27話 見たかったもの
「オヤ。仲良しごっこは終わりです、かァ?」
悪魔がアウレーシャたちを見下ろして黒い唇をゆがめた。
「頑張ります、ねェ」
薄い肩をわざとらしくすくめると、鋭い爪のついた枯れ枝のような真っ黒い指を立てて頭上にかざし、くるくると回す。べろん、と真っ赤な長い舌が垂れて言葉が紡がれる。
「刃ノ礫」
悪魔の周りに無数の短剣が現れ、雨のごとく降りかかった。
「炎よ!」
「氷よ!」
アウレーシャとアドラフェルが素早く迎撃するが、猛火と氷塊を潜り抜けた刃が降りかかる。続けざまに悪魔の赤い舌が蠢いて言った。
「峻厳ナル鉄鎖ノ呪縛」
宙から鎖が出現し、3人をとらえようと伸びる。けれどナーヒヤールだけは素早くそれをかわし、拘束された2人をかばうように降りかかる短剣を自身のナイフで捌く。
間髪入れず悪魔の赤い舌が次の言葉を紡いだ。
「処女ノ抱擁」
ガシャン、と猛々しい音が3人の耳に届いた。人の身の丈の倍もあるような人型の筒が現れ、彼らを包み込むように扉が観音開きにゆっくりと開いた。内側には鋭い針がびっしりと生えている。拷問具、鋼鉄の処女である。
「炎よッ! ……あれ?」
「氷よ! ……何だ? 魔法が使えない?」
応戦しようとしたアウレーシャとアドラフェルの顔が強張った。
戸惑う3人を照準に収め、扉がすさまじいスピードで閉まっていく。
「ッ、くそ、力技しかないか!」
悪態ついてナーヒヤールが飛び出した。身体強化を施した脚で扉を砕き、そのままグイと盟友たちを引っ張って退避させる。
手足を拘束していた鎖が消えると、アドラフェルは間髪入れず地に落ちる鋼鉄の処女を蹴って悪魔をめがけて跳び上がり、斧を構えて振るう。刃がぶぉん、と音を立てた。
しかし、悪魔はその場から動かない。
「岩ノ壁」
べ、と舌を垂らして口を動かし、無骨な盾を作り出す。さらに続けて唇を動かした。
「狂瀾怒濤ノ水」
岩の壁がなくなり、代わりに水が噴き出した。
拘束が溶けたことで魔法が使えるようになったのらしい。魔女が再び杖を掲げた。
「炎よ、燃え上がれ! アイトヴァラスの尾!」
燭台の先で灯った炎が一つにまとまり、巨大な蛇の形になって細長く伸びた。蛇が流れ出す水を食らい尽くすと、ジュワジュワと音を立ててあたりが水蒸気でけぶっていく。
間髪入れず、アドラフェルとナーヒヤールが動いた。アドラフェルは大戦斧を構え、戦闘服の特性と身体強化を組み合わせて一気に跳び上がり、水蒸気に隠れて悪魔の頭上に到達する。
炎の蛇が悪魔の細長い腕に絡みついて身動きを封じた。
「なにッ?! 人間の魔法のくせにこのワタシを捉えるだと?」
「氷よ!」
間髪入れず、詠唱が響いた。大戦斧を振り下ろす勢いで水蒸気が晴れ、氷を付与されて巨大になった刃が悪魔の頭上に迫る。しかし、悪魔はグルリと真上を向いた。暗い渦のような真っ黒い目が細められ、黒い唇が動いた。
「鉄ノ壁」
出現した鉄にぶつかり、派手な音で斧に取り付けられた氷が砕けた。しかし、大戦斧の影から弾丸のごとくナーヒヤールが飛び出した。
「くたばれッ!」
悪魔の全身が強張り、黒い目が見開かれた。その顎から首をナイフがかすめたが、間一髪、悪魔は黒い翼を大きく打って、すばやく後方に飛びのいた。白い頬に黒い血がにじんでいる。ナーヒヤールとアドラフェルは互いの顔を見合わせ、それからアウレーシャの方を見る。彼女は黙ってうなずいた。
「フゥ、危ない危ない」
悪魔はわざとらしい声色を添えて顎を手で拭ってあのニタニタ笑いを浮かべたが、自身の手が汚れているのを見ると真顔になった。
「そちらのお嬢さんと言い、あなた方、なかなかの魔導士です、ねェ」
