰掛けていた。背中を丸めてパルの視差で見える立体映像に見入っている。ちょうど日陰で海風がよく通るのでパルで漫画を読むのには適していた。

 パルは、意外と便利だ。無意識に1日中だって見ていてしまうかもしれない。パルをロゼに貰う前は、こんな機械をずっと見ているなんてふぬけ(・・・)たやつだと思っていた。ずっとフアラーンにいれば公衆電話だってある。そもそも連絡する相手がいなかったわけだが。

 チスタ=バローチで漫画をパルにダウンロードしておいて正解だった。かわいらしい少年たちが球技に打ち込む漫画だ。セリフ回しが小気味よくて、読んでいて楽しい。シスはハッキングテクで無料でダウンロードできると言っていたが、バカが。あたしは金があるんだ。対価を払うのが道理だ。

「おはよう、レイナちゃん」

 漫画のちょうどいい場面で、レイナは顔を上げた。──ちゃんと呼ばれたせいで眉がひん曲がっている。

 色素の薄い少年だった。ニシとは真逆の、頼りなさそうで細身な男だった。ただの男なら肩で押しのけるだけで折れてしまいそうな体だが、若草色の瞳と腰の剣はまごうことなき、ブレーメンだった。

「はじめまして、ソラ様」

「あはは、やだな。そんなかしこまらなくったっていいよ」

「気付いたら首と胴体が離れてました、は嫌でございますから(・・・・・・・)

「うーん、僕のことそんなに怖い?」

「ブレーメンだからな」

 ネネも、そうだ。普段は気のいい婆ちゃんだがブレーメンだ。機嫌を損ねて指パチンで頭がパチンなのだから絶対に怒らせないよう気を使う。

 ソラの背後に長身の影がぬるっと現れた。

「むぅ、ソラはいい男。わかるでしょ? わからないわけない」

 珍しい直毛の黒髪が腰の長さまで伸びている。そしてロゼとタメ(・・)を張れるデカい乳だった。しかしそんな普通のことよりも、レイナは別のことに目を引かれた──彼女の全身の肌が藍色だった。

 レイナは首を伸ばして会釈すると、

「こっちはアーシャ。ほんとは藍紗(あいしゃ)だけど発音しやすいアーシャでいいよ」

「むぅ、よろしく。銀髪のレイナ。これで会うのは2度目」

 差し出された藍色の手を握ってみる。冷たい/しかしすぐに強烈な握力で骨が曲がった。

「は? いや会ってたら絶対忘れないと思うけど」

「昨日、会った。あのテウヘルが私」

 ばかな──知性があるテウヘル、とは聞いていたが、巨大化したテウヘルとは、ぶっとんでいやがる。ブレーメンと巨大テウヘル、こんな2人がウェルダンのボスってわけか。そういや、ニシが言っていたか、500年前の戦争じゃヒトがテウヘルに変身した。それなら計算が合わない。今いくつ(・・・)だよ。

「で、昨日の罰は、一体なにやりゃいいんだ?」

「不服かい? でもウェルダンのルールは喧嘩両成敗だからね」

「やつらが勝手にしかけてきたんだ」

 レイナは尻すぼみで喋った。この抗議は昨日から何度もしていたが、レイナがどれだけ言葉を重ねても決定は覆らなかった。ロゼもニシも、少しも手を貸してくれなかった。

「とりあえず、歩こうか」

 ソラが先頭に立ってウェルダンを囲む外壁のそばを歩いた。レイナの後ろにはぴったりアーシャも着いて歩く。無口だが、高い身長からレイナを見下ろしていた。

「ウェルダンの人々は、お金のために働かない」ソラはレイナに一方的に話して、「無償の奉仕で成り立っている。もちろん、得るものも皆平等に分ける。住む家も、食べ物も、そう。もちろん、功労者には少しだけ()をつけるけど、でもみんなが納得したうえで、だよ」

