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【最終話】第三話・三周目

 死んだってどういうこと?というか、誰が?と訊く前に他にも聞くことがありそうだった。

「僕は佐橋正角です。三周目の高校生の時の。二周目の僕は、咲良と結婚できずに死んじゃうんです。ここに来る途中で、あのババア、ほら先週ここにいたババアいたでしょ。横断歩道で落ちた飴拾おうとして転んでるのを助けたら、車で轢かれちゃって。二周目の正角ですよ」

 理解に努めている、全力で。二周目があるなら三周目もあるだろう。この子あの正角に目元がよく似てるし、リュックが赤い。高校生の正角は、アイスコーヒーを頼み、ストローを使わずグラスに口をつけてゴクゴクと飲み始めた。ふてぶてしさも似ている。ババアとは口が悪いが。

「三周目のあなたがどうして、二周目に来たの? しかもどうやって」

 私はいたってマジメだ。マジメに正角と名乗る男子高校生に訊いた。

「まず、僕は二周目の途中、咲良と結婚する前に死ぬみたいで。実際にここに来ないところを見ると死んだんだと思う。僕の二周目の記憶も八月十五日の昼過ぎ、横断歩道で途切れているから」

 高校生の正角は、いつ息を吸っているのかというくらいの勢いの良さで説明した。

「それで、三周目に?」

「はい、また世界が五百年後に滅んで、四十六億年待って、たどり着いたんだけど。また同じところで死ぬかもしれなくて。なので、誓約書に一度だけタイムリープできるようにってお願いしてね。あの門の神様みたいな人。あ、人じゃないですね。神様みたいな神様で。だいぶ下っ端だったみたいだけど」

 高校生の正角は勢いよく続けた。気になる、ところどころのタメ口。店は他の客は誰もいない。私と高校生の正角、マスター。奥さんは買い出しに出かけているらしい。

「じゃぁ、あなたは二周目の正角が死なないように、手助けするつもりで?」

「そうなんだけど、結果は変わらなかったみたいで。むしろ僕の存在が原因かも」

 うなだれる高校生の正角に、私も少し意気消沈した。人が死んだと訊いて、しかも私ともう一度結婚するために、四十六億年待った人が死んだと訊いて正直落ち込む。だが私は高校生の正角に強い決意で言った。

「私は天寿を全うするわ。それで、死んだら今度は私がもう一度産まれ直してみる」

 高校生の正角は私の言葉を訊いた途端に、ふわっと光に包まれて消えて行った。あの時と同じだ。アイスコーヒーを飲んだ空のグラスは残っている。正角は若い頃から敬語は苦手で、だんだんと使えるようになってきたのではと思った。ちょっとした収穫だ。ちょうどマスターがバックヤードに行っていたおかげで、面倒な説明をせずに済んだ。高校生の正角が消えて一時間が経った。先週、彼は確かにここにいた。もう少し待ってみたが二周目の正角は、やっぱり来なかった。


 二周目の正角が亡くなった後、私は精いっぱい生きてみた。正角にも誰にも遠慮することなく、恋愛もして結婚もしてみた。付き合った人と結婚した人は別の人だったが、どちらもそれなりに優しい人だったし、経済的にも困ることはなかったけど、いつもどの場面でも、あの正角のことが気になっていた。あのとき喫茶店に来てくれていたら、私たちは本当に結婚していたのだろうかと考えることがある。たまに。そうして、私は七十八年の人生を終えた。死ぬ間際に、私は産まれ直す、と改めて誓った。門の神様みたいなお爺さんに会いたいと強く願った。


 雨やどりに入った新古書を扱う本屋、やはりクーラーが効きすぎている。店の端に男子高校生がキョロキョロしている。高校生の正角だ。私は喫茶店に入りそうになっていたお婆さんに声をかけ、本屋の前で立ち話を試みた。幸いにもお婆さんは話好きだった。お婆さんと他愛のない会話をしながら、ずっと同じことを考えていた。高校生の正角がこのお婆さんの役割を奪ったことで、誰かが果たすべき“善行”が一つ減った。その帳尻合わせに、このお婆さんが横断歩道で転び正角が救うという“帳尻合わせ善行”が行われたのではないかと。そのせいで二周目の正角は死んでしまったのかもしれない。

 私はお婆さんの身の上話を聞きながら、店内へと入った。できるだけ入口近く、高校生の正角が善行の横取りができないように、お婆さんを店主の近くに据える。金を王の近くに置く。私は店内をウロウロ歩いた。店主が時折私、高校生の正角、お婆さんのローテーションで視線を送る。高校生の正角はお婆さんの存在に気づいて、店内を移動した。そこに、大人の正角が入店してきた。鉢合わせする。三周目の高校生の正角と大人になった正角。二人は示し合わしたように、「よぉ」と挨拶を交わした。私そっちのけだ。疎外感から私は突拍子もなく

「ねぇ、二人とも、私と結婚するんじゃないの?」

 と言った。初対面の会話だ。だが、実際は三回目だ。三周目にして私から声をかけた。

「いやぁ、よかった。ババアいてくれたから、これなんとかなりそうですよね」

 高校生の正角が言った。

「僕が高校生の時にも来たけど、その時は、なぜか二周目の世界に飛んで言っちゃって、お婆さんもいないし、自分で代わりに心臓マッサージしないといけないし、こりゃぁ詰んだなと思ったよ」

 三周目の正角が高校生時代に二周目の世界に来たということだ。

「ねぇ、店主の心臓マッサージしなければ、“善行”の帳尻合わせに巻き込まれなく手澄んだんじゃないの?」

「お、気づいたんだ、さすが咲良」

 二人の正角が同時に言った。妙に気が合うようだ。まぁ同一人物だから。

「僕も三周目でようやく“善行”の帳尻システムを理解したけど、ほら、そのとき高校生でしょ。二周目の世界に飛んだって思わないじゃない。単に未来にタイムリープしたと思ったんだよね」

「それで?」

「それで“善行”の帳尻システムはうっすら理解してたんだけど、目の前で倒れてる人いたら助けるでしょ。前にお婆さんがマッサージして助かったのも見てるわけだし」

 大人の正角が私に得意げに話す。

「それで、自分が死ぬってことになっても?」

「そりゃぁ、仕方ないでしょ」

「そのせいで、二周目に私と結婚できなかったんだよ」

「それは、後悔してる」

 反省したような素振りの大人の正角、高校生の正角は店主が心臓を押さえて倒れたのに気付いた。はやる気持ちを抑えて、お婆さんの活躍に任せて見守った。

「ボーッと突っ立てるんじゃないよ、お嬢ちゃんはほら表の自転車片付けて、あんちゃんは救急車呼んで」

 指示が早い。高校生の正角は手持無沙汰で何かをしようとしたが、私と正角が「なにもしないで!」と言って制止した。大声にお婆さんは目を丸くしていた。店主が救急車に運ばれていくのを見送り、お婆さんに来週は一歩も家から出ないようにと強く言った。念他のためだ。私と正角は隣の喫茶店へと向かった。高校生の正角は光に包まれて消えた。振り返った時の満足そうな表情が印象的だった。


 私は喫茶店に着く前に、正角にプロポーズした。ずっとそうしようと決めていたのだ。

「死ぬ間際に、後悔なんかしない。あんたなんかと結婚しなけりゃよかったって言ったこと、三周目で撤回したいの」

 その言葉に、正角はふふっと笑みを浮かべて「実質二回目の結婚ですね」と言った。

 もう次がないように、正角と飽きるくらい楽しんで生きてから、死にたいと思った。


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