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25話 総出撃

「陛下もご存じの通り、我がナナマン家は30年ほど前に貴族だった親類一族が潰えたのをきっかけにその爵位を受け継ぐ形で平民から貴族になりました」

 シャマル王国首都、シャマル王宮の応接室でナナマン子爵家当主は語り始めた。

 昨晩遅くに届いたヒサール領からの報告を見た国王が、王都に住まうナナマン家を事情聴取のために朝一番で呼び寄せていた。魔法や魔力による通信技術の開発はなかなか思うように進まず、いまだに改造魔獣である天馬に頼りきりであるためヒサール領やナフル領といった遠方からの報告が到着するには時間を要する。そのため、中央から発する命令の変更や追加の指令、状況の把握にも手間取ることは王国府の目下の悩みであった。

 いずれにせよ、これはヒサールから届いた念願の報告を受けて行われた事情聴取であった。

 今日も変わらず黒衣に身を包んだナナマン子爵夫妻は一国の王と宰相、司法局大臣、及び防衛局高官を前に随分と恐縮しているようだったが、我が子について語り始めると感情が高ぶった。

「私どもの息子、ナーヒヤールは我が子ながら大変利発な子供でした。しかしただ一つ、欠点がありました。息子は」

 ナナマン夫人はそこで言葉を切って目元をハンカチで抑え、夫はその肩をさすって続きを言った。 

「息子のナーヒヤールは生まれつき魔法が使えない体質でした。分かったのは3歳のころです。魔力は人並み以上にもかかわらず、それを魔法に変換できない。そういう体質です」

 宰相らは眉を上げ、夫妻の正面に座った国王はそれは辛かったな、と気遣った。

「私どもは爵位を譲り受けた当初、他の貴族の皆様から向けられる視線に気後れすることが多くございました。実際、私どもは元平民の成り上がり者。唯一の救いは回復術師としてこの国では珍しい回復魔法を使えることでした」

 ナナマン夫人は途中で何度も涙をぬぐい、息を整えながら語り終えると、己の手を握りしめる。

 女宰相はさもありなん、と目の前の夫婦を見つめる。シャマル王国の初期に比べれば平民と貴族の間は流動的になったとはいえ、そこには明確に身分の差がある。貴族になるということはただ単に身分が高くなるということではなく、それに伴い責務が増えて責任は増し、行いに対する裁きや評価の仕方も変化する。

 それに50年、あるいは100年以上耐え続けてきた生粋の貴族たちがこの平民上がりのナナマン家に厳しい目を向けて品定めしたというのは容易に想像できることだった。

「しかし、私どもの息子は魔力はあっても魔法を使えない。この国では強い弱いの差はあれど、誰もが魔法を使えるものです。しかしナーヒヤールの場合はそれ以前の問題。ましてや成り上がり者の息子なら、彼の今後に待つ苦労は並大抵のものではありません」

 父親は額を抑えてうつむく。親として、と呟く声は震えていた。

「親としてどうにか魔法が使えるように体質改善ができれば。その一心であらゆる方法を試しました」

「回復術師としてのプライドもありました」

 夫妻は古今東西、尤もらしいものから危うげなものまで様々な方法を試した。魔法が使えないことがばれては今後に響く、という理由でナーヒヤールは貴族学校には通わず個人教育を受けながら育った。そして次第に外に出ることも少なくなったという。ひとえに息子が魔法を使えないことが外に漏れることを心配してのことだった。

 しかしそんな両親の努力と愛情はどれも成果を挙げなかった。

 そんな話を聞きながら、司法局大臣はわずかに眉間にしわを寄せた。

(確かに我が子への愛情かもしれないが……結局息子を軟禁したことになる)

