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13話 生き急ぐ者

「魔法は基本的に1人につき1種類、これは悪魔も人間も同じです。そのうえで生まれつきのもの。魔王時代が終わってからというもの、戦闘には使いにくい魔法を持って生まれる方も多いのが現状です」

 ヒサール城の外、訓練用に向けられた場で、騎士団を前に王国府魔術戦闘特別顧問は言う。


「魔法は使い方やその解釈、使用者の心意気でやれることも変わりますから、より強力な技の習得については、正直他人が教えるのも難しい」

 ですから、と魔女は地面に長い杖を置いた。


「私がお手伝いするのはもっと根本的なこと。つまり、魔力による身体強化、その精度向上です」

 騎士団はハイと返事する。


「我々は戦う時、無意識に大気中の魔力を体内に取り込みつつ魔力で身体能力を強化していますが、それが行きつくとこまで行きつくと」

 ふわり、と魔女は30センチほど体を浮かせた。

「飛べます。これは自分の体の周りの魔力の流れを支配している状態です」


 彼女がそう言うと、若い騎士グラッドが手を上げた。

「顧問殿、質問です!」

「なんでしょう」

「魔女の杖は必要ではないのですか?」


「杖はあくまで補助のため。必須ではありませんし、空を飛ぶというのは理論的には誰でもできることです。そして、自分の体の周りの魔力の流れを支配してるこの状態であれば」

 魔女は浮いたまま土の上に寝そべる杖に手をかざした。杖がふわりと浮き上がり、彼女の手に収まる。

「その性質を利用して、自分のすぐ傍にあるものや自分に強い縁のあるものを浮かしたりすることもできます」


 とは言っても、と言いながら魔女は地面に足をつけた。

「補助道具なしだと結構疲れるんですけどね」

 深呼吸をして息を整え、騎士団たちを見渡す。


「身体強化は、皆さんが戦闘の際に行うような、武器に魔力や魔法をまとわせるのと同じ仕組みです。あまり構えず、とにかく集中」

 そこまで言うと新任の魔女は苦笑する。


「……と、まあ以上が私がかつて修道院長に教わったことです。一応ですね、私も王国府魔術戦闘特別顧問などという大層な役職をいただきましたからそれっぽいことを言ってみましたが」

 騎士団たちを見れば、皆、分かっているとばかりに武器を構えだす。


「ここから先に言葉は不要。さぁ、行きますよ!」

 魔女が燭台のような杖を振るうと、先端の炎が赤く尾を引く。騎士団たちがそれに切りかかった。


 その様子を眺めながら、少し離れたところに立っていたヒサール公爵は隣に立つヒサール騎士団長バンダックに言った。

「今晩の帰りは早くても2時、遅ければ3時を過ぎる。すまんが今晩は魔女殿もザマンも借りていく」 


 公爵の傍に控えていた秘書官見習いナーヒヤール・ボーカードがすかさず口を開く。

「出先での閣下の身の安全は僕が必ずお守りします」

 騎士団長は頼みます、と返事して公爵に向き直った。


「どうぞヒサールの留守は我々騎士団にお任せを。明日は閣下も休養日ですし、羽を伸ばしてきてください。王国府主催《お仕事》でない催しにお出になるのは久々なのですから」


 すまんな、と言った生真面目な領主は向こうの土の上で模擬戦闘に励む戦場の徒を指さした。

「それはそうと、王国府魔術戦闘特別顧問殿の魔術訓練はどうだ?」 

「おおむね順調です。魔女殿など今日になって珍しく講義のようなことをしてくださいましたが、とにかくまだ数日なのに団員達も魔女様も面構えが変わりましたよ」

「魔女殿も?」


「ええ、魔女の杖を槍のようにして使えないか、とか試行錯誤なさっているようで」

 ほう、と言って鋭い目を向けたその先で、魔女は長いミスリル鉱の杖で剣劇をふせごうと苦心している。時折年かさの騎士が彼女に腰が引けている、と叱咤する。


「魔女の称号を得てなお強くなるか」

「今の魔女様は水を得た魚……いえ、油を注がれたランプのようですよ」


「……だが、それも燃やすべき芯が無くなればそこで終わる」

 アドラフェルは物憂げにつぶやき、己の盟友を見つめる。魔術戦闘特別顧問は握った杖の石突で地面を強く叩き、炎を円状に吹き上げている。けれど、最後の最後、年かさの騎士が身体強化して勇猛果敢に炎を突破し、疲労を見せ始めた魔女の手から杖をはたき落とした。


