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風の剣士と夜景の魔女  作者: 古代かなた
第2章 星を射貫く閃光の剣
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第8話

 風にそよぐ青々とした草の群れが、どこまでも続く地平線を埋め尽くしていた。

 穏やかに波打つ草原がさざめき、海鳴りのように涼やかな音色が響く。澄みきった空に雲が浮かび、燦々と輝く太陽は惜しみなく陽差しを投げかけていた。

 見渡す限りの長閑のどかな風景は名画を思わせるほど美しく、街道を行く人々の心を洗うよう――ではあったのだが。


「何度も言わせないで頂戴。教会の威信を守るためとはいえ、あなた達の行いは目に余る。セレスティアの御業を誇張するあまり、各地の伝承まで都合よく捻じ曲げようとするのは教会が旧来から抱えている悪癖の一つよ」


 ほら、まーた始まったよ。


「その言葉、そっくりそのままお返ししよう。いたずらに理屈を捏ね回し、人心を惑わす真似は慎んでもらいたい。勝手気ままな妄言を垂れ流されたおかげで、どれほどの人々が道を踏み誤ることになったことか」


 街を出てからというもの、背後で延々と繰り広げられる不毛な論争が、この素晴らしい景色を台無しにしてくれていた。


「教義に疑問を唱えること自体を堕落と捉える態度が、そもそも間違いなのではなくて? あなた達の考えこそが人々を迷わせ、真理から遠ざけていると何故わからないの?」

「魔術師らしい傲慢な発想。人々を正しく導き、律するために必要なのは確固たる信仰の対象と規範。余計な入れ知恵は無用に願おう」

「本当にどこまでも頑迷ね。これだから、教会の人間というのは……」

「そっちこそ、口先ばかり達者なのは相変わらず」

「……あああっ、もう!! いい加減にしなさいよ、あんた達は!!」


 振り返って怒鳴りつけた先にいるのは、言うまでもなくロミとリーシャの二人である。始終この調子でいがみ合っているのだから、聞いてるこっちはたまったもんじゃない。

 諍いの原因は宗教の解釈から始まり、信条、価値観、挙句は食べ物の好みや趣味嗜好に至るまで多種多様。よくもまあ、そこまで話題が尽きないもんだと感心する。


「止めないで、レイリ。この子みたいな石頭には、一度きっちりと言って聞かせなければわからないのよ」

「それについては同感。偏狭な魔術主義者の性根を叩き直すのも、教会に仕える者の務め」

「言うに事欠いて、偏狭とは言ってくれるわね。大体、光王教会の理念をどう曲解すればそんな過激な思想へ行き着くのかしら。天上におわす女神がこの惨状をご覧になったら、さぞかし嘆かれることでしょうよ」

「……我らが教義を愚弄するか。やはり、あなたと相容れることなど根本的に不可能」

「あら、奇遇ね。私も今の教会と手を取りあうなんて真っ平ごめんだわ」

「ええい、やめんか二人とも!!」


 どちらともなく手が出そうになったので、慌てて間に割って入る。

 リーシャ当人が同行すると聞いた時点で、嫌な予感はしていた。だが、まさかここまで相性最悪とは思っていなかった。常々から喧嘩っ早いと自覚してるあたしでさえ、二人のやり取りには辟易してしまうほどだ。


