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中編

本編2話目です。

ロドルフは早馬を出したあと、すぐにエステルの部屋に戻ってきた。


そして、シャルロが来るまでに一同はエリックから話を聞いた。

だからこそ、シャルロが公爵邸に到着したと分かっても誰も迎えに行かないし、執事の案内でエステルの部屋に来たシャルロを家族全員で睨んだ。

『本来は不敬に値するが、悪いのはシャルロの方だ。睨んだぐらいで不敬とか言うなら、こちらにも考えはある。』と遠慮なく睨んだ。


「殿下。もう約束とか知らないんで、家族全員とついでに医師にも全て話しましたんで。」


そうエリックが睨んだまま告げると、シャルロは苦笑いで返した。


「ああ。そうだろうな。‥‥エステルがここまで追い詰められているとは気付かず、本当に申し訳なかった。」


そう言ってシャルロは頭を下げたが、すぐに上げて窺う様に口を開いた。


「エステルを‥‥見舞ってもいいだろうか?」


それにはロドルフが答えた。睨んだままだが。


「ええ。構いませんよ。‥これでエステルが起きなかったら王家に正式に抗議し、我々は未来永劫王家と縁付くことはないと陛下に言ってやりますよ。」


「‥‥‥」


それには答えず、シャルロはふらふらとエステルが眠るベッドに近付き、血色の薄れたその顔を見て愕然とし、その場に崩れ落ちた。

そして、眠り続けるエステルに言葉を紡いでいく。


「エステル‥‥ごめんな‥‥謝って許されるなんて思ってないけど‥‥」


次第に涙が浮かび、視界が滲んできたのを感じて自分のハンカチで涙を拭ったあと、しっかりエステルの顔を見て続けた。


「でもな、エステル。私にとってはエステルがなにより大切だった。不要な存在でも邪魔でもないし、思ったこともない‥‥まして、疎ましいなど一度たりとも思ったこともない‥‥」


『え?』


「殿下。今の言葉はどういうことです?私も知らないのですが?‥‥ってまさか、昨日エステルと話したのですか?エステルの様子がおかしかったのは殿下のせいですか!?」


エリックがそう問うと、シャルロはエステルから視線を動かさず答えた。


「‥‥ああ。昨日エステルから少しだけ時間をくれと言われて話した。‥‥私の自業自得だが、エステルから先程の言葉と共に婚約の解消もすぐに成立するだろうと涙ながらに言われた。」


その言葉にエリックは不敬とか考えず激怒した。


「何故その時に止めなかったんだ!!どう見てもエステルの様子がおかしかったと分かるだろ!?その場で全部話せばよかったんだ!!」


「‥‥そう‥‥だな。‥‥呼び止めたんだが、走り去ってしまってな‥‥あのエステルがだぞ?‥‥妃教育を学園卒業までに終えてしまった淑女の鑑が‥‥もう、私の話なんぞ聞きたくないと言われた様な気がして、追いかけられなかった‥‥」


