前編
昨年の10月頃に思いつき、一気に書き上げたまま忘れていた作品です。
七夕とは全く関係ない話ですが、気分転換にでもお読み頂ければと思います。
「エステル。通行の邪魔だ。どいてくれ。」
「!!‥‥‥はい。申し訳ございませんでした。」
今いるのは王立学園の廊下。
私、エステル・ラクルテルに邪魔だと仰ったのはここ、シラク王国の王太子であるシャルロ・シラク殿下。
私は殿下の婚約者である公爵令嬢。
なのですが‥‥
私は殿下に挨拶しようとしただけですのに、声を出す前に遮られてしまいました。
しかも、殿下の隣には別のご令嬢がいらっしゃいます。
ミレット・マリエール子爵令嬢。
私と殿下の2つ下でふわふわとウェーブのかかった茶髪に黄緑色の瞳が可愛らしい方。
紺色でしかも直毛、青い瞳の一見地味な私より金髪と綺麗な紫の瞳を持つ殿下の隣が似合う方。
ミレット様が入学してくる前までは、殿下は私だけを見てくださっていたのに‥‥
どうしてこうなってしまったのでしょうか‥‥
*****
私と殿下が婚約者として引き合わされたのは今から8年前の10歳の頃。
お互いに自己紹介したあと、殿下が城内を散歩しようと中庭を案内してくださった。
そして、東屋に2人で座った時━
「エステル。大きくなったら私達は結婚するだろ?‥‥この婚約は確かに親同士が決めたことだけど、私はエステルをちゃんと好きになりたいと思ってる。親に決められた結婚でも、エステルを幸せにしたいと思うんだ。だから、エステルも私を好きになってくれないかな?」
「!!!‥‥嬉しいです、殿下。殿下がそう仰ってくださるなら、私もお応えしますわ。もちろん、殿下の隣にいたいので、努力もさせて頂きます。」
「!! ありがとう、エステル。‥って勝手に呼び捨てにしていた。‥‥よかったかな?」
「もちろんです。」
「では、エステルもシャルって呼んでくれないかな?」
「え?し、しかし、不敬では‥」
「私から言ったんだから、不敬じゃない。‥エステル。呼んで?」
「‥‥‥‥シャル‥殿下。」
「殿下もやめない?」
「え!?」
「ん~‥‥じゃあ、様ならつけていいから。」
「えっ‥‥と‥‥で、では‥‥シャル‥様?」
「何故疑問系‥‥?」
「えっと、その、」
私は本当に『シャル様』と呼んで不敬にならないのか、殿下の望むままに口にしてしまったけど、後で怒られたりしないのか。等々を考えてしまってついつい窺う様にお名前を呼んでしまった。
それを殿下に咎められた様に感じて、どうしたら‥‥
と戸惑う私をじっと見ていた殿下は突然吹き出し、笑いだした。
きょとんとする私を見て更に笑ったのはさすがに失礼だなと当時の私でも感じていた。
言葉にはしなかったけれど。
とりあえず、笑われる要因に心当たりがなかったので、殿下が落ち着くのを待っていると。
「エステル。そんなにびくびくしなくても、私も父上も母上も怒ったりしないよ。だから、父上や母上の前だろうとシャルって呼んでいいからな?」
「!!!‥‥‥本当によろしいのですか?」
「ああ。私はその方が嬉しい。」
笑顔でそう答えてくださった殿下。
私も嬉しくなって笑顔で返した。
「はい!分かりましたわ。シャル様。」
「うん。やっぱりだ。」
「え?」
「エステルの笑顔、絶対可愛いだろうなって思ってたんだ。
‥‥思った通り、可愛いな。エステル。」
「!!!‥‥シャル様の笑顔は綺麗すぎますわ‥‥」
「え?‥‥綺麗って嘘っぽいとか?」
「いえ!違いますわ。なんと言いますか‥‥その、神々しいという感じです。」
「神々しい‥‥?」
今度は殿下の方がきょとんとしたので、私もついくすりと笑ってしまったのよね‥‥
「ずっと見ていたいと思う様な優しい笑顔でしたわ。」
「!!‥‥じゃあ、ずっと私の隣で好きなだけ見てていいからね、エステル。」
「! はい。」
そんな楽しい思い出から始まった私達の婚約関係。
私も殿下もそれぞれ教育を受けながら城の敷地内にある中庭や庭園。時には殿下が公爵邸に来てくださって、お茶を飲みながら色んなことを話して過ごした。
殿下が公爵家の領地に来てくださったこともある。