「皆、そこまで!」

 騎士団長のバンダックが声を上げ、公爵に一礼して団員たちの元に戻っていく。アドラフェルもまた秘書官見習いに声をかけ、執務室に戻っていった。


 そうして昼を過ぎ、夜の帳が落ちる頃にはヒサール城はにわかに活気づいていた。


「アドラフェル様と魔女様の軽食のお盆回収してきましたー」

「メイヤ先輩がいないんですけどー!」

「メイヤさんはアウレーシャ様の身支度のお手伝い!」

「ザマンさんと見習い君、御者のミゲルくんのお盆も回収しました!」

「今晩は旦那様もザマンさんもいないんだから、万が一の時には私たちが対応するのよ」

「パーティーかぁ。また私たちもやる? ちょっとしたパーティー」

「良いねぇ、見習い君の歓迎会もやりたいし」

「無駄口叩いてないでちゃきちゃき動いて!」

「閣下が気持ちよく遊べるように、我々がきちっと送り出して差し上げなくてはな!」

「先代と言い今代と言い、うちの旦那様がたは生真面目だからなぁ」

「ねえ聞いた? 今晩の閣下がすっごく決まってるって兵士のみんなが言ってたわよ!」

「馬鹿、閣下はいつでも最強最高の美丈夫、ヒサールの輝ける極星だろ?」

「あ、メイヤ先輩おかえりなさい!」

「みんな、旦那様方がそろそろお出になるわ」


 メイヤの言葉で、制服を身に着けた家事使用人たちが揃って玄関ホールに並び立った。階段を降りてやってくる城主とその同行者たちの姿に、皆思わず息をのんだ。

 先んじてやってきた秘書官とその見習いは、主人より派手になりすぎず、しかし主人の品位を損ねないような、すっきりとまとまった恰好をしている。それぞれ胸にはヒサール領の紋章を模したバッジが輝いている。


 しかし、何よりも目を引くのはヒサール公爵本人だ。

 ヒサール領主はシルバーグレーの表地に青い裏地の燕尾ジャケットを基本としたスリーピーススーツ。首元のタイを青い宝石のブローチで飾り、白銀の髪を後ろになでつけ、耳には瞳と同じ色の宝石が輝く。秘書官ザマンがその肩に黒い重厚なロングコートを乗せれば、その襟元で金の飾りが華やかさを添える。


「アドラフェル様、首元きつくありませんか?」

「問題ない。大戦斧は?」

「御者のミゲルに運ばせて、布袋に入れた状態で馬車に備えさせております」

 それなら良い、と言ったアドラフェルは横に立つ淑女を見やる。


「アウレーシャ嬢、久々の夜会だろうがあまり緊張するな。主催者は楽しいことが好きな気さくな方でな、今年社交界デビューの若者も多く参加している」

 言われて、淑女はにこりと、それでも勇ましさを滲ませて笑った。その立ち姿は、戦いながら吠え叫ぶ彼女の姿ばかり見ていた者たちを半ば唖然とさせた。


 そもそも、あの炎を繰る魔女アウレーシャのドレスなら深紅だろうと誰もが思ったのだ。それがどうだ、現れたのは春の花を思わせる淡い桃色。袖や首元、スカートの裾は透けるような薄い布地で、そこに白や水色、黄色で細やかな花の刺繍が施されている。自身の魔力の象徴ともいえる深紅の髪は毛先を巻いて後ろに流し、耳には花を模した薄桃色のレースのイヤリング。

 あの腕の良い仕立て人の師匠が魔法を使いながらたった数日で仕上げた衣装である。


「アウレーシャさま、こちらのコートを。共用の衣裳部屋の奥に放置されていたもので恐縮ですが」

 メイドのメイヤが差し出したのは毛皮のコート。春とはいえ夜には冷えることもある。防寒として渡された黒々とした毛を肩に引っ掛けて、魔女はニコリと笑った。


「お気遣い下さってありがとう、メイヤさん。お着替えの手伝いも」

「どうぞお気になさらず。そちらのコートは魔獣の毛を加工したものですから、魔力耐性もあります。……わたくしとしてはそれやミスリル鋼の防具を使うような事態にならないことを祈るばかりですが」


