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風の剣士と夜景の魔女  作者: 古代かなた
第4章 夜景の魔女
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第23話

 勢いよく啖呵を切ると、あたしは抜き身の刃を正眼に構えてリーシャと対峙した。


 圧倒的な力を秘めた聖剣を前に、これまでは後れをとっていたところだが、今は違う。

 あたしが手にする羅刹刀は、我が家に代々伝わる大業物。知り得る中で最上と自負するこのひと振りならば、例え相手が何者だろうと不足はない。


「行くわよ、リーシャ!!」


 先手必勝。かけ声と共に地面を蹴り、間合いを詰めて横薙ぎの一閃を放つ。

 しかし、リーシャはその一撃を涼しげな顔で受け止め、すかさず反撃を仕掛けてきた。


「く、この……っ!?」


 反応こそ辛うじて間に合ったものの、凄まじい衝撃に刀を取り落としそうになる。

 どうにかその場で踏み堪えたところに、リーシャの容赦ない次撃が襲いかかった。

 華奢な体躯のどこからそんな力を出しているのか。鉄塊さながらの大剣を小枝のように軽々と振るい、間断なく斬撃を浴びせかけてくる。


 地下遺跡での共闘で、リーシャの力量は十分に把握してるつもりだった。だが、実際に戦ってみれば、その認識の甘さを痛感せざるを得ない。

 踏み込みの鋭さ、一撃の重み。大胆かつ繊細な技の冴え。どれを取っても一流と呼んで差し支えない達人の境地。これが本気になった、リーシャの実力だというのか。


「ッ、舐めるなぁッッ!!」


 防戦から攻勢に転じようと、切り返した刃は冷静に弾かれ、受け流されてしまう。

 返礼とばかりに繰り出される嵐のような乱撃。そのいずれも一撃必倒と呼べる破壊力を秘めており、あたしは後退を余儀なくされてしまう。


「もういいわ、剣を引きなさいレイリ!!」

「っ……ふざっけんじゃないわよ!! あんた、自分が殺されかけてるって自覚あんの!?」

「けど、このままではあなたまで……!!」

「あーもう、うっさい!! そこで黙って見てなさい!!」


 ロミの制止を振り切って、再びリーシャへ挑みかかる。気遣わしげにこちらを見つめる視線が苛立たしかった。

 突然聞かされたロミの秘密、それを追って現れたリーシャの襲撃。

 そして今、反撃すらもままならずに翻弄される自分自身。色んなものが頭の中でごちゃ混ぜになり、口から怒号として迸る。


「こン、のぉおおぉおおおおッッッ!!」


 激したあたしとは対照的に、リーシャの反応はどこまでも冷ややかだ。思いつく限りの剣技を駆使しているというのに、彼女の鉄壁は決して揺るがない。

 どうして、どうしてこうも届かない。あたしの腕じゃ、彼女には敵わないというのか。


「……これで、終わりにする」

「な……っ!?」


 重心を低く落として、リーシャが一足飛びに距離を詰めてくる。攻城弩もかくやという凄まじい圧と速度を乗せた突撃が、あたしめがけて猛然と迫ってきた。

 すくい上げるような切り上げ、横薙ぎの一撃。まともに躱せたのはそこまでだった。

 ゴウ、と唸りをあげて迫る蒼い剣閃を、受け太刀に切り替えて迎え打った瞬間、ぱきんと硬く澄んだ悲鳴が手元から響いた。


「――え?」


 何が起きたかすら、理解できなかった。

 どんな強敵と相対しても、決して負けるはずなどないと確信していたあたしの羅刹刀。その刀身が半ばから折れ飛び、くるくると宙を舞って石畳に突き立った。


 茫然自失となったあたしの身体は、続くリーシャの追撃に反応すらできなかった。刀と一緒に、心まで折られてしまったかのよう。

 ……ああ。あいつ(ガラント)も剣を折られた時、こんな気分だったのかもしれないな。

 棒立ちで立ち尽くすあたしに、リーシャの回し蹴りが容赦なく炸裂する。


「ぐっ、がっ……!! か、はっ……」


 受け身を取ることさえままならず、地面の上を何度も転がった。戦意が完全に挫かれたあたしを一瞥すると、リーシャは大剣を手にゆっくりと歩きだす。


「ロミ……逃げ、て……」


 あたしの呼びかけに、ロミは応えなかった。ただ、静かに目を伏せてかぶりを振るのみ。やがて、リーシャが目前にまで迫ると、杖を捨てて両手を大きく広げる。


「やめ、て……ロミを、殺さ……ないで……」

「……それは、できない」


 抑揚のない声のまま、リーシャがロミの胸元に狙いを定める。「ごめんなさい」という小さな呟きは、果たして誰が誰に向けたものだったのか。

 夜闇に燐光を放つ切っ先が、音もなくロミを刺し貫いた。


「あ……あ、あぁ……っ!!」


