プロローグ
「その辺にしといたら? 彼女、どう見たって嫌がってるじゃない」
凛と徹る澄んだ声が路地裏に響き渡り、目の前の男たちが一斉に振り向いた。
歳の頃は十四、五といったところか。未だ少女と呼んでも差し支えない、あどけなさの残る顔立ち。短く切り揃えた髪は黒瑪瑙のように艶やかな漆黒で、同じ色をした瞳の奥に燃えているのは、目映いばかりの意志の光だ。
伸びやかな手足を包む筒袖の衣は鮮やかな瑠璃色で、要所要所を革製の胸当てと籠手で鎧っている。剣帯に吊るされた朱塗りの鞘が描くは、三日月の如き優美な曲線。
その姿はまさしく威風堂々。不敵な笑みを浮かべて佇む彼女の姿は、まだ幼くも剣客と呼ぶに相応しい風格と気迫を兼ね備えていた。
悪漢どもが殺気立った眼差しで睨めつけても、黒髪の少女はまるで意に介さない。
それどころか路傍の石でも眺めるような無関心さを示し、私の方へ悠然とした足取りで歩み寄ってくる。
にっという、人懐こさを感じさせる笑みだった。目の前で繰り広げられてる諍いなど、何処吹く風。少女は私に手を差し伸べると、世間話でもするような気軽さで語りかける。
「この街に着いたの、ついさっきのことでさ。正直なとこ、右も左もわかんないのよね。こいつら全員追っ払ってあげるから、代わりに道案内とかしてくんない?」
それが後に『剣聖』として大陸全土に名を轟かせることになる女剣士との邂逅であり。
気が遠くなるほどに長い、永い時を生き続けて来た私にとっての、終生の友人となった少女――レイリ・ノースウィンドと交わした、一番最初の会話でもあった。




