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風の剣士と夜景の魔女  作者: 古代かなた
第2章 星を射貫く閃光の剣
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第9話

 湿地帯の奥地へと進むにつれ、周囲を取り巻く緑はますます色濃さを増していった。無秩序に伸びている樹々の枝葉が幾層にも渡る自然の天蓋を作りだしており、森の中は提灯カンテラの明かりなしで見渡せないほどに暗い。

 すでに何度かの野営を挟んでいたが、昼夜の感覚でさえもはや曖昧だ。


 樹々の隙間からは、殺気がこもった視線がひっきりなしに投げかけられていた。時折り襲いかかってくる魔獣の群れを、あたし達は幾度となく返り討ちにしている。


「……ねえ、リーシャぁ。目的の遺跡とやらには、まだ着かない訳ー?」

「事前に派遣された調査隊の報告によれば、この辺りのはず」

「その台詞、さっきからもう何度も聞いてる気がするんですけどー?」

「あなたの台詞も、同じくらい耳にしているわ。愚痴を言ったところで始まらないのだし、黙って歩きなさいな」

「はいはい、わかってるって。言ってみただけ」


 たしなめるようなロミの物言いに、あたしは唇を尖らせるより他になかった。


「……けれど、かれこれ半日以上この樹海を彷徨っていることは事実。教会ご自慢の調査能力とやらも、存外あてにはならないものね?」

「この一帯は人里から隔絶されており、記録らしい記録もほとんど残されていなかった。未踏の地から手がかりを見つけだしただけでも評価されるべき」

「ならばせめて、遺跡へ至る道標べの一つでも残しておいてほしかったわね。ただ闇雲に探し回っていたのでは、埒が明かないでしょう」


 ちくりとロミが厭味を口にするも、リーシャはどこ吹く風といった様子。

 樹海の中はどこまでも同じような景色ばかりが広がっており、それに加えてじめじめと蒸し暑くて不快極まりない。おまけに雑魚とはいえ連日連夜に渡って連戦が続いており、あたしはいい加減にうんざりとし始めていた。


「……何か、来る」

「はぁ、またなのね」


 ほら、言ってる側からこれだ。

 あたしはため息混じりにぼやくと、腰から剣を抜いて構えた。しかし、暗がりの奥から響く低音を耳にした瞬間、思わず全身が総毛立つ。


「げげっ、最悪じゃない!!」


 視界を覆わんばかりの勢いで押し寄せてくるのは、黒々とした靄のような羽虫の群れ。

 浮塵子ノーシーアムと称される害虫の一種で、単体ではなく群生として行動するのが特徴だ。魔物に変異したこいつらは、人肉を好んで食らう獰猛さまで兼ね備えている。

 何より厄介なのは、非常に小さいため物理的な攻撃の効果が薄いこと。勝てないほどの相手じゃないが、あたしやリーシャにとっては天敵と呼んでも差し支えなかった。


「――氷晶結珠フロスト・スフィア!!」


 ロミの掲げた杖から放たれた冷気の渦が、周囲の気温を一気に低下させる。氷礫を撒き散らしながら飛来する球状のそれは群れの中心で炸裂し、巻き込まれた羽虫たちを瞬時に凍りつかせた。

 砕け散ったノーシーアムの残骸がきらきらと宙を舞うが、それでも奴らの勢いは留まるところを知らない。仲間がやられてもお構いなしで、二群、三群と新手が殺到する。


疾風ハヤテッ!! ……ああもうっ、これじゃキリないわよ!?」


 剣風を乗せた斬撃で薙ぎ払ってみたものの、いかんせん数が多すぎて焼け石に水だった。リーシャも大剣を振るって応戦しているが、流石にちょっと分が悪そうだ。


「いくら何でも、数が多すぎる。ここは退いた方が賢明そうね」

「賛成!!」


 こんなものをまともに相手していては、体力を無駄に浪費するだけだ。

 あたしはロミの提案に応じると、群れを一蹴してから後ろへ向けて全力で駆けだした。


「どけどけどけぇぇぇーっ!!」


 脇目も振らずに、森の中を疾走する。行く手に塞がる魔獣どもは、先陣を切るあたしとリーシャが片っ端から剣の錆びにした。

 それにしたって、しつこいったらない!!