「あのね……これから行動を共にするってのに、もう少し仲良くやろうとか思わないの、あんた達は」

「残念ながら、それは無理な相談ね」

「同じく。妥協の余地などありはしない」


 さいですか、聞いたあたしが馬鹿だった。

 というか、そんなとこだけ息ぴったりか。何かもう、ここまで徹底してると一周回って仲がいいのではないかとすら思えてくる。


「あんたらの口喧嘩を、ずっと聞かされてるこっちの身にもなってみなさいよ。ったく、うるさいったらありゃしない」


 大袈裟にため息をつきつつ、あたしは未だに睨みあってる二人へと向き直った。


「今からこんな調子だと、実際に遺跡に着いた後が思いやられるわよ。ねえ、リーシャ。あんただって、元々はあたし達の力が必要だから依頼を持ってきたんじゃないの?」

「……それは、否定できない」

「だったらせめて、協力する姿勢くらいは見せてくれたっていいでしょ。ロミもロミで、わざわざ突っかかるような真似はやめなさい。大人げないったらないわよ」


 堪えかねたあたしが苦言をぶつけてやると、二人はようやく口をつぐんでくれた。

 そして、訝しげな表情を浮かべながらこちらを見つめてくる。


「な、何よ。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」

「……いえ。レイリが珍しく、まともなことを言うものだから。何か悪い物でも食べて?」

「同意する。あなたにだけは言われたくなかった」

「うっさいわ! 誰のせいでこんな話してると思ってんのよ!!」


 やっぱこいつら、本当は気が合うんじゃないだろうか。


  ◆


 異変を感じたのは湿地帯へと向かうために街道を逸れ、しばらく経った頃だった。

 足場は湿気を帯びてぬかるんでおり、一歩進むごとに靴底が泥の中へ沈み込んでいく。丈の高い葦のような植物が生い茂ってるおかげで、視界もすこぶる悪い。


「……ねえ。気付いてる、ロミ?」

「ええ。どうやら、さっきから後を尾けられているようね」


 相手に気取られないように、歩調は落とさずに小声で言葉を交わす。すると、先行するリーシャもあたし達の会話に追随してきた。


「リザードマンが六体。恐らく、この一帯は彼らの縄張りなのだと思う」

(……へえ)


 内心で舌を巻く。あたしにだって大まかな気配ぐらい察することはできるけど、流石にこの距離から目視なしで人数と正体まで把握するのは不可能だ。このリーシャって少女、やはりただ者ではない。


 リザードマンは主に湿地に生息する亜人の一種で、強靭な肉体に加え容姿とは裏腹に、高い知能を有している。武器の扱いも巧みで、決して油断できるような相手ではない。

 人間に対しては概ね敵対的で、交流がないため詳しい生態までは不明とされているが、独自の集落を形成しており言語による意思疎通すらこなすらしい。


 彼らと活動圏が隣接する地域では武力による衝突が絶えず、王国の兵舎や砦がしばしば襲撃を受けているらしい。

 ギルドに討伐依頼がくだることもあるのだが、個体によっては上級騎士であっても苦戦を免れない難敵で、おいそれと手を出せる者は多くないと聞く。


 向こうの出方を窺い、手をこまねくようなやり方は趣味じゃなかった。

 あたしは足を止め、腰の鞘に手をかけつつ後ろを振り返った。風を切って飛来する矢を抜き打ちの一閃で切り払ってやると、茂みの陰からトカゲづらが続々と姿を現わした。


 くすんだ緑色の鱗に覆われた亜人の群れは、リーシャの見立て通り全部で六体。

 いずれも屈強な体格を誇っており、背丈は一般的な男性よりもやや上か。盛り上がった筋肉の上から金属片を加工した胴鎧を身に着けており、手入れが十分に行き届いた長剣や鉾槍は、彼らが優れた戦士であることを物語っていた。

 あたし達に対する敵意を隠そうともせず、ふしゅるるる……と、息が漏れるような声で威嚇してくる。赤々と血走った目でこちらを睨みつける様子は、どう見たって友好的とは言いがたい雰囲気だ。