「はあ!?そこは追いかけるところだろ!?馬鹿か!?お前そこまで馬鹿だったか!?シャル。」


「‥‥ああ‥‥大馬鹿者だ‥‥明日公爵邸に行って話せばいいと思ってしまった。‥‥その考えは間違いだったと今ものすごく感じている。」


そう言って毛布からエステルの片手を取り出し、両手で包んだシャルロは、その手に額を当て、祈る様に呟いた。


「エステル‥‥本当にごめん。‥‥エステルに勘違いさせたままなんて嫌なんだ‥‥だから、頼むから起きてくれ‥‥全部、話すから‥‥もうこんなことしないから‥‥」


『‥‥‥』


これにはさすがにエリックも怒りを抑えて見守った。

すると、シャルロは思い出した様に医師へと視線だけ移した。


「確認だが、エステルは王家より賜った自決用の毒でこうなったんだよな?」


「はい。この家には毒の類いはないとのことですし、なによりエステル嬢のブレスレットの中身がありません。王家の毒を打ったとみてよいかと。」


「分かった。‥‥こちらに来る前に父上のところに行ったんだが、その時に『念のため持っていけ』と渡された解毒剤がある。」


『え!?』


これはエステルの家族全員の声だが、唯一、医師だけは硬い表情のままシャルロに告げた。


「殿下。それもエステル嬢が起きてからでなければ意味がありません。」


「‥‥ああ。分かっている。」


「どういうことだ?シャル。」


思わずエリックが問うと、シャルロはエステルに視線を戻して答えた。


「解毒剤と言っても、後遺症が残らない様にとするものだ。エステルが起きて生きる望みを持って飲まなければこれも毒となる。」


『は!?』


「つまり、今のエステルに無理やり飲ませても逆効果なんだよ。エステル自身が『生きたい』と起きて願ってくれた上で飲まないと、王家の毒を進行させるだけだ。」


「はあ!?‥じゃ、じゃあ、このままだとエステルが‥‥」


「ああ‥‥私がエステルを追い詰めてしまったから‥‥もう『生きたい』と思ってくれないかもしれない‥‥」


「それじゃ困るんだよ!!エステルを、俺達の大切な家族を返してくれよ!!エステルは‥‥俺の双子の妹なんだぞ!?ずっと近くにいて守ってきたのに‥‥なんで‥‥なんでこんなことになってんだよ!?‥‥‥話が違うじゃねぇか‥‥シャル‥‥」


「ああ‥‥その通りだな‥‥エリックは私の代わりにエステルを守り続けてくれたもんな‥‥」


「あ!?代わりじゃねぇよ!!自惚れるな!!エステルが起きたらぜってぇすぐには会わせてやらねぇからな!!エステルに嫌われないことをせいぜい祈っとけ!!この馬鹿王太子!!」


それには乾いた笑いしか出なかったシャルロはエステルの顔を見て、再び涙が滲んできたのを感じながら答えた。


「ああ‥‥その通りだな‥‥エリック。」


そして、今度は涙を拭いもせずに続けた。


「エステル‥‥頼むから起きて‥‥私の側が嫌なら、本当に婚約を解消してもいいから‥‥だから‥‥話したいから‥‥起きてくれ‥‥」


そう言ってもエステルに変化はなく、一同に焦りが生まれるが、扉をノックする音が聞こえて、ロドルフが許可を出すと、入ってきたのは公爵家の執事だった。


「お館様、殿下、皆様も。‥‥私もお嬢様が心配でならない気持ちです。ですから、皆様がお嬢様が気になってこの部屋を出たくないというのも分かるつもりです。‥‥ですが、お嬢様がお目覚めになられた時に今の皆様の様子をご覧になられたら、どう思われるでしょうか?‥‥皆様、せめて食事はとってくださいませ。」


『!!!』


「そう‥‥だな。」


「お館様。お食事はこちらにお持ちしたらよろしいでしょうか?」


「ああ。すまないが、頼む。‥‥殿下は‥」


窺うようなロドルフにシャルロは涙を拭ってから答えた。


「私もまだなんだ。家族団欒に交ぜてもらえないか?」


それに答えたのはエリックだった。


「仕方ないから今日は交ぜてやる。でも、エステルが起きたらしばらくは無理だと思え。」


それには苦笑いで「ああ。分かっている。」と答え、再びエステルに視線を戻した。

そして、執事が部屋を辞したあと、パトリシアが机の上に置いてあった日記に気付いた。


それをパラパラと捲りながら呟いた。


「エステル、ちゃんと続けていたのね‥‥これは何冊目なのかしら?」


そして、途中から勝手に読む申し訳なさを感じつつも、娘の考えを知りたいと1ページずつ捲りながら軽く読み進める。


「ふふっ。」


「パトリシア?」


「あなた、エステルは余程殿下のことが好きだったみたい。日記の大半が殿下のことばかりだわ。」


『え?』


「ずっとエリックの言葉を信じて耐えてたって分かる内容だけれど‥‥」


と言葉の途中でシャルロを睨み据えた。


「殿下~?ここに書いてあることが本当なら、我々は家族全員でエリックが言う様に、エステルが起きてもしばらく公爵邸の敷居を跨がせませんわよ?」


「うぐっ‥‥」


シャルロが肩をビクッとさせたのを見て、ロドルフやレオン、エリックもパトリシアの周りに集まり、日記に視線を落とした。

数ページ読んだだけでも分かるエステルの苦悩を理解したが、最後に書かれた内容が‥‥


【お父様、お母様、レオン兄様。

私はもう、殿下の隣で生きていける自信がありません。ですが、どうかお優しい殿下が気にすることがないよう、私の死は殿下に伝えず、婚約の解消のみして差し上げてください。解消理由は私の不健康でもなんでも構いませんので。


