表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/29

23話 愚か者への抱擁

「何考えてるんですかお二人とも。そもそも反乱の一つでも起こしたいなら独立未遂事件に協力していれば良かったじゃないですか!」

 バルワ家(ウチ)がそうだったみたいにイダ家にだって打診があったでしょう、と怒鳴りながらアウレーシャが杖を振るうと炎は螺旋を描いて宙を舞う。


「父様が宮廷に職を得ていたことを差し引いたって断るに決まってるだろう、あんな失敗するのが見え透いてる中途半端なやり方!」

「魔女フレイヤへの中央からの誹謗中傷をネタに説得を試みたというけれど、反乱の旗頭に国王の信も厚いヒサール公爵を担ごうとするなんて愚かの極みですわ!」


 イダ家姉弟が荒っぽく返事すると、鋭い風が周囲の木々を切り裂きながら飛んで炎を散らした。戦況はアウレーシャにとって圧倒的に不利だった。イダ家の姉弟は、魔女が侵入者を知らせるために先駆けを飛ばす猶予すら与えず風の魔法で彼女を翻弄している。


「じゃあ何だって今頃になって! そもそもお二人とも旧き家系がお嫌いとばかり!」

 癇癪を起した子供のような物言いをする妹分に、4つ年上の昔なじみはあいまいな笑顔で答える。

「そうだね、好きではないよ。飲んだくれも多い、酷い実験や研究もやった。褒められたものじゃない」

「それでも旧き家系をやめることはできませんわ。旧き家系でなくでは、この血を継がなければレパーサにもアウレーシャにも出会えなかったから……」


 答えるや否や、ドウとひときわ強く風が吹く。その凄まじさにアウレーシャの体は大きく飛ばされ横転し、頬が地面をこすった拍子に砂が口の中に入った。それを吐き出しながら身を起こした魔女はそのまま勢いよく空へと上昇する。けれどそれを阻むように横殴りの風がふきつけて身体は地上へと引き戻される。


 しかしそのまま地面に追突することは無く、イダ家の2人は妹分の体を受け止めた。

「……何なんですか、本当に」

 アウレーシャは顔をしかめる。それが苛立ちでなく困惑の表情であることを正しく読み取って、年上たちは妹分に優しく語りかける。

「確かに当時、わたくしたちはお父様に反乱に加担しないよう進言しましたわ」

「だけどそれは勝算がないからであって、今のシャマル王国の貴族の在り方に納得しているからじゃない」


 しかしその声はだんだんと湿りと熱を帯びはじめる。

「ねえアウレーシャ、どうして直接あの反乱に加担しなかった家々まで旧き家系というだけで奪われなくてはいけなかったの?」

「首謀者の息子とはいえ反乱に参加しなかった子供が、まだ12歳の子供がどうして処刑されなくちゃいけなかったんだい?」

「わたくしたち旧き家系を批判する連中が一体何を成し遂げたと言うの?」

「ボクらを時代遅れだと嘲笑する連中が少しだって魔法理論の理解や魔法技術の発展に寄与して、財と特権と魔力を持つ貴族としての務めを果たしたかい?」


 妹分の肩や腕に添えられた姉弟の手に力がこもった。美しい緑色の4つの瞳の輝きに圧倒されて、アウレーシャは全身を緊張させ魔法の一つも使えずにいる。

「独立未遂事件の首謀者ムムッタ家当主もそれに乗せられた東方辺境領主も、参加した者たちが皆読みが甘く愚かでしたわ」

「だけど、死刑執行を目前に面会したムムッタ家当主はボクたちを罵って言ったんだ」


 お前たちがいればこの反逆は成功したはずだし、まだ12歳の息子だって殺されなかったはずだ! 俺たちのやり方がぬるいというのなら、お前たちのやり方でやって見せろ!


