第14話
あたし達を乗せた馬車がオストラントに到着したのは、それから数日ほど経過した後。
街をぐるりと囲む巨大な外壁を抜けると、そこには往来する大勢の人々で賑わう目抜き通りが広がっていた。
中央部に王城こそ聳え立っていないものの、王国第二の規模を誇る巨大都市に相応しい活気が満ちあふれている。実に一ヶ月ぶりとなるオストラントの街並みには、まださして滞在している訳でもないのに妙な懐かしさを感じてしまう。
「あたし達はここでいいわ。ありがとね、リーシャ。わざわざ送ってくれて」
「礼には及ばない。こちらこそ、あなた達の助力には感謝している」
リーシャとはここでお別れになる。彼女はこれから騎士団の面々と共に貴族街へ赴き、今回の顛末を報告するのだという。
なお、部外者であるあたし達の同行は許可されなかった。
まあ、貴族連中との堅苦しいやり取りや面倒な手続きを肩代わりしてもらえるのだし、こちらとしてはむしろ助かるのだが。
「それでは、失礼する」
出会った時と変わらぬ素っ気なさで別れを告げると、リーシャを乗せた馬車は大通りの奥へ走り去っていった。せめてもう少し愛想があってもよさそうなものだが、それもまた彼女らしい。縁があればまた会うこともあるだろう。
馬蹄の音が遠ざかっていくのを見送ってから、あたしは傍らに立つロミへ視線を移す。
「さーて、そろそろ帰りましょっか。流石に今回は、宿屋の寝台が恋しい気分……」
「何を言ってるの。私たちもこれから、ギルドで依頼の報告に決まっているでしょう?」
「えー? そんなの明日だっていいじゃないよー。一日くらい放っぽっといたって、別にわかりゃしないんだからさ」
「そうはいくものですか。そういうことを言って一日どころか二、三日は放置してるの、私が知らないとでも思って? 前にルイゼがぼやいてたわよ」
「勘弁してよー。正直、まだ疲れてんだからさー」
「それはあなたが、帰りに騎士団の人たちと夜通し騒いでたのが原因でしょう!? ほら、いいからきりきりと歩く!!」
「あんたはあたしのお母さんか何かか!! あーもう、わかったわよ。行けばいいんでしょ、行けば!!」
思えばこんなやり取りも、随分と久しぶりな気がする。ロミのお小言に毒づきながら、あたしは冒険者ギルドを目指し歩き始めた。
◆
ギルドのロビーに満ちる喧騒は相変わらずだ。どこぞのパーティが手配中の大型魔獣を討伐しただの、ある商家の御曹司が浮名を流してるだの、王党派の大貴族が政争に敗れて失脚しただの、めいめいの話題で盛り上がっている。
乱痴気騒ぎを繰り広げる連中の間をすり抜け、あたしはまっすぐ受付のカウンターまで向かった。見知ったキツネ目の女性――受付嬢のルイゼがこちらの姿を認め、はっと顔を上げる。
「やっほー、ルイゼ。久しぶり、元気してた?」
「……二人とも戻ってきたのですね。あなた方が帰るのを待っていました。早速ですが、どうぞこちらへ」
「ル、ルイゼ……?」
久しぶりの再会を喜んでくれたのかと思ったが、それにしては様子がおかしい。いつもポーカーフェイスな彼女にしては、珍しく動揺の色が浮かんでいた。
ルイゼはあたし達をカウンターの内側に招き入れると、例の応接室まで通してくれる。
「ちょっと、一体どうしたの。まさかとは思うけど、また内密の依頼が来てるってんじゃないでしょうね?」
「そうではありません。ですが、他の冒険者の耳にはまだ入れたくない情報でしたので。もっとも、噂はすぐにでも広まってしまうでしょうが」
「もったいぶらずに教えなさいよ。あたし達がいない間に、何があったっていうの?」
「……ガラントが死にました」
「な、何ですって!?」
予想だにしなかった名前に、あたしは思わず耳を疑った。ガラントといえば、あたしの羅刹刀を盗みだしたまま、どこぞへ雲隠れした憎っくきチンピラ野郎じゃないか。
「どういうことなの。あいつの行方は、ギルドが追っていたはずでしょ?」
「ええ、まったくその通りです。こんな結果になってしまうとは、冒険者ギルドとしても失態と言わざるを得ません」
よっぽど慚愧に堪えかねるのか、ルイゼは苦々しげに言葉を絞りだす。
スラムのとある廃屋で、殺害されたガラントが発見されたのがつい先日のことらしい。駆けつけた衛兵の話によると遺体に明らかな外傷があり、何者かの手によって殺害された可能性が極めて高いとのことだった。
「申し訳ありません、レイリ。あなたが先走らないように釘を刺しておいたのに、肝心の対象を取り逃がすどころか死なせてしまうとは」
「やめてよ、ルイゼが謝るようなことじゃないでしょ。にしたって、参ったわね。結局、刀の所在はわからずじまいってことか……」
あれが並みの刀であれば諦めをつけるべきなのだろうが、生憎とそうもいかない。
今さら実家に義理立てするつもりもないけれど、それでもあの刀は故郷から持ち出した唯一の品なのだから。