あのしわがれた様な、かすれたような、ひきつったような。甲高いような不気味な声で喋り出す。白い顔の中でひび割れたような形の黒い口が開いたり閉じたりして、時折その中の毒々しい赤が覗く。
「ここまでのお前たち人間の戦いぶりに免じて、教えてあげましょう。ワタシは悪魔、名はハンニ。そしてこの魔法は、言葉の魔法」
並び立った盟友たちは互いの顔を見合わせて首をひねった。
「ふふ、人間が知らないのは当然、です。最後に人間界にいた先の魔王アナベルグが倒されてから300年、魔界の魔法も進化しているのです、よ。運命を操る、未来を見る、時を止める、死人を生き返らせる、今はそんな魔法も、ね」
アウレーシャは目を見張った。形のない、触れられない、観測の難しい魔法は人間の魔法には存在しない。しかもこの300年で魔界で新たに生まれた魔法の一部は、奇しくも呪術と似た方向性を保持していた。
「環境も違うし交流も無いけど、悪魔と人間がおなじものを視界に収めた瞬間があったのかもしれませんね」
ナーヒヤールは囁いた。その隣でアドラフェルは顔をしかめている。嫌な予感が当たってしまったからだ。
「ワタシの本来の魔法は流言飛語を操る魔法。しかしこれは魔界だと使いにくかったので、解釈を加えることで作り変えたこの、言葉の魔法」
悪魔の長い舌が垂れ下がる。白と黒のコントラストの中、その赤色が鮮烈だ。
「ワタシの語る言葉は全て真実になって現れる。これがワタシの言葉の魔法。どうです、人間には扱えない完璧な魔法でしょう?」
悪魔ハンニは誇らしげに笑った。
3人は互いの顔を見合わせる。頷き合い、まずはアドラフェルが巨大な氷を出現させて悪魔に打ち込んだ。しかし悪魔は舌を蠢かせてケタケタと笑った。
「私が炎を出すと思ってましたかァ? 巨大ナ鉄ノ釘」
現れたその名の通り巨大な鉄の釘にガシャン、と氷が砕かれて散る。
「水蒸気で目隠し作戦はもう通じません、よォ?」
ヒラヒラと手を振る悪魔ハンニに、アドラフェルはくだけた氷を集めてけしかける。それと同時に、アウレーシャとナーヒヤールがそれぞれ別の方向から攻撃を仕掛けた。
「あァ……うっとうしいです、ねェ。天揺サブル雷ノ刃」
ゴロゴロと音がしたかと思うと、アウレーシャたちの頭上にびっしりと剣が並んでいた。
剣たちが宙を滑って人間たちを狙い、それを追いかけるように天から雷光が走る。
ビシャン!
ヒサール領内に響き渡るほどの轟音が鳴り響いた。
領内の誰もが空を仰ぎ、目を見張った。空を舞い、悪魔を相手に怯みもせず魔法を振るい、武器を振るっていたあの3人が、フラフラと地上に落ちていくのが見えたからだ。
「……ハハ、そうです、人間ですから、ねェ。悪魔になんて勝てません、よォ?」
それぞれ別方向に飛ばされ落ちていく人間たちを見下ろしながら悪魔ハンニは大きく呼吸し、何度もつばを飲み込んだ。
「ああ、でも、あいつらはここで倒した方が良いです、ねェ」
悪魔は地面の方へと降りて、あたりを哨戒し始めた。
***
(完璧、なんかじゃない)
どれほど意識を失っていたのか。視界には夜の空が広がっている。
身にまとった戦闘服のおかげで死ぬことは逃れたが、アウレーシャはいかずちに打たれてさすがに身動きできなかった。体内で練り上げた魔力が再び瘴気に近い濃度に上がっていることもある。ヒサール城の傍、毛先が藍色の変色した深紅の髪を土になげうち横たわって、彼女は悪魔ハンニの魔法について考える。
(あの魔力を封じる鎖を1回しか使わなかったのは、使えないから。多分、使用の回数や間隔に制限があるんだ。……攻略できる。多分、あの2人もそれに気づいてる)
ハンニが名乗り、その魔法について説明する前の突然のアイコンタクトを思い出す。
