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「よくもみっともない真似を!もしベラスター伯爵に見つかっていたらワシが恥をかく所だったぞ!」
執務室に入るなりおじ様に頬を叩かれて、その勢いで床へ倒れ込んだ私に怒鳴り散らす。
「カイン殿の婚約者はシシィとなった。今までは慈悲でこの屋敷へ置いてやったが、お前には嫁いでもらう事にした。喜べ、あのワセト・ゼルデール侯爵だ!」
「まぁ、侯爵と縁が結べますの?素晴らしいわ!ねぇ、アリシア?」
気持ち悪い笑顔を向けるおば様。
「ゼルデール侯爵と言えば宰相閣下の右腕ではなくて?すごいわ!お姉様、おめでとう!」
心にも無い事を言うシシィ。
「ですがあの方は私よりも三十も・・」
「このワシが頭を下げて持ってきた縁談が気に入らないのか?」
「!!」
「来週式を挙げる!準備は全てあちらが持つ。お前は身一つで行けば良い!わかったか?わかったなら式までは部屋から一歩も出るなよ!」
いつの間にか決められてしまった縁組に、私は声も出せずに部屋に閉じ込められてしまった。
カインとも連絡が取れない・・このまま本当に三十も上の人に嫁がされるなんて。
「貴女に同情しますよ?だってご両親が生きていたらこの家も婚約者さまも貴女の物だったのに」
恨むならご両親にですよ?
部屋の前で見張っているのはシシィの従者だった。同情すると言いながらも全くそんな感じもしない言い方に、何か知っているのでは?と聞いてみた。
「あなたは、何を知っているの?」
「何を・・とは?わたしはただの従者です。」
「そんな筈は無いわ。何でも良いから知っている事を教えてちょうだい」
私は顔だけを後ろへ向けた。従者はうーん、と考えると
「貴女はわたしに何をくれますか?対価って言うんですよね?ちなみにお嬢様は身体をくれましたよ?心は婚約者に!と言って」
クスクスと笑いながら詰め寄ってくる。貴女もその身体、くれるんですか?と言って。
「もう結構よ!」
私は今にもキスされそうな距離で近付いてきた従者を振り解くように、従者を部屋から追い出した。
この国での純潔はそれ程重要視されてはいない。最近では恋愛結婚も増えているため妊娠していなければ許容されるのだ。
私はカインと婚約を結んでいた為もちろん純潔だ。カインの方が
「結婚するまではこれ以上の事は我慢するよ。古い考えかも知れないけれど、結婚式の後にシアを本当の意味で俺のものにしたいんだ」
そう言いながらいつも優しいキスをしてくれた。
「カイン・・助けて・・」
届くはずもない名前を、私は一晩中呼び続けた・・
結婚式当日
私は無理矢理教会へ連れて来られ、侯爵家の侍女たちにドレスを着せられた。
私にとってはもうどうでも良い・・そんな気持ちは態度に表れていたのか侍女たちも淡々と作業をこなしていく。
サイズの合ってないドレスに侍女たちもクスクスと笑っている。ゼルデール侯爵を知っているが故の笑いだろう。
「これで私たちへの当たりも減るかしら?」
「奥様が代わりに旦那様の愛を受けてくださるもの、大丈夫よ!」
「奥様には感謝しかないわね」
準備が終わり片付けを行いながらそんな会話が聞こえてくる。
(おじ様が持ってくる縁談だもの・・まともな物では無いわよね・・)
侍女たちが頭を下げ部屋から出ていくと、入れ替わるようにシシィの侍従が入ってきた。
私は鏡越しに彼を見ると何かを言いたそうだった。
「私に何か言いたいことでも?」
従者は少し考えた後
「本当はダメなんですがね、まぁ今日からの事を考えたら最後くらい良い思いをした方が良いのかな?と思いましてね」
「?」
何を言っているんだ?と睨みながら見ると、扉から入ってきたのはカインだった。