エリック兄様。

ごめんなさい。もう、殿下を信じて差し上げることができそうにありませんでした。‥‥どう見ても、私の方が殿下にとってお邪魔のようでしたから。


最後に。


お父様、お母様。親不孝な娘で申し訳ありません。


レオン兄様、エリック兄様。こんな最後でごめんなさい。】



そこまで読んだ一同はシャルロを睨み据えた。


そして、エリックが代表して言った。


「シャル。一発で勘弁してやるから、殴らせろ。」


睨まれてるだろうなと分かっていたので、シャルロはずっとエステルから視線を動かさずにいたのだが、これには振り返らざるを得なかった。

渋々エステルの手を離し、立ち上がったシャルロはベッドの側から離れてエリックと対峙した。


「一発で我慢してくれるなら、有難い限りだ。絶対に咎めないと約束するから、遠慮なく思いっきり殴ってくれ。」


「よし。それでこそシャルだ。‥‥歯食いしばれ!!」


ぐっと耐える準備をしたと分かった瞬間、エリックは本当に一切の躊躇いもなく、思いっきりシャルロを殴った。


「‥‥これでもよろめく程度とはな‥‥」


「ちゃんと鍛えてるからな。‥‥しかし、エリックの一発も効いたよ‥‥」


「当たり前だ。躊躇いなんぞないからな。」


「手厳しいな。‥‥エリック。ありがとう。そして、すまなかった。」


「おう。‥‥あとはエステル次第だ。」


「ああ。」


そして、その場の一同がエステルが起きてくれるのを待つことしかできない歯がゆさを感じつつ、まずはとちょっと遅めの朝食をとった。

医師にはすぐに駆けつけられる様にと客間を用意して移動してもらった。


家族全員とシャルロだけ残った室内では、ロドルフが持ち込んだ仕事を片付けていた。

シャルロも国王宛に手紙を認め、公爵家の早馬で送ってもらっていた。


そうして、家族とシャルロが部屋に籠ってエステルの様子を窺い続けた。だが、エステルは全員が昼食を、夕食を全て軽くではあるが、とったあとになっても起きる気配がなかった。


残された時間はあと僅か。

医師もエステルの部屋に戻ってきた。

一同の焦りは最高潮に達していた。


「おい、シャル!!どうしてくれるんだ!?エステル、起きないじゃないか!!」


「分かっている!!!‥‥私だってエステルに起きてもらわないと困るし、辛い。」


「!!!‥‥‥悪い。」


「いや、エリックに言われて当然だからいい。」


そんな中、改めて診察した医師が残酷な一言を告げた。


「‥‥殿下、皆様。エステル嬢はあと半刻ほどの間までに目覚めなければ‥‥」


そこで言葉が途切れたが、言わんとすることは全員に伝わった。

エステルの家族が愕然とする中、シャルロだけはふらふらとエステルが眠るベッドに近付き、側に崩れ落ちたが、すぐに膝立ちになりエステルの肩を掴んで揺すった。


「いやだ‥‥エステル、頼むから起きてくれ‥‥こんな最後なんて望んでない。‥‥エステルがいてくれないと困るんだ‥‥」


そして、ベッドの縁に座り直したシャルロはエステルの頬を両手で包んだ。


「エステル‥‥私が愛してるのはエステルだけなんだ‥‥。エステルと話せなかったこの数ヶ月、私も身を切り裂かれる思いだったんだ‥‥全部話したいし、これからも側にいてほしいんだ。‥‥だから、エステル。頼むから起きてくれ‥‥」


