4 カイン
「それで・・執務官殿は我が家のメイドを口説いてどうするつもりで?」
走り去るシアの後ろ姿を見ていたら侯爵家ザカリー様が話しかけてきた。
「先ほど言った通りですよ?御者が門を間違えたと・・」
「それにしては距離が近かった気がするが?」
この人は鋭い。
下手にシアに近づけば逆に隠されてしまう可能性がある。
「気のせいですよ」
そう誤魔化して屋敷へと案内してもらった。
隣国ブルガイド王国
王太子殿下の留学先で第二王子と級友だった事もあり、俺は主人である王太子リード・バレイド殿下に頼み込んだ。
「アリシア・ゲート伯爵令嬢を逃して欲しい」と。
その条件が、俺がリード様の執務官となり今回の真相を探る。だった。
本当なら側に置き直接この手で守りたかった。
「ベラスター様にご用意しました部屋はこちらになります」
「ありがとう、数日ですがお世話になります」
メイドが頭を下げて部屋から出るのを確認すると、持ってきた鞄から通信機を取り出し耳へ掛けると、窓際へ移動する。
この機械はシアの、ゲート前伯爵が作った物だ。
半径五十キロなら同じ通信機を付けた者同士会話が出来るのだ。
「殿下、聞こえますか?今ザザーライン侯爵家に入りました」
「・・・・・・」
「はい、わかっています。私情は出来るだけ挟まないよう気を付けます。はい、また連絡します」
難点なのが短い時間しか通話が出来ないことだが・・
まぁ良い。初日からシアに会えたのは収穫だ。
ある日突然婚約者がシアから義妹へ変更した!と聞かされた時は驚いたが、俺は正直伯爵位に興味はない。相手がシアだから婿入りしたかったんだ。
(あっ、シアだ。洗濯物を取り込んでいたんだな。)
窓の下を覗けばちょうどシアが洗濯籠を提げて歩いていた。
本来ならこんな事をする人ではないのに!
シアの命を守るためとは言え、知らない国の知らない家で、しかもメイドとして働かせなければいけないなんて!と自分の力の無さに愕然としたが・・
「早く仕事を片付けて、シアと共に国へ帰ろう」
そう自分に言い聞かせ、シアが見えなくなるまで外を眺め続けた。
「今日来た中にカイン・ベラスターがいたが、うちのメイドと親しげに話していた」
「カイン・ベラスター様・・ですか。」
隣国バレイド国の、王太子付きの執務官。この男がなぜうちのメイドに親しげに声をかけたのか?
「失礼ですがそのメイドは誰かおわかりになりますか?」
「・・・」
正直女の名前と顔なんて覚える気も無ければ興味もない。だが、侯爵家の嫡男としてはいずれは妻を娶らなければならない。
家門を守るための政略だ。
「はぁぁぁ、誰か良い令嬢を知らないか?私に興味がなく、与えられた事を淡々とこなす人。それでいて跡継ぎを産んでくれる人」
「それではお互い寂しいではないですか・・」
バルトは長くこの屋敷に勤めてくれている。それこそ祖父の代から・・
「!思い出した!ミアだかシアだかニアだか・・。そんな名をベラスターは呼んでいた」
「シアという名のメイドならおります。確か第二殿下の紹介だったかと覚えておりますが」
第二殿下の・・
取り敢えずベラスターとそのメイドは近付けない方が良さそうだな。
俺は直ぐに連れて来るようにバルトへと伝えた。