「だから罰金もない」

「そう。罰は、みんなが嫌がる一番嫌な仕事をしてもらう──」

 肥溜めの掃除をさせられそうで、嫌んなる。

「──もちろん、もっとも重い罪には重い罰がある。残念だけど、昨日の誘拐騒ぎを起こした当事者たちは処分したよ」

「裁判もなしに殺したのか?」

「客人を白昼堂々誘拐したんだ。僕が、オーランドから来た軍人たちと対等に交渉するのが気に食わないらしい。意見の対立は歓迎するよ。事態の昇華(アウフヘーベン)と言ってね、より良い結果が得られる。でも勝手にあんな騒動を起こしてもらったら、この小さな村じゃ立ち行かなくなる。殺したわけじゃない。伝統でね。砂漠の真ん中に置き去りにする」

 追放とはクソみたいな言葉遊びだ。てめぇの手を汚したくないから勝手に死ね、だ。

「で、そう言う割には心が傷んでなさそうだが?」

「僕もアーシャも、この村の最終意思決定者として、なるべく村人には関わらないようにしている。中立的に裁かなければならない。僕にだってヒト並みの情はある。グアイが僕達のことを知らなかったのは、僕らは普段部外者に会わないせいだ」

 このとんだ身勝手野郎に言いたいことは山ほどあるが、真後ろでおっかない藍色の女の息遣いが聞こえるので下手に動けない。銃こそ腰にぶら下げているが、この2人は気にもとめていない。

「やぁ、オーティ。今日も暑いね。時計が鳴ったら水を飲むんだよ」

 ソラは壁の上の、白い遮光布を身にまとった青年に声をかけた。オーティ、というその青年は返事もせずに望遠鏡で地平線を見ている。

「彼はオーティ。自閉症でね」

 その言葉の意味は全くわからないが、なんとなく普通じゃないというのはソラの雰囲気からわかった。

「ふうん、監視が仕事って?」

「そう。ヒトの集中力なんてもって10分さ。でも彼は1日中だって集中して地平線を見ていることができる。君たちがやってくるのを見つけたのも、オーティさ。本当は夜は休ませるんだけど、保護者の目を盗んで壁に登っていたんだ」

 なんとまぁ仕事熱心なことで。

「よう、ボス。おでかけかい?」

 ちょうど3人して正面ゲートから出ようとしたとき、低い男の声がスピーカーから鳴った。レイナは頭を振ったがそれらしい男の姿は無かった。

「ちょっとね。僕もたまには遠くから来た客人とおしゃべりしようと思って」

「そっちの銀髪、昨日暴れまわってたやつだろ? バオに正面堂々挑んだの、ボス以外じゃ初めてなんじゃないのか」

「そのガッツは、たしかにすごいよ。バオも仲間にしたがってた」

「で、バオは? 謹慎(きんしん)かい?」

「連帯責任で、金剛旅団全員でし尿の汲み取りと、下水槽の補修をしてもらってるよ」

 あたしじゃなくてよかった。

「あははは。だがバオは(おとこ)だ。責任だって率先して取る。一番クソにまみれてるのはやつだ」

 レイナはソラの視線を追いかけてみた。壁の上を見ているだけでヒトの姿は無い。

「レイナちゃん、紹介するよ。あちらはゴーン。ウェルダンを守る狙撃手だ」

 ん、なにかの冗談か、バカにされているかのどちらかだ。

 狙撃手、と言われたら、少しわかった。レール式の台座に化学電気推進式ライフルが備え付けられている。排水管みたいに太い導線が発電機と巨大な蓄電器(キャパシタ)に繋がっている。オーランドの要塞壁で見たことがある。

「で、ゴーンとやらは?」

「あのレールガンの中さ。つまり脳と脊椎と、人工臓器がいくか収まった容器が機械の内部に収まっている。この村で唯一の冷房付き住居だよ」

 ソラは冗談のつもりでニヤッとしたが、レイナは真顔のままだった。

「初めまして、銀髪のレイナ。俺はゴーン。元 財団の兵士だ。オーランドから来たっていうなら高度な義体化は初めてってか? いや君の仲間にも財団製のサイボーグがいたか」