 イダ家の姉弟は重くため息をついて目を閉じ、そしてゆっくりと瞼を開く。ピカピカと懐かしい瞳たちが光っている。


「いくら首謀者の子供とはいえまだ12歳の子供が殺されるいわれはない。その責任がわずかなりともわたくしたちにあるのなら、我々はムムッタ家当主の罵倒を甘んじて受け入れるべきですわ」

「貴族として旧き家系として、持てる技術、力、そのすべてを利用してボクらはボクらの反乱を完遂する。これをもって刑に処されて死んだ旧き家系たちとあの子供へのはなむけにする。そう決めたんだよ」


 アウレーシャは気力を振り絞って全身に炎をまとい、彼らから距離を取る。


 熱っぽい2人の声を聞きながらアウレーシャは悟っていた。彼らもまた止まれないのだ。いかなる制約があろうとも、いかなる苦難があろうとも、呪術という不本意な技術を利用しようとも、目的を達するためにはそれらのすべてを飲み込み、わが身が傷つこうとも目の前に立ちふさがるもの全てを薙ぎ払ってまっすぐに進んでいく、あの衝動に魅入られている。


「お姉さま、お兄さま、そこを退いていただきます。侵入したあなた方の仲間を排除しなければいけません」

 そしてまた、アウレーシャもその衝動に突き動かされている。


「どうして? ただ政権を転覆したり新しい国を興すのでは生ぬるい、そんなものはあのシャマル国王相手には通じない。そして平和な世では結局あなたのような力ある者が排斥されるのは必定」

「なら常に力が必要な状況にするのが良い、そのための魔界召喚だ。これが旧き家系滅亡を避けるための策、あの日のムムッタ家当主への答えだ」


 鋭い風が、アウレーシャの纏った炎を散らし、そのまま四肢と胸部に取り付けたミスリル鉱の防具を傷つけ始める。四大元素を直接扱う風や火、水の魔法は扱いが容易なうえ、発動の際の魔力の使用効率が良いため戦闘に向いている、という結論を出したのはバルワ家の先祖だったことをそのすえの娘は思い出す。


(だめだ、ただ燃やして纏うんじゃ炎はすぐに散らされる。ならもっと、体に密着させる感じなら……?)

 思考はそこで中断される。


 風にあおられて砂が巻き上がったからだ。土煙の中で葉が踊り、視界が悪くなる。思わず顔を覆おうとしたところに、視界にわずかに映る影がある。真正面から剣を構えたカレーナとレパーサの姿だった。鋭く光って殺到する剣を、アウレーシャはミスリル鉱の杖で防ぐ。しかしそれが成功したのも一度だけで、今度は左右からの攻撃を避けようとした拍子にバランスを崩して倒れこむ。しかしその状態で彼女は本能じみた動きで全身に再び炎をまとわせた。


(倒れたり背中をさらした時には炎をまとって自身を防護、同時に敵をけん制……大丈夫、冷静。体もきちんと動く)

 あの10年間の訓練で修道院長に叩き込まれたことだった。けれどその予想を裏切って、カレーナとレパーサは炎をものともせずに地に伏せたアウレーシャを起こして彼女の手を強く握った。。


「お願いアウレーシャ。一緒に来て……わたくしたちを選んで」

「ボクらの計画でキミの10年間が清算されるわけじゃないけど、これ以上キミを野蛮令嬢バーバリアーナなんて嘲笑する者もいなくなる」


 緑の瞳が潤みながら熱っぽいまなざしでアウレーシャを見つめた。けれど彼女は二人の手を振りほどいて世話焼きな双子を睨みつけた。年上たちは昔なじみの少女から向けられるまなざしに戸惑ったような顔になった。

 否、少女だと思っているのは彼らだけだ。


「あだ名も嘲笑も、私は最初から気にしていません」

 言いながら魔女は体内で魔力を練り上げる。カレーナとレパーサはこの隙に彼女を攻撃しない。そもそも彼らが2人がかりで本気を出したのなら、アウレーシャは今頃立っていることもできなかっただろう。だが2人には彼女と戦う意思はなく、仲間になってほしいと懇願している。イダ家の二人はその気持ちを自身の行いで証明している。

