第15話
衛兵たちの詰め所は、街区と貴族街の境に面した場所に建っていた。ぐるりと高い塀の周りを、甲冑に身を包んだ厳つい男たちが闊歩している。
警邏中の彼らが身に着けている鎧の胸甲部には、爬虫類の瞳孔を思わせる意匠が一様に刻まれていた。あれは何かとロミに聞いてみると、竜の瞳を模しているのだという答えが返ってくる。
「メルヴィール王国に住む人々の祖先はその昔、翼竜の王を奉じてその眷属を騎獣として駆っていたのよ。もっとも、騎竜の技術は失われて久しく、今となっては軍の所属を示す紋章にその名残りを留めているに過ぎないけれどね」
「そういえば、あたし達を迎えに来た騎士たちも竜翼騎士団とか名乗ってたっけ」
「戦場を駆ける竜翼、国土を見守り治安を維持する竜瞳……この国の軍隊は、それぞれが役割に応じた部位を紋章として掲げている。他にも竜鱗、竜角や竜爪といった具合にね」
「なるほどね。奉られてた竜ってのは、遺跡で戦ったイグニスみたいな奴?」
「この国で崇められていたのは、古竜よりさらに古い時代に存在していた竜よ。始まりの四竜……女神自らが生みだした原初の竜。その力は文字通り、神にも等しいわ」
あのイグニス以上の化け物がいたっていうのは、なかなかにぞっとしない。もっとも、ロミの口ぶりではずっと昔の話のようだけど。
そんな益体のない会話をするうちに、詰め所の敷地内へと足を踏み入れていた。格子の嵌められた受付口の向こう側には、気難しそうな面相の守衛が座っている。用件を簡潔に伝えると、程なくしてあたし達は中へと通される。
案内役の若い兵士に連れられた先は、小さな採光窓が申し訳程度に設けられた殺風景な部屋だった。どうやら、捕まえた犯罪者を取り調べるための場所らしい。
室内にはすでに先客の姿があった。歳の頃はおよそ四十過ぎだろうか。短く切り揃えた髪に白いものが混じっているが、身のこなしに隙はない。武装は衛兵たちよりも簡素で、身分を示す徽章のような物を身に着けていた。
「手狭な場所で申し訳ない。なにぶんここは、来客をもてなすような構造になっていないものでな」
「いいわ、気にしないで。あなたがここの隊長さん?」
「竜瞳警備隊、四番隊隊長のエイブラハム・オーエンだ。ルイゼ殿から話は聞いている。まずはかけてくれたまえ」
挨拶はそこそこに、早速本題へと移る。
殺害の現場は事前に聞いていた通り、スラム街にある廃屋の一角。遺体は背後から剣で切りつけられており、争った形跡もないことから不意を打たれた可能性が高いらしい。
「犯行は深夜に行われたようで、目撃者もいない。明け方に近隣の住人から通報を受け、我々が駆けつけた時にはすでに事切れた後だったよ」
「犯人の目星は付いてるの?」
「いや、現時点では何もわかっていない。このガラントという男、裏ではそれなりに名の知れた悪党だったようだな。犯罪組織との繋がりも深く、我々は組織内部でのいざこざが原因ではないかと睨んでいるよ」
「他に手がかりになりそうな物は?」
「現場には彼の得物と少額の入った財布しか残されてなかったそうだ。それ以外の物は、すべて犯人によって持ち去られてしまっている」
「……そう」
あたしの羅刹刀は、ガラントを殺した犯人に奪われてしまったということだ。それからひと通りの話を聞いてはみたものの、取り分けて目ぼしい情報は得られなかった。
やはり、自分の足で現場を調べてみるしかない。そう思って席を立とうとしたところ、エイブラハムがあたしを呼び止めてきた。
「待ちたまえ、君」
「何よ、まだ何かあるの?」
「聞けば本件は、冒険者ギルドで調査依頼を受けていないらしいな」
「ええ。それがどうかした?」
「なら、この事件にこれ以上介入するのはやめてもらえないだろうか」
「……何ですって?」
いきなり、雲行きが怪しくなってきた。
思わず言葉を荒げそうになるが、ここは彼らの縄張り。揉めごとを起こせば面倒が目に見えているので、ぐっと堪えて先を促す。
「ギルドとの取り決めにより、依頼と無関係な事件には介入しないことが原則のはずだ。無闇に首を突っ込まれては、捜査のかく乱にも繋がりかねない」
「あたし達に、手を引けって言いたいの?」