「話し合いの余地なんてなさそうな感じ。いいわよ、やってやろうじゃない」

「――いいえ、その必要はない」


 臨戦態勢に入ろうとするあたしを制し、リーシャが一歩前へと進み出た。

 落ち着き払った様子でリザードマンの群れと対峙するが、その手には槌鉾メイスや杖どころか、武器になりそうな物は何ひとつ握られていない。


「どういうつもり? まさか、あんた一人でやろうっていうの?」

「この程度の相手なら、あなた達の手を煩わせるまでもない。それに、二人にはわたしの力を示しておく必要があると思うから」


 これまでの道中、魔物や賊の襲撃はまだ一度もなかった。今から危険な魔物のはびこる遺跡へ向かう以上、彼女がどの程度戦えるのか知っておきたかったのは事実。

 しかし、これだけの数を任せても本当に大丈夫なのだろうか。ロミはこの場を静観するつもりのようで、あたしの送った目配せに無言で頷くばかりだ。


「わかったわ。くれぐれも無理すんじゃないわよ」

「心配には及ばない。すぐに終わる」


 こちらの念押しに素っ気なく答えると、リーシャはおもむろに空いた右手を持ち上げていった。そして、目を閉じて小さく呟く。


「――〈あらわれよ〉」

「なっ……!?」


 瞬間、前触れもなく虚空から一振りの剣が出現した。

 刃渡りだけで、リーシャの背を優に超える大剣だ。金属とも陶器ともつかない不思議な材質でできており、刀身には複雑精緻な紋様が無数に刻み込まれている。

 冗談かと思うほど重厚長大なその得物を、リーシャは重量をまるで感じさせない動作で軽々と手に取ってみせた。


「断罪の刃よ、女神に仇なす者に報いを」


 厳かに告げたリーシャの姿が、忽然と姿を消す。我が目を疑うような初速の踏み込みが、余波となってあたしの前髪を揺らした。


 肉薄すると同時に薙ぎ払われた一撃で、リザードマンの胴が両断された。

 踊るように身を翻しながら、返す刃で二体目の首を刎ねる。

 間髪入れずに放たれた三撃目によって、胸に大きな風穴を穿たれた個体が絶命。ここでようやく亜人どもが我に返るが、すべては遅きに失した。

 四体目は身構える間もなく斬り伏せられ、慌てて振り上げられた戦槌もろとも五体目の上半身が粉砕される。


「……これで終わり」


 最後の一体にとどめを刺すと、リーシャは感情の伴わない冷めた声でそう言ってのけた。大剣にこびりついた血糊を無造作に振り払うと、現れた時と同じ唐突さでその場から剣が消失する。

 後に残されたのは無残に転がるリザードマンの死骸の中、返り血ひとつ浴びることなく佇む少女の姿ただ一人。もはや戦闘と呼ぶことも馬鹿馬鹿しい、一方的な殺戮劇だ。


(……思った以上にやるわね、この子)


 リーシャの戦いぶりを目の当たりにしたあたしは、心の裡で感嘆する。

 手品のように呼びだしたあの剣の威力もさることながら、それ以上に驚くべきは彼女の卓越した剣技の冴えだろう。あれだけ巨大な武器を扱っていたにも関わらず、その動きに一切の淀みが感じられなかった。


「……何なのよ、あれ。光王教会ってところには、あんな手練れがごろごろしてる訳?」

「彼女ほどの使い手は、教会でもごく少数に限られるはず。それにしても、あの力……」

「何か知ってるの、ロミ?」

「…………」


 思わず漏れた独り言に、傍らに立つロミが答えを返す。

 思い当たる節がありそうな口ぶりだったが、神妙な面持ちのまま黙り込んでしまった。続きを促そうと口を開きかけたところで、リーシャがこちらへ歩み寄ってくる。


「時間が惜しいから、先を急ぐ」

「ちょ、ちょっと……」


 あれだけの大立ち回りを演じた直後だというのに、リーシャは息ひとつ乱していない。いつもの調子でそれだけ告げると、背を向けてすたすたと歩きだした。


 いかなる素性か定かではないにせよ、彼女が一等の実力を秘めていることだけは疑いの余地がなかった。

 故郷を飛びだしてからというものの、あたしは様々な相手と剣を交えてきた。

 その中には先日のチンピラのような取るに足らない連中もいれば、腕の立つ武芸者や渡世人とせいにんもいた。名うての剣客が集う剣道場の噂を聞きつけ、単身で殴り込みをかけたことだってある。

 時には命がけの死闘を演じ、なおも生き延びてきたこのあたしの経験をもってしても、リーシャの力の底は測り知れなかった。実家の兄貴たち……いや、下手をすればそれすら上回るかも。


(面白くなってきたじゃない)


 二人の背中を追いつつ、あたしは沸きあがる高揚感を抑えることができなかった。

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