 愛情の果てに夫妻が最後に手を出したのが呪術、否、小耳にはさんだまじないだった。

「分霊箱を作るつもりでした。箱に付与する魔力はなるべく魔力の高い方、できれば我が子が手元を離れた方、と思いヒサール公爵のもとを訪ねました」

「それから目玉と同じくらいに大きな最高純度の魔法石を買いました。可愛い我が子のためですから、大枚をはたいても惜しくはありませんでした」

「息子の右目を引き抜いて、回復術で治療して、そこに魔法石を埋めました」

「抜き出した目玉は金色の瞳を輝かせていて綺麗でした」

「目玉は箱に入れました」

 司法局大臣は息を詰めた。後ろでこの会話を速記している若い司法局職員たちは顔を青くしてペンを取り落としたようだった。夫妻の真正面で、国王はかわらず柔和な笑みを浮かべたまま、机の下で組んだ手をせわしなく動かしている。

 自分たちの注がれる視線に気づいていないのか、夫妻はしゃべり続ける。

「けれど結局、分霊箱は消えてしまいました」

「我が息子ナーヒヤールと一緒に我が家から消えてしまいました」

 

***

 

「どうして僕だって分かったんですか。イダ家からの回し者があんたたちのナーヒャ(・・・・・・・・・・)だって」

 アウレーシャに先導されて足を地面につけ、真っ先にナーヒヤールはそう問いかけた。


「手とか体温とか、あとは体に触れた時に伝わる魔力とかが懐かしかった」

「それに顔もね、なんとなく懐かしくって見てると嬉しい気持ちになるなぁって」

 微笑みかけるアドラフェルとアウレーシャは18年越しの盟友の手を強く握る。ナーヒヤールは安らいだように笑い、2人に身体を預けながら手を握り返し、涙をこらえる時の顔になった。その脳裏にはあの18年前の園遊会の庭が広がっている。彼のこれまでの人生で、唯一と言うべき美しい瞬間が。


「それにカレーナお姉さまが言ってた。瘴気、つまり超高濃度の魔力に触れたら髪の毛の色は変色するって」

 アウレーシャは自身の深紅の髪を弄りながら言った。

「目の色と髪の毛の色は染めたり誤魔化したりできないっていうのが通説だから、結果として世間に対しては素性を隠すこともできる。瞳の色はそのままだったけど」


「思えば勇者一行の物語にもそういう描写がある。回復術師が仲間の腕を引っ付けたときに体内の魔力を瘴気へと練り上げたことで彼の髪は《《陰った》》、とな。解釈は色々だが、髪色が変わったことを指していた可能性がある」

 なるほど魔法石か、とアドラフェルはため息をつく。瘴気が固まって出来上がった魔法石が体内に存在することでナーヒヤールの髪は変色していた。

「それにお前はいつも俺たちに甘くて都合が良かった」


 そう言われて、最年少の青年はわざとらしくため息をつく。

「あんたたちがあんまり楽しそうに笑うから、僕はらしくもなく甘い顔をしたくなったんだ」

 仕方なさそうに笑い、ナーヒヤールは声を切り替えた。


「閣下と魔女殿はあそこに転がってる『魔王城大全』を回収してください。僕があの人たちを拘束したら、お二人は僕を拘束して防衛局大臣まで突き出してください。この件に関して裁きを受けます」


 そう言い切ると、ヒサール城見習い秘書官は誰の意見も聞かずにまず地面に倒れて気絶しているシラト・ボーカードに歩み寄る。その傍に膝をついたとき、倒れていた男が勢いよく身を起こした。ナーヒヤールが取り押さえようとするが、それよりも素早くシラトは傍に落ちていた剣を握った。


 刃が光りながら振り下ろされる。

 誰もが目を見開き、息をのむ。

「ぐおぁぁぁぁっぁぁッ!」

 絶叫が上がり、瘴気の穴に反響する。シラト・ボーカードの絶叫である。


 鉄臭いにおいがしたかと思うと、地面に彼の左腕がゴロリと転がった。


 皆がその場で硬直した。何が起きているのか分からなかったのだ。

 その間にシラトはフゥフゥと荒く息をしながら右手に握った剣を、続けて己の右脚に突き立てた。獣の咆哮じみた唸り声をあげて右脚まで素早く切断し、身体から切り離されたものを瘴気の穴に投げ入れた。


