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風の剣士と夜景の魔女  作者: 古代かなた
第2章 星を射貫く閃光の剣
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第10話

「――女神の徒たる我らに、しばしの休息を」


 聖水で描いた法陣の中心でリーシャが祈りを捧げた。そうして張られた簡易結界には、短時間ではあるが魔物たちから身を隠す効力がある。

 冒険者に広く知られる法術の一種だが、ロミに言わせるとこんなものは神の力ではなく、教会が庶民向けに編み出した小細工に過ぎないらしい。


 あらかじめ安全が確保されていなければ発動できないため用途も限られてくるのだが、こうした敵地でのちょっとした休憩に役立つことは間違いない。

 火を起こした焚き木の周りで車座になったあたし達は、ずぶ濡れになってしまった服を乾かしながら粉っぽく味気のない携帯食料を口に運ぶ。


「そういえば、リーシャ。まだ聞いてなかったけど、あんた達が求めてる聖遺物ってのは結局どんな代物なの?」

「……これよ」


 こちらが投げかけた問いに対し、リーシャは自らが愛用する白亜の大剣を実体化させた。魔物どもをあっさりと両断するその切れ味は、確かに尋常な代物ではあり得ない。

 しかし、この剣自体が聖遺物だというのなら、遺跡の中には何があるというのだろう。発言の意図を掴めずに困惑してると、リーシャはその疑問にも答えてくれる。


「この剣はあくまで、教会が鍛造した精巧な複製品レプリカに過ぎない」

「複製品……ってことは、こいつは本物じゃないってこと!?」

「ええ。本物は、この遺跡の一番深いところに封印されているはず」

「ほえー……」


 果てしなく広がる廃墟の山の先を指差しながら、彼女はそう言った。

 しかし、これが贋作だというのなら、真作はどれほどの業物になるか想像もつかない。なるほど、人の手に余るという言葉にも頷ける。


「……そう。まさかとは思っていたけど、やはりそういうことなのね」

「ロミ……?」

 あたし達の会話に耳を傾けていたロミが、おもむろに口を開いた。リーシャを一瞥する視線は、いつにもない厳しさを帯びている。

「“()()()()()()()”……かの女神の剣にも比肩し得ると謳われた伝説の聖剣の使い手が、よもやこの時代に甦っていたなんてね」

「この剣のこと、知ってるの?」

「かつて、つるぎ神子みこと呼ばれる聖女にのみ振るうことを許された聖剣が存在した。神子はとうの昔に没しており、聖剣の力は一代限りのものとして誰にも受け継がれなかったわ。アルトエリシアは担い手と共に失われ、今や所在さえ不明のままだったのだけど……」