「喋る機械は初めてだ」

 どこ見て話せばいいんだ。

「たしかに。同じ製造元(・・・)のよしみで挨拶したいが、足がない。彼女にはよろしく伝えておいてくれ。昨日はあの子に電子探査をかけられたんで、俺が電波妨害していた。俺のほうがファームウェアが新しい上に戦闘用だ」

「撃たないでいてくれてどうも」

「基本は、ボスの指示がない限り撃たない。別段、きみたちはロケット砲を持ってきたわけじゃないし」

「財団の兵士って言えば、犬みたいに組織に尻尾振るんじゃねーのかよ」

「事情があるんだ。俺は訳あってウェルダンに来たわけだがどうしても体を修理できなくてね。しょうがなく脳をライフルに繋いで村を守る仕事をしてるってわけさ」

「そんなトンチンカンな仕事なんて、あたしならまっぴらごめんだ」

「だが死ぬよりはマシだろう? それに、この体でも悪いことばかりじゃない。過去1000年に作られたブレーメンの映画やドラマを心いくまで楽しめる」

「ああ、そうかい。そいつはよかった」

 死ぬよりはマシ、っていうのは生きている間じゃ絶対に選ばない選択肢だ。だれが好き好んで砂漠の地平線を見つめ続けたり脳だけになってライフルの部品になるかよ。無償の奉仕とか言って飾るが、ウェルダンは薄気味悪いったら無い。

 ソラは部下から鍵を受け取るとオンボロなバンに乗り込んだ。助手席がアーシャで後席にレイナが座る。窓ガラスははまってないせいで風に混じって砂粒が目に入る。

「ここでは皆、協力して生きている。足が無いのなら裁縫を、手がなければ足漕ぎで井戸の水組みをする。そして子どもたちは勉強に集中する。レイナちゃんからしたら不思議かもしれないけど、ヒトは信じ合えるのならお金なんていらないんだ」

 レイナが黙っていたせいで、助手席のアーシャが濃い色の瞳を向けた。

「あたしは別に、あんたらが辺境で“理想郷”とやらを作ってても気にしねぇけどよ。ヒトがヒトを信じるのとは違うんじゃね? ブレーメンにテウヘルっしょ。あんたらへの恐怖があるからどいつもこいつもお行儀よくしているだけだ」

 どうもうまく言えない。ニシならもっと難しい言葉できれいに言えるんだろうが、あたしには無理だ。こき下ろしたつもりだったが、アーシャは眉を曲げているが怒っていない。ソラはというとにこやかなままだ。窓から吹く風で前髪が踊っている。

「ニシくんにも同じことを言われたよ。トーキョーにも、同じ試みをして失敗した指導者がいたそうだ。でもね、ここは(クニ)じゃない、小さな村なんだ。最初は行き先のない者たちの集まりだった。僕らが来てから安定し始めた。グアイは、村で必要なものを調達し、訳ありの技術者や学者を集めてくれる。そのおかげで、大陸の端の辺境でも生活できている」

 ウェルダンのボス、というわりに案外よく喋る。普段ヒトに会わない分、話し相手がほしいだけか?

「じゃあ──」

 いや待てよ。昨日の会議では、誘拐騒ぎのせいでデータキューブの件は一旦保留になっていたらしい。ということは、これはあたしからなにか情報を聞き出すため、わざと村の外に連れ出したのか。

「──この村で美味しい食べ物は?」

 ソラとアーシャは意外そうに顔を見合わせて、答えたのはアーシャだった。

「トゥーの干物。トゥーは空を飛ぶ魚。今の季節のが絶品」

「ふうん、じゃ、あとでいただくよ」

 よしよし、トラップは回避できた。そして今度はこっちの番だ。情報を引き出す。

「2人が村に来たっていうけど、じゃあその前は?」

「元は村でさえなかった。巡空艦が墜落した後の、遭難者たちと漁の時期だけ小屋に住む漁民たちだけだったんだ。僕らが来たのは100年前。壁を築いて盗賊やテウヘルから守り、井戸を掘って魚を獲って保存した。そんな毎日だったよ」