 瞬間、空気が変わった。ズン、と全身に圧がかかる。すぐそばの大穴から激しく瘴気が沸き上がり始める。


「畜生ッ。閣下、モーナ医師に先駆けを!」

 ナーヒヤールは叫び、圧力に抗いながらシラトをその場に押し倒す。自身の首元のスカーフを素早く引き抜くと彼の短くなった太ももを縛った。

「くそ、こんなところで死なせるもんか! 何をした、話せ!」


 そう怒鳴りつけるナーヒヤールの傍にアウレーシャも駆け寄って、官服の首元に結ばれたタイをほどいて彼の腕にきつく括りつける。アドラフェルは素早く巨大な氷の虎を作って地面に転がった『魔王城大全』を回収させてから回復術師を呼びに行かせ、そのままシラトの傍にきて切断された患部を氷で止血する。

「公爵、手づから、治療な、さる、とは」


 脂汗をにじませ眉間にしわを刻みながらも軽口をたたくシラトを、落雷のような声が叱咤した。

「いま貴様に死なれるわけにはいかん、全て話してもらう! お前たちもだ!」

 春雷に打たれ、シラトもあちこちで立ち尽くしていた侵入者一団は目を見開く。しばしの沈黙ののちにシラトは大きく口を開けて笑った。

「ク、クハハハハッ! 俺の腕と足、壊れたミスリルノ彫像を贄に捧げて、悪魔を召喚、した。魔王時代の再来、だ。これならイダ家のご姉弟の願いも、叶う……」

 

 応急処置をする3人の顔面が蒼白になり、手が止まった。

「さっき言ってたのは本気だったか!」

「悪魔?」

「魔界最上位存在を……?」


 悪魔。魔界の最上位存在。伝説の勇者一行が長い戦いの果てにようやく倒した生き物。瘴気を吸って生きるもの。

 かつて魔王だった悪魔アナベルグは一度このシャマル王国を滅ぼしている。人間の住まう場所、文明という文明、命という命を刈り取って、僅かな者たちだけが生き残った。その生き残りがシャマル王家と旧き家系よりさらに古い、例えばヒサール家などの一族である。そこから200年をかけて人々はもう一度家を作り、集落を作り、村を作り、街を作り、勇者を輩出し、魔王討伐の悲願を果たした。

 あの破滅がもう一度。3人は唖然とする。


 しかしその状態も長くは続かなかった。すっかり破壊された扉の向こうから氷の虎にまたがったモーナ医師、あの連絡係の年配の騎士、魔獣調査班の新人が駆けてきたからだ。さらに少し遅れてザマンも到着し、次々に言った。

「怪我人はこちらにお任せください!」

「閣下、報告します。空に出現していた巨大な魔法陣が先ほど一気に収縮。現在、そこから見たことも無い生き物の大群が出現中! 地上と空に分かれて王都方面に向かっています!」

「魔獣調査班はこれらの大群を構成するものを魔族、先導する人間のような姿のものを悪魔と判断! 魔獣調査班は現在、回収した『魔王城大全』を利用して、魔界に通じていると思われるあの空の魔法陣を閉じるための術式の完成を急いでいます!」  

「閣下、大戦斧をお持ちしました」

 アドラフェルの全身が硬直した。


 盟友たちはとっさに年若い領主の震える手を握った。2人分の熱に触れて震えがとまると、ヒサール領主は盟友たちの手を一度握り返してから立ち上がり、差し出された大戦斧を掴んで命令を出した。

「街に12点鍾を鳴らせ、ヒサールから逃げたいものを逃がす。街の中にいる戦力は全て俺と共に出撃、魔族の軍を狩る!」

「了解!」

「魔女殿、貴官には悪魔の殲滅を頼む」

 領主の眉間が皺を刻む。余人が見れば怖気づきそうな顔だが、無理難題を頼むことに心苦しさを感じている故の表情だと理解して、魔女は深く頭を下げて心から返事する。

「我が身命を賭して!」

「ザマンは俺についてくるように!」

「かしこまりました」

「負傷者はこの城内に運べ! モーナ医師、そこらで立ち尽くしているローブ姿の連中も人手として使え」

「了解いたしました」 

「秘書官見習い殿はヒサール大門前においでの使者殿と防衛局大臣一行へここまでの展開を報告。その後、南北の門にやった部隊を連れて戻り、ヒサールを離脱する者たちの護衛にあてろ」