 

 けれど自身の進むべき道を塞ぐというのなら、アウレーシャには戦う用意がある。

「全ては覚悟してのこと」


 アウレーシャはカレーナとレパーサに近づいた。そのまま懐に入ると、無言でぎゅっと彼らを抱きしめた。アウレーシャ、と名を呼び抱きしめ返される。ついでとばかりに頭を撫でられて、妹分は眉間にしわを刻みながら目をつぶる。


「私は私自身に立てた誓いを果たすまで」

 かみしめるような声は、むしろ自身に刻み付け確認するような響きだった。


「アウレーシャ?」

「やっぱりボクらと一緒に来てくれるかい?」

 怪訝そうな声に、魔女は首を横に振った。

 一緒にいたい相手はもうとっくの昔に決まっている。


「いいえ」

 チリ、と炎が生まれるかすかな音がする。


「……あの独立未遂事件の参加者が愚かだというのなら、あなた方も大概愚かです」

 魔女が絞り出すような声で言いきると、彼女の四肢と胸部を小さな炎が覆った。頼りない、本来なら魔力の扱いに秀でたイダ家姉弟にとって取るに足りない程度のものだ。

 しかし彼らは顔を青くする。


「熱い? アウレーシャ何を!」

「風で消えない?」

 カレーナとレパーサは応戦しようとするが、彼らに密着したアウレーシャの身体で小さく、しかし確かに燃える炎が散る様子はない。


「魔力を取り込むサイクルが激しくなる時に自身の周りに発生する魔力の支配空間(・・・・・・・)。その性質を利用して、私自身の支配空間に収まるように身体に炎を密着させています。私の指、私の腕、私の髪、私の脚、私の胸が届くところは私の支配下(・・・)、あなた方の好きにはさせません」

 土壇場で繰り出される技量にイダ家の2人は唖然とし、それにつられて風が止んだ。


 バルワ家の娘は旧知の2人を抱きしめる腕に力を込める。炎の熱気にも関わらず、その手に触れる姉弟の体は妙に冷たく感じられたがそんな雑念は振り払い、反撃の隙も与えず詠唱コールした。

 体内で練った魔力を術へと変換する。足元に赤く輝く魔方陣が現れる。

「炎よ、燃え上がれ! 不死鳥の抱擁カレス・オブ・フェニクス!」

 ゴウ、と音がして巨大な炎が吹きあがった。炎の柱は曇天を短く照らし、長い尾を引く霊鳥の姿になり、大きな翼をはためかせる。


 赤々と燃える翼はカレーナとレパーサを包み込んだ。


 2人の腕からするりと抜けた旧き家系のすえは眉間にしわを刻みながらその光景を見つめて苦々しくつぶやく。

「この世界に魔界を召喚したとして、瘴気の漂う世界で生き残れる人間なんてごくわずか。ほとんどの者は死に絶えるでしょう。旧き家系だ貴族だとあなた方は言うけれど、そのおこりは何よりもまず魔力を用いて戦い、民守たみまもること。だというのに、あなた方の計画はその第一義に大いに逆行している……」


 力尽きて倒れた2人を彼女は力なく見つめる。ゆっくりと目を開けたカレーナはあちこちに怪我をしてすすだらけの顔で呆れたように笑う。

「……そう、ね。でも、わたくしたちは成し遂げると、決めていますわ」

「そうだよ、ほら、ゆっくりしてるヒマがあるのかい? ボクらの仲間はとうに領内に」


 反撃どころか起き上がる体力もないらしい、寝転がったままのレパーサは空を指さす。

 いつの間にか朝を迎えた空は厚い雲に覆われている。その空に光の線が現れた。


 光りながら伸び、形を描く線である。

「魔法陣が作られている……? 魔界召喚の魔法が準備されてる?」

 アウレーシャは杖を逆さにして足をかけた。


「……アウレーシャ嬢」

 囁くような声を伴って、天を指していたレパーサの指がその手首を握った。けれど彼女は振り返らない。拘束をするりと抜けて、ミスリル鉱の杖を仄赤く光らせながら空へと駆け上がる。その赤い軌跡を地上から見上げ、ため息をついてレパーサは笑いを含んで呟いた。