 やっぱりおかしい。何歳だよてめーら。

「ブレーメンは長生きなんだな」

「むぅ、わたし、ブレーメンじゃない」

 藍色の肌のアーシャが答えた。

「簡単に言うと、僕らは450年前の第4次テウヘル戦役の生存者。ごく近距離で侵食弾頭のエネルギー放射を浴びたせいで、気づいたらこの体だった」

 簡単に思えない回答に整理が追いつかない。

「この、体って?」

 ついアーシャの藍色の肌を見てしまったが、“生まれたときからこれ”と小声で返された。

「生き物じゃない感覚、といえばわかってもらえるかな。歳を取らない、だけじゃない。痛みも空腹も感じない。水さえもいらない。夜は眠るけどでも眠いわけじゃない」

「どう、なってんだ?」

「さあ。学校で教師をしている大学教授がいるんだけど、彼に訊いてもさっぱりだった。ただ、侵食弾頭が作られた目的が、『肉体から精神を分離し人類を高次の存在へ昇華させる』だったんだ。つまりこれが、フジ・カゼやフラン・ランの企図(きと)した結果なんだと思う」

「それ、意味わかんねぇ……いやでもニシは何か言ってたなそういや。お前が名状しがたい何かに見えるって」

(ア・メン)の加護を受けているからね、彼は。この世ならざるものも見通せる。で、レイナちゃんの目に僕はどう映ってる?」

 なよなよした小枝みたいな野郎、とは言えないので、

「お似合いのカップル。いい夫婦じゃん、お前ら」

 下手なはぐらかし(・・・・・)だったがアーシャは満足したようで、ソラに長腕を絡ませると長々とキスをしていた。

 3人を乗せたバンは、ウェルダンから離れ、内陸へ向かっていた。もう海岸線も見えず荒野をぼとぼとと歩くテウヘルが高速で過ぎ去るバンを首を振って追いかけた。

「で、どこに向かってんの?」

「廃村。深夜に救難信号を受けてね。どうも難民たちのバスがテウヘルに囲まれて動けないらしい。だから助けに行く」

「へぇ、ウェルダンって部外者禁止って思ってたけど手助けするんだな」

「人手は多いほうがいいからね」 

 石積の壁と砂に覆われた道がひとつだけの集落に着いた。小型のバスが1台、故障したまま動いていない。周りには小さいバッグが散乱しているが、天井とラゲッジスペースの大きい荷物はそのまま置いてあった。

「不気味だな。腐獣(テウヘル)の臭いもするぜ」

 レイナはバンから降りるとすぐショットガンに(シェル)を詰めた。

「むぅ、久々に戦える。わくわく」

 レイナの隣で、アーシャは荷台から軽機関銃を取り出した。彼女用にモディファイされていて、二脚(バイポット)が取り外されている一方で、銃身が延長されて金属製の給弾レールがアーシャの背負っているバックパックに伸びている。普通のヒトなら抱えるのがやっとの重さを、アーシャはそれを背負って軽快に歩き回っている。

「あんた、また変身するかと思った」

「いちいち服を脱ぐのが面倒だから。それにこのあたりの腐獣(テウヘル)、数が多い」

「で、その銀髪みたいな体力は?」

「子供の時から訓練を受けてきた。このくらいなんてことない。いい女だから」

 どうも、アーシャの言っている意味がわからない。ソラの考えは小難しいがアーシャはすっとろい上に理屈が合ってない。

「手分けして生存者を探そう」ソラが手を上げた「アーシャはそっちを、レイナちゃんはあっちを頼む」

「いいけど、その“レイナちゃん”はやめろよな。気持ち悪い」

「あはは、ごめんね。450歳のおじいちゃんだから」

 レイナは壁だけになった廃墟をグルっと回ってみた。足跡は数が追えないくらい散らばっている。その大きさからして、ほとんどはテウヘルのものだった。残された荷物から企業連合系の紙幣や武器が残っていたが、放置されたままを見るに確実にテウヘルの被害だった。