「つまり、それがこの剣ってこと?」

「まったく、教会にもほとほと呆れ果てるわ。こんな紛い物を作りあげてまで、失われた神の遺産に執着するなんて」


 唾棄するようなその口調には、教会に対する不信感が透けて見えるようだ。

 しかし、ロミは教会に何ぞ恨みでもあるのだろうか。信教の違いというだけでは説明のつかない、因縁めいたものを感じさせる。


「スケールの大きな話ねえ。まあでも、あたしはそんなことよりあんた自体の強さの方が気になるけど。ねえ、せっかくだし一回ぐらい手合わせしてみない?」

「……別に、興味がない」

「つれないわねえ。あんたほどの使い手、そんじょそこらじゃお目にかかれないんだから。そんなこと言わずに、ね。お願いだから!!」


 しつこく食い下がるあたしに、リーシャは当初辟易した様子だった。しかし、その場で考え込むと、唐突にこんなことを聞いてきた。


「レイリはどうして、剣を振るっているの?」

「へ? あたし?」


 反射的に思い浮かべてしまったのは、真面目くさったあのクソ親父オヤジの顔。思えば親父は、事あるごとにそんなことばっかり口にしてたっけ。


「……そんなこと、今まで考えてもみなかったわね。だけど、強くなりたい理由だけならはっきりしてる」

「何なの、それは」

「生まれ故郷に見返してやりたい奴らがいるのよ。そのためにあたしは、海を渡ってまでこの国へやって来たんだから」

「そう。……そういうのって、何だか羨ましい」

「羨ましい? 今の話に、羨ましいって思うような要素あった?」

「わたしは空っぽだから。あなたみたいに、自分の意思で目標を決めたことなんてない」


 無口で感情を表すことのないリーシャにしては、珍しい反応だと思った。

 いつになく饒舌な語り口の中に、彼女が内に秘めてる葛藤を垣間見たような気がする。そのことが無性に、あたしの興味をかきたてる。


「随分な言い草をするわね。それだけの強さを持っといて、空っぽも何もないでしょうよ。あんたにだって、教会に仕えるようになったきっかけや理由ぐらいあるんでしょ?」

「わからない。わからないからこそ、わたしは教会に身を置くことを決めた」

「……どういうことよ、それ」

「わたし自身にも、どうして選ばれたのかがわからない。神子に選ばれる以前、わたしは何の取り柄もない平凡な村娘に過ぎなかったから」


 訥々と自らの過去を語るリーシャ。彼女が生まれ育った村は、大陸の南方に浮かぶ島のさらに端にある森深くに、ひっそりと佇んでいるのだという。


「ある日、村に教会からの使者がやってきた。彼らはわたしに、剣の神子としての資質が備わっていることを告げ、大聖堂がある聖都まで同行するように要請してきた」


 教会からの求めに応じたリーシャは、教主直々に神子の使命について説かれたらしい。齢十二にして教会の洗礼を受けた彼女は、神子の後継者に相応しい力を身に着けるべく、聖都で鍛錬の日々に明け暮れた。

 聖剣を自在に振るうための戦闘術のみならず、教義や教会儀礼、法術の数々に至るまで。ありとあらゆる知識を徹底的に叩き込まれたのだという。

 やがて十六歳を迎えたリーシャは正式に神子として認められ、教会が鍛えあげた聖剣の複製品を賜ったのだそうだ。


 事もなげに語るリーシャだったが、彼女の努力が尋常ならざるものだったことは想像に難くない。恐らくは教会に招かれてから今日に至るまで、ほぼ片時も剣を手放すことなく振るい続けてきたのではないだろうか。


「……あたしはあんたのこと、すごいって思うわよ。普通ならただ選ばれたってだけで、そこまで強くなれやしないもの。今まで色んなやつと戦ってきたあたしが言うんだから、もっと自信を持っていいんじゃない?」

「わたしは、教会に言われるままに剣を振るってきただけ。そんな自分が、どうして剣の神子などに選ばれたか、ずっとわからずにいる」


 自分の手をまじまじと見つめながら、リーシャはそう静かに独白する。彼女はいつもの無表情を貫きつつも、どこか辛そうだった。

 別に謙遜してるという訳ではないのだろう。きっと心の底から、自分を空っぽなのだと信じて疑っていないのだ。何か言ってやりたい反面、あたしの言葉では彼女の思い込みを覆すのは困難に思えた。

 どうしたものかと思案に暮れていると、無言を貫いていたロミがぽつりと口を開く。


「……あなたは決して空っぽなどではなくてよ」

「ロミ……」

「女神は意味もなく、人を神子に選んだりはしないわ。神に仕えるシスターのあなたが、それを信じられなくてどうするの」


 諭すようなロミの言葉に、リーシャは眉をひそめる。


「魔術師のあなたが神を語るというの?」

「私は神を信じていない訳ではないもの。ただ、あなたが自らを空疎だと考えているのであれば、それはあなた自身の問題よ」

「わたしの……?」

「あなたを充たすものは、神や他人が与えてなどくれない。自分の意思で見つける努力をなさい。言いたいことはそれだけよ」

「ちょ、ちょっとロミ……」


 立ち消えてしまった焚き火の跡を片付け、ロミはさっさと出立の準備を始めてしまう。リーシャはその場に座り込み、彼女からかけられた言葉を反芻しているようだ。


(何よ、いいとこあるんじゃない)


 あたしは自分とリーシャ二人分の衣服と荷物をまとめると、そっぽを向いているロミの脇を肘で小突いてやるのだった。


  ◆


 休息を終えたあたし達は、眼前に広がっている地下遺跡の探索を始めた。かつて栄華を誇っていたであろう廃都の至るところには、滅亡した帝国と運命を共にした亡者が群れをなして彷徨っている。