「ズルいなぁ、あれだけボクらが抱きしめたって抱きしめ返してくれなかったのに。最後の最後で抱きしめるなんて」

「……あの子の赤い髪、やっぱり綺麗ね」

 その横でカレーナが呆れたように笑った。


***


 曇天を赤い光がまっすぐに飛んでいく。既に領内は警戒態勢が敷かれ、領民たちは避難しているらしかった。


(そういえば髪が変色する、とカレーナお姉さまは言ってたけど。それが本当なら……)

 アウレーシャは己の胸に触れようとして手を止め、てのひらにわずかに残ったイダ家姉弟の感触を思い出す。


 まだ幼い頃、魔法の訓練に失敗して親に呆れられるたびに「そんなに頑張らなくても良い」と慰めてくれた。守ろうとしてくれた。優しい人たちだった。

(だけど、私の力を認めてはくれなかった。私が成そうとすることから遠ざけた。決してあの2人と私は対等ではなかった)

 それは彼女が修道院を出てからもそうだった。


 何かが違えば、カレーナとレパーサを盟友と呼ぶ未来があったのかもしれない。けれど彼女は互いを対等に頼り合う仲としてアディとナーヒャを選んで、あの日の誓いをその胸に掲げ続けている。


 じわり、とアウレーシャの視界が滲む。

(……会いたい)

 いま無性に、彼らに会いたかった。それだけでここからのどんな過酷な戦いにだって耐えられる。彼女はそれを知っている。


 けれど状況はそれを許さない。彼女は自身に刻み付けた誓いをなぞる。

(多分、アディもナーヒャも(・・・・・)今すごく困ってる。それなら私がすることは彼らを助けることで、彼らに会いに行くことじゃない)

 魔女は深呼吸をしてスピードを上げてヒサール大門に向かった。


 ヒサール大門前には妙に濃い霧が漂い、魔獣の一団を戸惑わせていた。大門の前にドンと居座る防衛局大臣の隣に立っていたのはエリエッタ・ナフルで、霧は彼女の魔法である。

「自領を魔獣が通って行ったと聞きましたので、次期領主として見回りに来たんですの」


 全身をわずかに震わせながらもアウレーシャ相手に勝気に笑って言ったエリエッタは、大臣と使者の指示で霧の濃さを変えながら魔獣を誘導して一頭ずつ自分たちの眼前に引きずり出し、警護に連れてきていた兵士にそれを倒させているようだった。少しでもコントロールを誤れば一気に魔獣が押し寄せるだろう。そうなれば兵士たちはひとたまりもない。綱渡りの防衛線である。


 けれどエリエッタは明るい声を上げた。小さな杖を握りながら振り向いた愛らしい顔は汗にまみれ泥に汚れ、目にはわずかに涙をためながらも笑みを描いている。

「ちょっとヒサール城まで行ってアドラフェル様に私がどれだけかっこいいか伝えてきてくれます?」


 本当はもう今すぐ責任の重さにへたり込みたいはずだ。迫りくる魔獣の圧に怖くて泣いてしまいたいはずだ。それでも目の前で直接魔獣と戦う兵士たちの手前、それらを抑え込んで体を動かし魔力を操る。


「褒めてもらえるなら、どれだけだって戦えますの!」

 その貴族令嬢の矜持に、アウレーシャもまた勝気に笑って応えた。

「了解!」


 空を赤い光が駆けていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