(本当に言葉にしたことが全て現実になるなら、ハンニは俺たちにただ一言、死ねと言えばいい。斬りかかられたときには大戦斧に対して壊れろ、と言えばいい。なのにそれをしなかったのは、できないから。自分の傷も治さなかった。完璧などには程遠い)
アドラフェルはヒサール大門に寄りかかりながら、嘲笑を零して肩で息をする。体内で練った魔力の濃度上昇に合わせて、先端が青く変色しつつある白銀の髪、その合間から除くうなじや頬は血色がよくなりすぎて赤くなっていた。心臓がバクバクと音を立てて、今にも胸を突き破りそうだ。
(アウリーはこれを既に一度味わっているのか)
凄まじいことだ、と呟いて、彼女の深紅の髪に導かれてあの悪魔の真っ赤な舌を思い出した。
(あいつの魔法は多分、「語った言葉」つまり「声にした言葉」を現実にする)
ナーヒヤールは悪魔の自慢気な口ぶりを振り返しながら、市街のがれきの合間から空を見上げている。
(普通、魔法は簡単なものなら詠唱しなくてもいい。アウリーやアディが詠唱するのはあくまでも気持ちの問題だ。でも、あいつの言葉の魔法は望んだものを何でも出現させる代わりに、必ずそれを詠唱しなくちゃいけない。逆に言えば、詠唱をしている間に不意打ちを食らうと魔法での反撃はできない)
肩で息をして、ナーヒヤールはあたりに耳を澄ませる。街は意外なほどに静まり返っていた。彼の内側にはヒサールの街の言葉もない緊張が伝わっていたが、そこには楽観も無いかわりに絶望もない。
ただ、最善を尽くそうと、そんな声が響いている。
(……あの悪魔、アディに続いた僕の攻撃は魔法で防がずにわざわざ避けた。それは、とっさのことに思考が停止して口が動かなかったからだ)
思いながら、ため息をつく。そこまで分かったとしても、悪魔を倒すには魔力が必要である。ここまでの戦いで十分に魔力を消費してしんどいのに、まさかここで雷に打たれるとは思わなかった。
「新しい戦闘服様様だなぁ」
ため息をついて、そのあとに思うのはなぜか盟友たちのことだった。
(せっかくあの2人に会えたのにまたしんどいなぁ。……いや、ずっとしんどかったな。親に目玉抜かれて次は心臓でも抜かれるのかって思って怖くなって、分霊箱抱えて考えなしに逃げ出して、行き倒れた先で拾われたのは良いけど、怪しい計画に使われて、逃げ場所も帰る場所もなくて)
じわり、と視界が滲む。
「やっぱ駄目だよなぁ、僕なんかじゃ……」
ささやかなつぶやきに応えたのは、全く期待外れの声だった。
「駄目なんかじゃないですよ!」
「ナーヒヤール殿、大丈夫か?」
顔をのぞき込まれて、ヒサール城の秘書官見習いはこの二人組から目をそらした。魔王城地下の瘴気の間に入るために気絶させた兵士二人がそこにいるのだから、彼の反応ももっともなことだった。
「ナーヒヤール殿、役に立つかと思ってミスリルの剣を持ってきた。今、悪魔があちこちで3人を探しててな、なるべく身軽にって思ったら沢山は持ってこれなくて……悪い」
「こちらこそすみません、ヒサールを裏切って」
ナーヒヤール・ボーカードはねそべったまま首を動かす。頭を下げる動作のつもりだった。謝って許されるとは思っていないが、やらないよりはマシだろうと思った。
「今はそんなことを話してる場合じゃないですよ」
後ろに控えてた方が言って、ナーヒヤールの肩を掴んだ。
「今はまだあの悪魔、ここに留まってますけど、これ以上放置したらどうなるか分かりません。防衛局大臣とかエリエッタ嬢が気をそらしたりしてくれますけど」
「それにお姿の見えない閣下や魔女様も心配だ」
盟友たちの名前に、ナーヒヤールは体を起こした。そして、布に包まれた20本ほどの剣を抱えて深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。謝罪とお礼は必ずします」