その時は私の2つ上のレオン兄様や双子の兄であるエリック兄様とも話すこともあって、殿下は婚約者であるはずの私そっちのけで兄様達と話してたりもした。
公爵家の使用人達にも優しくしてくださってたし、私の両親とも良好な関係を築いてくださっていた。
私達が学園に入学した時。
昼食を一緒にと殿下をお誘いして食堂でレオン兄様と再会した際、またエリック兄様と3人で楽しそうに話し始めて、私はほっとかれる。なんてこともあったし、続いた。
レオン兄様が卒業して進級してもエリック兄様は同じ学年なので、よく2人で話していた。
そして、レオン兄様もそうだったのだが、私達3人も一年の頃から生徒会に入った。
成績も私達3人が1位~3位を独占し続けていた。
3人一緒に勉強しつつ教え合ったり、生徒会でのことを話したり。
そんな楽しい毎日を過ごしていたから、私もエリック兄様も公爵家も、私と殿下の未来が交わらなくなるなど予想もできなかった。
だから、2年に進級した時に陛下から渡された物も使う時などないと思っていた。
**
殿下が変わってしまったのは3年に進級して少し経った頃。
ミレット様が入学してきてから。
特別何かある様な方ではなかった。
強いて上げるなら、子爵家へ庶子として養子になってすぐに学園へ入学したからか、マナーや礼儀がなってなかったぐらい。
学園で普通に過ごすなら多少は茶目っ気で誤魔化せる範囲。社交界デビューするまでに学んでいけば‥‥
そんなミレット様は普通に過ごしてくれなかった。
本来、1年生の子爵令嬢が3年生で生徒会長の殿下に気安く話しかけていいはずはない。
それは学園においても暗黙のルールだった。
でも、ミレット様は関係ないと言わんばかりに殿下に気安く話しかけてましたし、あまつさえ殿下に触れようとされたりした。
最初は殿下も避けていた。
でも、諦めず何度もくるミレット様にいつしか根負けしたように、袖を握る程度ならと許してしまった。
けれど、ミレット様が気安く話しかけるのは殿下だけではなかった。
エリック兄様、宰相閣下の次男、騎士団長様の三男等々。
兄様以外、嫡男ではないものの婚約者様がいらっしゃってその方の家に婿養子になる予定の方々。
兄様は選り好みしているのかは知らないけれど、婚約者様を決めていない。
兄様は別としても、婚約者様がいらっしゃる方にも触れようとされたりしていた。
もちろん、それはご法度。
でも、殿下も含めて皆様ミレット様ばかり構う様になりました。兄様以外ですが。
私は皆様の婚約者のご令嬢方も含めて殿下の次に爵位が上の家の者。注意すべきか迷いましたが、エリック兄様に止められました。『その内全員目が覚めるだろう』と。
それは他の婚約者さん方にもお伝えしていると。
でも。‥‥それでもこのままでは殿下も私から離れていってしまいます。
そう言ってもエリック兄様は『殿下を信じてやれ』の一点張りでした。
エリック兄様も殿下と仲がいいから何か聞いているかもしれない。そうは思っても、それを私には相談してもらえないのだと、すごく悲しかった。
結局、私はエリック兄様の言葉を信じ、他の婚約者のご令嬢方にも『目が覚めるのを待ちましょう』と励まし合っていました。
正直、兄様だけでもミレット様に惑わされずに済んで安心しました。‥‥もちろん、一番惑わされずにいてほしかったのは殿下ですけれど。
そうして数ヶ月の時が経ってしまいました。
*****
私達は2ヶ月後には卒業という時期になっても、ミレット様と周りに侍る男性陣は変わらなかった。
そんな中でも、殿下は生徒会長としての仕事もしっかりされていた。
だから、学園を卒業したら私と殿下が結婚することは決まっていた。
でも。
この頃には私はもう、殿下に挨拶すら嫌がられる様になっていた。
だから、私は『このまま殿下と結婚していいものなのか』そんなことまで考える様になっていた。
初対面から優しく笑顔で話しかけてくださっていた殿下はもう、どこにもいらっしゃらない。
私はむしろ疎ましい存在に成り果てている。
だから私はもう、耐えられなかった。
私は卒業目前の妃教育の最終日、殿下に『少しだけでいいので』と時間をもらった。