そう言ってエステルの頬を撫でていると‥‥


エステルが一度息を詰めた様に唸ったあと、息をふっと吐き出した。


「エステル?」


その変化に気付いたシャルロが呼び掛けるのを聞いた他の面々も、ベッドを囲む様に集まった。


『エステル!!』


そして。


エステルがゆっくり瞼を開いた。


『エステル!!』


「‥‥殿下‥‥?」


「ああ。私だ。シャルロだ。」


エステルの頬を包んだまま、エステルと視線を合わせて答えたが、エステル自身の目がまだ虚ろなままだった。


「‥‥天国に来れたのね、私。自殺なんてしたから地獄に落ちるものだと思っていたのに‥‥」


「なに言ってるんだ!?死んでない。エステルは生きてるんだ。」


「そんなはずありませんわ。‥‥殿下が私を構ってくださるなど‥‥幸せな夢に違いありませんもの‥‥」


「!!!‥‥エステル。全部話すから、そんなこと言わないでくれ‥‥」


「殿下‥‥?何故泣いていらっしゃるの‥‥?」


「エステルを失いかけたからに決まってる。」


「え‥‥?そんなはずは‥‥」


そこに割り込む様にエリックも声を掛けた。


「あるんだよ、エステル。‥‥まだ生きてるんだ。だから、エステル。今は殿下のことを信用しなくていいから、私達のために生きてくれないか?」


「え‥‥?エリック‥兄様‥‥?」


「ああ。父上や母上、兄上もいるよ。」


そう言われてエステルは視線だけ動かしてベッドの左右から覗き込む家族をようやく視界に入れると、途端に震えだした。


「あ‥‥ああ‥‥」


「エステル?」


「私‥‥死に損なった‥‥?そんな‥‥なんで‥‥」


『!!!』


「エステル!お願いだから、死に損なったとか言わないで!私達の大切な娘からそんな言葉、聞きたくないわ!」


「お母様‥‥」


そんな中、冷静さを持った医師が割り込む様に告げた。


「殿下。お早く解毒剤を。幸い、エステル嬢が起きてくださいましたが、急がないと服毒したものでエステル嬢のお命が」


「ああ。‥‥そうだな。」


医師の言葉を遮りつつ、涙を拭ったシャルロは懐から小さな瓶を取り出した。


「エステル。これを飲んでくれ。ちゃんと今までのことを話したいから、生きてくれ。」


「‥‥殿下は残酷なことを仰るのですね。私にミレット様との関係を見守れと?」


「違う。‥‥今、何を言っても信じてもらえないだろうが、私はエステルのことを愛しているんだ。」


「ええ。信じられませんわ。」


「っ!‥‥時間がないから、とりあえず簡潔に言うが、ミレット嬢の件は私は囮になっただけだ。エリックには全て話して協力してもらっていた。‥‥私が愛しているのはエステルだけだ。この数ヶ月、私も身を切り裂かれる様な思いだったんだ。‥‥なにが悲しくて最愛の存在を邪険にしないといけないんだと、ミレット嬢を恨んだぐらいだ。」


「は‥‥?え‥‥?」


「それももうすぐ決着がつくから、全部話す。だから、今は私を信じてくれなくてもいいけど、家族のために生きてくれ。頼むから。」


数十秒ほどたっぷり悩んだエステルは渋々といった風に返した。


「分かりましたわ。飲みます。‥‥ですが、その、私体が動かないのですけれど‥‥」


『え!?』


一同が驚く中、医師が苦笑いで告げた。


「目覚めたのが寸でのところだったからでしょう。体の機能が落ちているものと‥‥」


「え?じゃあ、どうしたら‥‥」


「エステル嬢の口にゆっくり流し入れて差し上げればいいのですよ。」


「あ。‥ああ、そうだよな。」


そう言って瓶の栓を抜き、エステルの顎に触れて口を開かせると、ゆっくりと中身を少しだけ流し入れた。

それをエステルは素直にこくんと飲んだ。それを見届けたらまた少しだけ入れて、エステルが飲み込む。それを繰り返して小さな瓶に入っていた中身を飲み干すと、医師が安堵の息を吐いた。


「これで大丈夫でしょう。‥‥エステル嬢。よく戻って来てくださいました。これからゆっくり療養すれば、元の生活に戻れますからね。私も診察に日参致します。」


「はい。‥医師様、ありがとうございます。」


エステルがお礼を言うと医師は笑顔で『また明日参ります』と言って帰っていった。

そして、公爵一家は全員でシャルロに視線を移した。


それに苦笑いを浮かべて答えた。


「あ~‥‥えっと‥‥泊まらせてもらえないだろうか?」


それにエリックは黒い笑顔で容赦なく返した。


「駄目だ。帰れ、シャル。お前はまだ囮なんだからな。」


「うっ‥‥だよなぁ‥‥」


項垂れるシャルロにエリックが続けた。


「シャル。エステルには私から話すよ。だから、お前は決着をつけてから来い。今から帰るのももちろん馬車を貸してやるし、護衛もつけてやるから。」


そう言われたシャルロはエステルに再び向き直った。


「そう‥‥だよな‥‥私からより、エリックから話した方がいいのかもな‥‥」


そう言ったシャルロの表情が辛そうに見えたエステルは戸惑った。


「殿下‥‥?」


「‥‥エステルが私を『シャル様』と呼んでくれなくなったのも、囮になった頃からだな‥‥いくら謝っても足らないが‥‥エステル、本当にごめんな。」


「え‥‥?」


そして、シャルロはベッドから立ち上がり、エリックに告げた。


「エリック。お前の言った通りだった。‥‥城に帰るよ。」


「ああ。‥‥エステルの様子は機会を見て教えてやる。だから、安心してシャルはやるべきことに集中しろ。」


「ああ。‥‥ありがとう、エリック。」


「おう。」


そうして、シャルロも後ろ髪を引かれまくりながらもエステルの部屋をあとにし、城に帰っていった。


そして、シャルロを見送ったあとエリックがエステルの部屋に戻ってきたところで、エステルにもエリックとシャルロが中心になって仕掛けていた計画を話すのだった。


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