 呪縛が解けたかのように、身体が動いた。折れた愛刀を杖代わりにして、ロミの元へと駆け寄っていく。


「冗談でしょ、ねえ……!! 目を開けなさいよ、ロミ……っ!!」

「レイ、リ……」


 傍らで剣を下ろすリーシャには目もくれず、ロミを抱きあげて必死で呼びかけた。

 胸を貫かれたというのに、出血は驚くほど少ない。けれど、その身体からは急速に熱と生気が失われていくのがはっきりとわかってしまう。

 精彩を欠いた蒼い瞳が、あたしをぼんやりと見上げていた。こんな時だっていうのに、唇を震わせながら不器用に笑みを作ってみせる。


「いい、のよ……レイリ。これで、よかったの……」

「何がいいっていうのよ!? あんただったら、リーシャから逃げることだって、戦うことだってできたはずでしょ!? なんで、なんで抵抗しなかったの!! どうして、そんな風に受け入れようとしてんのよ!?」

「彼女のこと……恨まないで、あげてね。この子はただ、教会の命で動いただけ。これは人の理の、外で行われた所業……なのだから……」

「訳わかんないこと言ってんじゃないわよ!! ねえ、リーシャ!! 今からでもこいつに、治癒術かけてよ!! あんただったら、このくらいの傷だって治せるはずでしょ!?」


 我ながら無茶を口走ってる自覚はあったけど、言わずにはいられなかった。リーシャは黙したまま何も語らず、ロミはそんなあたしを宥めるように頭を撫でてくる。


「あまり……リーシャのことを、困らせては駄目よ……」

「子供扱い、するんじゃないわよ……っ!! いっつも、いっつも、あんたはそうやって、年上ぶって……!!」

「長い生の果てであなたという友人に出会い、助けられて……本当によかった。レイリの旅に、いつか答えが見つかること……願って……」

「……ロミ?」


 最後まで言い終えることなく、その瞼が静かに閉ざされた。残された熱が急速に失われ、彼女の命が完全に消えゆくのを、あたしはただ見てることしかできない。

 どんなに乱暴に揺さぶっても、ロミはもう応えてくれない。もう二度とお小言を垂れることもなければ、呆れたような苦笑いを浮かべることもない。


「起きなさいよ、ロミ!! 勝手に満足して、勝手に死んで……あたしは認めない、絶対に許さないわよ!!」


 愛刀を折られ、無様に負けを晒し。その挙句に、大切な相棒まで死なせて。

 何ひとつ守れず、何ひとつ成し遂げられず、あたしはみじめに泣きじゃくることしか、できないというのか。


「……まだよ」


 ふつふつと湧きあがる感情の中に、僅かな熱が燻っているのを感じた。

 それが何かもわからないまま、藁をも掴む想いで必死に手を伸ばす。


「……何を、するつもり?」

「知れたこと。あたしは……こんな結末なんて絶対に認めない。認めてなんてやらない。だから、力づくでも覆してやるのよ!!」


 今にも消えかかる火種に、ありったけの力を注ぎ込む。火の粉は火勢を増し、小火から大炎、そして猛々しく燃え盛る劫火へと変わっていく。


「夜景の魔女の名において、今ここにひとたびの秘跡をっ!! は旧き理の伝道者。我が身に宿りし月神の叡智よ。夜天を渡る、無窮の翼を、彼の者へッッ!!」

「その呪文は、まさか……!?」


 詠唱は、驚くほど滑らかに口を突いて出てくれた。あの時、あたしの命を救ったロミの禁術。身の内に残されている彼女の力の残滓を糧にその再現を試みる。


「う、あ、あぁあ゙あぁあぁあ゙ぁあ゙ぁああ゙ッッッ!!」

「馬鹿な……そんなこと、できるはずがない」


 常軌を逸した魔力の奔流に、身体中の組織という組織が軋みをあげた。あたしの意識が、理性が、自らの発する灼熱によって、みるみるうちに焼き尽くされていく。


「今すぐにやめて、レイリ」

「だ、れが……やめるかぁああッッ!!」

「……正気じゃない。魔女の禁術は決して人の身には扱えない。レイリがしてることは、ただいたずらに魔力を暴走させているだけ。確実に、その身を滅ぼすことになる」

「知った、ことかぁああぁアアァッッ!!」


 眼球が沸騰し、文字通り視界が赤く染まる。荒れ狂う魔力の暴風に阻まれて、さしものリーシャも手が出せずにいるのは僥倖だった。彼女が本気で止めに入る前に、何としても術を完成させてやる!!

 おぼろげな記憶だけを頼りに、ロミが施した術式をなぞっていく。

 理解を超越した部分は直感で、御しきれない部分は力技でねじ伏せながら、強引に術を押し進めていく。

 イメージするのは、月夜を飛翔する白銀の鴉。今まさに失われつつあるロミの魂を乗せ、あらゆる条理を超えた空の彼方へと。


「翔ォべぇえぇええッッ!!」


 その絶叫を合図に、世界は白く染まった。

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