「全員、生きたまま砂の中に、ね。死んだ後ならまだマシなだろうが」

 そこら中に腐獣(テウヘル)の気配が漂っている。そのくせ姿を表さないので肌が粟立ったままで気持ちが悪い。砂の下で悪意が蠢いていても1発の銃声を機に一斉に起き上がるかもしれない。

 次の廃屋にも、死体すら残っていなかった。壁掛けの時計が動かないまま文字盤の色が飛んで真っ白だった。木製の家具もトビバッタに齧られて穴だらけだった。

 突然の乾いた発砲音が青い空に響いた。レイナもほぼ勘/反射的にマチェーテを抜いて振り抜くと、背後から襲いかかる腐獣(テウヘル)の頭を跳ね飛ばした。

「おっぱじめやがった!」

 アーシャのせいでテウヘルが湧き出す/しかしレイナの口元は笑っていた。

 室内の砂に潜んでいたテウヘルが手を伸ばすが、レイナはひらりとかわして壁の上によじ登った。そして通りのほうへ着地して体勢を整える。テウヘル共は1つの出入り口に殺到して押し問答/かわりに別方向からテウヘルが襲来した。

 ショットガンはまだ撃たない=敵は6。

 ばらばらなテウヘルの足取りを読んで一番先頭の頭を跳ね飛ばす=同時にショットガン2発で2匹を掃除する。

 死体が倒れれば後続もけつまづく=レイナはバックステップで排莢&装填しまだ立っている2匹を排除、そして倒れてもがいている2匹の心臓めがけてマチェーテを刺した。

「次!」

 ちょうど屋内からわらわらとテウヘルが這い出てくる/ちょうど横殴りの機銃掃射が到来してテウヘルがバタバタと倒れた。

「銀髪のレイナ。遅い。迎撃体制!」

 アーシャが長い黒髪を振り回し/機関銃をおもちゃみたいに振り回している。

「なんかさっきと変わった?」

「バスの上、そこから迎撃する。私に続いて」

 アーシャの指示は的確だった。すでに通りから廃屋まですっかりテウヘルに囲まれている。数も10や20じゃない。

 レイナは走りながら伸びるテウヘルの腕をマチェーテで叩き落とす。飛びかかってくるやつは体をさばいてかわし/しかし構いすぎないようにする。アーシャは予備動作なしでバスの上に飛び上がる。レイナも真似しようとしたが高さが足りず=アーシャが腕を掴んで引き上げてくれた。

「おい、旦那はどこだよ」

「たぶん車を取りに行ってる。それまで持ちこたえるよ。あんたは前側を。私は後ろ側を」

 アーシャは装填のいらない軽機関銃で特に密度の濃い集団に銃弾を浴びせている。

「くそおっかねぇ女だ。なにがいい女だよ」

 レイナはショットガンを真正面に=這い上がろうとするテウヘル2匹を落とす。ちょうどいい高さの頭部をマチェーテで跳ね飛ばす。足に掴みかかられたが、いつかニシがしたみたいに足を捻って尺骨からへし折った。

 素早く排莢&装填してテウヘルを倒す。しかし1匹撃ち倒す間に3匹は増えている。地面も見えないくらい黒が埋まり、腐敗臭も濃くなった。

「銀髪の! 遅い。なにもたもたしてんの」

「うっせーな。おめーみたいに弾がばらばら出るわけじゃねーんだよ!」

 アーシャの軽機関銃も、連射のし過ぎで銃身から白煙が登っている。

「くそ、ジリ貧だな。もう弾がねーぞ。こうなるとわかったら手榴弾も持ってきたのに」

 レイナは拳銃に持ち替えた。対人用の銃弾じゃテウヘルは死なない。正確に心臓を狙う時間がまどろっこしい。

 馬鹿みたいに続いていた銃声が止む。機関銃ってのは撃ち続けたら故障する──あたしでも知ってる。

 レイナが振り返ると、アーシャの腕だけが巨大な剛腕に変身していた。テウヘルの頭を2つまとめて掴むと、グシュと鈍い音で潰した。腕を振り抜けば天井に上がってきたテウヘル共が村の端まで飛ばされて潰れた。

