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この一週間、家庭教師の方々の愛のあるスパルタ授業と王城に行くためのドレス選びで毎日くたくたになるまで動いた。
現在は、馬車に乗って王城へと向かっている最中だ。馬車にはお父さまとお父さまの侍従、私の侍女の4人で乗っている。
お父さまはこの一週間、会うたびに少し寂しそうな顔していた。理由をお父さまの侍従に聞いてみると、「旦那様はお嬢様が王家に嫁ぐことが決まり、早すぎると嘆いておられるのですよ。」とこっそり教えてくれた。いや、私も嫌な気持ちを押し殺して頑張っているのだから、お父様も頑張って切り替えようよ…。
でも、そう教えてもらった日の夢で私の前世の家族事情について少し思い出すことができた。家族構成は今と同じだったが、関係性が違うようだった。父は私たち兄弟にあまり干渉することなく、母が一生懸命育ててくれたという印象だった。だから今のお父様が私の婚約が決まって淋しそうにしていることがすごく嬉しかった。まぁ、顔は思い出せなかったけどね。それでも、前世の記憶を少しでも思い出せたことにほっとした。
だって、何が悲しくてオタク活動のことしか思い出せないのか…。他の記憶を思い出すことが出来なかったらどうしようかとちょっと不安になったりもしたのだ。でも、今回のことで何かのきっかけがあれば思い出すことが出来るかもしれないという希望が生まれ、かなり喜んだ。
馬車でお父さまと話しながら時間をつぶしていると、窓から見える王城に思わず感嘆の声を漏らしてしまった。白を基調としたその城は、厳かな雰囲気を醸し出しつつ、しかし植物が多く植えられている様子を見ると、親しみやすさも感じる、不思議な城だった。その外観に目を奪われていると馬車が止まった。お父さまにエスコートしてもらいながら降りると、馬車の中からでは感じることのできなかった城の大きさに圧倒される。言葉が出ない様子の私にお父様は少し笑いながら手を引いて歩きだす。
今回向かうのは陛下に謁見するための部屋ではなく、王族の私室などがある区間の部屋なのだという。きっと、私に威圧感を与えないようにするための配慮なのだろう。前世の記憶もあるため実年齢よりも年は上だけれど、王様に会うなんて初めてのことなのでその心遣いに本当に感謝した。
広々としたエントランスを抜け、想像よりも長い廊下を歩いて、ようやく目的の部屋についたらしい。お父様の姿を確認した騎士がゆっくりと扉を開ける。そこは私の家にあるお客様を迎える部屋をもう少し豪華にしたぐらいの部屋で、少しほっとした。部屋の中央には陛下と思われる威厳たっぷりの男の人と、私の婚約者であろう柔らかい笑みを浮かべた男の子がいた。二人ともとんでもない美形で、さすが王族…と思わずにはいられなかった。
挨拶をするためにお父様と一緒に部屋の中央まで進み出る。
「陛下、本日はこのような場をご用意していただき誠にありがとうございます。殿下もお久しぶりでございます。こちらにいるのが私の娘、エリザベス・ベルクフォルムでございます。」
「お初にお目にかかります。只今ご紹介にあずかりました、ベルクフォルム公爵が第一息女、エリザベス・ベルクフォルムと申します。殿下の婚約者となれましたこと、身に余る光栄でございます。まだまだ至らぬ身ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。」
自分史上一番きれいな挨拶が出来た!自分をほめてやりたい。だって陛下も「ほう…。」って言ってるもん!よしよし、第一印象はクリアだな!!
