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18話 そして開かれる

「王都が魔獣に襲撃された? どういうことだ」

 ヒサール領主が顔をしかめた。強力な王権によって太平の世を維持するシャマル王国において、前代未聞のことであった。


「ヒサール公、エリエッタお嬢様! 旦那様からご連絡です!」

 続いてナフル邸の使いが馬に乗って駆けてくる。ヒサール領に届いていたのと同じ知らせを持ってきたらしい。ヒサール領の人々は早々にナフル邸に戻るべく、使いの者がひきつれてきた馬にまたがった。


「アドラフェル様、私たちは魔獣の基礎調査が終わったら屋敷に戻りますの。お急ぎになって!」

 ナフル伯爵の娘に背を押され、ヒサール領の人々は丘の上の屋敷へと急ぐ。その間、公爵は御者のミゲルと騎馬を並べて話を聞きだす。 


「ミゲル、お前が聞いた第1報の詳細は?」

「王宮の一部に火の手が上がり、そこにサル型魔獣が現れたようです」

「ヒサール領はどうであった」

「いたって平和です。いち早くお伝えしなくてはと魔女様の天馬をお借りして戻ってきました。申し訳ありません」


「お気になさらず。……偶然、でしょうか。あちらに現れた魔獣は普通の魔獣のようですが」

「そこは分からん。ただ、タイミングが良すぎる気はするな。それに厳重な警備の王宮を突破したのだ、違和感がある」

 ヒサール領主は顔をしかめる。ただ魔獣が入ってきただけ、というのならそれまでだが、なにせ場所が王都王宮である。


「でも、王国府の一般的な兵士が頼りないのは我々の良く知るところではありますし」

 御者のミゲルが、先日撤退したばかりの王国府騎士団を思い出す。そうこうしているうちに一行はナフル邸に到着する。馬を降りて邸内に入ると、玄関ホールで忙しく立ち回るナフル領主が見えた。


「ヒサール公、今しがた第2報が入った! サル型魔獣は近衛騎士団により撃退。怪我人が出たものの鎮火も既に完了し、現在王都及びその周辺を捜索中だそうだ」

 ヒサール領主は胸をなでおろし、その隣でアウレーシャやザマンがきょとんとして顔を見合わせた。拍子抜けした、といわんばかりの表情である。


「王宮の被害などが纏まるのはしばらく後になるでしょうな。ヒサール公、貴公は今すぐ所領に戻られた方がよろしかろう」

「王国府に提出調書用の取り調べは?」

「公爵閣下、こちらの用紙に書き込んで我が領まで送っていただければ」

 ナフル領主の傍に控えていた秘書官が差し出したものを、秘書官見習いのナーヒヤール・ボーカードが受け取った。


 ナフル領主は一歩前に出てその場の者たちに聞こえるように言った。

「今は各人がそれぞれの持ち場で責務を果たし、王国府からの指令を待つのが得策です。……それに、夜はもう明けた。ならば夜会はお開きだ」

「ナフル伯、貴公の招待に感謝する。また懲りずに誘っていただけるとありがたい」


「こちらこそ。我が娘のことといい、魔女様にも大変お世話になりました」

「どうぞお嬢様にはよろしくお伝えください。それから、あの魔獣は内臓まで調査するようにしてください」

「了解しました。それではまた」


 ナフル領主は客人に頭を下げるとそのまま向こう側にいたイダ家の姉弟にも声をかける。東方独立未遂事件の後処理でその面積を減らされたとはいえ、彼らもまた自身の領地と領民を抱える立場である。


