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風の剣士と夜景の魔女  作者: 古代かなた
第3章 蒐剣伯
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第18話

 それから、しばらく経ったある日。

 いつも通りに朝の業務をこなし、次の仕事へ向かおうとした時のこと。

 本館へ続く長い渡り廊下を歩いていると、前方で麻袋のような物がじりじりと這いずり回っているのが見えた。

 ……もとい。動いてるのは麻袋ではなく人間だ。正確に言えば、ひと抱えほどある袋をいくつも担ぎながら、メイドさんがえっちらおっちらと歩いているのだ。


(確か、あの子は……)


 ブルネットのくせっ毛と、そばかすが浮いた純朴そうな顔立ちが印象的な少女。確か、名前はモニカといったか。

 あたしと同じハウスメイドで、半年前からこの屋敷で働いていると聞いた。つまりは、あたしよりも少しだけ先輩ってことになる。

 しかし、それにしても危なっかしい。使用人の中でもひと際小柄な彼女は、どう見ても荷運びに向いてるとは思えなかった。あんな調子じゃ、いつ転んだっておかしくない。


「手伝うわ。どこまで運べばいい?」

「え? あ、えっと……レインちゃん、だったっけ?」


 驚かさないよう声をかけ、相手の返事を待つことなく荷物を取りあげる。

 肩にずっしりとくる重さ。中身は、燃料に使っている石炭だろうか。この量をここまで運んでくるのは、さぞかし骨が折れたことだろう。


「何だったら、そっちの荷物も持とうか?」

「い、いいよ! そこまでしてもらったら悪いし!!」

「そう? それじゃ、行きましょっか」


 彼女の負担が大きくなりすぎないよう、歩調を合わせてゆっくりめに歩くことにする。

 厨房の脇にある、食材やら日用品やらが収められた貯蔵庫が目的地のようだ。そこへと向かう道すがら、モニカはしきりに恐縮しながら話しかけてくる。


「ごめんね、わざわざ手伝ってくれて」

「気にしないで。でも、こんな量の荷物を一人で運ぶのはちょっと無茶じゃない? 他に誰かいなかった訳?」

「えっと……でも、これはわたしが頼まれた仕事だから……」


 歯切れが悪そうに口ごもり、気まずそうに視線を逸らす。

 これは何かありそうだと思った矢先、背後から鋭い声が飛んできた。


「ちょっと、モニカ!!」

「あ……。フラン、さま……」

「他の人に手伝ってもらっていいなんて、一言も言っておりませんわよ。一体、どういうつもりなんですの?」


 まなじりを吊り上げて、つっかかってきたのは派手な金髪を肩まで伸ばした女だった。歳はあたし達より上だろうか。姿格好こそ同じメイド姿をしてはいるが、使用人にしてはやけに態度がデカい。

 フランと呼ばれたメイドの後ろには、何人かの取り巻きらしい姿もあった。みな一様に相手を小馬鹿にしたような表情を浮かべており、いけすかないったらありゃしない。


「別に、モニカに頼まれたって訳じゃないわ。この子が困ってるようだったから、勝手に手伝ってただけ。何か文句でもあんの?」

「確か、あなたは新入りのメイドですわね。自分の仕事はどうしましたの?」

「あんたに言われるまでもなく、これが片付いたら戻るわよ。あんたこそ、お供を連れて嫌味を言う暇があんなら、モニカの仕事を手伝ってあげたらどうなの?」

「まあ、何て口の利き方!?」

「ハウスキーパーに言いつけられたいの!?」


 あたしの言葉に色めきたって、口々に罵ってくる取り巻き連中。

 ちなみに、ハウスキーパーというのは屋敷のメイド達を統括している管理職のことだ。フランはますます表情をこわばらせたが、こんな奴にすごまれたって屁のつっぱりにもなりゃしない。

 彼女の視線を軽くいなしていると、モニカが慌てた様子で袖を引っ張ってきた。


「だ、駄目だよレインちゃん!! この人たちは、貴族のご令嬢で……」

「ああ、だからそれで……」


 なるほど、道理でやたらと高圧的な訳だ。大方こいつらが、モニカに荷物を運ばせてた張本人ってところだろう。貴族だか何だか知らないが、女の子一人に力仕事を押し付けるとはいい性格をしてる。

 とはいえ、ここで本格的に揉めごとを起こせば潜入に支障をきたす。どうしたものかとあたしが思案していると、沈黙を恐れをなしたと勘違いしたのか、フランがこんなことを口走りだした。


