第5S片 なかみの入ってない落としもの
微ホラー?
※noteにも転載しております。
「落としものみつけたから、登録用紙とってくれる?」
それは、木枯らしの吹く冬の日。
外掃除から帰ってきた司くんが、ぼくに声をかけた。
違う高校のおなじ学年ながら、このバイトの先輩である彼は、チリトリとホウキをかたづけつつ、店の制服の胸にいれていたボールペンのあたまをカチカチとはじめる。
「今回のはなかみが入ってなかったけど、落とし主が問い合わせてくるかもしれないもんな。
みつけたときは、勝手な判断で処分しちゃだめだぞ」
バイトをするのがはじめてのぼくにも、司くんはいちいち、ていねいに教えてくれるのだ。
なかみが入ってない?
落としものは、サイフかカバンだろうか。
ひょっとしたら、なかみをだれかほかのひとに、抜き取られたのかもしれない。
だとしたら、犯人がこの店にも来店している可能性が? めんどうなトラブルにならないといいけど——。
用紙をぼくから受け取り、記入をはじめた司くんの手元をのぞきこんでみる。ワニ革製とか、高価そうなサイフやカバンだったりして。
ところが、ぼくの想像に反し。その落としものは、ワニ革どころか毛糸で編まれた、さらに言えばサイフでもカバンでもない代物だった。
それは、茶色の5本指で、手首のぶぶんに雪だるまのもようが描かれた、手袋だったんだ。
「いやあ、ほんと。
今回のは、なかみが入ってなくて助かったよ。
なかみアリだと、警察呼んだり事件になって大騒ぎだからさぁ」
物騒なことを、あっけらかんと言う司くん。
手袋の「なかみ」って、そういう意味だよね?
で、なんなの、「今回の」はって?
「前回の」はちがってたとでもいうわけ?
そういえば、何ヶ月かまえに新聞でそんな記事を、ちらっと目にしたことがあるような、ないような。
司くんに尋ねてみれば、はっきりとするのだろうが。
ボールペンのインクの出が悪いらしく、捨てられていた要らないレシートの裏でぐるぐるとやりながら、落としもの登録用紙と格闘している彼のすがたを見て。
このバイトを長くつづけていきたければ、余計な詮索はするべきではないなと、じぶんに言い聞かせることにしたぼくである。