「くそ、どうなって──」

「来た! ソラだ」

 古びたバンがビービーとクラクションを鳴らして到来した。黒い亡者たちを跳ね飛ばして停車するやいなや運転席周りのテウヘル共がバタリと倒れた。ソラは片手に青く輝く直剣を握り、もう1振りを逆手に構えた。

 ソラの足は、速いというよりも影が動いているような滑らかさだった。走り抜ける瞬間にテウヘルを斜めに切り裂く。その剣の鋭さのせいで時間差で腐獣(テウヘル)の体が斜めにズレて倒れた。

 動から静へ。

明鏡止水(ンギヤムアナム)

 ソラはテウヘルの群れの中で剣を構えてピタリと止まった。そしてほんの瞬きの時間で剣を振り抜き腐獣(テウヘル)がバタバタと倒れた。

 カカシ同然のテウヘルも、新しい獲物(ソラ)をめがけて殺到したが(あし)の葉をなぎ倒すように死骸が積み重なった。

 ものの5分で、あれだけいたテウヘルが片付いてしまった。半分はアーシャが、もう半分はソラの剣でだった。

 ソラは勝利の後も残心(ざんしん)を忘れず、丁寧に剣を鞘にしまった。

「おっかねぇ」

 つい出た言葉だったが、すぐアーシャに頬を両側から挟まれた。

「そんな言い方、無いでしょ。いい男。ソラはいい男」

「ムギュ、わかったから放せ」

 おっかないのはこの女も、だった。

 レイナがアーシャを分厚い乳を力任せに押しのけてやっと解放された。それと同時にアーシャの頭頂部から緑色の軟体動物が滲み出てきた。そしてアーシャはもとのすっとろい(・・・・・)顔に戻った。

「レイナちゃん、紹介するよ。さっきのはポポで、今はアーシャだよ」

「いや、なにがなんだかさっぱりなんだが」

 ソラは腐獣(テウヘル)の死骸の真ん中でにこやかだった。

「ポポはその緑の、翠緑種(すいりょくしゅ)の名前。国家(ネーション)のヒトたちは翠緑種とひとつになることで、強くなったりテウヘル化できたり」

「なっ翠緑種だって?」レイナはバスから飛び降りて「お前、知ってんのか。強くなる方法とか」

「あー、えっと。とりあえず帰ろうか。続きは車の中で。残された物資とバスは後でバオたちに取りに行かせるから」

 帰り道、レイナは助手席に座って食い入るようにソラを見ていた。

「翠緑種はすべての材料。獣人(テウヘル)を造り、侵食弾頭を作り、腐獣(テウヘル)が砂漠から湧くようになった。銀髪も、腐獣(テウヘル)心臓(コア)を食べたから。じゃあ、翠緑種をもっと食えば、あたしももっと強くなれる」

「あーうん、そうかな? そんな単純な話じゃないと思うけど」

「んだよ、もったいぶりやがって」

「僕がニケ先生(・・)に聞いた限りじゃ、フラン・ランの身体強化薬は成功しなかった。アーシャたちの先祖は侵食弾頭の影響で体が弱り苦肉の策で対処療法を施したら、偶然成功した。魂を翠緑種を収め、翠緑種を(ゲート)に宇宙の外側からエネルギーを得られる。ブレーメンの古語で“マナ”と呼ばれている」

「で? あたしはどうしたら強くなれるんだ」

「もう十分強いでしょ?」

「だーかーらー。お前ら、すげー力を見せつけてよくそんな(・・・)こと言えるな」

「あはは、褒められてる」

 レイナはつい癖でソラの肩を殴ったが、後席の視線が怖かった。今はアーシャに加えて軟体動物のポポも頭の上で揺れている。黒い点が2つ、まっすぐレイナを見ていた。

「レイナちゃんは強くなりたいんだよね──」

 だからその“ちゃん”はやめろって。

「──だったらやっぱり、鍛えるしか無いんじゃないかな? バオだってよく運動してる。トラックのタイヤをくくって村の周りを100周、走るんだ。巨大な鉄の塊を持ち上げたり村の重労働は積極的にやってくれてる。レイナちゃんは、した?」

