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7話 なにもかも本心

「見えるか、まだずいぶん遠くだがあれがヒサール領だ」 

 天馬の羽ばたく音を聞きながら、西方辺境領ヒサール公爵は向こうの地上に広がる要塞都市を指さして言った。

 

 アドラフェル・ヒサール・ユリスナ公爵一行を乗せた空飛ぶ馬車は、狩猟会終了のその日、アウレーシャが国王府から貸与された天馬と並びながら夕日に赤く染まる空を飛び、じきに彼の領地へたどり着こうとしていた。


 延々と広がる森の向こうに星形の砦に囲まれた街が見える。砦の外には農地や牧草地が広がっているようだった。

 ヒサール、とはシャマル王国古語で砦をさす語である。その都市名を家名に冠する青年に、窓際に寄った客人たちはやや興奮した様子で喋りかけた。


「300年前に魔王を倒した勇者がそのあと盟友である初代魔女と回復術師と一緒に作ったあの砦の実物を見られる日が来るなんて!」

「ヒサール家はその勇者の末裔なんですよね。……あ、砦の向こう側の、あの山の半ばに建ってるあれが魔王城ですか? 僕、本当に閣下の元で働けてうれしいです、イダ家のご姉弟に感謝しなくちゃ」


 己の正面に座る魔女アウレーシャ・バルワと秘書官見習いナーヒヤール・ボーカードのその勢いに、さしもの“血濡れの氷冷公”も一瞬気圧される。しかし次にはハ!と声を上げ、意地悪く笑った。

「下手な追従ついしょうだ、誰に学んだ」


 正面に座る2人はキョトンとして黙り込むも、「まさか」と軽い調子で言った。

「あの大修道院の院長にまでなった人がこんな下手な追従など教えるわけがないでしょう」

「魔女殿に同じく。イダ家のご姉弟がこんな見え透いたおだてしか言えない人間を紹介するわけがありませんよ」


 本心です本心、と重ねて言う王国府魔術戦闘特別顧問と秘書官見習いに、ヒサール領主はため息をつく。

「なら浮かれている場合ではないぞ」

 特に魔女殿、とくぎを刺され、アウレーシャは居住まいを正して目を細めて微笑んだ。そうすると年のわりに幼く見える顔立ちが妙な気迫を醸し出す。


「分かっておりますとも。王国府から派遣される戦力は魔女にしろ騎士団にしろ、つまるところヒサール領に対する抑止力。当該の地に謀反の兆しありと国王府が断じれば私にはヒサール領主とその騎士団を討てと命令が下る……」

 今は短く変形させた魔女の杖を手に握りながら王国府魔術戦闘特別顧問は向こうに見える街を眺めながら言った。


「己の喉元に突き立てられた剣にヒサール領民が良い顔をするはずがありませんもの」 

「それだけではない。貴官の言動、戦いぶり、ヒサールの民はその全てを先代魔女と比較する。貴官の心が折れぬように祈るばかりだ」

 皮肉めいて笑う先代魔女の息子に、当代魔女もまた不敵な笑みを向けて返す。

「その程度で折れるようならこんな無茶はとうの昔に止めています。ご心配なく」


 実際、無茶もいいところだった。18年前の子供の口約束を果たそうなどというのは分別のつく大人のすることではないだろう。それはアウレーシャ自身が分かっている。けれどあの日の誓いは彼女の心臓の上で燃えて輝き、その体と心を動かし、立ち止まることを許さない。


 そうして目を逸らしもしない魔女に、ヒサール領主は目を伏せて「それなら良い」と返事した。

「それからボーカード殿、貴官もあくまで秘書官見習いとしての試験採用に留まる。我が領や業務に馴染まぬと断じれば暇を出すこと、覚えておけ。万が一そうなった時には再就職先の紹介くらいはしてやる」