「よろしい、のですか。僕もこの街を襲ってあちこち引っ掻き回した連中の一員だったんですよ!」

「この状況で動ける者を遊ばせておく余裕は無い」


 戸惑いその意図を問えばヒサール領主はきっぱりと言い切った。その目に迷いがないのを知って、秘書官見習いは頭を下げた。

「……御指示、承りました」


***


「皆さまお揃いですか。急いで着替えてください」

 それぞれが出撃のために外に出ようとしたところを女中頭のメイヤに呼び止められた。破れた制服もそのままに、髪の毛だけをまとめ、周囲にいた者たちを介抱してからここに来たらしい。


「お三方に新しい衣服と防具をお持ちしました、この方のご提供です」

 そう言う長身のメイドの後ろから、ヒサールの街で仕立屋を営むあの老齢の職人が顔を出した。

「ちょっと前から街の様子がおかしかったからね、助っ人もいたことだし必要かと思って閣下とそこの秘書官殿の分も、3人で揃いになるように作ったよ。最高品質の魔力耐性の布だけで作った戦闘服だ。3人とも官服やそのボロボロの格好じゃ動き辛かろう」


「こんな高いもの受け取れません!」

 アウレーシャは恐縮したが、職人は首を横に振る。

「あなたは我が愛弟子を信頼し、彼女のことを教えてくださった。師としてこれほど喜ばしいことは無い。それに、魔法陣の向こうから着た連中の討伐に失敗すりゃ元も子もない」


「あの、僕の分も、あるんですか?」

 差し出された揃いの戦闘服にナーヒヤールが気後れしたような顔で問うと、老人は笑った。

「見ていたよ、最初におかしな魔獣が出た時。お前さんは魔女様に名前を呼ばれて、領主様を抱えて嬉しそうにしていたねぇ。一緒に戦えてうれしいって顔だ」


 的確な指摘にナーヒヤールは一歩後ずさる。職人の後ろに控えるメイヤの怪我を目の当たりにした彼は重い口を動かした。

「すみませんでした。メイヤさん。謝って許されるようなことではありませんが」

「この状況でそれは些事です。謝る暇があるなら今すぐ着替えなさい」

 女中頭にピシャリと言われ、秘書官見習いは深く頭を下げて衣服を受け取った。


 新しく作られた戦闘服は伸縮性の高い布地で出来た黒いハイネックと黒いズボンをメインにしている。その上からミスリル鉱の防具を付ける。籠手と、靴と一体化した脚部の防具、胸部の防具の3点セット。さらにその上から羽衣のような薄い優雅な布を腕や背に纏わせ、着替えが完了する。

「一番上の薄い布は特上級の魔力耐性のある布だ。上手く使えば身体の周りにできる魔力の支配空間を乗りこなせる。魔女様じゃなくても空を飛べるようになるはずだ」


 職人の言葉に3人は頷いた。それから互いの顔を見合わせると、身を寄せて抱きしめ合う。

「ナーヒャ、ずっと大事にしてくれてありがとう。私も世界で一番大事に思ってるよ」

 名残惜しむように触れ合った熱たちをなぞると、アウレーシャは己の胸に手を当ててはしゃいだ声で言った。

「私、今からちょっと大活躍してくるから、私の一番かっこいいとこよーく見ててね!」

 深紅の髪を揺らした盟友は子供のように笑って外へと駆け出し、そのまま魔女の杖で空へと飛んでいく。


「俺からも……愛してくれてありがとう。ナーヒャ、俺も世界で一番愛している」

 ぽんぽん、と背を軽くたたくとアドラフェルもまたささやかにほほ笑む。しかし次にはそれを勇壮な笑みに塗り替える。

「では、行ってくる。俺はお前たちが信じ支えるに能うこのヒサールの領主なのでな」

 そう言うと、堂々とした歩調で城の正面門へ向かう。各部隊の出撃準備が整ったことを確認する声を聞きながら、ナーヒヤールは用意された馬にまたがり、拍車をかけた。

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