決闘
江戸時代に、健三と次郎という、仲の悪い二人の侍がいました。彼らは同じ殿様に仕えていたにも関わらず、お互いを激しく憎しみ合っており、ことあるごとに喧嘩をしていました。
ある日、殿様が家臣を招いて酒宴を開き、健三と次郎も参加しました。その席で、酔った勢いもあり、健三が次郎に対して、
「そなたなど、儂の刀の一振りで葬ってくれよう。」
と挑発しました。このようなことは以前にもあったのですが、この日は二人とも大いに酒が回っていたため、殿様の前でありながら自分を抑えることができず、次郎も、
「何を言うか!そこまで言うなら、今この場で試してくれよう!」
と挑発に応じ、二人は刀に手をかけました。見かねた周りの者たちが止めに入ったのですが、二人は収まらず、激しい言葉で罵り合いました。そして二人は、この日は殿様も見ているので見苦しい姿は見せられないが、男としてのけじめをつけるために、後日、決闘をする、と言い出しました。
日頃から二人の関係に手を焼いていた殿様でしたが、ここまで話が進んでしまうと、もうお互いに引っ込みがつかないだろう、と思い、条件付きで二人の決闘を許可しました。その条件とは、
「五合斬り結んでも決着がつかなかった場合は、その勝負はなしとし、以後は二人とも心を改め、仲良く奉公すること。」
というものでした。両者とも、
「五合もあれば十分よ。」
と考え、その条件をのみました。決闘は、三日後に行われることになりました。
さて、決闘を控えた健三は、次の日に知り合いのお坊さんに会いに行き、事情を話して、決闘についてのアドバイスを求めました。話を聞いたお坊さんは、
「居合抜きならば、あなたが次郎に負けることはない。また次郎はその日、刀を鞘から抜くことに難儀するでしょう。」
と予言しました。これを聞いた健三は、
「最初の一太刀で決着をつけてやろう。」
と意気軒昂として、決闘に臨むことになりました。
その間、次郎の方も、知り合いの陰陽師の元を訪れていました。彼も陰陽師に決闘について話し、結果を占ってもらおうとしました。しかし占いを終えた陰陽師は、
「結果はわからない。」
と言い、その上で、
「一つ確かに言えることは、あなたに幸運が起こって、健三の最初の一太刀を躱すことができるだろう、ということだ。」
と言いました。次郎も、健三が居合抜きを得意としていることをよく知っていたので、「最初の一太刀を躱せる」と聞き、「勝機は我にあり」と考え、意気軒昂として、決闘に臨むことになりました。
それから二日が経ち、決闘の日が来ました。二人は森の中の広場で対面し、腰を落として刀に手をかけました。居合抜きに自信があった健三が、先に刀を抜こうとした、その瞬間です。突然、大きな鳩がどこからともなく飛んできて、次郎の顔に覆い被さる格好になりました。驚いた次郎は大きく仰け反り、健三の渾身の一太刀は、すんでのところで空を切りました。
まさか自分の一撃が空振りに終わるとは思っていなかった健三は大きく態勢を崩し、地面に転げ落ちました。鳩と格闘していた次郎は、刀を抜いて鳩を追い払おうとしましたが、どういうわけか、刀がなかなか鞘から抜けません。さらに気が付くと、彼の額に鳩の糞がついていました。
その間に態勢を立て直していた健三は、どういうわけか転んでいた隙を見逃した次郎に、再び斬りかかりました。すると今度は、鳩は健三の顔に向かって飛び掛かり、鋭い嘴で健三の額を、何度もつつきました。そして健三が鳩に向かって刀を振るうと、それをヒラリとかわして、木の枝に止まりました。
額から流血していた健三は怒り心頭に達し、そのまま鳩に向かって斬りかかりました。ようやく刀が鞘から抜けた次郎も、鳩に糞をつけられたことで怒り狂い、健三とほとんど同時に鳩に向かって斬りかかりました。
ところが、鳩は二人の斬撃をあっさりと躱して、別の木の枝に止まりました。健三と次郎の刀は、「ガキン!」という大きな音とともに空中でぶつかり、その勢いに跳ね返された二人は、同時に尻もちをつきました。彼らが、鳩が止まっている木の枝の方を見上げると、鳩は、
「クルックー、クルックー」
と余裕綽綽で泣き声を上げています。二人はまた頭にきて、再びその木の枝に向かって刀を振るいましたが、またしても鳩はあっさりと逃げ、二人の刀が空中でぶつかっただけでした。
その後、同じようなことが何度か続き、とっくに五合斬り結んだことに気が付いた二人は、お互いの顔を見つめ合いました。健三の血まみれの額と、次郎の糞で汚れた額をお互いに目にした二人は、大きな声で笑い合いました。そして健三が、
「これは参ったのう。貴殿とはすでに五合斬り結んだが、どうやら決着はつかなかったようじゃ。」
と言うと、次郎も、
「そうじゃのう。これはどうも、儂らは仲良く殿に仕えよ、との神の思し召しのようじゃ。」
と答えました。それ以降、彼らは喧嘩をすることもなくなり、殿様のために一生懸命に働き続けたそうです。