 突き放すような親切なようなことを言われて、秘書官見習いのナーヒヤール青年はにこりと笑って言った。

「このナーヒヤール、決して閣下を悲しませるようなことは致しません」

 どうかご安心ください、とぬけぬけと言い放った年下の男にヒサール領主は鼻白んだようだった。


 そのやりとりを見守りながら、アウレーシャは首をひねる。

(食わせ者だ、彼。ボーカードか、聞き覚えのない家名だけれど、あの日の「ナーヒャ」は黒髪だしナナマン家の子で多分間違いないしやっぱり別人? それはそうとして……)

 アドラフェルをチラと見やる。

(彼、約束を覚えているようなそぶりだったけど、今はもうさっぱりだな)

 この高速移動用の天馬の馬車に乗り込んでからというもの、必要以外を喋ることはない。と言ってもヒサール領の現状や業務についてなど、あれこれと説明を受けたのだが。


「我が領の正面大門に着いた、馬が下りるぞ」

 しばし黙り込んでいたヒサール領主が口を開くと、それを待っていたように空に浮かんでいた馬車がゆっくりと地上に降り立った。王国府の天馬を騎馬としていた秘書官ザマンはするりと鞍から降り、馬車の扉を開ける。ヒサール家の紋章が掲げられた巨大な門、通称ヒサール大門の傍に立っていた衛兵たちが帰郷した公爵を出迎えた。


「ご無事の御帰還何よりです、公爵閣下!」

「我らヒサール領民一同、閣下の無事の御帰還を心よりうれしく思います」

「そちらが魔女、様……ですか?」

「ようこそ、我らがヒサール領へ」

「閣下、あの、こちらの方は……」

「我が領の新しいスタッフだ」

「初めまして、ナーヒヤール・ボーカードです」


 見知らぬ若い男女に戸惑った様子を見せた衛兵たちは、しかしテキパキと事前に準備していた馬を引いてくる。新任の魔女もまた王国府から貸与された栗毛の天馬にまたがり、王国府の紋章が刺繍された緋色のマントを肩に巻いた。


「では、準備は良いな」

 魔女と秘書官見習いと老秘書官を見まわしたアドラフェルはそのままアウレーシャに言った。

「魔女殿、炎で何か空を飛ぶいきものを作ってくれ」

「こう、ですか?」


 左手に握っていた燭台形の杖の先端に火が灯り、それが大きな鳥の形となって翼をはためかせた。その隣でアドラフェルもまた氷で獣を形作った。虎のように見えるそれはしなやかな動きで尻尾を揺らす。


「俺の魔法が先導する、その鳥に追いかけさせろ。それくらいできるな?」

 アウレーシャの返事を待たずにアドラフェルが口にした行け、の一言で氷の虎が駆けだし、それを追うように鳥もひときわ大きく翼を打って飛び立つ。


「では我々も行くか」

 そう言うと、ヒサール領主を先頭とした一行はヒサール領の大門をくぐった。すぐに森が途切れ、木を組んで作った柵を隔てて道の両脇に農地や牧草地が現れる。若草色に萌えるその大地を縫って、向こうの方からはしゃいだ声が聞こえてくる。


「見て、あの氷の虎! 公爵様の先駆けよ!」

「公爵様、帰ってきたんだ!」

「お迎えに行こう、あの燃える鳥は見た?」

「あれがあの新しい魔女の先駆けなんじゃない?」


 大門から砦までまっすぐに伸びる道を馬で行く自領の主を一目見ようと出てきた人々は1人2人とその数を増やし、声が波紋のように広がっていく。


「あのね、領主さまにね、これあげます」

 時には小さな子供たちが野の花を束ねて領主に差し出す。そのたびに貴人は馬の足を緩め、体を傾け小さな花束を受け取ってありがとう、と言ってやる。すると途端に子供らは顔を真っ赤にして親の傍に駆け寄って顔を隠してしまう。


 そうして時間をかけて砦に囲まれたヒサールの城下街にたどり着くころには街から賑やかな歓声が聞こえていた。

 砦の正面門から城までまっすぐ伸びる大通りの両脇に集まった人々が口々に領主の帰還を祝福しているのだ。道沿いに顔を出した乙女たちが黄色い声を上げ、青年たちもわぁわぁと賑やかに公爵をはやし立てる。沿道の建物の上階からも楽しげな声が降りかかり、近くの酒場からは一足早い乾杯の声がひときわ陽気に響いている。