 幽鬼レブナント死霊ワイト、果ては吸血鬼ヴァンパイアなど。不死の怪物と化した彼らは、侵入者であるあたし達の精気を奪い尽くさんとひっきりなしに襲いかかってくる。


 アンデッドの群れをかいくぐり、街区を抜けた先に待ち受けていたのは、帝城の地下に広がる巨大な迷宮だった。

 現在、あたし達が探索しているのは迷宮の第六層。巨石を煉瓦状に積み上げた回廊が、縦横無尽に張り巡らされている。先頭を歩くあたしの後ろにロミが続き、殿しんがりはリーシャが務めていた。

 道幅は大人が並んでも歩ける程度に広く、天井も高く作られているため閉塞感はない。とりも直さずそれは、襲い来る魔物どもの動きを妨げないことと同義でもあるのだが。


 迷宮区画を徘徊する魔物たちは、街区で遭遇した不死生物以上の難物揃いだった。階を下るごとに脅威を増していく奴らの対処だけでひと苦労だというのに、随所に配置された罠の存在も決して油断ならないものばかりだ。

 先ほど上階で遭遇したトラップなど、落とし穴の先に石化毒を持った人面蜘蛛カースドスピナーが大量に待ちぶせしてる上に、その穴の一つが正しい順路になっているという悪辣ぶりだ。生命の危機に晒された場面も、一度や二度じゃきかなかった。


「まったく、正気の沙汰じゃないわ。帝国の連中、こんな馬鹿みたいにデカい迷宮を城の地下に作るとか、一体何考えてんのよ」

「伝承によれば、この迷宮は人ならざる存在モノによって造りあげられたものとされているわ。ここが真に帝城の跡地だというのなら、その主はかの人魔じんま戦争の元凶に他ならない」

「人魔戦争?」

「かつて帝国は、畏れ多くも神の降臨を試みたの。その力を我が物として、帝国の体制をより盤石なものとするためにね。でも、召喚の結果この世界に現れたのは、外なる邪神の眷属たる魔族の軍勢だった。帝国は一夜にして滅び、帝都もろとも地の底深くへと沈んでいったというわ」

「ふーん……相変わらず、物知りねえ」

「そこまでにしてほしい。大災厄の真相は、人々に軽々しく語っていい内容ではない」

「あー、はいはい。二人ともそのくらいにしときなさいって。ほんっと、教会ってとこは秘密主義なんだから」


 ロミの講釈にケチをつけるリーシャをあしらうのも、いい加減に慣れてきたところだ。本格的な論争に発展する前に、適当なところで話題を打ち切ってやる。

 リーシャは何か言いたげに眉をひそめていたが、それ以上取りあうつもりはなかった。


「……気を付けて。その先の曲がり角に、罠が仕掛けられているから」

「オッケー。ロミ、お願い」

「ええ」


 小さく頷いたロミが前方に向けて杖を掲げる。魔力によって生みだされた青白い幻影が通路を横切った瞬間、壁から突き出した無数の槍に貫かれて四散する。

 ここまでどうにか無傷でやってこれたのは、リーシャの予知めいた直感あってこそだ。単純な戦闘能力以外に、彼女の駆使する法術や治癒術には幾度となく助けられている。


「その力があれば、盗賊スカウトとしてだって十分にやってけるんじゃない?」

「神の奇跡を愚弄する気?」

「冗談よ。でも、こうしてあんたと組んで迷宮を探索するってのも、なかなか悪くないと思って。教会なんておん出ちゃって、あたし達と一緒に冒険者やってみない?」

「……わたしはすでに教会に身を捧げている。冒険者になるなんて、あり得ない話」

「そこは嘘でも、考えとくって言うところでしょうが」

「あなたの願望を、押しつけられても困る」


 まあ、リーシャが本気で誘いに乗るなんて思っていなかったけど。聖剣が手に入れば、彼女は教会に戻って今まで通りの生活に戻るのだろう。血の滲むような修練を重ねながら黙々と使命を果たす、そんな毎日に。

 不思議なこともあるもんだ。あんなに冒険者として群れることを嫌がってたはずなのに、この二人と一緒ならそれも悪くないと思っているだなんて。

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