そう言うと、身体に鞭打って走り出した。
深い夜の中、仰ぎ見る空はただ暗い。しかしその夜空を引き裂く赤い輝きがある。それに気づいたのはナーヒヤールも悪魔も同じタイミングだった。
空でもつれ合う悪魔の翼と炎の群れを追いかけて、ナーヒヤールは剣を抱えて痛む足を動かす。深紅の流星の向かおうとする先では静かに青い色で光っている。その青い光を目指して彼は跳び上がり、屋根の上を走り、腕に引っ掛けた羽衣を繰って魔力に乗って飛翔した。
悪魔は探索を切り上げ、ダンと地を蹴って空へと飛び出し、夜空で燃えるひと群れの炎を黒い翼で追跡した。
「ギャハ、お嬢さん、あなた独りだなんて死ぬおつもりです、かァ? 見捨てられました、ねェ!」
悪魔が哄笑した。人間の娘がまたただ一人で戦おうとしているのだから。
「お寂しい人、だ。お嬢さん」
空の上、悪魔ハンニに、アウレーシャは深紅の髪も紅玉の瞳も輝かせながら笑いかえした。
「まさか。私は生きて彼らと帰ることしか考えてないし、独りでもない」
「え?」
「私は炎、我が盟友の敵を打ち滅ぼし、我が盟友の道行きを照らす炎なれば! 私のそばに彼らはいる!」
魔女の杖の先端に灯った炎が、尾を引いて夜を焦がす。
「炎よ、燃え上がれ! アイトヴァラスの尾!」
蛇の形の炎が悪魔に噛みつき、悪魔に絡みつく。アウレーシャはそのまま勢いよく、力いっぱい杖を振るった。
蛇に拘束された悪魔の体は宙に放り出されて空を舞った。翼を動かして態勢を整えようとした悪魔ハンニだったが、不意に肌寒さを感じて身を震わし、違和感にあたりを見回した。
しかし悪魔よりも早く、違和感の正体は詠唱した。
「万象、凍てつけ。凍土をここに。至れ、魔界第9階層! 氷園コキュートスが第3円、トロメーア!」
春雷のような声が響き、悪魔の体が先端から凍り始める。
「な、なんだ、お前まで、魔界の魔法、を?」
冷気で悪魔の舌の動きはぎこちない。目の前の人間が白銀の髪の先を青く変色させ、汗みずくになり、眉間にしわを刻んで己を睨みつけるその迫力に、悪魔はびくりと肩を揺らし、くちびるをわななかせた。
「どうだ、これではろくに舌も回るまい」
アイスブルーの瞳をギラギラと輝かせて煽られ、ハニアは己を叱咤して目の前の人間を殺す言葉を紡いだ。
「……ッ、峻厳ナル鉄鎖ノ呪縛!」
しかし言葉を言い終わるか否かの瀬戸際、悪魔の足元から黄金の光が急上昇した。
否、光ではない。ナーヒヤールが引きつれた剣戟のひらめきである。身体の周囲にできる魔力の支配空間に20本のミスリル鉱の剣を浮かせ、身体強化と戦闘服の特性を併せて夜明けを待つ空を駆け上がる。
剣の群れはアドラフェルを拘束しようとする4本の鎖を絡め取った。
「炎よ!」
すかさず燃え盛る鳥たちが飛来した。術者もまた空を駆けながら左手で炎を指揮し、鳥たちに剣に絡まった鎖を掴ませ、素早く悪魔を拘束しようとする。しかしこれを許す悪魔ではない。
「愚か者めがッ! 毒ノ触手!」
黒い腕が伸び、炎の鳥ごと鎖を跳ね飛ばし、そのまま人間たちの首を狙った。
「させるか!」
ナーヒヤールが周囲に浮かせていた剣を左手で握って触手を絡めとり、右手でもう一本剣を握って絡めとったそれを切り裂いた。
「くそッ、天揺サブル雷ノ刃!」
「氷よ!」
短剣が現れて頭上を覆い、雷鳴がとどろいた。しかしアドラフェルが氷の礫で短剣を散らし、雷は街の外れへと落ちていく。
ナーヒヤールは頭上の攻防に目もくれず、触手の絡まった左手の剣を手放し、浮かせていた剣に素早く持ち替えて宙を踏んだ。グ、と力のこもった脚が跳ねる。彼の周囲に浮いた剣の刃がひらめいて、黄金の軌跡を描いて悪魔の間合いに入った。