久しぶりに殿下と2人で中庭に向かい、思い出の東屋の前で止まった。
これからする話は思い出の東屋の中ではしたくなかったから。
「殿下。貴重なお時間を頂いてのことですので、早速本題です。いくつか質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「っ!!‥‥ああ。答えられる範囲でならな。」
私は殿下の顔を見ると躊躇いそうだと思って、地面に視線を向けて話しかけていた。
「‥‥殿下は初対面の時に交わしたお話を覚えていらっしゃいますか?」
「!!!‥‥‥覚えている。」
「そう‥‥ですか。」
(それでも態度は変わらないなんて、酷すぎるわ。)
「では、私がいつ『シャル様』ではなく『殿下』とお呼びする様になったかは分かりますか?」
「っ!‥‥ああ。3年に進級して少しした後から‥だな。」
「はい。‥‥‥殿下。最後にお聞かせください。‥‥私はもう、殿下には不要な存在ですか?お邪魔ですか?」
「っ!!‥‥」
(答えてくださらないのが答えということよね。)
私は最後ぐらいはと頭を上げて殿下と視線を合わせて告げることにした。
「殿下。ご心配なさらずとも、もうお邪魔はしません。卒業したら領地に引っ込みますし、婚約の解消もすぐに成立すると思いますわ。」
「え!?‥‥エステル‥‥?」
涙なぞ見せるつもりはなかったのですが、やっぱり滲んでしまいました。殿下のお顔がよく見えません。
なので、持っていたハンカチで涙を拭い、『これ以上醜態をお見せする訳にはいかない』と殿下に背を向けた。
「殿下。この1年、疎ましかったでしょう?申し訳ございませんでした。そして、私なんぞのためにお時間を頂いてありがとうございました。‥‥失礼致します。」
そう言ってそのまま走り出した。
背後で殿下に名前を呼ばれた気がするけど、止まりたくなかった。
そうして、私は公爵邸へと帰ってきた。
どう見ても泣き張らした私の顔を見て家族も使用人達も心配してくれたけど、上手く返せたとは思えない。というか、なんて答えたか覚えていない。
そのまま夕食もいらないと言って自室に閉じ籠った。
私は椅子に座り、机の上に置いていた日記を開いた。
5歳の時から私が付けている日記だが、もう何冊目だろうか‥‥
私が5歳の時、手習いの練習を兼ねてお母様から言われていたから続けた。
『日記を書いているとね、『あの時こうだったな~』とか、『こんなことあったな~』って懐かしい思い出をいつでも思い出せるの。素敵でしょう?‥‥どんなに辛いことがあっても、乗り越えられた記録にもなる。過去があって今がある。それを感じてまた前に進めるの。だから、エステルもいいことも悪いことも思い出を書いていきなさい。』
当時の私はもちろん、言われている意味が全く分からなかった。
お母様もそれは分かっていたのか、最初の日記の表紙の裏にその言葉を書いてくれている。
そして、今なら意味も理解できる。
でも。
(でも、お母様。殿下との楽しかった思い出を思い出すことは今の私にとってなにより辛いの。‥‥どこを見ても殿下のことばかりの日記では、乗り越えられないわ。)
だから。
私はこの日記に最後の言葉を綴る。
そして、2年に進級した時に陛下から渡された物に触れた。
私の右手に嵌めているブレスレット。
宝石の様なものに鎖が繋がっているシンプルなもの。
この宝石の様なものはもちろん本物の宝石ではなく、小さな入れ物に過ぎず、中身は毒。
何故私がこんなものを渡されたかというと、偏に殿下の婚約者として教育を受けたからだ。
その中には極秘事項もある。だから、私が万が一誘拐された時に、情報漏洩しない様に自害できる様にだ。
私は3年に進級すると同時に立太子した殿下の婚約者ということで、特に気をつけなければならない。
だからこその毒。
私は一度確認する様にブレスレットに触れたあと、就寝の支度をしてからベッドに入った。
そして。
(陛下。本来の使い方ではありませんが、お許しください。)
私はブレスレットに触れて、照準がずれない様に固定して陛下に教わった言葉を紡いだ。
「我は死を選ぶ。」