「顔をあげておくれ。よく来たね。私がこの国の王であるユストゥス・ハルトマイヤーだ。こっちは私の息子のアルブレヒト・ハルトマイヤーだよ。」
「お久しぶりです、ベルクフォルム公爵。そして初めましてエリザベス嬢。ハルトマイヤー国第一王子のアルブレヒト・ハルトマイヤーです。こちらこそ今日からよろしくお願いします。」
そう言って手を差し伸べてくれた殿下は黒髪にはちみつ色の目をしていて、黒猫の様な人だった。慌てて手を差し出し、握手をするとニコっと微笑まれる。私の一つ年上の10歳とはいえ、お手本のようなアルカイックスマイルに、撃ち抜かれないわけがなかった。
何この子、黒髪で?優しげな雰囲気で??当然だけど礼儀正しい???そんなの…。そんなの私の好みドストライクじゃんか…!!まだ10歳でこの完成度。この先一体どうなってしまうんだろうか…。末恐ろしい子である。
元々内心穏やかではなかったけれど、ここにきて別の意味で心が穏やかではなくなってしまった。しかし、先ほどの完璧な挨拶をしておいて失態は晒せないため、これまでのマナー講習の成果を結集させ、私も穏やかに微笑み返した。推しと握手をしたかのような気分になり、手を離しながらホクホクしていると、殿下はきょとんとした顔をしていた。
婚約者同士の穏やかな雰囲気に親たちは安心したのか、親同士で話し合うことがあるから二人は庭園で遊んでおいでと部屋を追い出されてしまった。後はお若い二人で…というのはどこの世界でもあるんだなと前世との繋がりを感じて勝手に懐かしく思った。
殿下に手を引かれながら自慢だという庭園に向かう。庭園はあの部屋からすぐだったようで、少し歩いただけで、目の前にたくさんの植物が広がっていた。我が家の庭園よりも広く、様々な植物が咲いており、見たことのないような花もたくさん咲いていた。
現在の年に引っ張られているのか若干少女趣味のある私はその光景に興奮して、殿下の手を離して花壇の方に小走りした。前世でも自分の家でも見たことのない花に興奮して殿下のことなんて頭から抜けてしまっていた。初めて見る花の中に一種類だけ見たことのある花があり、どこで見たのか思い出そうとしていると横から声が聞こえた。
「それはコチョウランという花で、この国の国花だよ。」
「まぁ!どこかで見たことがあると思っていたのですが、コチョウランでしたのね!実際に見たのは初めてなものですから…。国花ですから私の家の庭にも植えてもらうように庭師に話してみようかしら。」
コチョウランという日本風な名前に疑問を抱きつつも、前世で見たことがあるその花を思い出すことができてうれしくなった。教えてくれた殿下に向かってお礼を言うと、今まで放置していたことに気づき、血の気が引く。そんな私の様子に気づいたのか、殿下は気にしないでと微笑んでくれた。
「この庭園は母上が庭師と相談しながら育て上げた場所なんだ。だから、エリザベス嬢に喜んでもらえてとてもうれしいよ。母上にも言っておくね。」
「そうでしたの…!私もいつか自分の花壇を作ることが夢ですの。王妃様にお会いする機会がありましたら、お花のことについて教えてもらいたいですわ。」
未来のお母様との共通の話題を知れたことで私は上機嫌になっていた。嫁姑の関係は良いに越したことはないからね!
「その、エリザベス嬢は、なんというか。少し他のご令嬢と違うのだな。」
「えっと…。それはどのような意味なのでしょうか…?」
え、なにかしでかしてしまっただろうか。あ、さっき殿下のことも考えず自分の興味の赴くままに花壇に走ったことがやっぱり駄目だったのだろうか?
