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風の剣士と夜景の魔女  作者: 古代かなた
第3章 蒐剣伯
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第20話

「その言葉を待ってたわ!!」


 ロミの合図を受け、あたしはメイド服を勢いよく脱ぎ捨てた。

 屋敷からの脱出に備え、下にはいつもの胴衣を身に着けていたのだ。おかげで着ぶくれしてしまい、動きにくいったらなかった。

 一方のロミはというと、身に着けていた衣装が闇へ溶け落ちるように消え失せ、瞬時にいつものローブと尖り帽へ様変わりする。ていうか、何それ。そんな真似ができるなら、あたしにもやってほしかったぞ。


「得物もなしで、俺たちに敵うとでも……ぐおぁっ!?」

「残念。一応は用意してきたのよね、これが」


 突きかかってくる槍の穂先を切り落としつつ、返す刀で相手の顎先をかち上げた。

 あたしの手に握られているのは、厨房からちょっぱってきた大振りの牛刀だ。ないよりマシといった代物だが、このぐらいの相手ならどうってことはない。


「な、舐めやがってぇっ!!」

「クソッ!! たかが女二人に、何を手間取っているんだ!!」


 怒号をあげて襲いかかる連中の攻撃を難なく躱し、ちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。こんな輩が束になってかかってきたところで、負ける気などまったくない。

 振りかぶった刃を弾き返して、すれ違いざまに峰で打ち据える。背後を狙ってきた敵を回し蹴りで昏倒させ、飛びかかってきたもう一人の眉間に肘鉄をお見舞いしてやる。

 ロミはロミで持ち前の魔術を駆使し、次々に兵士たちを地面に沈めていた。あたし達が動くたびに、伯爵の手勢がみるみる数を減らしていく。


「そこまでにしてもらおうか、お嬢さんがた」

「……へえ。奇遇じゃない、こんなところでまた会うなんて」


 あたし達の前に立ちはだかったのは、竜の瞳の意匠が施された騎士甲冑に身を包んだ男――街の詰め所で顔を合わせた衛兵たちの隊長、エイブラハムだった。


「我が部下ながら、情けない限りだ。まさか、君がここまでの手練れとは思わなかった。無理やり難癖を付けてでも、あそこで捕縛しておくべきだったと後悔しているよ」

「そっちこそ、まさか伯爵の護衛をやってるなんてね。あの時はまんまと食わされたわ」

「好奇心が寿命を縮めたな。冒険者というのは、つくづく命知らずな連中が多いらしい。……ああ、あのガラントとかいう男も、元冒険者だったか」

「もしかして、あいつを殺したのは……」

「奴は不遜にも、脅迫まがいの交渉まで持ちかけてきたからな。当然の報いだよ。さて、無駄話はここまでだ。君たちにもご退場願うとしよう」


 長剣を抜き放ち構えた瞬間、エイブラハムの帯びる空気が一変する。この男、あたしが想像しているより遥かにできる……!?