 ノーシーアムの群れが執拗にあたし達に迫っていた。他の群れまで合流してるらしく、さっきよりも数が増えてる気すらしてる。


「……レイリ」

「何っ、リーシャ!!」

「止まった方が、いい」

「はぁっ!? あんた、この状況で何言ってんのよ!!」


 背後からは依然としてノーシーアムが追ってきている。こんなところで足を止めたら、あっという間に取り囲まれて奴らの餌食だ。けれど、リーシャはそれ以上語ることなく、無言でこちらを見つめるのみ。

 やがて前方に、ぽっかりと拓けた広場が見えてきた。こうなったら、観念してあそこで迎え討つしかないか。そう思って広場へ飛び込んだ瞬間、頼りない感触と共にぴしりと乾いた音が響く。


「……はい?」


 視線を落とした先に、無数の亀裂が走っていた。裂け目はみるみるうちに広がっていき、盛大な音を轟かせながら地面が崩壊していく。


「だから、止まった方がいいって言った」

「そ……そういうことは、もっと早く言いなさいよーっ!!」


 虚しく木霊する絶叫と共に、あたし達はなす術もなく奈落の底へと落ちていった。


  ◆


 一瞬の浮遊感を味わった後、全身を冷たい感触が包み込む。下は地下水脈になっていたらしく、落下による衝撃をある程度緩和してくれたらしい。


「いっ、つつつ……。ねえっ、二人とも無事ー!?」

「ええ、どうにか。まったく、ひどい目に遭ったわね」

「平気よ、問題ない」


 呼びかける声が暗闇の中にわんわんと反響する。頭上から差し込んでいるわずかな光は、あたし達がそれなりの高度から落下したことを示していた。どう見たって、這いあがって戻れそうな高さではない。

 不幸中の幸いだったのは、さしものノーシーアムもここまでは追ってこなさそうということぐらいだろうか。


「あっちゃー……」


 途中でどこかにぶつけてしまったせいで、手にしたカンテラは粉々に砕け散っていた。予備に持ってた松明も、着水した際に湿気ってしまって使い物になりそうにない。

 二人にしたって似たような状況のようで、周囲は森の中以上の暗闇に閉ざされている。このままでは、身動きを取ることさえもままならない。


「……仕方ないわね」


 嘆息混じりの声と共に、ロミが立ち上がる気配がした。次いで長杖の先端がぼんやりと光りだし、短かな呪文がそれに続く。


「――星の灯かりよ(ルース・エステラ)


 ぼうっと浮かび上がった青白い光球が、空洞内を煌々と照らしだした。徐々に明かりに目が慣れだし、周りの様子が次第にわかるようになっていく。


 そこは巨大な地底湖のほとりだった。空洞内はあたしが想像していたよりも遥かに広く、ぱっと見ではどこまで続いているかがわからない。

 何より圧巻だったのは、湖と向かい合うように聳え立つ無数の廃墟群だった。

 石造りの建造物の大半は倒壊し朽ち果てていたが、かつては壮麗な街並みだったことが一目で窺い知れる。


「ここがくだんの地下遺跡なの? まるで、街ひとつが丸ごと飲み込まれちゃってるみたい」

「……あなたの認識は正鵠を射ているわ、レイリ。ここはかつて栄華を誇った帝国の中枢。過去に引き起こされた天変地異が原因で、地盤ごと地中深くへ埋没した帝都の慣れの果てなのだから」


 魔法の明かりを宙へ浮かべると、ロミはこちらへ振り返ることなく呟いた。瓦礫の山をじっと見据えながら語る声音は、心なしか硬さを帯びている。


「しっかし、魔術ってのは便利なもんね。簡単にそんな明かりまで出せちゃうんだから」

「…………」


 ふと、横合いから気配を感じて振り返ると、リーシャが杖の先に灯る光球を眺めていた。それからすぐロミの方へ向き直り、無言のまま非難めいた眼差しを向ける。


「……これぐらいのことは目をつぶってくれないかしら。原理そのものは一般的な魔術とさして変わらないのだし」

「わかっている。けれど、なるべくならば控えてほしい」

「ご忠告、痛み入るわ」

「……? 二人とも、どうかした?」

「何でもないわ。それより、まずはこの濡れた服をどうにかしないと」

「それもそうね。このままいたら、風邪でもひいちゃいそう」


 ロミの提案に反対する理由はなかった。

 地底湖から上がった先に、打ち捨てられた落とし格子の残骸が転がっていた。どうやらこの辺りには城塞の門跡があったらしい。崩れた城壁の一角に適当な空間を見つけると、あたし達は野営の支度にとりかかった。

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