「端的に言ってしまえば、そういうことになる。捜査は我々に一任し、君らには大人しくしていてもらいたい」
「こっちにだって事情ってもんがあるの。ガキの使いじゃあるまいし、そんな説明一つでおめおめ引き下がるとでも思ってる?」
「どうあっても、引く気はないと?」
「ええ。あんまり舐めた口利くと、誰だろうと容赦しないわよ」
「そこまでになさい、レイリ」
一発触発の空気を打ち破ったのは、傍らで沈黙を保っていたロミだった。腰を浮かせたあたしを座らせると、エイブラハムに向かって深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。彼女は冒険者になってまだ日が浅いもので。けれど、珍しいこともありますわね。ギルドと警備隊の間に敷かれた不文律を、わざわざ持ち出してくるとは」
「我々にだって、立場や面子というものがある。普段から大目に見ているからといって、好き放題に動かれては部下にも示しが付かんのだ」
「これは失礼を。ところで隊長さん、最後に一つだけよろしくて?」
「何かね?」
「この事件、犯人の動機などはわかっていらっしゃるの?」
「言ったろう、目下調査中だと。君もいい加減にしつこいな……」
「ならばせめて、ご自身の見解をお聞かせ願えませんこと?」
「……さてな。この広い街で裏社会での小競り合いなど、いちいち気にしていたらキリがない。彼が所持していたという、珍しい剣とやらが目当てだったのだろうさ」
「なるほど、よくわかりましたわ。では、私たちはこれでお暇させていただきましょう。貴重なお時間を割いていただき、ありがとうございました。ほら、レイリも行くわよ」
「ちょっ、なに勝手に決めてんのよ。あたしはまだ、納得なんて……」
にこやかに微笑んで一礼すると、ロミはあたしの腕を強引に引きつつ部屋を後にする。詰め所からしばらく歩いた先でようやく解放されたあたしは、彼女に食ってかかる。
「どういうつもりよ、ロミ。何であそこで、簡単に引き下がったりしたのよ!!」
「落ち着きなさいな。あのまま押し問答を続けていても、埒が明かないでしょう。それにあの隊長さん、最後にまんまと尻尾を出してくれたわ」
「……どういう意味よ?」
「言ってないの」
「だから、何がよ」
「あなたの刀が盗まれたということ。なのに、どうして彼らはガラント殺しの犯人が刀を持ち去ったと知っていたのかしらね」
「あっ……!」
ロミから指摘され、ようやく気付く。思えばあの男、最初からあたしが羅刹刀の行方を追ってることを知ってそうな口ぶりだった。
「つまり彼は、犯人の目的を把握した上でそれを伏せていたということ。露骨にこちらの動きを牽制してきたことといい、何かしらの裏があるのは間違いなさそうね」
「もしかして、あいつらも犯人とグルってこと!?」
「そこまではまだ、断言できないわね。いずれにしても、もう少し手がかりとなる情報を集めたいところだけど……」
何ともきな臭い話になってきた。持ち去られた刀を取り返すのは、なかなか一筋縄ではいかなさそうだ。
しかし、これからどうしたものか。情報を集めるといったところで、衛兵たちの協力を得られない以上はどこから手を付けたものか見当もつかない。
いっそのこと、犯罪組織に直接探りを入れてみるというのはどうか。
いや、連中だって馬鹿じゃない。易々と情報を漏らすような真似はしないだろう。
情報屋の伝手でもあれば話は別かもしれないが、生憎と来たばかりの街で心当たりなどあるはずもなく。
犯罪組織と繋がりがありそうで、情報を漏らしてくれる程度には末端の人物。できればそれでいて、ガラントのことを知ってそうな奴でもいれば完璧なんだけど、そんな都合のいい相手なんているはずが――。
「……いるじゃん」
「どうしたの、レイリ。横でぶつぶつ独り言を呟いてたかと思ったら、いきなり指なんて鳴らして。しかも、にやにや笑って気持ち悪いわよ?」
「誰が気持ち悪いか、失礼なこと言うなっ!! ……そんなことよりもさ、ロミ。あたし、いいこと思いついちゃった」
「いいこと?」
「そ。今回の事件について聞くのに、うってつけの相手」