「……お時間は取らせません、少し待っていて下さいますか、公爵閣下」

 自身を妹のようにかわいがる年上たちの姿に、アウレーシャはヒサール領主を仰ぎ見る。


「分かった。ナーヒヤール、お前も行ってこい。イダ家のご姉弟とは旧知なのだろう」

 秘書官見習いは呆けたような顔になるも、すぐに「お言葉に甘えて」と言って駆けだす。


「本当にこんなことになってとても残念ですわ。他の旧き家系の方々も今頃驚いてるでしょうね……」

「ひとまず王宮が襲われたのはびっくりしたけど大きな被害もないようで安心したよ。それにキミに怪我がなくて良かった、アウレーシャ嬢」

「……ね、アウレーシャ、あなたはこれからも王国府のために戦うつもりでいるの?」

「ボクらやっぱりキミのことが心配なんだよ」


 別れのあいさつに来た妹分を相手に、やはりイダ家当主代理の双子は彼女を抱きしめて言い募る。昔から世話焼きで、アウレーシャが修道院送りになった際に一番怒って心配してくれたのも彼らだった。とはいえ、恩義があることと、彼らの言動に同意して従うことはまた別の次元の話である。


「それが仕事ですので」

 王国府魔術戦闘特別顧問はそう言って困ったように笑う。


 そうよねぇ、と心底残念そうにつぶやいたカレーナは端に控えていたナーヒヤール・ボーカードを手招きして、年下の2人をまとめて抱きしめる。

「ナーヒヤール君もしっかりね。」

「秘書官のお仕事、頑張るんだよ」


 レパーサが秘書官見習いの肩をポンポンと叩いてその手を握り、その次にアウレーシャの手を握って言った。

「それじゃ、僕らもそろそろ戻るよ。仕事は待ってくれそうにないからね」


***


「アドラフェル・ヒサール・ユリスナが今戻った!」

 ヒサール城に主が帰着すると、揃いの制服を身に着けた使用人たちがおかえりなさいませ、と声をそろえる。


「旦那様、仮眠室と軽食、お風呂の準備ができておりますが」

「風呂だけで構わん、移動中に少し寝たのでな。それよりザマンとナーヒヤール、ミゲルももう休め」

 返り血を吸ったコートを脱いで使用人たちに預けながら言う領主に、魔女がすかさず口を挟んだ。


「閣下、あなたも軽食を召し上がるべきですし、私と魔獣調査班の報告があるまで休むべきです。第一、上の者が休まねば下の者も休みづらい。私も始業まで休みますから」

 その物言いがいかにも合理的だったので、生真面目な青年は首を縦に振った。


 昼に差し掛かろうかというころ、ヒサール領の端の森で魔獣の解体をしていた人々は目の前の光景に息をのんだ。バッタ型魔獣の割り開かれた腹の内側には独特の文様が浮かび出ていた。


「これ……確かに改造魔獣、ですね」

 アウレーシャが呟くと、隣にいた魔獣調査班長ネリネが傍にいた新人班員に声をかける。

「ちょっとその本開いておくれ。……はあ、確かにここにある通りだね」


「ええ、この本に書かれているような天馬の完成までの魔獣改造実験の過程に見られていたのと同じような跡、ですね」 

 魔女の言葉にネリネは首を縦に振る。いかにもインドア派といった風体のこの男は非常に優秀で迷いがなかった。


「とはいえ、なんか違和感ありますネ。なんでしょネ」

 その横で副班長リィスが首をひねる。おどけたように肩をすくめて見せるが目は真剣そのものだ。


 ヒサール領の魔獣調査班員たちは開かれた魔獣の腹をまじまじと見つめ、顔を見合わせる。真ん中のあたりはアウレーシャの炎に貫かれて穴が開いていたが、調査には支障がないのが幸いだった。


「そういえば、あの、魔獣の改造にあたってのベースになる知識や技術の提供って旧き家系でしたよね」

 本を開いて班員たちに見せている新人メンバーがふと思い立ったようにバルワ家の子に尋ねる。


 熱心に臓腑をかき分けていた伯爵令嬢は「ええ」と返事して、班員たちと一緒に腕を魔獣の体液まみれにしながら何かを探しているようだった。


「旧き家系は魔王時代の魔力操り人々を守るという成立過程の解釈がねじ曲がり、魔王討伐後も色々と実験のようなことをやってました。魔獣改造はその一環で、それが結果として天馬の改造みたいな平和的な活用をされたのがちょっと奇跡に近いんですよ」

