神父のお告げ
孤児院に着くと、神父のイヴォンが門の前で出迎えてくれた。
彼は三年前くらいに、前の神父が経営難で夜逃げしたため空き家だった教会を改修し、それ以来、教会兼孤児院を経営している。
長身痩躯のひょろ長いシルエットで、灰色がかったウェーブした髪と黄色がかった茶色の瞳。その優しそうな顔立ちは常に柔和な笑顔を形づくっている。
イヴォンが門を開けると、アニェスの乗る馬車がゆっくりと門を通り過ぎ、しばらくして停止した。
アニェスは馬車から降りると、イヴォンに声をかけた。
「ごきげんよう。イヴォン神父」
「アニェス・ヴィスコンティ嬢、ようこそおいでくださいました」
イヴォンは礼を執った。それを横目に見て、アニェスは口の端だけで笑みを浮かべた。
「楽にしてください」
「ありがたき幸せにございます」
こんな風にかしずかれる資格など自分にはない、とそっと目を伏せる。そんなアニェスを見て、イヴォンは優しく微笑んだ。
ふと院の広場に目をやると子どもたちが走り回って遊んでいた。
この孤児院には、アニェスの兄姉が親を処刑したことで、孤児となった子どもたちも保護されている。
もちろん、イヴォンもそれを知っている。彼はきっとアニェスのこともヴィスコンティ家の一族として軽蔑しているだろう。そう考えるたびに、気持ちが沈んだ。
だが、そんなアニェスをイヴォンは孤児院に受け入れてくれていた。彼はとても懐の深い人だ。
アニェスはイヴォンのことを心から尊敬していた。
「あ! アニェス様だー!」
一人の子どもがアニェスに気づいたようで、叫びながら駆け寄ってきた。
「こんにちは、ケビン」
ここに何度も通ううちに、子どもたちの名前はみんなすっかり覚えてしまっていた。
元気に走ってくるケビンを見て、ホッと安堵のため息をつく。
幼い子の屈託のない笑顔を見ていると、この子たちにはまだ好かれているのだと安心できるのだ。
アニェスはケビンに引っ張られ、子どもたちの輪の中に入っていった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
気づくと、もうすっかり日が暮れ、帰途に着く時間になっていた。
アニェスはイヴォンと子どもたちに別れを告げた。
「イヴォン神父、みなさん、本日もありがとう。では、さようなら」
「アニェス様、ありがとう!」
「また来て!」
子どもたちも口々に別れの挨拶を返した。イヴォンもニコニコと穏やかな笑みを浮かべている。
「アニェス・ヴィスコンティ嬢、本日もお越しくださりありがとうございました」
「ええ、また来ます」
うつむき、控えめに微笑み返す。それを見てイヴォンは笑みを深くした。
「今年の聖誕祭は大雪だそうですよ」
「え?」
とても静かな声が落ちてきて、勢いよく顔を上げて思わず聞き返した。
アニェスとイヴォンはいつも最低限の会話しかしない。それもそのはず、アニェスは嫌われることを恐れるあまり、イヴォンに対しては、いつも言葉少なにうつむいて話していた。
だから世間話なんて初めてだった。だから、アニェスはとても驚いたのだ。
「そう、そうなのね。まだ少し先ですけど……寒いのは嫌ね」
内心ドギマギしながら返事をした。イヴォンはくすりと笑った。
「そう悪いものではありませんよ。貴族のことは存じ上げませんが、平民の間では雪を固めてスノーマンをつくるのです。とっても可愛いですよ。それに、聖誕祭ではケーキを食べてプレゼントを贈り合う文化がございます」
「ああ、聞いたことあります」
「それに針葉樹に飾り付けもいたします」
「まあ! とても綺麗なのでしょうね」
くすんだ茶色い瞳を優しそうに細め、イヴォンはにこやかに首肯した。
現金な話だが、こういった文化に関しては平民が羨ましい。一家団欒なんて言葉はヴィスコンティ家には存在しない。
そして、ヴィスコンティ家のせいでそれを永遠に奪われた家族も沢山いる。それを思う度に、やるせない気持ちになった。
心の底に渦巻く仄暗い気持ちに無理やり蓋をするように、アニェスは無理やりに笑みをつくった。
「あなたに精霊のご加護がありますように」と最後にイヴォンは祈ってくれた。それに対して、「ありがとう」とお礼を言って馬車に乗り込もうとした。
その時、イヴォンが囁いた。
「あなたにもプレゼントがありますよ」
「え?」
アニェスは振り向いたが、イヴォンは何も言わずにこやかに手を振った。