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風の剣士と夜景の魔女  作者: 古代かなた
第4章 夜景の魔女
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第26話

「待たせたわね、リーシャ」

「二人とも、話は済んだみたいね」


 書き割りの街に一人佇む修道服の少女。待ちぼうけを食わされていたであろう彼女は、さしてそれを気にした風もなくあたし達を見据えている。


「レイリは彼女が何者か知った上で、わたしの邪魔をするというの?」

「ええ。ロミが魔女だとか、リーシャが教会の執行者だとか、そんなのどうだっていい。悪いけど、ここであんたをぶっ飛ばさせてもらうわよ、リーシャ!!」

「……あなたもそうなの、夜景の魔女」

「これ以上、あなた達教会から逃げ続けるのはやめにする。身勝手かもしれないけれど、私はもう一度、この生にしがみついてみたくなったの」


 問いかけに対し、ロミは油断なく長杖を構えながら答えた。リーシャは「そう」と短くつぶやくと、右手を虚空へとかざす。


「変わったわ、二人とも。さっきまでとはまるで別人のよう。でも、結末は変わらない。人々を惑わせる魔女の存在を、教会は決して認めない。ここで果てなさい、夜景の魔女。――〈顕れよ〉」

「来るわよ、レイリ。覚悟はできていて?」

「ハッ、誰に向かって言ってんだか!!」


 蒼く輝く玻璃の剣が、宙から現れリーシャの手の中へと収まった。腰に帯びた朱塗りの鞘に手を添えつつ、あたしは全神経を目の前の少女の一挙手一投足に集中させていく。


「……封導院レリジオンが末席、リーシャ・アリエス。これより、断罪を執行する」


 高らかに名乗りをあげつつ、リーシャが地を蹴り肉薄する。尋常ならざる脚力に石畳が砕け、爆ぜた破片を散らしながら瞬く間に距離を縮めてきた。

 鞘走った白刃が、荒れ狂う暴風を迎え打つ。一撃、二撃、裂帛の気迫を伴った三撃目があたしを捉えた瞬間、甲高い音を響かせてその像が消滅する。


「幻像……?」

「こっちよ!!」


 背後から発せられた声に(フェイント)動ずることなく、側面からの胴薙ぎをリーシャが受け止めた。反撃に転じようとしたところへ、すかさずロミが光弾を放つ。


星の鏃(フレス・エステラ)!!」

「くっ……!?」

「まだまだぁっ!!」


 間髪入れずに繰り出された追撃に、リーシャが初めて後退する。ロミの魔術はあくまで牽制としてしか機能していなかったが、彼女の意識をあたしから逸らすには十分だ。

 あらかじめ打ち合わせておいた手筈通り、あたし達は連携を駆使することでリーシャに追いすがっていた。正々堂々とは言いがたいけど、伝説の聖剣を携えた彼女を抑えるため、こちらもなりふりなど構ってはいられない。


 だが、敵もさるもの。幻影に阻まれ、剣戟と光弾の波状攻撃に晒されてもなお、彼女は的確な剣捌きでことごとくを切り払っていく。

 聖剣の力だけではない。彼女自身が磨きあげてきた剣技がそれを可能としているのだ。いたずらに攻撃を重ねても、この均衡を崩すことは難しいだろう。かくなる上は。


「ロミ、『アレ』を使うわ!!」

「正気なの!? 私はてっきり、冗談で言ってるものとばかり……」

「ここまで来て、出し惜しみなんてしてどうすんのよ!! 使える手は全部使う、あたしを信じなさい!!」

「ええい、もう自棄ヤケよ!! よくってよ、やってやろうじゃない!!」


 背後でロミが長杖を構え、呪文の詠唱を開始する。術を発動させるまで、あたし一人でリーシャの猛攻を食い止めなければならない。


「空に轟く霹靂を今ここへ。怒れる天の意志、神の雷槌。立ちはだかる敵を灰燼と化す、裁きの雷光よ……」

「これは……」

「させないわよ!!」


 大魔術の気配を察したリーシャの前に、あたしは全身全霊をもって立ちはだかる。

 羅刹刀を折られた時の苦い記憶が、フラッシュバックして脳裏を掠めた。だが、ここで退く訳にはいかない。


「小癪な、真似を……っ!!」

「前にあたしに、どうして剣を振るうのかって聞いたことがあったわよね、リーシャ!!」


 星が瞬く澄み渡った空に、濛々(もうもう)たる雷雲が集っていく。

 ありったけの力でリーシャの大剣を抑えつけながら、あたしは声高に吠えたてる。

 目の前の少女に。そして、彼女の背後に控える教会の連中にまで届くように。


「あたしはね、目の前で起きてる理不尽をただ指を咥えて見てるだけなんて真っ平なの!! あたしにとって譲れないものを、力尽くにでも貫くために剣を振るう!! これがあたしが見出した答えよ、リーシャ!!」


