第6話
「あーもう、ほんっとーに疲れたーっ! とりあえずは帰還を祝って乾杯といきましょ。ほら、かんぱーい!!」
「…………」
迷宮の最深部からオストラントへと無事帰還したあたし達は、早速ギルドに併設された酒場に繰り出していた。
からっと揚げた馬鈴薯のフライに、香辛料の効いた腸詰めとエール。変わり映えしない即席メニューであっても、依頼後の一杯ともなれば格別の味わいがあるというもの。
過剰な塩っ気と油を、エールで流し込む瞬間が最っ高にたまらないのだ。嗚呼、お酒が五臓六腑に染み渡る。
「……何よ、まだ怒ってんの? いい加減、機嫌直してくれたっていいじゃない」
「あのね、レイリ。今回の依頼内容、何だったか覚えてる?」
「えーっと……。未探索遺跡の調査と希少素材の採取、だったっけ」
「その通りよ。私たちが受けた依頼はあくまで調査が目的であり、浅い層を回るだけでも十分に達成可能だった」
いったん言葉を切ると、ロミは手元のグラスをぐいっと傾けた。目の前に鎮座しているボトルは、それなりに値の張る葡萄酒の銘品だったと記憶しているのだが、はてさて。
勢いよくテーブルを叩くと、彼女はあたしに向かってびしりと指を突き付けてきた。
「それなのに、あなたときたら!! 一人でずんずんずんずん勝手に進んでいって、挙句の果てに最下層の……よりにもよって王統種なんかを相手にして!! 二人とも、もう少しで危ないところだったのよ!?」
「しょ……しょうがないじゃない。あれは成り行きで仕方なかったっていうか、結果的にそうなっちゃっただけで」
「あなたが不用意に転移罠なんか作動させるからでしょうに。どうして、あんな初歩的な手に引っかかっているのかしら?」
「いやー……宝箱があったから、何かいい物でも入ってないかと。ま、あいつがしこたま貯め込んでたお宝も手に入ったし、結果オーライって奴よ」
「私たちが持ち帰られたのは、そのうちの極々一部でしょう。それだって、下層の財宝はそもそも報酬に含まれないって依頼主と揉めて、どうにか交渉して分け前をもらうことができたというのに。まったく、かけた苦労と成果が釣り合わなさ過ぎるわ」
あたしとしては、王統種という強敵と戦えたことが何よりの報酬だったりするんだけど。
流石にそれを口にすると、ロミがさらにご機嫌斜めになるので黙っておくことにする。
「あなたの剣の腕が立つことは認めるけれど、もう少し慎重に動くことを覚えなさいな。こんなことばかり繰り返していたら、命が幾つあっても足りなくてよ?」
「はいはい、わかってるってば」
「そうやって適当言って、この間も同じような目に遭ったばっかりでしょう!! どれだけ学習能力がないの、あなたという人は!!」
ロミのお小言が止まらない。あーもう、せっかくの酒が不味くなるじゃないか。
それに、百歩譲ってあたしがちょっと……ほんの、ちょび〜っとだけ迂闊だったことは認めるとして、こっちから言わせればロミはあまりに慎重が過ぎると思う。
彼女の実力は掛け値なしに本物だ。並みの魔術師では扱うこともできない高等魔術を、いとも簡単に操ってみせる。
先のオーガー・ロード戦でもそれは明らかだったし、あたしの見立てが確かであれば、このギルドでそんな芸当ができる者はほぼいない。
しかし、ロミが受けている依頼といえば、大半が採取や調査などの地味な雑用ばかり。彼女本来の力をもってすれば、より高難度の依頼をこなすこともできるというのに。
「おーおー、今日もやってるわね。この凸凹コンビ」
「誰が」
「凸凹ですって?」
見事に唱和したあたし達の振り向いた先にいたのは、受付担当のルイゼ嬢だ。仕事中は事務的な態度を崩さないくせして、オフになった途端にこの調子だ。
冒険者を始めた初日からの付き合いなので、彼女のそういう部分はすっかり慣れっこになってしまっている。
「ねえ、ルイゼ。そうやって、私をレイリとコンビ扱いするのはやめてくれないかしら」
「凸凹コンビって呼び方が気に食わないわね。ていうか、凹って何よ凹って。それだと、あたしがまるでちびっ子か何かみたいな言い草じゃない」
「あら、違ったかしら?」
「ちーがーうーわっ! こちとら、まだ十五歳なんだから。背だって胸だって、まだまだ成長の余地は残されてんの!!」