「あ、悪い意味じゃないんだよ。その、他のご令嬢は僕が笑うと顔を赤くしたり、自分のことについてたくさん話したりしてくるから。エリザベス嬢は父上も納得するような挨拶が出来ていたし、僕が笑っても普通だったから、ちょっと拍子抜けしちゃって。」
「あぁ、なるほど…。まぁ、人それぞれですからね。きっと私の様な人間なんて他にもいらっしゃいますよ。」
まぁ、殿下を前にした令嬢の反応なんて簡単に想像できるよ。私もただの9歳児だったらすぐ赤くなっていたかもしれないし。内心荒れていた自分を棚に上げて、殿下の笑顔に顔を赤くして、自分を知ってもらおうと一生懸命話す令嬢たちの姿を想像するとちょっとほっこりした。
「そうだろうか…?」
「そうですよ!私たちはまだ子供ですから、これからもっとたくさんの人に出会うはずです。そんな中で私のような者もたくさんいらっしゃると思いますわ。」
私の言葉に疑心暗鬼だった殿下を諭すと、納得してくれたのか笑顔になってくれた。若干9歳児が言えるような内容ではなかったような気がするが、殿下が何も言ってこなかったので、スルーしてもらえたのだなと安心した。
「その、エリザベス嬢。恥ずかしながら私はご令嬢とどのような話をしたらいいのかよく分からないんだ。いつもはあちらから話してくれていたものだから…」
「でしたら、今日は私が殿下にたくさん質問いたしますわ!これから婚約者として過ごしていくんですもの。お互いのことを知ることは良いことだと思いますわ!」
「なるほど…。ではそうしてもらえるかい?」
ええええ!?今の照れ笑いめっちゃかわいいなおい!!オタクの血が騒ぐから不意にそーゆー表情見せるのやめて~~!
殿下の照れ笑いにちょっと固まってしまったが、気を取り直して殿下に質問していく。まずは好きな料理や本など軽い質問から初めた。質問していくうちに自分のことを話すのに慣れてきたのか、ちょっと余談も交えながら答えてくれるようになったり、逆に私に質問してくれたりするようになり、結構長い時間話していたと思う。好きな花を聞くと私の想像よりも多くの花の名前が出てきて、思わず「殿下はお花が好きですのね。」と相槌を打つと殿下は照れたように花について話してくれた。
「うん。さっき母上が花壇を庭師と一緒に作っているといっただろう?それは母上が花が好きというのもあるんだけど、きっかけは僕が花が好きと言ったことだったらしいんだ。今よりも幼いころから花が好きで、図鑑をよく見ていてね。」
あぁ、だから好きな本は図鑑だと言ったのか。くそっ…。いちいちかわいいな…。
「花壇には僕の好きな花と母上が好きな花が咲いているんだ。男の僕が花が好きだと知っても母上は馬鹿にしたりせずに受け入れてくれたんだよ」
「まぁ、そうだったんですのね!素敵なお母様ですわね!」
うん、と笑った殿下は今までで一番輝いていて、その笑顔に見惚れてしまった。そして同時に思ってしまった。
(あぁ、この子はネコだな)と。
前世の私は黒髪の男の子に弱かった。ツンデレ、健気、無気力etc…。とにかく黒髪の子が作品に出てくると私の推しとなる確率が高く、推しとなった暁には問答無用で受けにし、推しにふさわしい男を捜してカップリングを固定していた。
ちなみに、ネコというのは受けのことを指し、攻めはタチと呼ばれる。なので、私が前世を思い出した時に話していた「ネコがタチ」は、ネコとタチが入れ替わることで、固定厨の私からしたらありえないことだった。…だからといってそのタイミングはどうだったんだろうか…。
殿下に会ったときから荒れていた心が自然と凪いでいくのを感じた。好みの受けだからときめいたわけで、異性としてときめいたわけではなかったのだ。そうだ、私は前世からそういうオタクだった。
前世の私だったら、殿下にふさわしい男を捜すところだが、今は私が婚約者だし、殿下は一人っ子なので、後継ぎを生まなければならないから現実は上手くいかない…。とりあえず、妄想だけでもできるようにふさわしい男探しはやろう。うん。推しの妄想をするのはオタクとして当然なんだよ。
私が殿下の笑顔に悶えながら質問を続けていると帰る時間になったのかお父様と陛下が近づいてきた。思ったよりも打ち解けている姿に安心したようだった。エントランスまで4人で歩いていき、陛下と殿下は笑顔で見送ってくれた。
帰りの馬車の中でお父さまは仲良くなれてよかったねとまた少し寂しそうな顔で喜んでくれたし、今日はとてもいい日だったな。これから始まる王妃教育は嫌だけど、殿下という推しができたからいいとしよう。