「いや、あたしは。そんなんじゃなくてさ!」

「技術はどう? あのニシくんやロゼさんは見てすぐわかった。すごい経験を積んでる。僕でもニシくんには勝てない」

「ニシには萬像(ミソロジー)って力があるんだって」

「それでも彼は努力していた。本を読んで訓練して。銃、格闘、戦車や戦艦だって動かせるらしいよ。セントーキという乗り物はよくわかんなかったけど……そういう力を抜きにさ、レイナちゃん。まずは鍛えてバオに勝てるようになって、そのあとでもっと大きい“力”を欲しがるのがいいんじゃない?」

 クソほどのド正論に返す言葉もない。

 レイナはドアの窓枠に肘を乗せてからっ風に髪をなびかせた。

「レイナちゃん、ネネさんとはうまくやってるの?」

 だからそのちゃん付けはやめろって。いいかげん うざいぞ。

「あー、上司だしな一応。仲良くしてる」

「そう。それならよかった」

 レイナはちらりと、横目でソラを見た。まっすぐ地平線をみたまま運転に集中している。

「お前ら、知り合い? ブレーメンのよしみ(・・・)で」

 ソラの存在を知り血相を変えたネネの恐ろしい表情はまだ まぶたに焼き付いている。

「軍のよしみ、だよ。まだ生き物(・・・)だったころ僕は軍にいたんだ。南方、第3師団の可変戦闘車(ジャガー)操縦士として。厳密には財団に雇われた操縦士」

「ふうん、意外だねぇ。ブレーメンが」

「500年前にブレーメンは絶滅した。僕は、その犠牲者の遺伝子を炯素(けいそ)の体に転写した、疑似(ぎじ)ブレーメンだよ」

「何言ってるかさっぱりだが」

「ネネさんとは2度、会ったんだ。第4次テウヘル戦役の前、当時の皇カミュの参加した式典とその後、この剣をもらった時。思えば、あのとき近衛兵団の仕事を断っていなかったらもっと平穏な人生があったんだろうな」

「“後悔後先立たず”。トーキョーのありがたーい言葉だぜ」

「僕なりにはよく考えた結果だよ。アーシャと長くいっしょにいられるのは、良かったと思う」

 アーシャは長い腕をソラに絡ませて体を撫で回し始めた。その頭上で緑色のポポも揺れていたがまっすぐレイナを見ていた。

「んだよ、ジロジロ見やがって。てめーらの旦那を横取りしたりしねーって。あたしの好み(タイプ)じゃねぇ」


♪おまけ♪

挿絵(By みてみん)

物語tips:第4次テウヘル戦役とその顛末

 約500年前に始まった大陸で最後の戦争。

 きっかけは、国家(ネーション)側からの、転送装置を用いた内地への捨て身の攻撃だった。これを機に開戦の声が高まった。オーランド政府は開戦を宣言したが、裏では勢力拡大をもくろむ復興財団が暗躍していた。

 初戦は、ブレーメン・混血のブレーメン達の可変戦闘車(ジャガー)部隊の活躍で国家軍は瓦解した。国家(ネーション)唯一の都市ワング=ジャイへは、黒い砂漠が天然要害になるものの、近郊まで反撃を受けずに侵攻ができた。

 しかし本格的な都市戦を前にして国家(ネーション)が浸食弾頭で自爆した。瞬時に連邦軍の主力部隊と巡空艦隊は蒸発した。

 戦後、この失態の責任はオーランド政府にある、という議論が高まった。そして各州が独立を宣言し(ステイト)という概念が発見された。数十年をかけて勢力が整理され、旧来のオーランド政府に従うステイツは"連邦"、大企業が議会を支配するステイツは"企業連合"、復興財団が市民の生活を管理するステイツは"財団"、という都市国家群が誕生した。

 その後の大陸の砂漠化と腐獣(テウヘル)の出現が、よりいっそうの分離主義を促した。

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