「若い頃から飲んでばっかりいると、成長が止まるって聞いたことがあるわよ。代わりにミルクでも持ってきてあげよっか?」
くっそー。あたしが密かに気にしてることをずけずけと言いおってからに。
しかし、相手は百戦錬磨の受付嬢。本格的な舌戦に発展すればやり込められるのが目に見えている。ここはぐっと我慢だ。
「前にも言ったけれど、レイリとはたまたま利害が一致しているだけ。コンビまで組んだ覚えはなくてよ」
「そんなこと言って、依頼を受けるたびに何かしら騒動起こして帰ってくるんですもの。聞いたわよ、今回も大立ち回りを演じてきたそうじゃない」
「ま、あたし達の手にかかれば、あのくらいは楽勝ってもんよ」
「レイリは少し黙ってて!! まったく、私はただ静かに暮らしていたいだけなのに……」
眉間を押さえ、ロミは深々とため息をつく。
いつも取り澄ました顔をしているが、これでなかなかどうして表情豊かだ。その原因の大半が、自分にあるってことはさて置いて。
「ギルドじゃとっくに、あんた達をコンビとして認めているわ。これまで、誰が誘ってもなびかなかった孤高の女魔術師が、期待の新顔と手を組んだってもちきりよ?」
「噂の出所は?」
「そりゃー当然、私に決まって……やーね、ロミ。怖い顔しないでよ。せっかくの美人が台無しよ?」
恨めしげな視線を向けられたって、当人は涼しい顔だ。悪びれもなくしれっと白状する辺り、ルイゼ嬢もなかなかにいい性格してる。
実際問題、あたしとロミは正式なパーティ登録をしていない。
いかなる理由があってか、ロミは所属して以来ずっとソロの冒険者として活動してきたようなのだ。実力不足であるとか、そんな理由では決してない。エース級のパーティから勧誘された時ですら、頑なに首を縦に振らなかったそうなのだ。
かくいう自分も、今のところ他のパーティに加わるつもりはさらさらなかった。
あたしの目的は、あくまでも剣の腕を磨くことにある。誰かとつるんで、生活や名声のために活動するのは御免被りたかった。
とはいえ、依頼の内容によってはソロで対応しきれない場面がどうしたって出てくる。そんな時に、どちらともなく声をかけたことがきっかけで、あたし達は臨時のパーティを組むようになったのだ。
ちなみに、羅刹刀は未だに見つかっていない。盗品市場を中心に網をかけてもらってはいるものの、目ぼしい情報は皆無だった。
「ところで、今日はどんな用件で来たの。本当に雑談をしに来た訳ではないでしょう?」
「あら、今の私はオフモードよ?」
「嘘おっしゃいな。いつもなら、席につくなり注文して一服するくせに」
事実を指摘されたルイゼ嬢の顔が軽くひきつる。
あたしも何かあると踏んではいたが、流石はロミ。細かいところまで見ているものだ。
「相変わらず、油断も隙もないんだから……こほん。それでは、本題に入りましょうか。あなた達に、名指しでの依頼が来ています」
「名指しで? あたし達二人にってこと?」
「ええ。是が非にでも引き受けてほしいという、先方からたっての希望です」
ルイゼは席を立つと、あたし達をカウンターの内側へと招き入れた。
一般冒険者が普段は立ち入ることを許可されていない、ギルド職員専用の区画。
こちら側には職員の休憩スペースやギルドマスターの執務室以外に、依頼人をもてなすための応接間が設けられていた。
もちろん、依頼主が誰しもここに通される訳ではない。商人や貴族のお偉いさん相手の機密性が高い依頼を扱う場合にのみ用いられる部屋だ。
すなわち。これから聞かされるのは、それだけ重要な話ということになる。
「失礼。例の二人をお連れしました」
「そう。入って」
部屋の中から、簡潔ないらえがあった。
ルイゼ嬢がドアノブに手をかけると、重たそうな扉が音もなく開いていく。
視界に飛び込んできたのは、深紅のカーペットと胡桃材の一枚板を磨きあげて作られたテーブルセットだった。見るからに高価そうな調度品まで完備されており、確かにこれは上客専用とされるのも頷ける。
これまた上等そうな革張りのソファーに腰かけていたのは一人の少女だった。どうやら彼女が今回の依頼主のようだが。
「……はじめまして。リーシャ・アリエスよ」
口数少なに名乗りをあげると、少女はぺこりと頭を下げるのだった。