「剣を取りたまえ。そんなもので、私の相手が務まるとは思わないことだ」

「そう? んじゃ、お言葉に甘え……てッ!!」

「む……ッ!?」


 刃こぼれした牛刀を投げつけ、その隙に床に落ちていた衛兵の剣を拾いあげる。

 エイブラハムは飛んできた牛刀を事もなげに払いのけ、あたしの打ち下ろしを正面から受け止めた。


「なるほど、いい踏み込みだ。こんな状況でもなければ、うちに勧誘したいところだよ」

「冗談、冒険者以上に願い下げよっ!!」


 二撃、三撃。慣れない長剣での立ち回りとはいえ、あたしの連撃をこうも完璧に捌いてみせるとは。やっぱりこいつ、ただの衛兵なんかとは一線を画している。

 咬合する剣を巻き込むような動きで、巧みにこちらの体勢を崩そうとしてきた。咄嗟に身を引いたところへ、すかさず鋭い追撃が飛んでくる。

 フェイントを交えた斬り上げ、そこからの息もつかせぬ刺突を身を捻って回避するも、痛みと共に頬を生温かい感触が伝っていく。


「今ので仕留めるつもりだったのだがな。若いのに、大した腕をしている」

「……そりゃどうも」

「レイリっ!!」

「平気よ!! ロミは周りの雑魚どもの対処をお願い!!」


 そうは言ったものの、実際は楽観できるような状況ではなかった。

 この男の剣の腕は本物だ。今まで様々な相手と剣を交えてきたが、その中で間違いなく強敵と呼んで差し支えないだろう。

 これが騎士王国として名高い、この国の騎士の実力か。切望して止まなかった強敵との立ち合いが、こんな形で実現するとは。まったくもって、皮肉が効いている。


「戦いの最中に考えごととは、余裕だな!!」

「ぐッ……!?」


 繰り出された前蹴りを、辛うじて剣の腹で受け止めた。甲冑の重量までも上乗せされた衝撃力で、あたしの身体が後ろに弾き飛ばされる。

 あろうことか、エイブラハムはそのまま床を蹴ってあたしに追いすがってきた。

 迫る猛攻への迎撃を、自由が利かない空中で余儀なくされる。横薙ぎで放たれた剣閃を弾き返したまではいいが、次撃の叩きつけるような袈裟切りに反応が追いつかない。

 直撃こそどうにか免れたものの、胸当てが切り裂かれ、留め金もろともに宙を舞った。相殺しきれない勢いのまま床に叩きつけられ、肺の空気が絞りだされる。


「かは……ッ!! げほッ、ごほッ……!!」

「ここで殺すには、いささか惜しい逸材だな。状況が許すなら、本気で勧誘したいが……これも仕事だ、悪く思うなよ」

「はぁ……はぁ……ッ。何度も、言わせんじゃないわよ。誰が、あんたらの仲間になんてなるかっての……」

「そうか。では、心置きなく始末できるというものだ」


 剣を支えに立ち上がるも、エイブラハムの優位は覆らない。対するあたしはというと、深手はなくともあちこちに傷を負って満身創痍だ。

 これ以上戦いが長引けば、先に力尽きるのはあたしの方だろう。


「意地を張るのはよしなさい、レイリ!! このままでは、本当に死んでしまうわよ!?」

「手出しは、無用って言ってんでしょ……。これは、あたしの戦いよ……ッ!!」

「いい気迫だ。だが、それもいつまで保つかな?」


 悲痛なロミの声を突っぱね、あたしはエイブラハムへと向き直る。

 この男は間違いなく強い。洗練された立ち回りと、それを裏打ちする優れた身体能力。海を渡ってやって来てからというもの、ここまで苦戦した人間は初めてだ。

 ……だが、こいつはまだまだ最強にはほど遠い。


 あたしの脳裏には、ある一人の少女の姿が浮かんでいた。

 ――リーシャ。あの地下遺跡で剣を並べて戦った、光王教会に所属するという修道女シスター。身の丈を超える大剣を自在に振るい、並み居る妖魔や悪魔を容赦なく斬り伏せていた。

 彼女の持つ規格外の力と比べたら、エイブラハムの剣術など児戯にも等しい。あたしはまだ、リーシャと剣を交えてすらいない。

 あいつとの決着を付けるよりも前にくたばるなんて、そんなもったいないことがあってたまるものか。


「いくわよ、エイブラハム!!」

「む……っ!?」


 エイブラハムが驚愕の声をあげる。何故ならば、あたしが自ら手にする長剣をその場に投げ捨てたからだ。

 徒手空拳となったあたしに向かって、躊躇なく雷速の突きが放たれる。


「勝負を捨てたか、小娘!!」

「まだまだぁッッ!!」


 突き出された切っ先を、とんぼを切って後ろに躱す。転がった先に落ちているのは――あいつにあえなく弾き飛ばされてしまった牛刀だ。


「仕切り直しといこうじゃない。ここからが本番よ!!」

「何ぃッ……!?」


 牛刀を掴み取るや否や、あたしは床を蹴ってエイブラハムに肉薄する。

 まさか、再び突っ込んでくるなんて思わなかったのだろう。虚を突かれ、体勢を崩したままのエイブラハムを、一気呵成に責めたてる。


「うおぉぉぉおおおッッッ!!」

「く……ッ!!」


 矢継ぎ早に繰り出される斬撃の嵐。ことごとくを捌かれているものの、エイブラハムの顔に少しずつ焦りが浮かんでいく。


(これならば……いけるッッ!!)


 最初に奴の誘いに乗って、長剣で打ち合ったのがそもそもの間違いだったのだ。元よりあたしの剣術は、一撃の威力より速さと手数に重きを置いている。

 そこであえて剣を捨て、自分の土俵へと相手を引きずり込む作戦に切り替えたのだ。

 長剣から牛刀に持ち替えた結果、あたしの剣速は倍以上にまで加速している。リーチや威力において大きく劣るが、その不利を補って余りあるアドバンテージでエイブラハムを着実に圧倒していく。

 それに加えて、得物を変えたことによって生じた間合いの変化が、奴のリズムを大幅に崩していた。ひとたび懐に潜り込んでしまえば、長剣での立ち回りは逆に窮屈になる。


「馬鹿な……そんな、鈍ら(ナマクラ)一本で……ッ!?」

「逃がすかぁッッ!!」

「う、おおぉ……ッッ!?」


 必死で距離を取ろうとするが、そうはさせない。牽制に放たれた斬撃や蹴りを紙一重で躱しながら、後ずさるエイブラハムに迫る。

 とはいえ、所詮は調理用の刃物。ひとたび奴の剣をまともに受ければ、あっという間に使い物にならなくなってしまう。この勢いのまま、一気に畳みかけるしかない。


「な、何という剣さばきだ……この私が、ここまで圧倒される、とは……ッ!!」

「これで、とどめぇッッ!!」

「ぐぅっ……!!」


 エイブラハムを追い詰めるべく、あたしはさらに前へと踏み込んだ。

 無数の斬撃を縦横無尽に叩きつける乱舞技、嵐刹ランセツ。限界を遥かに超える負荷に、牛刀がぎしりと悲鳴をあげ始める。

 彼が長剣を手放すと同時に、牛刀の刀身が粉々に砕け散った。残った柄の部分を、奴の顔面に思いっきり叩きつける。


「がッ……!!」


 眉間に炸裂した強烈な一撃で、さしものエイブラハムもその場に崩れ落ちた。肩で息をしながら周囲を見回すと、立っている衛兵の姿は一人もいない。


「ど、どうにか、勝負あったみたいね……」

「駄目よレイリ、まだ終わってないわ!!」

「……え?」


 声をあげるのと、ほぼ同時に。熱くて冷たい、鉄の感触があたしを貫く。

 自分の胸元から生える片刃の切っ先――羅刹刀の刃を見て、ようやくあたしは後ろから刺されたのだと理解した。

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