「どうやら、身の程というものを知らないようですわね。どこの田舎から流れてきたのか知りませんが、その人となりでは父親も母親もロクなものではなかったのでしょう」

「……ンですって?」

「ひッ!?」


 思った以上にドスの利いた声が出てしまう。怒気を孕んだ視線をモロに受け、さしものお嬢様たちもすっかり縮みあがっていた。


「何をしているの、レイン」

「ロ……レッタ、姉さん」


 緊迫した空気を、不意に割り込んだ第三者の声が破る。見ればそこに立っていたのは、騒ぎを聞きつけて駆けつけたであろうロミだった。

 ……いかんいかん、何を熱くなってんだ、あたしは。

 ひと目で状況を飲み込んだのか、ロミはフラン達に向き直ると慇懃に頭を下げた。


「失礼をしました、フランお嬢様。私の妹が大変なご無礼を働いてしまったようで。後でしっかりと言って聞かせますので、この場はどうか穏便に」

「ふ、ふん。姉の方は、まだ礼儀をわきまえていますのね。あなた方の首など、お父様に報告すればいつでも飛ばして差し上げられますのよ」

「肝に銘じておきましょう。ですが、権力というものには常に責任が付いて回ることを、どうかお忘れなきよう。このような些事に力を振りかざせば、ひいてはあなたの家名にも泥を塗る結果になりかねないかと」

「くっ……」


 口調こそ丁寧ではあったが、ロミの言葉には一切の反論を許さない重みがあった。

 結局、フラン達は悔しそうに唇を噛み締めたまま、どこかへ立ち去っていった。ふん、いい気味である。

 フラン達の姿が完全に見えなくなった後、ロミは小さく嘆息してこちらへ向き直った。そして、あたしの頬に手を伸ばすと、そのまま思いっきりつねりあげてくる。


「ひょ、ひょっほいひゃい!! いひゃいって、いっへるれひょ!?」

「あなたのことだから、何をしでかしてくれたかは想像がつくけど。どうして、いつも、いつも、厄介ごとに首を突っ込みたがるのかしら?」

「や、やめてくださいお姉さん! レインちゃんは、ただわたしを助けてくれようとしてくれただけなんです!!」


 見かねたモニカが仲裁に入ってくれたおかげで、あたしはようやく解放された。

 おろおろしているモニカに対し、ロミは一転して穏やかな笑みを浮かべる。


「あなたもごめんなさいね。うちの妹ときたら、昔からおてんばで。使用人にでもなれば少しは性根が丸くなると思ったのだけれど、あまり効果はないみたい」

「い、いえ、そんなことないです! おかげで助かりましたから!!」

「ところで、あいつらは一体何? 他にも何人か、ああいう手合いは見かけてるけど」

「……あの方たちはみな、貴族のご令嬢なの。行儀見習いの一環として、そして何より、伯爵家との繋がりを得るために、この屋敷まで奉公に来てるんだよ」


 もっとも、メイドといっても待遇には天と地ほどの差がある。

 キツい仕事は平民出身のメイドに全部押しつけ、自分たちはベッドメイクや刺繍などを申し訳程度にこなしているのが実態らしい。それですらお粗末な出来で、結局後から他のメイドさんがやり直しているのだとか。


「にしても、腹の立つ話ねー。モニカも言われっぱなしじゃなくて、嫌なことはちゃんと嫌って言わなきゃ駄目よ?」

「う、うん……」

「やめておきなさい。誰もがあなたのように、強気でいられる訳ではないのだから」

「そりゃまあ、そうかもしれないけどさ……」

「考えてごらんなさい。あなたが貴族の子女と張りあって、実際に困るのはこの子なの。彼女が仕事を辞めさせられたとして、その面倒まで見ることがあなたにできて?」

「うっ……」


 そう言われてしまうと、こちらは返す言葉もない。黙り込むあたしを見ると、モニカはぶんぶんと大きくかぶりを振った。


「ううん、助けてもらえてわたしも嬉しかったよ!! レインちゃんのようになれないかもだけど、これからはもう少し頑張ってみる」

「そっか。なら、いいんだけどさ」


 健気にもそう言ってみせるモニカの頭を、あたしはぽんぽんと軽く叩いた。

 さて、そろそろ仕事に戻らないとマズいか。あたし達は貯蔵庫へと向かい、運んできた荷物を手分けして所定の場所に収めていく。


「ふう、これで終わりかな。あいつらに何か言われたら、いつでも言って。あたしがまたぎゃふんと言わせてやるんだから」

「本当に懲りないわね、あなたも」

「あはは……。あ、ありがとね」


 荷物をあらかた積み終えた頃、モニカはふと思いだしたかのように話しかけてきた。


「そういえば、レインちゃんは知ってるかな?」

「ん、何が?」

「伯爵のご子息にあたるオズワルト様が、とうとうご婚約されたらしいの。それで今度、貴族の方々を沢山お招きして祝賀会を開くんだって。最近、お屋敷の中が慌ただしいのはそれが原因らしいんだけど……って、どうしたの、レインちゃん?」

「……今の話なんだけど、もう少し詳しく聞かせてくれない?」

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