 魔術の完成を合図に、あたしはリーシャとの鍔迫り合いを強引に打ち切った。

 もはや阻止は不可能と判断したのか、リーシャは聖剣を正眼に構えて詠唱に備える。

 いつの間にか上空へと浮上したロミと、リーシャとの間に引かれた射線。あたしはその只中に、躊躇うことなくその身を踊らせた。


「なっ……!?」

「しくじるんじゃないわよ、レイリ!! 天墜万雷フォーリング・ヘヴンッッ!!」

「行っけぇぇぇっ!! 白雷迅牙ビャクライジンガァッッッ!!」


 ロミの放つ雷の最上級魔術。その絶大な威力を推進力へ転換し、雷光と化したあたしは一直線にリーシャへと突進した。

 一歩間違えば、自爆行為になってしまうであろう暴挙。針の穴を通すがごとく、緻密な制御を要する危険な賭けだったが、ぶっつけ本番にしては上出来だろう。


「う、く……っ!!」

「リー、シャァァアァァッッッッ!!」


 現状で放ち得る最強の一撃が、彼女の聖剣と真っ向からぶつかりあった。

 荒れ狂う紫電と、目もくらむような閃光がせめぎあう中で、あたしは鼻先にまで迫ったリーシャを睨みつける。


「あんたはどうなの、リーシャ!!」

「わた、し……?」

「教会の言いなりになってその剣を振り回すことが、あんたの望んでること!? 何年も、何年も修行して、血が滲むような努力までして、ようやく手にした力を!! こんなことに使うのが、本当にやりたかったことなの!?」

「わたし、は……」


 じり、とほんの僅か。聖剣の切っ先が後ろへと押し戻される。

 普段は感情を映さない、アイスブルーの瞳に逡巡の色が浮かんだ。ようやく見せたその揺らぎへ、あたしはさらに畳みかけていく。


「答えなさいよ、リーシャ!! あんたが欲しかった答えっていうのは、そんなに安っぽいものだったの!?」

「う、あぁあぁぁッッ!!」


 とうとう均衡が崩れ、耐えきれなくなったリーシャが吹き飛ばされた。激突した家屋が倒壊し、土埃をあげて瓦礫の山と化していく。


「はぁ、はぁっ……や、やった、の……?」

「いいえ、まだよ!!」


 ロミの警告に顔をあげると、土煙の中からリーシャがゆっくりと立ち上がっていた。

 振りかぶった聖剣の刀身が、青白い魔力の輝きを帯びていく。あの技はまさか……!?

「〈星射貫く光を(アトラベス)……我が手に(エリスティア)〉……ッッ!!」

「っ、マズ……っ!?」

「下がって、レイリ!!」


 熾焔竜イグニスをも屠った極大の光刃が、あたし自身めがけ猛然と放たれていた。

 回避しようと試みるも、力が入らず反応が遅れてしまう。しまった、さっきの合体技の反動が、思った以上にデカい……!?

 万事休すかと思われたその時、横合いから割り込んだロミが鋼色の障壁を発動させる。


隕鉄の大楯(エスクード)ォッ!!」

「う、くぅ……っ!!」


 魔術で編まれた巨大な盾が、リーシャの放った一撃を辛うじて防ぎきった。

 充分に収束する余裕までなかったのだろう。威力は幾分減衰していたが、それでもなお凄まじい衝撃波があたし達を襲う。


「あ、ありがと。正直、助かった……」

「礼には、及ばないわ。でも、流石にこれ以上は……っ」

「ロミっ!?」


 その場に膝をつくと、ロミは苦しげに呻きながら杖に寄りかかった。

 ただでさえ無茶な合体技の制御を補ってくれたところに、立て続けでリーシャの大技を受け止めたのだ。彼女の魔力は、今ので底をついてしまったに違いない。


「ロミは下がってて。後はあたしがやる」

「……わかった、任せるわ。レイリにこれを。少しぐらいは足しになるはずだから」

「相変わらず、ひっどい味ね」


 泥炭をそのまま口に放り込んだかのような、強烈なエグみと薬臭が味覚を蹂躙する。気分的には最悪だが、気付けとしては申し分ない。空になったフラスコを投げ渡すと、あたしは再びリーシャと対峙する。


「さあ、第二ラウンド開始といきましょうか!!」

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