 メイヤの言葉にその場にいた者はぎょっとした。

「アウレーシャ嬢?」

 恐る恐るナーヒヤール・ボーカードが声をかけると、魔女は何食わぬ顔で万が一に備えて、と殊勝なことを言う。


「ちゃんと杖も持っていきます」

 そう言ってドレスの裾をわずかにめくりあげた。足元はヒールと一体化したミスリル鉱の脚部用防具であった。装備者の魔力を受け、防具全体が仄赤く淡い光をまとっている。


「……魔女殿、そこまで気負わずとも良い」

「パーティーに大戦斧を持っていく方に言われたくありません」

 ぐう、と黙り込む公爵とコロコロと笑う魔女を見ながら、ナーヒヤールは口を閉ざす。その隣で、ザマンもまた黙り込む。生真面目というよりも必要以上に気負う節のあるこの2人にあれこれ言ってもどうしようもないという諦めであった。


「さ、そろそろ参りましょう。夜会には遅刻厳禁ですぞ」

 老秘書官は彼らをせっつき、使用人たちはそろって頭を下げた。

「どうぞお気を付けて行ってらっしゃいませ」 


***


 馬車はヒサール領を抜け、森の中の道を通り、やがて大きな運河沿いに出る。そのうちに畑や果樹園が見え始め、そのまま街に突入する。

「俺からすると、砦のない街というほうが不可思議に見える」

 レンガ造りの街を眺めながら、砦の街の領主は呟いた。


「まあ、魔王がいなくなってからの300年でどの街も砦を壊しましたからね」

 ナーヒヤール・ボーカードもまたそう言って窓の外に目を向ける。

 街の中央を貫く運河に沿って馬車は走り、そのまま小高い丘にむかった。そこに立つクリーム色の屋敷が今晩のパーティーの開催場所である。


 屋敷入口に立った若い使用人たちは、老秘書官の差し出した招待状を目にして、そしてその後ろに控える貴人たちと見比べてからやや戸惑ったように彼らを中に通す。玄関ホールに足を踏み入れると、コールが響く。


「西方辺境領ヒサール領主、アドラフェル・ヒサール・ユリスナ公爵閣下! ならびに王国府魔術戦闘特別顧問、魔女バルワ伯爵家レディ・アウレーシャ!」

 参加者の到着を告げる声に、既に玄関ホールにいた者たちの視線が一斉に彼らに向いた。何せ、つい先日の狩猟会で話題をかっさらっていった2人である。そして何よりも彼らのその姿も目を引いた。一等にまばゆく、しかし厳めしく着飾った美丈夫の姿と、淡く繊細なドレスの上に黒い毛皮を羽織り狩猟会からさらに自信を身に着けた堂々たる魔女の姿。


 玄関ホールの者たちの中には恐る恐る彼らに声をかけようとする者もいたが、それらを跳ね飛ばすようにカツカツと鋭く確信に満ちた足音が響いた。

 とたんに、ヒサール公爵はポンとアウレーシャとナーヒヤールの肩を叩いて言った。

「俺はあちこちに挨拶してくる」


 その雑な物言いに取り残された2人が首をひねっていると、件のカツカツと鋭い足音が彼らに近づいてくる。それと同時に、周囲の者が「おぉ……」と声を上げた。

「見ろ、あのご令嬢は」

「ああ、あの御髪のラベンダー色は」

「あの瞳の銀灰色は」


 カツン、と高くヒールを鳴らしてその背の高い令嬢はアウレーシャとナーヒヤールの前に立った。銀灰色の瞳の丸い目、ぷっくりとしたくちびる、柔らかそうな頬の愛らしい少女。真っすぐに切りそろえたラベンダー色の癖毛の下で眉を釣り上げて少女は言った。


「ちょっとお聞きしたいのだけれど、アドラフェル・ヒサール・ユリスナ公爵閣下はどちらですの?」


 知ってるはずよ、とでも言いたげな物言いに思わずアウレーシャはたじろぐ。けれどその戸惑いをどう受け取ったのか、令嬢は居住まいを正して言った。


「申し遅れました。ごきげんよう、その御髪と目の色、あなたが魔女さまですね。私、ナフル領領主、ナフル伯の娘、エリエッタと申します」

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