 言いながら、旧き家系の娘はため息をつく。


「魔力の高い子供が生まれるようにめちゃくちゃな子作りをしてその結果をデータとして旧き家系全体で共有する、なんてのはどの家でも行われていたみたいです」

 とにかく負の遺産も多いのですよ、とバルワ家令嬢は肩をすくめる。


「……初めて聞きました」

 班長のネリネは苦い顔をする。彼は新興貴族の末子だったが、確固たる収入を求めて今はヒサールで働いているという。研究好きの男だったが、しごくまっとうな倫理観を持ち合わせた研究者の鑑で、この反応も順当なものであった。


 アウレーシャは困ったように笑う。

「近親相姦を筆頭に、外部に漏れたら恥になるようなことばかりですから。その割に、そういった実験や探求の中である程度の成果を結んだのは魔獣改造だけです。さすがにもうそんなことも行われなくなりましたけど」

「あ、そうなんですネ? 良かったァ」

 リィスがホッとして息を吐きだす。


「もうそういった話を内輪でもしなくなったので私も詳しくは知りませんけど」

 旧き家系の子はそこまで言って「あ!」と声を上げた。皆が彼女の視線をたどり、目の色を変えた。


「この臓器光ってますヨ! これって魔力袋? でも死んでるのにどうして……?」

「そっか、違和感って魔力袋が異様に大きいからだ! 他の内容物が圧迫されてる」

 わっと魔獣調査班が歓声に近い声を上げ、周囲で手伝いをしている者たちもそこを熱心にのぞき込む。周囲にいる警備の兵士たちが信じられないものを見るような目つきで彼らを見守っている。


 魔獣調査班長ネリネが周囲に声をかけた。

「この位置のまま魔力袋を開く。リィス、ケイン、リッター、周囲の臓器をそのまま持ち上げて。それ以外のみんなはいったん離れて、魔力袋は開いたら中から魔力が噴出する可能性があるからね!」


 班長の指示に班員たちはてきぱきと従い、彼の傍に刃物と水の入った桶をおいて距離を取る。最後に魔獣の傍に屈んでペンを動かしていた者が立ち上がる。


「臓器のスケッチ、終わりました。いつでも大丈夫です!」

「了解。魔女様は万が一に備えて我々の傍にいてください」

「はい!」

「では、開きます!」


 ネリネの握ったミスリル鉱のナイフが魔力の光を放つ臓器に線を引く。開いた口から銀色に輝くものが覗いている。

「魔力噴出なし。目視で……何か、魔力を宿すものを確認……」


「これは……ミスリル鉱?」

 アウレーシャがそこをのぞき込んで呟く。

「中のものを取り出す。記録は?」

「大丈夫です」


 ネリネが魔力袋に手を侵入させ、銀色に輝くものを取り出す。現れたのは、魔法石があしらわれた小さな箱だった。水でそれを洗うと全体が若草色に光っており、魔力をたたえている。

 それを確認した周囲の班員たちが顔をしかめ、あるいは首をひねる。臓器の中に人工物が入っているのだ。


「誰かの魔力が込められているん、ですよね。ミスリル鉱ってそういうものですよね」

 アウレーシャはネリネに問いかける。返答は首肯だった。アウレーシャがミスリル鋼の防具や杖に魔力を通せばそれがほの赤く光るように、ミスリル鉱を通して可視化される魔力は個人個人に異なった色をしている。

「なぜ、こんなものが。誰の魔力だっていうんですか?」


「蓋、開きますかネ?」

 リィスの言葉に、ネリネはゆっくりと箱のふたに手をかける。班員たちも我慢しきれないとばかりに彼の手元をのぞき込む。


 若草色の光をまとうミスリルの箱の中には指先ほどの大きさの半透明の固いものが10枚ほど入っていた。

「これは?」


「……班長、コレ」

 リィスがその板のような物を震える指先で持ち上げる。

「爪、じゃないですか、ネ」

 声もまた震えていた。


 魔女は衝動的に立ち上がる。

「私、図書館に行ってきます!」

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