すると、宝石の様なものから細い針が出て、私の手首に刺さったのが分かった。
そこから毒が入っていく様になっている。
(殿下。どうぞ、お幸せ‥‥に‥‥)
私の意識はそこで途切れた。
***
翌朝。
メイドの一人がエステルの様子を見に来ると、ベッドの中で眠っている様に見えた。だがすぐに呼吸していないことに気付き、急いで執事やエステルの父親で公爵当主でもあるロドルフに報告した。
すると、執事によって医師が呼ばれている間に家族が集合した。
『エステル!!!』
公爵夫人であり、エステルの母親でもあるパトリシアは娘に泣きながら抱きついた。
その時、微かに呼吸している様子を感じて呼び掛けた。
パトリシアの様子を見たロドルフ、レオン、エリックも呼び掛けるが、一向にエステルからの反応がない。
そんなもどかしい思いの中、ようやく医師が到着して診察を始めた。
その結果。
「お嬢様は王家より賜る毒を打ったものと思われます。」
『え!?』
この医師は王家も診る様な信頼に足る者。そして、王家も診る様な者だからこそ、毒の存在も知っている。
「先生!!それで、娘は、エステルは助かるのですか!?」
「‥‥‥ご家族の皆様。心して聞いてください。」
全員が頷いたのを確認した医師は口を開いた。
「お嬢様の生死はお嬢様自身のみぞ分かることなのです。」
『え?』
「お嬢様の生きたいと思う気持ち次第ということです。‥‥この秘毒は難儀な物でしてな。服毒した直後は仮死状態となります。その後、1日以内に本人が目覚めなければそのまま本当に亡くなります。」
『!!!』
「‥‥この毒は仮に誘拐されたりした際、すぐに救出できても本人が亡くなっていたら意味がないということで開発された物。救出された後に起こすなどもできませんので、ひたすら本人が目覚めてくれるのを待つしかありません。」
「‥‥起こして起きるなら毒の意味がないから‥‥ということですか?」
「はい。」
「‥‥私達は何もできず、娘が起きてくれるのを待つしかありませんの?」
「‥‥はい。この毒は私でも手の施しようがありません。‥‥申し訳ございません。」
医師が頭を下げても、一同は苦虫を噛み潰した様な表情のままだった。
そんな中、ロドルフが問いかけた。
「‥‥先生。娘がいつ服毒したかの予想はつきますか?」
「‥‥恐らく夜中。就寝する時に服毒したものと‥‥」
「では、娘が今夜までに起きなければ‥‥」
「‥‥残念ながら‥‥」
『‥‥‥』
一同が沈黙する中、エリックが呟いた。
「あと少しだったのに‥‥」
『え?』
「あと少し待っててくれたら‥‥」
『え!?』
「‥‥エステル。何故相談してくれなかったんだ‥‥?」
そう呟くエリックの肩をパトリシアが掴んで問い質した。
「え?ちょ、ちょっとエリック!?どういうこと!?」
だが、エリックはそれには答えず、ロドルフに視線を移した。
「‥‥父上。王太子殿下を呼び出してください。エステルの緊急事態でエリックが呼んでいると言えばすぐに来てくれるはずですから。」
「え?だ、だが‥‥」
ロドルフもシャルロがある時期を境に公爵邸に来ることもなければ、エステルの表情が徐々に沈んでいくのに気付いて調べていたので、シャルロとエステルの状況は把握していた。
だが、エリックや国王から止められていたため、静観せざるを得なかったのだ。
だからこそ迷った。もしかしたらシャルロが来ることでエステルが目を覚ますかもしれない。
だが、同時に目が覚めた時にシャルロの姿を見たらエステルはどう思うのか。と。
エリックはその迷いも気付いた様で‥‥
「問題ありません、父上。悪いのは殿下です。エステルが無事起きてくれたら、死ぬほど謝らせればいいのです。」
『は!?』
「当然でしょう?エステルをここまで追いつめる原因は殿下しかありません。‥‥せいぜい我が家の天使を傷付けた報いを受ければいいのです。」
『‥‥‥』
エリックのあまりの言い方に言葉を失った一同。
それでもエリックは変わらず、ロドルフを更に促す。
「父上。時間が惜しい状況です。早く。」
「!! あ、ああ。そうだな。」
そう言って、エステルの自室を出たロドルフは急いで手紙を認め、早馬を出した。




