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「勉強に精が出ているね、エリー。頑張っているところ悪いんだけれど、今日は大切な話があるんだ。」
前世の記憶を思い出してから一週間。その間この世界の常識やこの国のことなどを図書館に籠って頭に詰め込むことをしていた。また、家庭教師の先生が分野によって異なり、それぞれの先生にこの世界の常識や、本で学んだ知識が合っているかどうかを確認していた。これまでも悪い生徒ではなかったようだけれど、前世を思い出してからは以前よりも意欲的に見えたようで、家庭教師の先生との関係も良好だと感じていた。
今日は授業がないため、図書室で過ごそうと思っていた矢先、私に少し悲しそうな顔をしたお父様が話しかけてきた。朝食の時から少し様子がおかしいなと感じてはいたんだけれど…。一体何の話だろうか?
お父様に促されるまま書斎に行き、お客様用のソファに座ると侍従が紅茶を入れてくれる。図書室から書斎に向かうまでは、最近の勉強の内容や、家にいる猫の様子などを話し、お父様は悲しそうな様子はありつつも、普段通りに近かった。
しかし、書斎に入って侍従が紅茶を入れてくれている間、気分が落ちている様子を隠そうとせず、口数が少なくなってしまった。紅茶の用意が終わり、二人して紅茶を一口飲んで落ち着くと、お父さまはいよいよ本題に触れなきゃいけないと思ったのか、話しかけてきた時よりも泣きそうな顔をしながら重い口を開いた。
「今日はエリーに大切な話があるんだ。」
「えぇ、なにかしらお父さま。」
その発言は今日2回目ですよとはあえて言わず、先を促すと深いため息が聞こえてきた。他にも勉強したいことがあるから早くして…!と思っていても口には出さない。
「その…。エリーはこの国の王族の方の名前は言えるかな…?」
「え、えぇ。もちろんですわ。私もこの国の公爵家の一人として恥じないように日々勉強していますから。…ですが、そのことと今回のお話とはどのような関係が…?」
いや、唐突すぎるよ、お父様。言えるよ?言えるけどなんでその話題なの?もしかして、倒れたからこれまでつけてきた知識が抜けたと思っている?いや、それはないよね。さっき勉強している内容話したし…。
私が質問に戸惑っているうちにお父様の決心がついたようで、私の顔をしっかり見てきた。
「いや、その質問には特に深い意味があるわけではないのだが…。エリー。…実はその…、エリーの婚約者が決まったんだ」
とうとう来たか。というのが最初の感想だった。この国の貴族は大体10歳までには婚約者を決め、将来の国の安定を図るというのがしきたりとなっているという知識は記憶を思い出した翌日に知っていた。まぁ、たとえ婚約者がいたとしても別の相手と結婚するケースもあるみたいだけど…。だから今の私に婚約者が出来たという話が来るのは当然のことだった。
「そうなんですのね。私も9歳ですし、覚悟はしていましたが、婚約者と言われると少しドキドキしてしまいます。それで、そのお相手の方はどなたですか…?」
「あぁ…。まだ9歳なのに将来を決めなければならないとは…。心苦しいよ。」
そう言うと、頭を抱えて下を向いてしまった。
いやいや、お父様も私と同じくらいの年齢の時にお母様と婚約したでしょう?貴族なら当然のことなのに、なにをそんなに嫌がっているのよ。こちとらもうとっくに覚悟決まってるの!どんと来い、よ!!
「ええっと、相手についてだったね…。エリー、この国の殿下の名前は?」
「アルブレヒト・ハルトマイヤー殿下ですよね?」
あ、待って。この話の流れは私が一番危惧していた事だ。やめて、お父様。その質問は全く関係ないのだと言って、お願い!!折角の私の覚悟が崩れそう…!!!
「あぁ、そうだ。そのアルブレヒト・ハルトマイヤー殿下がエリーの婚約者だよ。」
NO~~~~~~~!!いやだ!!なんで私が王子の婚約者になんか…!!前世はただのオタクですよ???男性経験全くありませんよ??????そんな女がいずれ国を治める方の婚約者だって??? そんなことって…。
今すぐ座っているソファから降りて床に寝転がってのたうち回りたい!!
なんて本心をさらけ出せるはずもなく…。
「そうでしたのね…。いずれこの国を統べる方の婚約者となること、私にはもったいなく思いますが、選んでいただいたからには私にできる限り一生懸命お務め果たしたいと思います。ちなみに…その、お父さま。私は殿下のお名前ぐらいしか知らないのですが…。お会いする機会などはあるのですか?」
我ながらよく頑張った!と褒めたい。王族なんて大変そうな身分の人とできれば会いたくないし、婚約だって解消してほしいけど…。そういえば我が家は公爵家。王族の次に立場が上の貴族。公爵家はこの国に3家あって、殿下と年の合う女の子がいる家がうちくらいしかいなかったのだろう。本当のことは知らないけれど。後は、お父さまが宰相をしていることも原因なのかもしれないなぁ…。
「それがね…。一週間後に王城に招待されてしまってね…。だから、エリーには王城に行くまでの一週間でマナーなどを見直してほしい。そして、その一週間でこれまでの家庭教師の先生方とはお別れになってしまうから、最後の授業の時はきちんと挨拶するんだよ。」
「…。分かりましたわ…。」
とにかく、情報を整理するために一旦部屋に下がらせてもらった。部屋にいた侍女を下がらせて、部屋に一人になるとベッドにダイブして枕を抱えながらうつぶせになる。家庭教師の先生方とのお別れは結構悲しい。この国のことを知ろうと積極的に質問をしたり、マナーを頑張ったりしていたから、記憶を思い出してから一週間とはいえ、丁寧に教えてくれる先生方がすごく好きだったのだ。まぁ、王妃教育が始まってしまうからしょうがないと割り切るしかないな。王妃教育なんて絶対にやりたくないけど、それも私、ひいては私の家のためになるんだと気持ちを落ち着けよう。でも…。でも一回叫ばせてほしい。
「なんで私なの~~~~~~!!!」
枕に吸収させたこの叫びが外に漏れていないことを祈るばかりだ。