犯罪組織を単身で敵に回すような真似はあたしだって御免被りたかったので、ギルドの方針に従って大人しくしていたのだが、これ以上は手をこまねいてもいられない。闇から闇に流れてしまったのでは、それこそ探しようがなくなってしまう。
オストラントに戻って早々、こんな厄介ごとが起きているなんて。やれやれ、これじゃ休む暇もありゃしない。
ただ、ここで問題になってくるのはギルドの動向だ。冒険者ギルドだって、犯罪組織と正面切って事を構えるような事態は避けたいはず。
あたしが独自に動くとなれば、黙って見過ごしてはくれないだろう。ロミやルイゼには悪いが、どうにかして気取られないよう行動に移らなければ――。
「何を考えてるのかしら、レイリ?」
「べ、べべべ別に、何も考えちゃいないってば。やだなー、あはは……」
「考えてることが顔に出ちゃってるのよ、あなたは」
呆れたとばかりに嘆息するロミ。いや、我ながら腹芸が不得意な自覚くらいあるけど、そんなにわかりやすい顔をしてたんだろうか。
「……バレてるんじゃ、仕方ないわね。あたしは一人で羅刹刀の行方を追わせてもらう。言っとくけど、止めたって無駄だからね」
「待ちなさい、レイリ」
「ギルドを巻き込むなって言いたいんでしょ。そういうことなら、ギルドとの付き合いもここまでよ。それでも止めるってんなら、後は実力で押し通るわ」
「誰もそんなこと言ってないでしょう、少し落ち着きなさい。……参考までに聞くけど、これからどうするつもり?」
「そうねぇ……まずは盗品が流れてそうな闇市場で、片っ端から売人をとっちめて情報を吐かせる、とかかしら?」
「馬鹿ね」
「ええ。正真正銘の大馬鹿者だわ、この子」
「ちょっと、二人ともひどくない!?」
ロミだけじゃなく、ルイゼまで眉間を押さえて首を振ってるし。
いや、だってしょうがないじゃないか。短絡的かもしれないけど、他に手がかりなんて皆無なのだから。
ルイゼは一つ咳払いをすると、気を取り直して言葉を続ける。
「ギルドの調査能力を、あまり甘く見ないでください。この街の闇市場なんて、とっくの昔に調べがついているんです。ついでに言うなら、私たちと繋がりがある情報屋を通じ、あなたの刀が近隣の街に出回った形跡がないことは確認済みです」
「そ、そうなの、ルイゼ?」
「つまり、あなたが思いつきそうなことは全部済ませているということ。今さらノコノコ出ていったところで、空振りどころか無駄に敵を増やしかねない。まったく、少しぐらい考えてから行動なさい」
ぐうの音も出ないほどこてんぱんに打ち負かされる。だが、こちらもはいそうですかと引き下がる訳にはいかないのだ。
「う、うっさいわね!! だったら、これからどうしろっていうのよ!?」
「何はなくとも、殺害現場に立ち会った衛兵たちから話を聞くのが先決でしょう。彼らと接触を取ることはできて?」
「そう言うと思い、面会の手筈をこちらで整えておきました。先方に話は通してあるので、彼らの詰め所まで向かってください」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「話が早くて助かるわ、ルイゼ。ほら、いつまでもむくれてないで、さっさと行くわよ?」
「だ、誰もむくれてなどおらんわ!!」
あれよあれよという間に、話をまとめていく二人。ともすれば、このままペースに巻き込まれてしまいそうになるが、そうもいかない。
あたしは大きく息をつくと、二人に対して真顔で問いかける。
「待ちなさいよ」
「何かしら。ここまで言われて、まだ言い負かされ足りないの?」
「ふざけないで。……言っとくけど、ここから先はあたし一人の問題よ。いざとなれば、犯罪組織とだってやりあうことになるかもしれない。そんな危険なヤマに、あんた達まで巻き込む訳にはいかないでしょうが」
ロミとルイゼはお互いの顔を見遣ると、今度こそ呆れ果てたとばかりに肩を竦めた。
「あなたこそ、冒険者というものを少々舐めていませんか? ギルドにとって、この手の揉めごとは日常茶飯事。いちいち怖気付いていてはこちらの沽券に関わるのです」
「それに、今のあなたを野放しになどしたら何をしでかすかわかったものではないもの。暴発した挙句、組織に殴り込みでもかけられては目も当てられないわ」
「何よそれ。あたしを狂犬か何かとでも思ってんの?」
「あら、自覚があったとは驚きね。首に縄でもかけてあげましょうか?」
「こンの、言ってくれるじゃない……っ! いいわ、そこまで言うんなら勝手になさい。後でどうなったって、知らないからね!!」
「はいはい」
売り言葉に買い言葉で応じて、あたしは応接間の扉を乱雑に押し開ける。鼻を鳴らして大股で歩きだすと、後ろからやれやれと小さなため息が聞こえてきた。
けどまあ、正直言うなら少しだけありがたかった。いくら何でも、たった一人で組織を相手にするなんて無謀もいいとこだからだ。
そんな状況を見かね、手を貸そうとしてくれてることくらいはあたしにもわかる。
(こいつらに、また一つ借りができたわね)
内心で一人ごちながら、あたしは冒険者ギルドを後にするのだった。