「な……」
悪魔ハンニが己に起きた事態を理解するのに1拍を要した。身体強化の極致と言うべき目にもとまらぬ体捌きで、ナーヒヤールはその1拍の合間に悪魔の体を細切れにする。
黒い血を飛び散らせて、細切れの身体が絶叫した。
「ギエァァアァァァァッ!」
天地を裂こうかというほどの絶叫。その凄まじさに街の人々は何事かと空を見上げ、悪魔の声と悟ると勝利を確信して顔を綻ばせた。
しかし、それが不意に途切れた。
「……なーんて、ネ」
宙に浮いた悪魔は口だけになりながらも、黒い血を滴らせながら笑った。毒々しい赤色の舌は黒いくちびるを舐め、それ自体が一つの生き物であるかのように蠢いて言葉を紡いだ。
しかしアウレーシャとアドラフェルはそれすら見越していた。紅玉の瞳とアイスブルーの瞳を光らせ、向こうにいるナーヒヤールに視線を送ると、汗を滴らせ忙しなく息をしながら声をそろえて吠えた。
「灰燼と化せ! 炎よ、焼尽せよ。火勢をここに! 至れ、魔界第4階層! 炎獄、フレーゲトーナーッ!」
「魂まで凍れ! 氷よ、極冠となれ。凍土をここに! 至れ、魔界第9階層! 氷園コキュートスが第3円、トロメーアッ!」
絶叫にも等しい詠唱が響き、赤黒い炎が悪魔の舌を包むと、それを青白い氷が覆った。ゴウゴウと音を立てて燃える炎と静かに凍てつく氷の責め苦。その中でも、悪魔の口は負けじと言葉を紡ごうとする。熱いのか寒いのか分からなくなってしまった舌を、力を振り絞って動かした。
「川、よ、ここに……遡上せよ」
それを狙っていたかのように。
「魔界第1階層」
炎と氷に包まれた悪魔の舌に、黄金の光が突き刺さった。
「アケロー……ぉおあああぁぁっ! グ、ギィあアアァッ!」
剣を構えたナーヒヤールが痛む全身に鞭打って、ハンニそのものとも言うべきその口に突っ込むと、彼の支配領域に浮いた剣も続けざまに赤い舌を貫いた。
「アウリー、アディ!」
ナーヒヤールの声に応え、盟友たちが枯れた喉を震わせ、口を開け、あらん限りの力で叫んだ。
「炎よ、燃やし尽くせ!」
「氷よ、貫け!」
迫りくる魔法に、黒い唇が掠れた声で侮蔑をあらわにして怒鳴った。
「お前たち、魔界の魔法すら、囮にしたのか! ワタシの魔法の特性を理解したうえで、魔法を使わせて、詠唱中にそこの隻眼がワタシを斬る、だと? 人間のくせに、不心得者めが……ッ!」
金色の隻眼を輝かせたナーヒヤールが、震える手に剣を握り、渾身の力を込めて振り下ろす。
「もう黙れ、これで終わりだッ!」
刃は鋭く光を上げて真っ赤な舌に突き刺さった。
赤い舌は刺さった剣ごと炎になめとられて塵になり、その塵が凍り付いてはじけ、パラパラと宙に舞って風に吹き飛ばされた。
誰もが黙り込んで、風の行方を見送った。
「終わった、の?」
沈黙を破ったのはアウレーシャだった。アドラフェルとナーヒヤールは肩で息をする彼女に寄り添って、涙か汗か血かよく分からないもので汚れた顔を構わず寄せ合い、互いの熱と存在を確かめるように言葉もなく背に、頬に、髪に、手に触れていく。
「……ああ、見てください。僕の一番好きな景色です」
いつまでそうしていたか、不意にナーヒヤールが声を上げた。その視線の先をたどり、アドラフェルは目を細めて深くため息をつく。
「ああ……綺麗だな」
アウレーシャは2人の手を強く握り呟く。
「私、ずっとこの景色が見たかった」
東の空から太陽が昇り始めている。夜の青と朝の赤が混ざり合い、黄金の閃光を放ちながら地上と空に美しいグラデーションを織りなしていた。
ヒサール領のあちこちから声が上がり始める。
新しい朝を迎えたことへの、人々の安堵の声だった。