「領主様のお帰りだ!」

「領主様、おかえりなさい! 狩猟会は楽しかったですか?」

「げ、見ろよあの緋色のマントの紋章! 王国府から来た魔女だぜ」

「すげーな、魔女が乘ってる馬、天馬だぜ。うちの領だって領主様の馬車に使う2頭しか飼ってないのに」

「天馬は早馬として王国府が独占してるからなぁ」

「あの赤い髪のお嬢さんが魔女か。一応ウチの領のお目付け役なんだろ?」

「いざ王国府が本気でヒサールを疑えば、領主様もヒサール騎士団も打ちのめすのが魔女の仕事だ。フレイヤ様はともかくあんな野蛮令嬢バーバリアーナなんてあだ名のついた小娘……」

「おや、フレイヤ様がお帰りになったのかい?」

「じいちゃん、もう何度も言っただろ、フレイヤ様はもう……」

「ザマン秘書官もおかえりなさーい! これ良かったらどうぞ!」

「あれが王国府から来た魔女だってよ、フレイヤ様とはだいぶ違うな」

「あの方は背が高くて楚々とした美人だったからなぁ」

「新しい魔女さんが王国府騎士団みたいに腰抜けじゃないことを祈るばかりだぜ」

「それよりあの眼帯に金髪の若者は誰だ?」

「領首府の新しいスタッフじゃない? 春だし」

「……春だしなぁ」


 突如、沿道の人々の声がひときわ大きくなった。ヒサール領の要塞の向こう側、魔王城ことヒサール城につながる扉を開いて、騎馬を並べた一団がやってきたのだ。

「見ろ、あれを!」

「いつ見てもかっこいいよなぁ」

「王国府騎士団なんかよりもずっと頼りになるぜ!」

 騎馬の一団は、道の両脇に分かれて素早く整然と並んだ。

「我らがヒサール騎士団だ!」


 先頭に騎馬を立てた壮年の男は、領主が近づくと目を細めて叩頭した。分厚い体にさわやかな顔立ちの男である。

「ヒサール騎士団一同、閣下の無事のお帰り心よりうれしく思います」

「バンダック騎士団長、派手な出迎えはいらんと言っているだろう」

「すみません、私も止めたのですが若い連中がどうしてもと聞かず」


 若い領主は呆れたような顔で小さくため息をついたが、彼らを追い返すことはせず、そのまま騎士団を従えヒサール城に向かって馬を進める。騎士団長は天馬にまたがるアウレーシャに馬を寄せては頭を下げた。


「今朝方の王国府からの早馬で聞き及んでおります、魔女殿。ようこそヒサールへ。慣れない土地で戸惑うこともあるかとは思いますが、我ら一同魔女殿を歓迎いたします。しばらく前から各地で魔獣の襲撃事件の話題も聞こえてまいります、いざという時に備えて人手は多いに越したことありませんので」


 物怖じもしない正直なその態度が好もしく、新任の魔女は少し笑ってはいと答えた。そのまま騎士団長は秘書官見習いのナーヒヤール・ボーカードと老秘書ザマンにも声をかけていく。そうするうちに一行は街の端にたどり着き、ヒサール城に続く大門が開く。


 視線を上げて、アウレーシャはごくりと生唾を飲み込む。その隣に馬を立てたナーヒヤール・ボーカードも隻眼を僅かに見開いたようだった。


 開いた門から続く坂道を上った先にそびえるのは石造りの巨大な城。それこそが領主の居城たるヒサール城、ヒサール領首府。またの名を、魔王城。


 ふるい時代に魔王が活動拠点としていた城であり、魔界とつながる“瘴気の穴”のひとつ。

 300年前に勇者と魔女と回復術師の3人が魔王を倒した際に、その穴をふさいだ封印そのものでもある城。

 そして伝説の3人によって封印が施された今でもなお、高濃度の魔力と魔獣が湧き出す、魔界に最も近い場所である。


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